♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
話をしているとあっという間にマンションに着いた。
エレベーターのボタンを押して箱の中へ。この独特の閉鎖空間の中だと不思議と人は黙りこんでしまう。短いはずなのになんだか長いような気がする時間。
手持ち無沙汰になって視線を動かしてお兄さんの顔を見上げる。
僕と比べるとだいぶ背が高い。顔だって言うほど悪くないと思う。どうしても男子目線になるので「女子受けする顔」がよくわからないけど。
「ん? どうかした、美桜ちゃん?」
「いえ。お兄さんって案外格好いいですよね」
「美桜ちゃん。それ、男にほいほい言っちゃ駄目だからね」
◆ ◆ ◆
年上の余裕で答えながら俺は内心で動揺していた。
急に「格好いい」とか言われてついドキッとしてしまったからだ。
相手は小学生の女の子。しかも妹の友達だっていうのに。
──女嫌いはどこ行ったんだよ。
心の中でツッコミを入れると程なく動揺は収まった。
美桜ちゃんも特に意図があって言ったわけじゃないらしく「すみません」と軽く目を伏せて、
「ところで、男の人からもし『付き合ってくれ』って言われたら断っちゃいけないんでしょうか?」
「いや。断っても大丈夫だよ。……悪い奴だと『断られた』って言いふらすかもだけど」
「なんですかそれ。男の人って怖いんですね」
俺は女が怖い。
恋愛に興味がないっぽい美桜ちゃんと、グイグイ来る女は懲り懲りな俺。
けっこう相性がいいのかもしれない。
◆ ◆ ◆
「お帰りなさい、お兄ちゃん。……あれ、美桜ちゃんも一緒?」
「ああ。帰り道で一緒になってさ」
橘家に到着するとほのかが出迎えてくれた。
と、思ったら一緒にいるお兄さんに彼女の目がすっと細められて、
「もしかしてデート?」
「なっ!? そんなわけないだろ!? 美桜ちゃんみたいな可愛い子は俺なんか眼中にないよ」
「お兄さん、そこは『小学生には興味ない』って言うところじゃないですか?」
「うん、でもお兄ちゃんには美桜ちゃんはもったいないかも」
「ほのかまでそんなことを言うのか……」
お兄さんは若干肩を落としつつも自室のドアを開いて、
「マンガ、ほのかの部屋に持って行こうか?」
「わたしはお兄さんの部屋でもいいですけど」
「じゃあリビングを使おうか」
今日もお母さんは仕事でいないらしくリビングはがらんとしていた。
ほのかが淹れてくれたお茶をゆっくりと飲んでいると着替えを終えたお兄さんが紙の束を持って歩いてきた。
「お兄さんはアナログ派なんですね」
「パソコンに周辺機器を揃える金がね。……バイトするかなあ。でもマンガ描く時間が削られるしなあ」
「同人誌を売るとか」
「それで稼げるのは一部の売れっ子だけだろ」
見せてもらったのは複数種類のネームとキャラデザ。
ぶっつけで描き始めたりせず、じっくり練り上げようとしているのがなんとなく「らしい」。
お兄さんの絵は結構線が綺麗でラブコメとかやってもいけそうな感じだけど、今回は意識してラフさを残す方向で考えているみたいだ。
服装は西部劇とか時代劇みたいな「適度な汚さ」のある感じ。荒廃した未来なのか文明が発達する前なのか不思議な感じが雰囲気を盛り上げてくれている。
「いいですね、これ」
「本当?」
嬉しそうな顔でぐいっと身体を近づけてきてから、彼ははっとして、
「正直に言って欲しい。原作者兼、身近にいる有識者として」
「買い被り過ぎですよ」
と苦笑して答えつつ、僕は気になった点を敢えて拾いあげていく。
「キャラデザは連載を意識しましたか?」
「ああ。売れてるマンガを参考にしたから自然とそうなったかも。ちょっと変えた方がいいかな?」
「読み切りなのでもうちょっと描き込んでもいいかもしれません。連載化する前と後でデザイン変わってるマンガとか良くありますし」
「ふむふむ」
「ネームは冒頭にインパクトが欲しいですよね」
「それな。逃げてるヒロイン助けるくらいの勢いのほうがいいかな?」
「ありだと思います。読みきりならもったいぶる必要はありませんし、できる限り圧縮するくらいの勢いで」
「悪役ってこのキャラデザでいいかな?」
「能力とも噛み合ってるしいいと思いますけど、もうちょっとインパクトがあってもいいかもです。デブとかハゲとか、事あるごとに何か食べてるとか」
