♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女   作:緑茶わいん

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美桜と美桜 2018/12/15(Sat)

「ようこそお越しくださいました」

 

 出迎えてくれたのは小百合さんでも菖蒲さんでもない、西園寺家のメイドさんだった。

 導かれるまま、応接間の一つの前に立つ。

 ノックの音。返ってくる玲奈の声が冷ややかに聞こえて、今すぐここから逃げ出したくなる。

 ついに開かれるドア。

 脇に立って会釈してくれるメイドさんにお礼を言う余裕もないまま、わたしは部屋の中へと入って、

 

「遅かったじゃないか、偽物」

 

 ソファの一つに悠然と腰をかけ、足を組むあの男を見た。

 足が止まる。逃げ道を塞ぐように背後でドアが閉じる。

 窓からは陽光が差し込んでいるのに、闇の中にいるような気がする。

 玲奈。

 それから恋は男と向かい合うようにして座っていた。

 小百合さんと菖蒲さんは二人のサイドに。彼女たちがこちらへ向けてくる表情は平坦で、それがどうしようもなく辛い。

 かけられた言葉、そして状況からわたしは全てを察した。

 睨むように見れば、彼は肩を竦めて、

 

「全部話したよ。君の秘密を。そして俺こそが本物だってことを」

「わたしは」

「止めろよ、その気持ち悪い口調。偽物の癖に」

 

 強烈な悪意に胸が苦しくなる。

 視線を落としたわたしに玲奈の声が刺さって、

 

「こちらの方から全てを伺いました。あなたと彼は小学五年生のあの時を境に入れ替わったのだと」

 

 違う。

 そう言いたいのはやまやまだったけれど、否定するだけの材料はない。

 なにしろ、こいつが本当に「香坂美桜」ならば、こいつだけはわたしたちが入れ替わった証拠を持っている。

 記憶。

 記憶喪失と言って誤魔化してきたあの時以前の思い出を話せば、玲奈たちには絶対に伝わる。

 

「美桜ちゃん、あのね──?」

「恋さん、ここは黙ってください」

「っ。……うん」

 

 遠慮がちになにかを口にしようとした恋が口をつぐみ、男の笑い声が室内に響いた。

 

「記憶喪失だって言って誤魔化していたらしいな? なあ? 悔しければ答えてみろよ。小学三年生の時の遠足で恋がやらかした失敗を。小学四年生の夏休み明け、玲奈がくれたお土産がなんだったか。

 二人との出会いがいつ、どんなものだったか」

「っ」

 

 答えられない。

 黙ったままのわたしを見て、玲奈がため息。

 

「真実なのですね、すべて」

 

 観念するしかなかった。

 全て秘密にするつもりだったけれど、こうなってしまって隠しとおせるとは思っていない。

 わたしが「……うん」と小さく頷くとすぐさま「どうして」と追及の声。

 怖い。

 涙が溢れて、身体が震えて、うまく声が出てこない。

 

「それは、言っても信じてもらえないと思ったから。みんなに嫌われたくなかったから。……この生活が楽しかったから」

「自分勝手な理由だな、なあ玲奈?」

 

 なおも悠然とする男。

 まるで自分の物のように玲奈を呼ぶ彼だけれど、もしかして何かされたのだろうか。

 玲奈たちの服に乱れがないか確認しようとして、目を合わせるのが怖くなり視線を戻す。

 ぽろぽろとこぼれる涙で絨毯が濡れる。

 

「お前は香坂美桜じゃない。俺が本物の香坂美桜だ。そうだろう、向こうの世界の燕条湊!」

 

 なにも、反論できなかった。

 代わりにわたしは彼に尋ねる。

 

「なにが目的なの。わたしはどうなっても構わない。でも、みんなには迷惑かけないで」

「何を偉そうに。今更その身体に戻るつもりはない。ただ、お前には罰を受けてもらわないとな」

「罰?」

「偽物と恋人同士になっていたと知って、こいつらが今まで通りでいてくれると思うか?」

 

 否定しない玲奈。唇を噛んで目をそらす恋。

 壊れる。

 壊れてしまう。わたしの大切なものがぜんぶ。

 二人を奪われて平静でいられる自身はない。お仕事もきっと、もうできない。

 クリスマスを目前にして彼が動き始めたのは、きっとわたしに「最悪のクリスマス」を見せるためだ。

 奪われた事実。失った事実。見せつけられたわたしにできることはあるだろうか。泣いてすがって、それで彼は許してくれるだろうか。それとも、わたしの自由さえもも奪おうというのだろうか。

 

 男は立ち上がると二人に歩み寄ってそっと手を伸ばす。

 その手が恋のツインテールに触れようとして──。

 

「菖蒲。その男を捕縛なさい」

「かしこまりました、お嬢様」

 

