♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「いよいよ本番、かあ」
体育館の舞台袖で待機しながらあたしは呟いた。
着ているのは手作りしたアイドル衣装。我ながらけっこうよくできたと思う。
呟きに反応したのは日曜朝アニメの変身ヒロイン衣装を着た美桜だ。背筋を伸ばして立っているだけなのに妙なオーラを感じる。きらきらして見えるのは髪をまとめているシルバーアクセサリーのせいだけじゃないだろう。
「練習の成果、見せないとね」
「当たり前でしょ。せっかくのステージなんだから」
さらに、劇で使ったという衣装姿の恋が明るく笑って、
「大丈夫だよ。あれだけ練習したんだもんっ」
「ほんと。美桜ってば練習に関しては鬼だったわ」
ため息交じりに愚痴をこぼすと当の本人は「そう?」と首を傾げた。
「叶音もああいうの好きだと思ったんだけど」
「嫌いじゃないけど限度があるでしょ、この鬼コーチ!」
◇ ◇ ◇
恋を買収、もとい抱き込み、じゃない説得して優先的に美桜のライブ参加を決めさせたあたし。
あたし、美桜、恋の三人に加えてさらに二人のメンバーを押さえることに成功して無事に即席ユニットが結成されたんだけど、そこからが大変だった。
衣装は揃えて作るお金も時間も厳しいからそれぞれ手持ちでなんとかすることに。
曲はオリジナルなんて無理だからみんなが知っている曲の中から何曲か選んだ。
練習場所は部室が使えるし、部室を他のグループが使う時は屋上を使ったり、先生にお願いして空き教室を借りたりできた。
レッスンにあたってコーチを買って出たのは美桜だ。
「歌もダンスも専門じゃないけど、プロの指導を受けた経験はいっぱいあるから。真似事くらいならできると思うんだ」
モデルとして、役者として。週に何度かは事務所に通ってレッスンを受けている彼女は確かにプロの視点とプライドを持っていた。
クオリティの低い演技は論外。
上手でもお客さんの心を掴めなかったら失敗──という世界で戦う彼女は厳しくあたしたちを指導した。といってもただスパルタだったわけじゃない。
締めるところは締める。
重視されたのは練習風景を撮影してどこが悪かったのか客観的に認識すること。頭ごなしにここがだめ、あそこがだめ、と言われるとイラっとするけど証拠が残っていたら文句も言えない。あたしだってやるからには完璧にしたかったし。
ただ、練習量が尋常じゃなかった。
忙しい子だから本人が練習に参加できるのは数回きりだったけど、それなのに本人はけろっとした顔であたしたちのクオリティに追いつき、追い越そうとしてくる。
「ねえ美桜ちゃん。上手くなるコツとかってあるの?」
ある時恋が尋ねると彼女はこう答えた。
「とにかくひたすら練習すること、かな?」
そんなことは言われなくたってわかってるわよ。
言い返してやりたくなったものの、
「あんたは毎日どれくらい練習してるわけ?」
「あはは。まあ、自慢できるほどじゃないんだけどね。平日は学校あるし、うち二階だから飛び跳ねたりできないし。夜更かしすると肌が荒れるし」
苦笑しながら答えてきた練習内容は朝のランニングが毎日1.5km、授業中の暇な時はイメトレ、帰ってから毎日一時間は鏡の前に向かい、健康のためのストレッチなどをしている時間を利用して曲を聴いたりアニメやドラマをチェックしたりする。
休日の練習はというと「平均で四、五時間くらい?」とさらっと答えてきたので化け物かと思った。
もちろんこれは役者やモデルとしての練習も含んでいるから一概には言えないけど、逆に言うと美桜はライブが決まる前から同じだけ練習していたってこと。
アイドルとしてじゃなくても練習する習慣があって、上手くなるために努力する方法を知っていた。これは大きい。
