♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女   作:緑茶わいん

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美桜と湊(その1) 2016/5/16(Mon)

 香坂(こうさか)美桜(みお)になって一週間と少し。

 僕はいよいよ小学校へ登校することになった。

 

 朝、起きたらベッドを軽く整えてうがいや洗顔を済ませる。

 髪に櫛を通すのは時間がかかって家族の邪魔になるので部屋で行う。部屋に半身鏡の他、手鏡もあるのがお洒落に気を遣っている女の子っていう感じだ。

 男の時より格段に多い髪を丁寧に梳いたら着替えだ。

 今日は部屋着じゃなくて制服だ。

 

 紺色のブレザーに紺赤チェックの膝下丈スカート。

 

 下に着る白ブラウスにはさりげなく花の刺繍やフリルがあしらわれている。

 首にはワインレッドのリボン。一から結ぶタイプじゃなくてリボンの形になっているパーツを長さ調節して着けるだけなので意外と楽だった。

 全部身に着けるとお嬢様学校っぽい雰囲気。

 共学だけど全校生徒の九割以上が女子なんだし似たようなものなのかも。

 

「こんな感じかな……?」

 

 変なところはないだろうか。

 背中側まで確認しようとしたところ、マンガでよくある「鏡の前で一回転」を披露してしまって、一人で赤面。

 時間割表や教科書・ノート類はわかりやすくまとめて置かれていたので戸惑うこともなかった。昨日のうちに中身を詰めておいた鞄を手にリビングへ降りて、

 

「あ。お姉ちゃんが制服着てるところ、久しぶり」

 

 三歳年下、小学二年生の妹がふわりと笑った。

 

「今日からまた学校なんだね」

「うん。美空(みそら)には寂しい思いさせちゃうけど……」

「だいじょうぶだよ」

 

 妹は身体が弱いため学校にはあまり通っていない。

 普段はお母さんが出勤する時、塾、というか保育園・幼稚園の延長的な施設に預けて面倒を見てもらっているらしい。

 この一週間は僕が家にいるということで美空も家にいて一緒に遊んだりしていた。

 

「私も久しぶりに塾だから楽しみ」

「そっか。頑張ってね」

「うんっ」

 

 学校に行けていないだけで妹は頭がいい。

 テストはできるだけ受けるようにしていて成績は学年トップだとか。

 

「どうかな、お姉ちゃん? ちゃんとできてる?」

「んー……こっち来て。ちょっと直してあげる」

 

 手招きされてリボンの位置やスカートを微妙に直された。

 お姉ちゃんは「よし」と満足げに頷いたものの僕にはどこがどう違うのかいまいちよくわからない。

 ちなみにお姉ちゃんが通っているのは同じ学校の中等部。

 初等部とは敷地が別にあるので通学路は別々だ。

 

「去年だったら私が一緒に行ってあげられたんだけどね。美桜、一人で大丈夫?」

「大丈夫だよ。地図も見たし、スマホだってあるんだから」

「ならいいけど」

「美桜は地図読むの苦手だものね」

 

 朝ご飯をキッチンから運んできたお母さんが追い打ち。

 元の美桜が苦手でも今は中の人が違うから大丈夫なんです──とは言えないので「大丈夫だってば」と抗議すると、

 

「あ、今のすごく美桜っぽかった」

 

 美桜は反抗期というか意地っ張りで感情にムラのあるタイプだったっぽい。

 性格までは無理に真似しなくていいかもしれない。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「じゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「気をつけてね、お姉ちゃん」

 

 お母さんの出勤時間は仕事内容によってまちまち。

 今日はお姉ちゃん→僕→お母さんと美空の順だった。二人の家族に見送られて家に出た僕は久しぶりの外の空気を深く吸い込んだ。

 退院して家に帰って来て以来の外出。

 学校には「事故で入院して記憶喪失」と伝えてあるので迂闊に外へ出て友達に会ったりしないように気をつけていたのだ。

 実際は寝込んでいたわけじゃないので健康そのもの。

 

