♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
あの湊ももう完全にそういう年頃になったんだなあ。
わたしはなんだか感慨深い気持ちだった。
彼は中学に入ってから一人称を「俺」に変えて少し格好つけるようになった。男だった頃のわたしとはこの時点で違う。
見た目もだんだん男らしくなっている。
細かくは覚えてないけど、同じくらいの頃のわたしより可愛い気がする。やっぱり環境のせいだろうか。この分だと葉ほどではなくてもわりと格好いい好青年に育つかもしれない。
この燕条湊はわたしだけどわたしじゃない。
香坂美桜になることを決めたわたしにとってはもう「前世の自分と同一人物」くらいの認識だ。
仲がいいような悪いような。腐れ縁みたいな関係の、気兼ねしなくていい異性の友人。同じクラスだったのもあるし、これからもそれなりに仲良くできればいいと思っている。
だからえっちな話も気にせずできるといいんだけど。
湊は恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。
「お前な。女なんだからもう少し気をつけろよ」
「そう? むしろ女子だったらもっと生々しい言い方しない?」
わたしがそう言うと少年は真っ赤になって、
「……いっそのことその方がまだマシなんだよ」
「なに言ってるの燕条君?」
あれだけ女の子のこと面倒くさそうにしてたくせに。
「興味があるなら彼女作ればいいじゃない。セフレでもいいし」
「あのな。簡単に言うなよ。男じゃないくせに」
「男子が女の子選び放題なことくらい見てればわかるよ」
っていうかこの世界の男子になれていたらもっと苦労しなくてすんだ。
もちろん、今となっては香坂美桜になれて幸せだと思っている。今になって「男子にしてあげる」って言われても断ると思うけど。
認識が変わっても湊には親近感がある。
どうせなら楽しく人生送って欲しい。わたしが元の世界でできなかった恋愛も楽しめばいいと思う。
湊は、はあ、とため息をつくと立ち上がった。
なにをするのかと思ったら部屋のドアにカギをかけて、
「じゃあ、お前が相手してくれよ」
「は?」
なに言ってんのこいつ。
真顔で見返したらイラっとしたのかちょっと大きな声を出された。
「やるならお前がいいんだよ。それくらいわかれよ……!」
「ええ……?」
わたしとしてはドン引きである。
「燕条君、わたし恋と玲奈と付き合ってるんだけど」
「女子だろ」
男子は別腹──というか、好きなのは女の子だけど男子とも経験しておいたほうがいいよね的な発想で百合の間に挟まる男子が多いのがこの世界である。
「ごめんなさい。わたしはそういうのちょっと。……っていうか燕条君ってわたしのこと嫌いだったでしょ?」
言うと彼はバツの悪そうな顔をする。
「……まあ、昔は」
なにその「今は好きなんだよ!」みたいな言い方。
親近感は持ってるし友情も感じてるけど……うん。さすがに面と向かって「エロいことしようぜ!」って言われると身の危険を感じる。
ちらちら見られるのもある程度だったら我慢しようと思ってたんだけど。
「わたしが会いに来ると興奮して大変だってこと?」
「そうだよ!」
いや、うん、告白するのが恥ずかしいからって半ギレされても。
「わたしのどこが好きなの?」
「どこって……全部だよ。エロすぎだろお前」
「身体だけが目当てだってこと?」
「違うけど、好きになった女とやりたいのは当たり前だろ」
わかる。
いや、わかってる場合じゃなくて。
「じゃあ、もう来ないほうがお互いのためだよね?」
彼に我慢させてしまったわたしにも責任はある。
まだ中一と言っても女子のほうが発育が早い。
四月の終わりくらいにわたしもようやく女の子独特のアレが来て、それからは毎月悩まされてるし。ブラのサイズもだんだん上がってきて、恋から「美桜ちゃんもけっこう大きくなりそうだよねー?」とか言われたりしてる。
雑誌に載る下着写真を見て「これ、ひょっとしてかなりえっちなんじゃ?」って思ったりもする。
青少年に悪影響を与えていたのは申し訳ない。といってもできることとできないことがあるので「お詫びに一回だけならしてあげるね?」とはならない。わたしにできるのはせいぜい聞かなかったことにして「ただの元クラスメート」になることくらいだ。
