♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
入れ替わってしまった僕と彼女 2016/8/8(Mon)
「検査の結果は異常ありませんでした」
白衣を着た先生の言葉に、隣に座ったお母さんがほっと息を吐いた。
「
「はい。毎日楽しいです」
お尻の下にスカート敷き、足を閉じて座った僕は余所行きの笑顔で答える。
先生もそれで了解の意を示して「今日の診察はこれで終わりです」と言った。
「念のため、もう少し経過を観察しましょう。そうですね……次は二か月後に来てください」
「二か月後、でいいんですか?」
「ええ。この三か月ほど変化はないようですし、見るからに状態も良さそうなので」
特に薬も処方されなかった。
病院の自動ドアを通過しながら、お母さんは「良かったね」と微笑んでくれる。今年で三十七歳。三人も子供を産んでいるとは思えない若さと美しさ。仕事はプロのメイクさんで、芸能人と会う機会も多く、お金も稼いでいるできる女性だ。
僕こと
「記憶が戻ってないのは心配だけど、今のところ困ってはいないものね」
「うん。学校の勉強もちゃんとできてるよ?」
「知ってる。前より優秀になったくらいだって先生も言ってたもの」
お祝いに何か買って帰ろうか、というお母さんに「じゃあシュークリームがいいな」と子供らしく答えながら、僕はこれまでのことを心の中で振り返った。
◇ ◇ ◇
僕の本当の名前は
公立高校に通うごく普通の男子高校生だったはずなのに、ある日目が覚めると病院にいて、香坂美桜という美少女になっていた。
どうやらその子と入れ替わってしまったらしい。
入れ替わった先はなんと別世界で、大まかには元いた世界と変わらないものただ一つ──男女の人口比が1:100と大きく偏っていた。
病院の先生も看護師さんも女性。
待合室に座る患者さんもほぼ全員が女性。
女医さん、という言い方は基本的になくて、男のお医者さんのほうが特に強調して呼ばれる。
帰りによったケーキ屋さんももちろん女性がオーナーだったし、コンビニやスーパーのスイーツコーナーは元いた世界よりも広い。
入れ替わった原因は元の美桜が行ったおまじない。
それが中途半端に成功してしまったせいで異世界の僕と入れ替わってしまったらしい。
僕に責任がないならまあしょうがない。元に戻るのも難しそうだし、いつか来るかもしれない自然に元に戻る時までは香坂美桜として生きていくことにした。
美桜の身体は正直、元の僕よりよっぽどスペックが高い。
長いさらさらの髪に白くてすべすべの肌。北欧の血が入っているので顔立ちは程よく日本人離れしているし、同世代の女子の中では運動能力も音感も優れている。
前にカラオケに行った時はその美声に僕自身でさえ感動してしまったくらいだ。
中一にしてモデルをしているお姉ちゃんの紹介で読者モデルを始めたところじわじわ人気が出て、定期的に撮影に参加することになったうえ、今度掲載される雑誌が増えることになった。
学校の成績は前の世界と違うところの多い歴史系を除けばかなり良い感じ。元が高校生だったのでここは苦労していない。
まさに順風満帆の人生。
普通なら男から山ほどアプローチがあって面倒なことになりそうなところだけど、この世界にはその男がほとんどいない。
結婚しない女も珍しくないらしいので、実はそんなに悪くなかったりする。
もちろん、男のままハーレムを満喫できるのが一番だっただろうけど。
僕はこの不思議な世界を美少女として楽しんでいる。
◇ ◇ ◇
この世界はだいたい元いた世界の七年前くらいだ。
ただ、男子の数が少ないことによって文化にはいろいろズレがあって、同時期に流行るものもあれば先取りして進んでいるものもある。
電子機器の発達なんかはむしろこっちのほうが早くて電子決済、電子書籍が普通に使える。
おかげで書店では買いづらい少年マンガを人目を気にせず買うことができて僕としてはとてもラッキーだ。
こっちの世界のマンガやラノベ、アニメは向こうと違うものが多い。
女性作家が多いせいで感性が合わないこともあるけど、新鮮な気持ちで触れられるのはいいところ。
『美桜ちゃん、雑誌もう読んだ?』
『読んだよ。載ってたね、お兄さんのマンガ』
『うん。私、なんだか泣きそうになっちゃった』
『ほのかは大袈裟だなあ』
クラスメートの一人である橘ほのかは僕の本好き仲間だ。
グループの違う彼女とは主にスマホで交流していて、あと、たまにほのかの家へ遊びに行っては本の貸し借りをしている。
彼女には珍しいことに高校生のお兄さんがいて、彼はプロ志望のマンガ家だ。
スランプに陥っていた彼とたまたま会って投稿作品のアイデアを出したところ、その作品が見事受賞。作品の相談をしている時に軽い気持ちで言った『賞金は半分』という約束のせいで、僕の芸名『mio』がマンガの原案としても雑誌に載ることになった。
お兄さんの空賊冒険マンガは僕も連載版を楽しみにしている。
なんて言いながら、実は編集部との打ち合わせに僕も呼ばれていたりするんだけど。まあ、メインはお兄さんだし、基本的には見学くらいのつもりでいていいはず。
「げ、香坂」
「あ、燕条君。こんにちは」
忙しくも充実した夏休みを送っていたある日。
僕は近隣だと一番大きな書店に足を運んだ。基本的に本は電子で買っているけど、ファッション誌に関しては実物をぺらぺらめくった方が読みやすいし、お姉ちゃんやお母さんとも回し読みするので紙の本を買っている。
そういう時は大きなお店に行ったほうが欲しいものがいっぺんに揃うのでここを重宝していた。
今回はそれが裏目に出たというか、僕は
燕条湊。
学年で二人、クラスでたった一人の男子であり、
顔立ちは小学五年生の時の僕と一緒だけど家庭環境や性格は少し違う。こっちだと男っていうだけで女子からモテるし、一緒に遊ぶ男子が周りに少ないので自然と育ち方が変わってくるらしい。
当時の僕よりは女慣れしている彼だけど、僕の顔を見ると露骨に嫌な顔をしながら手に持ったマンガを隠そうとする。
対する僕はファッション誌を隠すでもなく抱いたまま、
「偶然だね。こんなところで会うなんて」
会計待ちの列で一緒になったので離れると逃げたみたいになる。
「そうだな。……別に会いたくなかったけど」
「大丈夫だよ。燕条君がなに買ってたとか他の子に話したりしないから」
「信用できるか」
そりゃそうだ。
入れ替わる前の僕──香坂美桜は湊のことが好きで仕方なかったらしい。毎日のようにアプローチを仕掛けていて湊からは辟易されていた。
僕としても進んで男と付き合う気はない。まして自分相手なら猶更。普段から挨拶くらいしかしないようにして関わり合うのを避けているんだけど、なかなか失った信用は取り戻せない。
僕は少し考えてから、
「『悪滅』の最新話読んだ? すごく白熱してたよね」
「ああ! やっぱバトルシーンは見ごたえが違──」
笑顔で振り返った湊が何かに気づいたように僕を睨んで顔を戻した。
「お前も読んだのか」
今さら格好つけても遅いんだけど。
僕が「うん」と答えるよりも早く彼は店員に呼ばれてレジへ移動していった。会計を終えた後はもちろん挨拶なんてなしに去っていってしまう。
さすが、小学生男子。
男子の少ないこの世界でも異性とつるむのは嫌がる年頃のようで、そういうところは「歳相応だなあ」と少し和んでしまう。
あんまり干渉せずにのびのびさせてやりたいと思う反面、困っている時は少しくらい助けてやりたいとも思っている僕だった。