本人がそれだけ頑張ってるってわかるとあたしたちもやらないわけにはいかない。
美桜を誘ったのはこの子ならメンバーとして申し分ないって思ったからだし、華があるからセンターも譲った。それでもあたしは美桜の知名度や人気にただ乗っかるつもりはない。自分としても刺激になると思ったから誘った。
踊って歌ってはそれを撮ってチェックする地道な作業の繰り返し。
「特定の役柄とか作品を演じるなら繰り返し練習するのが一番だよ。役者なら役作りとかもあるけど……あ、でも歌手でもあるのかな」
「役作り?」
「うん。その曲がどういう曲なのかが頭に入ってれば歌い方も振りつけも変わってくるでしょ?」
そんなもん聞いた通り──恋の歌なら恋の歌じゃないの、と思ったけど、
「じゃあ、叶音は歌詞だけで頭の中に物語を作れる?」
「え、なによそれ」
「歌って物語みたいなものでしょ。こういう人がこういう体験をした曲なのかな、って言えるところまで役作りできてるかってこと」
考えたこともなかった。もちろん、好きな曲は漠然としたイメージがあるけど、はっきりとイメージしながら聞くなんてしたことない。
「それって絶対、すり合わせたほうがいいわよね?」
「そうだね。一人で聴くならともかく、歌う側に回るなら」
できることはやった。
こんなに練習したのは生まれて初めてかもしれない。
もちろん、今までだってアイドルになるために努力してきたけど、今までやってたのは誰かに見せるためじゃない。練習と言いながら好きなアイドルの真似をしていただけだったとも言える。
でも、今回はステージに立つために練習した。
あたしにとっては初めてのステージ。
昨日の生徒たち向けのライブもどきどきしたし緊張したけど、あたしたちの本番は今日だ。外部の人が入ると人数も熱量もぜんぜん違う。
ただの学校の体育館だけど、これはちゃんとしたライブだ。
◇ ◇ ◇
前のグループがもうすぐ終わる。
あたしたちはラッキーなことに大トリを任された。
たぶん、美桜がいたからだと思う。でもそれでいい。こいつに負けないくらいの歌とダンスを見せつけてやればいい。
「叶音ちゃん叶音ちゃん。あれ、やらない?」
「あれ?」
「アイドルがよくやってるやつ。番号と掛け声言うの」
「ああ」
そういえばそうだった。
昨日は緊張でそれどころじゃなかったけど、あれもあたしの夢の一つ。
今ならあれができるのか。
「いいわね。やりましょうか」
言えばみんなも頷いて、
「じゃあ、リーダーから」
「え。あんたがリーダーじゃないわけ?」
「わたしはそういう器じゃないよ」
「言い出しっぺは叶音ちゃんでしょっ?」
それはそうだけど。
あたしはしぶしぶ「わかったわよ」と頷くとみんなを促した。
円陣を組んであたしから番号を言っていく。最後に美桜が「5!」と言ったところでリーダー──つまりあたしがグループごとの決め文句を言うんだけど、気の利いたセリフなんて思いつかない。
パニックになりかけながら、ええい、と言いたいことを言った。
「絶対成功させてスカウトに繋げるわよ!」
「おー!」
よかった、乗ってくれた。
なんか言ったら少しすっきりした。前のグループが終わって、美桜のためのキーボードが実行委員の手で設置されると、あたしは笑顔で、
「さ、行くわよ!」
後はもう夢中で一瞬の出来事だった。
振り返ってみるといくつもミスをしたし、中には恥ずかしくて思い出したくないような凡ミスもあったけど、でも楽しかった。
思った以上の人数が体育館には詰めかけていて、カメラまで向けている人もいた。
熱い。
熱くて、楽しくて、あたしは初めてアイドルみたいに歌う感覚を知った。
終わった後、呼吸の整わないあたしに美桜が笑って聞いてきた。
「叶音、楽しかった?」
何を聞いているのか。
あたしは鼻で笑って答えた。
「当たり前でしょ? 最高に楽しかったわ!」