 心配なのは初めて歩く通学路と学校生活のほうだ。

 

 学校までは徒歩で約二十分。

 念のためなるべく広い道を歩けるルートを頭に入れた。

 街の風景自体は元の世界とあまり変わりない。知らない街なのと男の姿がほとんどないのが違和感なくらいだ。

 

「おはよう、美桜ちゃん」

「あ、おはようございます」

 

 移動中に道行く人から何度も声をかけられた。

 

「最近見かけなかったけど病気?」

「えっと、その。事故で部分的な記憶喪失? になったらしくて」

「え!? それ大変じゃない!」

 

 学校に着くまでの間に何度も聞かれたので説明にも慣れてしまった。

 会釈をして離れるとさっそくご近所で情報共有が始まっていたので明日にはけっこう噂が広まっていそうだ。

 恥ずかしいけど、これで受け答えが変でも怪しまれにくい。

 ほっと息を吐いたところで、

 

「おはよー、美桜ちゃんっ」

 

 小さなツインテールを頭の高い位置で作った可愛い女の子が僕の横に並んで話しかけてきた。

 

「元気そうで良かった? 大丈夫? 記憶喪失なんだよね? ……あ、私のことわかる?」

「うん。(れん)、で合ってる?」

「うん、正解っ」

 

 歩いている途中だというのにぎゅっと抱きつかれた。ふに、と腕に柔らかい感触。小学五年生にしてはけっこう胸が大きい。

 この子は美桜と特に仲の良い二人の片割れで、名前は嬬恋(つまごい)(れん)

 スマホのアルバムに画像が残っていたのであらかじめ予習できた。見たところ人懐っこくて話好きなタイプらしい。

 

「ね、美桜ちゃん。記憶喪失ってどれくらい覚えてるの?」

「えっと……」

 

 恋の質問に一つ一つ答えているとあっという間に学校が見えてきた。

 古めかしくも落ち着きと清潔感のある佇まい。内装や設備は適宜改装が行われているので過ごしやすい、というのが去年まで通っていたお姉ちゃんの談。

 小中高と公立だった庶民の僕には上手く例えられないけど、少なくとも僕の通っていた小学校よりはずっとお金がかかっていそうだ。

 学校が近づくにつれて生徒の姿も多くなってくる。

 当然、ほとんどがスカートを穿いた女の子だ。これだと男子はよく目立つ。上下ともに紺を纏った一人の少年の姿が僕の目に留まった。

 

「あ、(みなと)くんだ」

 

 明るい恋の声にどきっとする。

 燕条(えんじょう)(みなと)

 美桜(ぼく)の通う五年二組に所属する唯一の男子生徒。それはグループチャットのアプリ内でしきりに話題に挙がっていた名前であり、僕にとってはもう一つ大きな意味のある少年だった。

 

「湊くんとも久しぶりだよね。あ、湊くんの顔見たらなにか思い出すかもっ」

「あ、恋。無理に呼ばなくても──」

「おーい、湊くんっ」

 

 制止の声は一瞬遅く。

 恋に呼びかけられた少年は周りにいた数人の女子生徒ごとこっちに振り返った。

 微妙に、いや、わりと露骨に嫌そうな顔をした彼と目が合う。彼が驚きに目を見開くのと同時に、僕も雷に打たれたような衝撃を覚えた。

 

 六、七年くらい前まで鏡でよく見ていた顔。

 

 もちろん美桜になる前の話だ。

 つまり、燕条湊は美桜のクラスメートの名前でもあり、元の世界での僕の名前でもある。

 これに気づいた瞬間から予感というか予想は立っていたものの、その予感が正しいことが今、ようやく証明された。

 

 燕条湊は同姓同名の別人なんかじゃなくて、正真正銘、この世界で生きるもう一人の僕だった。

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