♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「なんか玲奈ちゃんすごく眠そう。どうしたの?」
「はい。実は夜更かしが続いておりまして……。睡眠時間が不足しているのです」
GW明けの月曜日あたりから玲奈の様子が少しおかしくなった。
彼女が眠そうにあくびをかみ殺す姿はかなりのレアだ。
普段はお嬢様の嗜みの一つとして体調管理もしっかりしているというのに。
「もしかして習い事が忙しいとか?」
他人事ではなくなってきた僕がそう尋ねると「いえ」と短い返答。
「その、単に読書をしていたせいです。不摂生の賜物ですのでお気になさらず」
「気になるよっ。なに読んでたの?」
好奇心旺盛な恋がこれをスルーするはずもなく追撃。
玲奈は予想していたように目を細めながら応じた。
「帝王学の本です。頭の切り替えが必要なので一度に読み切ってしまわないといけなくて……」
「なんだ、難しい本かあ」
恋はあっという間に興味を失う。
「玲奈ちゃんも大変だなあ。ね、美桜ちゃん?」
「ほんとに。わたしと違って好きでやってるわけでもないし」
「いえ、これも権利に付随する義務ですので」
友人の話に乗った僕だけど、玲奈の話が十中八九嘘なのは察しがついた。
普段からやっていることの延長ならこの子は夜更かしなんてしない。たぶん、なにか新しいことを始めたんだろう。
「でも、玲奈。なにかあったら言ってね? わたしたちで協力できることがあるかもしれないし」
それとないフォローに少女は視線に謝意を込めながら頷いた。
「ありがとうございます。もしなにかあったら相談させていただきますね」
話はいったんそれで終わったんだけど、その夜、僕のところに玲奈から電話がかかってきた。
◇ ◇ ◇
「珍しいね、玲奈が電話なんて」
『申し訳ありません。やはり美桜さんにはお話しておこうと思いまして』
恋は他愛のない用事で電話してくることもけっこうあるけど、玲奈はだいたいグループチャットで連絡を済ませる。
お互いにタイミングが合わないことが多いからだ。
連絡事項なら文字で残すほうが確実でもある。だから、わざわざ電話してきたということは緊急の用か内緒話か、それとも「気持ち」が大事な案件か。
「夜更かしの話?」
『ええ。……やっぱり察してくださっていたのですね』
「なんとなくだけどね」
たぶん恋は素直に納得しているだろう。
それが彼女の良いところであり、こういう時に本当のことを言いづらい理由でもある。
嘘がつくのが下手なので不用意に話すとみんなに広がる。
『……わたくし、本当は小説を読んでいたのです』
「小説?」
それくらいなら別に隠さなくてもよかったんじゃ。
『少し前に美桜さんが百合小説のお話をされていたでしょう? ……それで、わたくしなりにいろいろと調べてみまして』
「もしかして、百合小説にハマっちゃったとか?」
それならいっそ玲奈とほのかを引き合わせてしまってもいいかも──。
『いえ、その、BL小説に』
「そっち……!?」
思わず大きめの声を上げてしまうと玲奈は『やっぱり変ですよね……?』とこぼした。
「ううん、そんなことない。趣味は人それぞれだし、別にえっちなやつじゃないんでしょ?」
『それはもちろん、年齢制限はきちんと守っております。ですが、内容が内容ですので……』
「わたし、そっちはそんなに詳しくないんだけど、どういう本なの?」
尋ねると『わたくしの口から言わせるなんて……。意地悪です』とこぼした後で教えてくれる。
『男性同士の恋愛を描いた小説です。男女、あるいは女性同士とは異なる耽美な世界が魅力で、この現代だからこそ背徳感がより高まって読む人間の興奮を──』
「うん、だいたいわかったよ」
だんだん玲奈が早口になり始めたのでストップをかけた。
こっちでもBLの内容自体はそう大差なさそうだ。
ただ、玲奈も言った通り世界的な状況が大きく違う。ただでさえ少ない男子が男子同士で恋愛をするなんてあまりにも非生産的すぎる。
百合もそうだけど「当たり前じゃない」からこそ特別な世界が描けるという面もあり、こっちでは独特のジャンルと化しているようだ。
「大丈夫だよ、玲奈。本の話でしょ? 趣味は人それぞれなんだし、わたしはいいと思うよ」
『美桜さん……。ありがとうございます、お優しいのですね』
玲奈はほっと息を吐いた後で、
『では、恋さんにお伝えしてもいいと思いますか?』
「それは止めたほうがいいと思う」
恋ならすんなり受け入れてくれそうな気もするけど、逆にあっさりBL沼に沈んでしまいかねない。あとその場合、たぶんゾンビのごとく腐女子が増える。
「しばらくわたしと玲奈だけの秘密にしておこうよ。だめ?」
『いいえ。……二人だけの秘密ですか。なんだかそれも背徳的ですね』
僕たちはどちらからともなく笑みをこぼした。
『やはり百合小説もレパートリーに含めましょうか』
「夜更かしはほどほどにね。睡眠不足はお肌の敵なんだから」
『ええ、肝に銘じておきます』
今回は連休ということでついつい気が緩みがちになってしまっていたらしい。
日常生活が戻ってくると玲奈も無茶な夜更かしは避けるようになった。
それでもたまに眠そうな時はあったんだけど、
◇ ◇ ◇
七月の中頃、夏休みが近づいてきたあたりからだろうか。
玲奈の肌艶が良くなって笑顔も増えた。
「ねえ、玲奈。新しい洗顔とか化粧水とか使い始めた?」
「いいえ。ただ、以前より深く眠れるようになっただけです」
だんだん暑くなってきてむしろ寝苦しくなる季節なのに。
僕は恋と顔を見合わせてしまう。
普段からぐっすり眠れていそうな恋もこれには興味があるようで、
「なにかコツとかあるの、玲奈ちゃんっ?」
「コツですか。そうですね……。気持ちの落ち着く音楽などを聴くことでしょうか」
「へー。おススメは?」
玲奈はいわゆるヒーリング曲をいくつか教えてくれた。
「なんだか静かな曲だね」
「眠る用の曲だからだよ。恋、激しい曲は逆効果だと思うから気をつけてね」
「羊を数えるのと同じような感じかな? うん、わかった」
「ふふっ。……後は、そうですね。人によってはASMRなども効果があるかと」
真面目な顔で解説する玲奈だけど、もしかしてなにか誤魔化されただろうか。
なんとなくBL小説の時と似た雰囲気がある。
後で二人きりになった時にそれとなく聞いてみたものの「こればかりは美桜さんにも秘密です」と言われてしまった。
やっぱりなにか秘密の癒され方法を持っているらしい。
まあでも、今回は良い方向の影響っぽいし、あまり気にしなくても大丈夫か。
それよりも玲奈から聞いたASMRというのについて調べてみた。
ある種の音を聞いた時に発生する「ぞわぞわ感」などを楽しむジャンルらしい。
ジャンルの性質上、ちょっとえっちっぽいのもあるけど、ティッシュを引きぬく音とかポテチを食べる音とか、そういうごくごく普通のものも多い。
雨の音とかたき火の音なんかも範疇なのでヒーリング音楽に近いところもある。
つぶやいたーで興味があると呟いたところ、常連の『rena』さんからさっそく「雑誌のページをめくる音」でリクエストが来た。
これ、僕がやる必要はあるんだろうかと思いつつも実行して納品するとすごく喜んでくれたので、たぶん需要はあったんだろう。