♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
出版社で子供向けファッション雑誌の編集者を務めている私は、ある日、一人の少女と出会った。
「初めまして、香坂美桜です。今日はよろしくお願いします」
「初めまして、橘です。こちらこそよろしくね、美桜ちゃん」
撮影のために借りたスタジオ内。
予定していた読者モデルの子が急に来られなくなり、代わりとして昔お世話になった美姫ちゃんから紹介してもらった彼女の妹。
美桜ちゃんは、美姫ちゃんやお母さんによく似た美少女だった。
前に美姫ちゃんが「美桜もモデルに向いてると思います」と言っていたのがよくわかる。そこにいるだけで人目を惹く可愛らしさがある。
性格的には仕事向きじゃない、とも聞いていたけれど、実際に会ってみた印象は「礼儀正しいいい子」だった。
名刺を渡すと美桜ちゃんは返す名刺がないことに戸惑った後「あれ? 橘さん……ですか?」と首を傾げた。
「編集者さんですよね? あの、わたしと同い年の娘さんがいませんか? 本が好きな」
言われて私も「ああ」と納得する。
「美姫ちゃんと同じ小学校なのね。もしかして、ほのかのお友達?」
「はい。最近読書仲間になったんです」
世間というのは狭いものだ。
美少女は娘の友達だった。私は感心すると同時に、娘から学校の話をあまり聞いてやれていなかったことを自覚する。
「もっとあの子の話も聞いてあげなくちゃね」
「そうしてあげてください。……あと、お兄さんにも」
「ええ」
彼女が声をひそめて付け加えるのを聞いて私は再度驚かされる。息子とも知り合いらしいこと。さらに息子の心配までしてくれているらしいこと。
小学五年生なのに随分しっかりしている。
こんな子ならもっと早く紹介してくれても、と美姫ちゃんに視線を送ると、妹を誇るような笑顔が返ってきた。
「美桜。私はただの付き添いだから、他の読モの子と頑張ってね」
「う、うん」
「大丈夫。みんないい子だからきっと仲良くなれると思う」
実際、美桜ちゃんを引き合わせるとみんな大歓迎だった。
読者モデルはモデルと違って一般人。それでもある程度の礼儀は必要だ。長いお付き合いになるのはちゃんと挨拶ができて協調性のある子が多い。
加えて、モデルとして活躍している美姫ちゃんが付き添っている。
自分は何もしない、なんて言いつつ一緒に来たのは美桜ちゃんがみんなに馴染みやすくするためだろう。妹思いのいいお姉さんだ。
それにしても。
「他の読モの子と並んでも全然見劣りしてないわね」
「……そうっすね」
撮影助手として来ている
大学二年生。まだアルバイトの身だけど、腕が良く馴染みのカメラマンから重宝がられている。彼とは私も撮影で何度か顔を合わせたことがあった。
ちなみにメインのカメラマンは女性だ。
マンは『人』の意味で『男』じゃない。機械関係に興味を示す男の子は多いものの、男のカメラマンはやっぱり珍しい。
なお、男のカメラマンには特有の強みもあって。
「よろしく」
「よろしくお願いしまーす!」
ぶっきらぼうに挨拶しただけで読モの子たちが笑顔で挨拶を返す。
そこそこ顔がいいのに服装に無頓着で髪も伸び気味のお兄さん。彼女がいるようには見えない。読モをやる子はだいたい恋愛にも興味津々だから、彼が現場にいるだけでパフォーマンスが上がる。
男が少ない以上、男性モデルもまた希少。
女性をやる気にさせられる男性のカメラマンは業界から引っ張りだこだ。今は安くこき使えているけれど、あと何年かしたら色んなところと取り合いになるかもしれない。
「さて。美桜ちゃんはどうかな?」
撮影が始まると編集者にできることは少ない。
ほとんど見守るだけになった私は初参加の美桜ちゃんに注意を向けて、
「え」
意外な展開にぽかん、と口を開けてしまった。
◆ ◆ ◆
読モのバイトに行った先でほのかのお母さんに会うとは思わなかった。
お洒落な撮影スタジオ。
こんなところに来ることになったのも驚きだし、一緒に撮影する子たちも可愛い子揃いだったのにも驚いた。さすが、読モと言っても雑誌に載る子たちだ。
幸い挨拶は無事に済んで、僕は他の子と一緒に撮影に入った。
基本的な仕事は指定された服を着て指定されたポーズで写真を撮られることだけ。
と言ってもこれがなかなか難しい。
「じゃあ『夏だし冷たいスイーツ食べに行こうよ!』みたいな感じで!」
どんな感じだよ。
指示が抽象的過ぎてわかりづらい。なのに他の子は慣れているのかすぐにそれっぽいポーズと表情を作る。
他の子のを見て「なるほど、そうやればいいのか」と真似してみるものの、なんか違う気がしてしまう。カメラマンの人の表情も微妙で、
「美桜ちゃん。もっと自然に笑ってみてくれる?」
でもこれ撮影ですよね?
指示されて作る笑顔を自然にしろ、ってかなり難易度が高い。そもそも笑う時って半分以上は意識して顔を作っている。自然にと言われても、って感じだ。
鏡の前に立ったつもりで細かい部分に気をつけてみると「余計に作り物っぽくなった」ようで不評。
お姉ちゃんに視線で助けを送ると「頑張れー」と呑気な応援が飛んでくる。いや、道案内してくれたのは嬉しいけど本当に付き添いしかする気ないなこの人。
どうしたものかと内心困り果てていると、
「……指示はいったん全部忘れてみろ」
助手として来たらしい大学生の男が寄ってきて不愛想に何か言ってきた。
他の読モが「格好いい」とか囁き合うのに「そうか?」と思いつつ、僕が言われたのだと確認するために視線を返すと、何を考えているのか掴めない眠そうな瞳に覗き込まれて、
「頭に入れるのは設定だけだ。お前は友達とスイーツを食いに行く。後は適当でいい」
「適当、でいいんですか?」
「どうせ細かく言っても無駄だろう」
ここしばらく女の子の柔らかい話し方に慣れていた俺は物凄く男らしい(褒めてはいない)話しぶりに少しむっとするも「わかりました」と素直に頷いた。
専門家の意見は素直に聞いたほうがいい。ダメでもともと。どうせ僕自身に打開策がないのだからやるだけやって「言われた通りやったけどダメでした」となっても同じだ。
「やってみます」
僕は香坂美桜。小学五年生の女の子。
今日はお洒落をして友達と冷たいスイーツを食べに行く。かき氷か、それともアイスか。
今、周りにいるのは今日会ったばかりの子で友達とは言えない。なので代わりに恋や玲奈、ほのかと一緒に行くイメージに置き換えてみる。
恋ははしゃいで「早く早く」とみんなを急かすだろうし、玲奈は「そんなに急がなくても」とマイペース。大人しいほのかを二人と一緒にすると気を遣って小さくなってしまいそうなので、僕が手を引いてあげたほうがいいかもしれない。
立ち位置はつかず離れず真ん中あたり。
想像だけだったみんなの様子がだんだん実感を伴って、口に「しょうがないなあ」という笑みが浮かぶ。
パシャ。パシャパシャ。
急に来た光と音に驚き目を丸くすると、僕にアドバイスをくれたあの男とまた目が合った。
素に戻っているぞ。
注意されたような気がして気分を切り替え直す。その後も僕は彼に言われた要領でカメラマンからの指示を設定に置き換え、実生活に近づけることでなんとか撮影をクリアしていった。