♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
衣装に乱れがないことをもう一度確認する。
上着、インナー、スカート、手袋、その他もろもろ全部OK。何度もチェックしてるけど、完璧を維持することがあたしにとってある種のルーティーンだ。
よし、と口に出して呟けば気合いも入る。
あたしがいるのは国内有数の知名度を誇るドーム会場の舞台袖。
当然、相原叶音ではなくアイドル『Canon』として立っている。
会場はほぼ満員。
数えきれないお客さんが今か今かとあたしたちを待ちわびている。その光景を目にしただけで涙がこみ上げてくるけど、メイクした状態で泣きじゃくるわけにもいかない。
泣くのはライブが終わってからにとっておこう。
振り返れば、ツインテールの恋と髪をアップに纏めた玲奈が互いのコンディションをチェックしあっていた。
長年ツインテールをトレードマークにしてきた恋もさすがに高校に入ってからプライベートでは髪をほどいた。昔に比べれば性格も落ち着いたので、その髪が思う存分揺れるところを見られるのは仕事関係の時だけだ。
胸は憎らしいほど大きくなって、男の子から口説かれることもけっこう多いらしい。
玲奈は昔から大人っぽかったけど、今はもう二歳くらい年上なんじゃない? っていう風格がある。
体型的な女らしさ、ぶっちゃけて言えば胸のサイズはメンバーで一番下だけど、それ以外の部分は完璧って感じで一部の女の子からは絶大な人気がある。
仕事しながらきっちり勉強もこなしてるあたりも「この子ほんとに同じ人間?」と思うことが多い。
「二人とも、珍しくあいつも世話焼いてないのね」
声をかけると二人は揃って振り返って、
「だってほら、あれ」
「あの状態の美桜さんを邪魔することはできないでしょう?」
言われて見れば、少し離れたところでうちのセンターが呆けていた。
呆けるっていうのも違うか。感慨にふけっているような、精神統一をしているような、なにかを思い返しているような。
『mio』こと香坂美桜。
北欧の血のおかげで色白の肌。銀のアクセでまとめたさらさらの髪は遠めにも艶めいている。日本と海外の良いとこ取りをした顔立ちは妖精だとか女神だとかファンから好き勝手に褒めちぎられている。
姉の美姫さんと違ってモデルとしての一つのライン、165cmには届かなかったけど、やたら高い身長を求められるのは海外を含む男との釣り合いのためもある。女子からはむしろちょうどいい、と人気がある。
不満だけどこいつの胸も(恋ほどじゃないにしても)なかなかのサイズ。
男が放っておかないどころか「男をえり好みできる」ごく一部の特権階級のくせに男にまったく興味ないっていうのもまたむかつく。
「ほら、美桜。いつまでぼーっとしてるのよ」
むかつくので頬を突っついてやった。
意識を現実に戻した美桜は「ごめんなさい」と微笑む。
「随分遠くまで来たなあ、って思って」
「そうね。やっとここまで来られたわ」
あたしとしても感慨深い。
ユニット単独でこの規模のドームライブはトップアイドルの証と言っていい。
そうなれたのも、
「あんたのおかげよ。ありがとう」
素直にお礼を言えば、センター様は「そんなことないよ」と首を振る。
「これはみんなで頑張ったから。わたしの力はたった四分の一」
「よく言うわよ、まったく」
「あれ? もしかしてリーダー、弱気になってる?」
「なってない」
別に美桜がリーダーで良かったのに、こいつは「わたしは他のお仕事が入ることも多いし、グループのリーダーは別の人がいいと思う」とか言ってあたしに押し付けてきた。
おかげで全員の面倒を見る羽目になっていろいろ大変だった。
まあ、物分かりのいいメンバーばっかりだからそこはありがたかったけど。
「叶音もほんとに立派になったよね。アイドルのオーラすごいよ」
国内トップクラスの知名度を誇る芸能人様が言うか。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと気持ち切り替えなさいよね」
「ん、そうする」
答えて目を閉じた美桜は一秒後に目を開くと完全に表情を切り替えていた。
ほんと、昔からそうだけど、こういうところは敵わない。
瞳をきらきらと輝かせた笑顔。今は「静」によって綺麗さだけど、ライブが始まると滑らかに「動」の綺麗さに変わる。
声優という声の専門家でもあるこいつはさらにハイレベルの歌まで載せてくる。
モデル様がダンスの動きに手を抜くわけもなく、本当に、張り合い甲斐がある。
美桜の手を取ったあたしは四人を揃えて、
「行くわよ。……このライブ、絶対に成功させる」
重ねた手は一斉に上へ。
あの頃から何度もライブを経験してきた。言っていることはあまり変わってないけど、舞台のレベルはどんどん上がって、ついにここまで来た。
年々増えるあたしたちの曲はとっくに単独ライブに十分な数に達している。
その中には美桜がヒロインを演じている人気アニメの主題歌も含まれる。
あの作品の人気があたしたちの知名度に一役買っているのは間違いない。その作品を作った一人も元はと言えば美桜。
あたしたちの曲のいくつかで作詞をしてくれたほのかだってもともとは美桜の影響で創作を始めたらしい。実は小学校の頃から仲良かったのに恥ずかしくて言い出せなかったとか、聞いた時はさすがに「泣くまでくすぐりの刑にでもしてやろうか」と思った。
そのほのかは関係者席で応援してくれているはず。
今となってはあの子も人気の現役女子高生作家様。オリジナルもノベライズも百合も男女の恋愛もこなすマルチな才能で引っ張りだこになっている。
本当に、こいつはどこまで計算してやってたんだか。
マンガだけじゃなくてゲームも作り、そっちもヒット。モデルの写真集なんかも加えると出版物等々の販売収入だけで暮らしていけそうなレベル。
アイドルグループ結成してからようやく公開された初出演映画が話題になってからドラマや映画の出演もどんどん増えた。
めちゃくちゃ忙しくて悲鳴上げてたくせに無理やり作り出した暇を使ってイベントにコスプレしに行った挙句正体バレてレイヤーとしても有名になって、公式イベントでコスプレするのが当たり前にもなった。声優のくせにモデルできるレベルに可愛いとか運営側としても使いやすすぎる。
美桜の影響であたしたちもアニメで役もらったりしたし。
こいつは、これからあたしたちをどこに連れていくつもりなのか。
案外来年くらいには海外でライブさせられてそうな気もする。もちろん臨むところだけど。
高校卒業したら結婚するとか言ってる美桜たちは「結婚資金を稼がないと」が口癖だ。式の費用どころかもう一生遊んで暮らせるだろうに。結婚しても仕事辞める気もなさそうなのがすごいというかなんというか。
でも、あたしも、そのうち。
約束した相手。その顔を思い浮かべて、心をさらに燃え上がらせる。
ステージに立てばスポットライトと歓声があたしたちを包んで、豪華な設備から奏でられるサウンドがドームの空気を揺らした。
ライブの結果?
そんなの、言うまでもないに決まってるでしょ?
〈終〉