♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
六月の真ん中くらいになるとプールの授業が始まる。
プールはあまり好きじゃない。
泳ぐのは好きだ。嫌いなのは女子がうるさいから。
『燕条君! えいっ! あははっ、びっくりした?』
去年、僕は香坂からしつこくいじられた。
突然水をかけられた上にけらけらと笑われ、かっとなって「何するんだよ!」と怒るとあいつは「なんで怒るの!?」と泣き出した。
嫌がらせをしてきたのはそっちなのに。
僕たちは先生に呼ばれて事情を聴かれた。その後で先生に言われた言葉は今でも心に残っている。
『湊くんは男の子なんだから、女の子には優しくしてあげて』
香坂は恋愛マンガみたいにじゃれ合いたくて僕に水をかけたらしい。
男はそういう女の子の気持ちを「わかってあげて」、嫌なことでも我慢しないといけない。そう言われた気がしてしばらくの間は本当に女が嫌いになった。
一応、あいつからも謝られたし、一週間もしたらけろっとして話しかけてきたので「ああ、こいつにとっては大したことじゃなかったんだな」と思ったけど。
ああいうのがまたあるかもしれないと思うと憂鬱になる。
でも、ずる休みはできない。
ため息をつきたい気分でプール道具を持って家を出た。
「燕条」
通学路で僕を呼び留めたのは男の声。
家が比較的近くてたまに登校が一緒になる先輩だった。女子じゃなかったことにほっとして「おはようございます」と挨拶。
先輩は自然に僕の隣に並ぶと「お、今日プールか」と言った。
「いいな。女子の水着見放題じゃん」
「なにがいいんですか、そんなの」
「何って、なんかエロいじゃん」
僕にはよくわからない。男子と女子は違う。でも身体つきはそんなに違わない。自分の身体を見ているのと大して変わらない気がする。
すると先輩は「ああ、そうか」と頷いて、
「俺も感動したのは去年だったかもな。今年は期待していいぞ」
ぽん、と肩を叩かれた。
「お前のクラスには香坂もいるじゃん。あいつ可愛いよな」
「可愛いですけど性格悪いですよ、あいつ」
最近は大人しくなったけど、たまに上から目線でからかってくる。
「ちょっとくらい性格悪くても良くないか? あれだけ可愛かったら」
「そうかなあ」
僕としては性格の悪さで帳消しだと思う。
「美桜ちゃん、今日はプール入れるかなあ?」
「大丈夫じゃない? 今日けっこう暑いし」
「六月に入ると急に暑くなってきますね」
先輩と別れて教室に入ると、香坂と嬬恋、西園寺が集まって話をしていた。
他にもプールの話をしている女子が何人もいる。みんなからの「おはよう」に応えながら席に向かうと、
「おはよう、燕条君」
「……おはよう」
普段あんまり話しかけて来ないくせに香坂は挨拶だけは必ずしてくる。
ノルマなのか。
終わるとすぐどっかに行ったり友達と話し始めるし。
「今日はこのまま晴れていれば体育の授業はプールになります」
朝のHRでは先生がそう宣言。途端、歓声が上がって教室の中が騒がしくなった。
別に曇ってもいい。
僕の想いは神様に届かなかったらしく、僕たちは着替えてプールに集合になった。
「マンガとかだと女子の水着姿にドキドキする場面とかあるけど」
授業で使う水着は男子と女子で分かれているだけでみんな同じだ。
女子のはひらひらした飾りがついていていかにも女子っぽいけど色は紺で地味だ。せめてこれがもっと可愛い水着だったら少しは違うかもしれない。
そういえば、香坂たちは水着買いに行ったとか言ってたっけ。
可愛いのを買ったと自慢なのかなんなのか他の女子と話していた。
香坂の水着。どんな感じなのかいう想像を慌てて振り払い、もう一人の男子と一緒にプールに出て、
「あ」
「あ」
偶然、あいつと目が合ってしまった。