 菖蒲さんが目にも留まらぬ早業で男を押し倒し、どこかから取り出したロープで縛りあげた。

 

「……え?」

 

 呆然としていると、小百合さんが「美桜様、こちらへどうぞ」と椅子を出してくれる。

 

「その汚物の座っていたソファなど座りたくはないでしょう?」

「え、はい、あの。小百合さん、どうして?」

「どうしてと申されましても」

 

 きょとん、とした表情が返ってきて、

 

「尊大な態度の男に『俺が本物の香坂美桜だ』と言われても実感がありません」

「そんなことで……?」

 

 菖蒲さんの方を見れば、彼女はさらに男を縛り上げつつ、

 

「我々使用人はお嬢様の意思に従います。口外禁止を命じられれば墓まで持って行きましょう」

 

 すっかり腰が抜けてしまった身体を上等な椅子に落ち着けると、恋が「美桜ちゃん!」と駆け寄ってくれる。

 差し出された手にびくっとしてしまうも、柔らかな手で強引に包み込まれて。

 

「ごめんね? 怖かったよね?」

「恋、あの、わたし、でも」

「いいのです。なにも言わないでくださいませ、美桜さん」

 

 玲奈の手がさらに上から手を包み込んだ。

 温かい。

 恐怖が和らいで安心に変わっていく。

 

「何故だ!」

 

 怒りの声を上げたのは男で、彼は菖蒲さんに「黙りなさい」と布を噛まされてもなお、むーむーと呻きこっちを睨んでくる。

 それに冷ややかな視線で答えたのは玲奈だ。

 

「何故ですって? 決まっているでしょう。過去がどうあろうと今は彼女が香坂美桜で、あなたはただの不心得者だからです」

「玲奈」

 

 振り返った少女は苦笑を浮かべて。

 

「最初は驚きました。騙された憤りも多少はあります。ですが、そんなものは些細な問題です」

「恋」

「美桜ちゃんは美桜ちゃんだよ。美桜ちゃんが努力してきたこと、私はちゃんと知ってるもん」

 

 嬉しい。

 驚きで頭が追いつかないけれど、これは嘘でも夢でもないらしい。

 今度は幸せの涙がこぼれる。ぽろぽろと涙をこぼしながら、わたしは恋人たちの言葉を聞いた。

 

「悪党さん。自分が本物だと言うのなら、何故いつまでも『俺』と言い続けるのです? 奪われた身体を取り返すのではなく、わたくしたちの身体を望むのです?」

「美桜ちゃんは私たちのことを気遣ってくれたよ。あの頃からずっと努力して、私たちにも優しくしてくれてたよ」

「例えば、入れ替わった時期がもっと後だったのなら答えも違ったでしょう。ですが、わたくしたちが思い描く『香坂美桜』はもはや、小学五年生で記憶喪失になってからの美桜さんです。……我が儘ばかり言っていた頃からまったく進歩していないあなたではありません」

 

 愕然と目を見開く美桜──いや、男。

 玲奈は彼に淡々と告げた。

 

「今回の件は母にしっかりと報告させていただきます。実の息子がわたくしの恋人に手を出したのです、お母様方の処遇も考えていただかなくては」

 

 そういえば、彼の家族は玲奈のお母さんの部下だった。

 息子が西園寺家に危害を加えてくるような人物は「不穏分子」として解雇されても仕方がないだろう。

 

「二度と顔を見せないでくださいませ。今後、何らかの問題が発生すれば穏便には済ませません」

「そういうことなら、私に任せてくれないかしら?」

「先輩」

 

 実のところ、この家に来たのはわたし一人ではなかった。

 念のためにと一緒に来てくれた梟森先輩は「邪魔になるから」と部屋の前で待っていてくれたのだけれど、話が落ち着いたのを見て入ってきた。

 どういう「念のため」なのかと思ったら、最初からこういう展開を見越していたのか。

 

「あまり多用して良い魔術ではないけれど、彼の記憶を操作するわ。そうね。小学五年生以前の記憶を封じれば十分でしょう」

「それでは今日の出来事は記憶に残ってしまうのでは?」

「記憶というのは紐づいているものよ。大本の記憶が消えれば、そこから繋がる今日の記憶も歯抜けになって本質を失う。……彼が美桜に執着することはなくなるでしょう」

「わかりました。……梟森先輩、わたくしはあなたのことを誤解していたようです。あらためてお礼を言わせてくださいませ」

「気にしないで。あなたたちと美桜が別れた時のために点数を稼ぎたいだけだもの」

 

 ツンデレ気味に言い訳する先輩に玲奈はくすりと笑って、

 

「ご心配なく。わたくしは絶対に、美桜さんを手離しませんから」

「あ、ずるい! 私だってずっと美桜ちゃんと一緒だからね!?」

 

 わたしは再び、愛する二人から笑顔を向けられることができた。

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