「事あるごとに何か食べてるハゲデブか……」
「全部やらなくてもいいんですからね!?」
僕ももちろん素人だけど、マンガはネームとキャラデザが一番大変らしい。
これが文章──例えばラノベならスマホなりPCなりを使って細かく修正がきく。イベントの順番を入れ替えたりとかも簡単にできてしまうけど、いったん描き始めてしまったマンガはそうもいかない。PCとソフトを使えばある程度は楽になるけど、それにしたってページ単位の描き直しは必要だ。
逆に言うとネームが固まってしまえば後は描くだけ。
描いてから「なんか違うな……」ってなる可能性についてはうん、まあ。そうなる確率を減らすためのネームだし、ということで。
僕たちはお茶を飲みながらああだこうだと一時間くらい話し合った。
主に話しているのは僕とお兄さんだったけど、ほのかも僕たちの傍で興味ぶかそうにしていた。せっかくなので彼女にも意見を求めると、
「えっと、私はもっとヒロインの子が可愛くても良いと思う」
「これ以上か? それだとお姫様級になるぞ?」
「でも、ありだよほのか。女の子が応援できるキャラがいた方が人気が出るかも」
物語に触れた数ではほのかもかなりのもの。その意見は馬鹿にできない。
そうして、
「よし。これで描いてみるよ。出来上がったらまた見て欲しい」
「はい。いよいよですね、お兄さん」
「ああ。上手くできたら美桜ちゃんとほのかにもお礼をしないとな」
今日はタクシーで送ってもらわなくてもいいように早めに橘家を後にする。
借りていた本は返して、また新しいのを貸してもらって。本の感想はグループチャットで言い合っているので直接会ってやらなくても大丈夫。
玄関で「じゃあ、また」と言ってほのかと手を振りあって、
「あ、美桜ちゃん」
「? どうしたの?」
なにか忘れ物があっただろうか。振り返って首を傾げると、友人は「ううん」と首を振った。
「なんでもない」
「そっか。……じゃあ、もしなにか思い出したら教えてね?」
「うん。必ず」
彼女がその時何を言いたかったのか。
僕が聞かされるのはもう少し先の話になった。
◆ ◆ ◆
夏服でも水着でも美桜ちゃんは別格だ。
衣替え初日から夏服を着てきた美桜ちゃんは白いブラウスのお陰もあってきらきら輝くみたいだったし、プールの時の美桜ちゃんはまるで水の妖精みたいで、あの燕条君でさえちらちら視線を送ってた。
──たぶん、美桜ちゃんは気づいてないと思うけど。
美桜ちゃんは忙しい。
嬬恋さんと西園寺さんはもちろん、他にもたくさん友達がいる。読者モデルのお仕事まで始めたみたいでますます忙しくなったみたいだ。この前はファッション誌のチェックをしているとマンガが読めない、って悲鳴を上げていた。
私はいつもギリギリまで冬服。プールの授業も好きじゃない。
多才で人気者な美桜ちゃんとは私じゃ釣り合わない。
お兄ちゃんのマンガが完成したら家にはもう来てくれないかもしれない。忙しくてマンガをあんまり読めなくなったら感想も送ってくれなくなるだろうし、そうしたら、すぐにまた「クラスメートの一人」に逆戻りしてしまうかもしれない。
せっかく仲良くなれたのに。
私にもなにかできることがあればいいのに。
私にしかない、美桜ちゃんとの繋がり。
「……そうだ。物語なら」
私にはお兄ちゃんみたいにマンガの才能はない。
でも、絵じゃなくて文章で綴るのならできるかもしれない。国語は得意だし、作文も好きだ。物語なら人よりずっと多く読んでる自信がある。
私にも物語が作れるだろうか。
「やってみよう」
もし、私に物語が書けるようになったら美桜ちゃんに読んでもらおう。
それから、美桜ちゃんの『妄想』を私にも教えて欲しい。そうしたら今度は私が物語にする。それならまた私は美桜ちゃんの特別になれる。
もちろん、簡単なことじゃない。
今までの私なら思いついても実行する前に諦めていたと思う。
でも今回は、美桜ちゃんを見送って部屋に戻るとすぐスマホを取り出して、思いつくままひとつずつ文字を打ち込み始めていた。
いつか形にできるように。
いつか、すごい美桜ちゃんにもっと近づけるように。
「言うのは、もう少し先でいいよね」
恥ずかしいから、美桜ちゃんには完成してから打ち明けることにした。