髪を頭の後ろで纏めてスクール水着をつけた香坂。相変わらず肌が白い。手も足も僕より細くて大丈夫なのか少し心配になる。でも別に痩せすぎてるってわけじゃなくて、胸も去年は気づかなかったけど今年はわりとはっきり膨らんでるのが、
「あれー? 燕条くん、美桜ちゃんが気になるのー?」
「ち、違うって」
嬬恋にからかわれた僕は香坂をじっと見つめていたのに気づいて慌てた。
西園寺もにやりと笑っているし、この分だと親玉にもいじられるのかと思ったら、
「わたしの水着、どこか変?」
小さく小首を傾げて見つめられて逆に驚いてしまった。
「別に」
ぷいっと顔を背けて歩いて行くと、背中の方から香坂と西園寺の会話が、
「うーん。やっぱり去年のだとちょっと小さいかなあ」
「新しいサイズも用意してあるのですよね? 次回はそちらを試してみればいかがですか?」
ああ、水着のサイズが小さかったから気になったんだ。僕は自分をそうやって納得させた。
その後はただ黙々と授業を受けるだけ。
女子も去年よりは大人になったのか、それとも香坂の「押して駄目なら引いてみよ」作戦が少しは効いているのか、真面目に泳がずにはしゃぐ雰囲気は少なくて。
ちゃんと泳げるようになりたい僕は香坂のことなんて特に見なかった。
そう。
実は運動神経が良くて泳ぎも女子の中で二番目くらいに早かったのとか。
水から上がった時に水飛沫がキラキラしてたのとか。
普段は隠れてる首の後ろの部分が見えて何か変な気分になったとか、そういうのは全くなかった。
なかったったらなかった。
◆ ◆ ◆
高校にはプールの授業がなかったから泳ぐのは久しぶりだった。
美桜の身体は運動面でもスペックが高いようで、コツさえ取り戻せばクラスの女子と競争ができるくらい速く泳げた。
水に入るのはやっぱり気持ちいい。
みんなで泳ぎに行くのも楽しみになってきた。そう言うと恋と玲奈が嬉しそうな顔をして計画を立て始めて、本格的に夏の予定が一つ増えそうだ。
その日の放課後はまたほのかの家にお邪魔。
前もやったように別々に学校を出て後から合流。
家の場所はもう知ってるので今回は僕だけ適当に時間を潰して、ほのかが帰ってから時間差で橘家を訪ねることに。
バス一本分。
長いと見るか短いと見るか。準備もあるだろうしもう少しゆっくりしてから行こうか。バス停を下りて歩きながら考えていると、視界の隅でタクシーが停車。
「やあ、美桜ちゃん」
「お兄さん」
既に顔なじみになった男子高校生が車を降りて歩いてきてくれる。
「今日は早かったんですね」
「楽しみにしてたから、今日は急いで帰ってきたんだ」
「わたしも楽しみにしてました」
僕が小学生じゃなくて相手がお兄さんじゃなかったら「口説かれてる?」と勘違いしそうな台詞だ。
もちろん僕たちの興味は恋愛じゃなくてマンガのほうだ。
「お兄さん、自信ありそうですね?」
「ああ。やっぱりアイデアが良いと違うね。作業していて凄く楽しかったよ」
「ますます楽しみになってきました」
「しまった。先にハードルを上げ過ぎたな」
二人並んでマンションへ歩いていると道行く女性の視線がちらちらと向けられてくる。
お兄さん、こういうのが嫌でタクシーを使っていたはずだけど、今日は気づいていないみたいだ。趣味に熱中できているみたいで安心する。
「そういえば今日はプールだったみたいだね」
「はい。今年初めてです。とっても気持ち良かったですよ」
「はは。ほのかは泳ぐのが苦手だから嫌がってたよ」
「ほのか、フォームは綺麗なんですけどスピードは出ないみたいなんですよね」
大人しい性格が影響しているのかもしれない。
遅くとも泳げているわけだし、ほのかは明らかに文系だから無理して速くならなくてもいい。
「母さんからも美桜ちゃんの話を聞いたよ。雑誌の読者モデルをやったんだってね」
「恥ずかしいので雑誌、買ったりしないでくださいね?」
「え。資料に買おうかと思ったんだけど」
「そこはせめてほのかへのプレゼントにしてください」