妄想するくらい許してあげるのが美少女としての務めだと思う。
わたしとしてはけっこう譲歩したほうだと思うんだけど──困ったことに湊は納得しなかった。
「それは困る」
「どっちなの」
「お前がやらせてくれればいいんだよ」
「だから開き直るのやめてくれない?」
でも、言いづらいことを言ってしまった勢いは止まらないようで。
「俺がこんなに悩んでるのに自分だけさっさと恋たちと付き合いやがって」
「……あのね、燕条君? 告白しないと好きな子とは付き合えないんだよ? ぼうっとしてたら取られちゃうのは当たり前だよ?」
エロ漫画によくある展開──までは行かなくても、付き合ってもいない女子が他の相手と付き合うのを止める権利はないし、えっちな関係になってもそれは当たり前だ。
元男としてせめてもの忠告をすると、少年はわたしを睨みつけてきて。
「じゃあお前は、俺が誰かと付き合ってもいいんだな?」
「え」
好きにすればいいでしょそんなの。
でも、まあ、お互いにいい落としどころかもしれない。
彼としても彼女ができてストレス解消できれば落ち着くだろうし。わたしとしても希望を持たれ続けるより気持ち的に楽になる。
「いいよ。燕条君なら彼女にして欲しい子いっぱいいるだろうし。……なんならわたしから紹介してもいいし」
「ほんとか?」
「うん。でも、恋と玲奈はだめだからね?」
最終的には本人たちの意思次第だからわたしに止める権利はない。
でも、嫌だって言うくらいは許されるはず。この世界の常識的に考えると「美桜ちゃんもしようよ、気持ちいいよ」「想像以上の世界でした……」とか言われる可能性もあるわけで、そんなことになったらわたしは湊の息の根を止めない自信がない。
少年も少しは落ち着いてきたのかほっと息を吐いて表情を整える。
良い顔になった彼にわたしは微笑みを返して、
「じゃあ、お前のお姉さん紹介してくれよ」
ぶん殴ってやろうかこいつ。
◇ ◇ ◇
いやまあ、お姉ちゃんの恋愛に口を出す気はないし。
紹介すると言った手前「やっぱりやめた」って言うのも格好悪い。付き合うか付き合わないかは本人たち次第でもあるので、わたしはその日の夜、さっそくお姉ちゃんに話を持って行った。
「ねえ、お姉ちゃん? ちょっといい?」
「ん? 珍しいわね、あんたが私の部屋に来るなんて」
「お姉ちゃんがわたしの部屋に来るから行く必要あんまりないもん」
って、そうじゃなくて。
「あのね。わたしの小学校の頃のクラスメートだった男の子がいるでしょ?」
「ああ。あんたが好きだった子でしょ?」
だから違うってば。
「その子がお姉ちゃんを紹介して欲しいって言ってるんだけど、どう?」
「なにそれ、本当?」
下着姿でベッドに寝転がってスマホを操作してたお姉ちゃんはがばっと起き上がるとわたしを見てきた。
食いつき方がすごい。
「紹介って、そういうことよね? モデルになりたいから教えて欲しいとかそんなオチじゃないわよね?」
「違うよ。お姉ちゃんと付き合いたいんだって」
「へえ……?」
にんまりと笑みを浮かべるお姉ちゃん。肉食獣だ。
「でも、あんたはそれでいいの? その子、私がもらっちゃっても」
「お姉ちゃん、そんなに乗り気なんだ?」
「だって私今彼氏いないし。長続きするかは付き合ってみないとわからないし。あんたが好きだった子に興味あるし」
そういうことならまあ、ちょうどいいのかもしれない。
初めての彼女は年上のほうが湊もいろいろ気楽だろうし、お姉ちゃんなら十分すぎるほど美人だ。
「わたしのことは気にしなくていいよ。……でも、うちに連れてくる時は気を付けてよね?」
「はいはい」
というわけで、わたしはお姉ちゃんを湊に紹介して──二人はその後わりとすぐに付き合いはじめたらしい。
らしい、というのは詳しく聞かなかったからだ。
知り合い同士ののろけ話とかいろんな意味で嫌すぎる。
これで青少年の強すぎる衝動は抑えられたようで、それ以降、わたしは湊の家に遊びに行っても過剰反応されなくなった。
でも、もし湊がもう少しまともな告白をしてくれていたら。
恋や玲奈と付き合い始める前だったら、答えは変わっていただろうか。
考えても答えが出ることはなかった。