♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「あのっ、香坂さん! サインもらえませんかっ!?」
わたしの知名度も上がってきたのか、校内の人からサインを強請られることもちょくちょくある。
その日は恋、玲奈と登校してすぐ、校門で呼び留められた。
高等部の制服。
先輩にサインするってなんか変な感じだ。むしろ街で大人に声をかけられるほうがしっくりくる。ちょっと不思議な話だけど。
わたしは基本、サインを断らない。
モデルも俳優も声優も人気商売だ、ファンの人と友好的に接しておいて損はない。
事務所的からもわたしの判断でいいと許可が出ている。
「はい、もちろんです。どこに描きますか?」
……サイン自体は下手なのでちょっと恥ずかしいけど。
まだまだ未熟な身としては技術向上が先決。サインの練習は後回しになりっぱなし。こうやって求められる度に「やっぱり練習しておけばよかったかな」と思う。
ともあれ。
尋ねたわたしに先輩は意外なものを差し出してきた。
マンガの単行本である。
「毎回続きを楽しみにしてますっ」
「ありがとうございます。先生も喜ぶと思います」
一緒に差し出されたマジックで表紙の裏にサイン。
マンガ関係でサインを求められたのは初めてだった。
「女の人も読んでくれているんですね」
本を返しながらつい呟くと、先輩は嬉しそうに笑った。
「読んでる子、けっこういると思うよ。私の友達にも何人かいるし」
「先輩はマンガ、好きなんですか?」
「うんっ。私、漫研所属だから」
漫画研究会、略して漫研。
世に出回る多くの作品が女性作者によるマンガ。もちろんマンガ好きな女の子も多い。女子は最低限のお洒落が義務──というか最低限のラインが男子よりだいぶ高いけど、だからって女子がみんなお洒落好きなわけじゃない。
いわゆるオタク女子もけっこういる。
ほのかもわたしや叶音の影響がなかったら漫研か文芸部に入ってたかもだし。
「先輩たちから見てわたしたちのマンガはどうですか?」
「面白いよ! 一言じゃ言えないくらい」
ファンモードから先輩モードに変わったらしい彼女は「そうだ」と言って、
「あの、よかったら一度漫研に来てみない? 直接感想が言えたらみんな喜ぶと思うし」
「はい、是非」
すごく面白そうな話。
貴重なリサーチの機会にもなるかもとわたしはすぐに快諾。
ちょうど今日、活動日だということでさっそくお邪魔させてもらうことにした。
◇ ◇ ◇
HRが終わってから適度に時間を空けた後。
アイドル部の活動がある恋と別れて、わたしは一人漫研の部室をノックした。
「ど、どうぞ」
若干緊張気味の返答を受けて開いたドアの向こうには──どこかほのかやお兄さんの部屋を思わせるいくつもの本棚、そして少々雑然とした部室の風景があった。
中等部と高等部合同なのもあって部員は十人を超えている。
わたしが普段付き合っている子たちを基準とすると野暮ったい子が多い。でも、元男であるわたしとしては多少散らかってて無頓着なくらいのほうがしっくりくる。
「こんにちは。この度はお招きいただいてありがとうございます。中等部一年の香坂──」
「mioちゃんだ!」
「わ」
挨拶が終わらないうちに歓声が上がって部員が群がってくる。
「本当にこの学校にいたんだ」
「私初めて見た」
「高等部にいるとなかなか会う機会ないしね」
みんなが落ち着くまでに数分。
ペットボトルの紅茶(in紙コップ)をいただいたわたしはありがたくそれを一口飲んで、ほう、と息を吐いた。
「わたしのこと、みなさんご存じなんですね?」
「もちろん」
「mioちゃんはいろいろやってるから」
「モデルのお仕事はよく知らないけど、マンガとか声はね」
「ありがとうございます」
そうか、まだまだこれからだけど、手広く挑戦してきたのは無駄じゃなかったらしい。
「まさかプロのモデルさんがうちの部に来るなんて……」
「いえ、その。今日は先生のアシスタントくらいの気持ちで来たので」
取材内容をメモするため、紙とペンを持参したわたしに部員のみなさんは微笑んでマンガの話をしてくれた。
編集部の人もアンケートとかネットとかで集めてるだろうけど、こういう読者の生の声は貴重だ。
特に少年マンガ雑誌なので女性読者の声は疎かになりがちかもしれない。
みなさんから教えてもらった内容をかいつまんでメモし、後でまとめてお兄さんに送ることにする。
男子受けを落とすことになると本末転倒だけど、女の子が読んでも面白いものを作るヒントが転がっているかもしれない。
一時間ほど経ってだいたいの話を聞き終えたところでの感想は、
「やっぱり主人公とヒロインの恋の行方なんですね」
「それはそうだよ!」
「ちょっとずつ進展していくのがもどかしくていいよねっ!」
この辺りはわたしやお兄さんも意識して盛り込んだ部分だ。
男子としても「優しくて清純な女の子との純粋な恋」というのはある種の夢である。少年マンガの範囲を出ないように気を付けつつ話のスパイスとして使っている。
ここはぶっちゃけ、実体験のないわたしはお兄さんの経験やほのかの読書量から来る知識に頼ったところが大きい。
「男キャラが多いので、BL妄想も多いのかなって思ってました」
向こうの世界の感覚が残っているせいか。
まあ、そもそも向こうの世界でもBL好き女子に直接会ったことないけど。こっちだと玲奈がそうだったように背徳感の強い趣味みたいだし。
と。
「mioちゃんがBLの話した……?」
「そういうの知ってるんだ」
「私達だってなかなか手が出せないジャンルなのに」
ひょっとしてこの子かなりの変態なのでは? みたいな反応をされてしまい大変困ったものの、それをきっかけに「濃い話をしても大丈夫」と判断されたわたしはさらにいろんな話を聞かせてもらった。
「BLは好みがすごく分かれるけど……」
「なんだかドキドキするよね」
「わかる。妄想が捗りすぎて困る」
うん、わりと腐ってる人もいたっぽい。
「同人誌で発散したりはしないんですか?」
「同人誌!? 待って、mioちゃんいったいどこまで話せるの!?」
「わたし声優志望ですよ? だいたい大丈夫です」
「そういえばそうだった」
さらに突っ込んだ話をしてもらった結果、BLにしてもノーマルな恋愛にしても(女の子同士の恋愛は基本ノーマル扱い)男子向けの作品だと二次創作を躊躇ってしまう部分があるらしい。
「男の子に嫌われるのは嫌だしね」
「私たちなんか相手にされないだろうけど、一応ね」
「なるほど……」
別に二次創作くらい好きにやればいいでしょ、エロいの描くならまた別だけど──とわたし個人としては思うものの、こっちの世界だと男子は絶対的に少数派なわけで。多数派が勝手に動くと意図せず男子を潰してしまう結果になりかねない。
男の子を尊重するのは当たり前、という社会の風潮に反する。
漫研のみなさんにお礼を言って帰った後で担当さんにも電話してみたところ、やっぱり女子の二次創作については難しい問題らしい。
『作者が女子だってだけで毛嫌いする男性読者もいますからね』
「それは本当に難しいですね……」
向こうと似ているようで違う事情。
向こうだったらこういう時──。
「そうだ。二次創作のガイドラインとかって決まってるんでしょうか?」
うまく定めて運用できれば二次創作が増え、作品自体の人気も高まるかもしれない。