♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女   作:緑茶わいん

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美桜とイベントとトラブル(その3) 2017/8/2(Wed)

 急に声をかけてきたその人物に見覚えはなかった。

 顔立ちの整った女性だ。

 清楚な黒のロングヘア。押しつけがましくないナチュラルメイク。夏場ながら肌を隠した大人しい格好。強く人目を惹くタイプじゃないけどよく見ると可愛い、といった雰囲気。

 礼儀正しそうな印象とは裏腹に、彼女の瞳には()()()敵意が滲んでいる。

 

 ──ここまで露骨に睨まれたのは初めてだ。しかも、ずっと年上の相手から。

 

 僕がターゲットなのは間違いない。

 お姉さんや叶音は相手からのプレッシャーを直接感じていないらしく「なにがどうしたのかわからない」という表情だ。

 

 言いようのない恐怖と悪寒。

 

『やめてくれない? そうやって軽い気持ちでこの世界をかきまわすのは』

 

 彼女は確かにそう言った。

 この世界。

 そんな言い回し、普通はなかなか用いない。まして会ったことのない相手だ。なにか明確に僕を敵視する理由があるはず。

 真っ先に思い至ったのは僕が()()()()()()()()()()()ということ。

 僕が、香坂美桜の身体に入ってしまった男子高校生だと知っているのか。

 

 どうして?

 

 僕の正体を知る唯一の相手は本物の香坂美桜たった一人。

 彼女はこの世界にはいないはず。

 いや、例のおまじないを使ってこの世界にいる別の誰かと入れ替わった可能性はゼロじゃない。

 なにせ一度失敗しているのだから。

 

「……あの、どちらさまですか?」

 

 辛うじて口に出せたのは当たり障りのない返答。

 周りはまだ賑やかでお客さんもそれぞれに話をしたり感想をSNSに投稿したり記念撮影したりしているので、さっきの発言程度では誰も気に留めない。

 怒鳴り合いにでも発展すれば別だろうけど、おそらく相手もその辺りは把握している。

 

 果たして。

 返ってきたのは嘲るような言葉。

 

「私のこともわからないの?」

 

 僕はますますわからなくなった。

 もしかして、元の美桜となにかいざこざのあった相手?

 それなら僕が知らないのも無理はない。

 

「すみません。わたし、去年の五月に記憶喪失になって、昔の記憶がほとんどないんです。だから──」

「え、何よそれ、そうだったの? 言ってくれればいいのに」

「叶音。今は口を挟まないほうが」

「記憶喪失? そんなこと誰も聞いてない。私は、()()()()()()()()()()私のことも知らないのかって言ったの」

「……え?」

 

 僕は、さらに予想から外れた答えにぽかんとしてしまった。

 声優?

 今、どうしてその話になるのか。いや、確かに話していたのはそのことだったんだけど。それだと彼女の言った「この世界」が単に「声優業界」を指すみたいに、

 

「あ」

 

 そこで叶音のお姉さんが声を上げて、

 

「もしかして水上(みなかみ)舞衣(まい)さんですか? 声優の」

「はい。知っていてくださってありがとうございます」

 

 一転、優しげな笑顔を浮かべる彼女──水上舞衣。

 

「声優、さん?」

「最近人気の出だした声優さんなの。最近の出演作だと──」

 

 僕も名前くらいは聞いたことのあるアニメタイトル。

 観たことがないあたり確かにまだまだ勉強不足なのかもしれない。

 でも、

 

「どうしてわたしが声優目指しちゃいけないんですか?」

 

 だとしたらむしろ納得がいかない。

 借り物の身体で好き勝手するな、と言われるのなら仕方ない。僕の正体を知っていれば言いたくもなるだろう。

 でも、初めて会った現役の声優から「声優を目指すな」と言われる理由がわからない。

 なのに、水上舞衣は僕をさらに睨みつけてくる。

 

「あなたの行動が子供のお遊びにしか見えないから」

「っ」

 

 彼女は声を荒らげない。

 静かに、僕に届けば十分だとばかりに言葉を紡いでいる。

 声優だけあって綺麗な声で聞き取りやすい。なので誤解する余地はなく、また周囲の人もまだ違和感を覚えていない。

 いっそ相手が暴れてくれればお姉さんも割って入りやすかったんだろうけど、

 

「待ってください。この子はまだ小学生なんです。子供の夢を頭ごなしに否定しなくても──」

「あなたはこの子の親戚かなにかですか?」

「……いいえ、友人です」

 

 お姉さんが答えると「そうですか」と淡々とした声。

 

「読者モデルとして注目を集めながら片手間で『声優を目指す』と宣言して、子供だからってちやほやされて得意になって、上手くもない音声で小銭まで稼いでいるような子が声優に相応しいと、あなたは『友人として』本気で思っているんですか?」

「っ」

 

 知っていたのか、僕が読者モデルをやっていることを。

 だから、本気じゃないと思ったのか。

 軽い気持ちで首を突っ込んでプロの仕事を奪おうとしているだけだと。

 僕はぎゅっと拳を作って、

 

「わたしは──」

「出版社とも繋がりがあるんでしょう? マンガの原案含めて出来レースなんじゃないの? だったら最悪よ。本当に、声優を馬鹿にしないでほしい」

「いい加減にしてください!」

 

 お姉さんの大きな声が会場内に響き渡った。

 喧噪が一瞬だけ明らかに小さくなって、周囲の視線が僕たちに集まる。

 

「あれ、もしかして水上舞衣?」

 

 舞衣はお客さんの誰かからの声をさらりと受け流すと席を立って、

 

「私はあなたを認めない、絶対に」

 

 最後に一度だけ僕を睨んでから歩き去っていった。

 たぶん、他の人から見たらなにがなんだかわからないだろう。理解できても「なにか口論していたのかも?」程度。

 声を荒らげたのがお姉さんの方だというのもあってSNSで炎上したりはしないだろう。

 相手がいなくなってしまえば僕たちも取り残されるしかない。注目はすぐになくなって、

 

「あれ? もしかしてあの子、mioちゃん?」

 

 代わりに僕に気づくお客さんが出てきて、僕は何人かから声をかけられる羽目になった。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 会場を出て、お茶兼遅い昼食のために入ったファミレス内。

 お姉さんは「ごめんなさい」と僕に頭を下げた。

 

「守ってあげられなくて。今日は私が保護者なのに」

「そんな。怒ってくれてありがとうございました。むしろお姉さんはなんのことかわからなかったと思うのに」

 

 手を振って答えると「あれだけ言われればだいたいはわかるよ」とお姉さんは目を細めた。

 

「舞衣さんは誤解してるのかもね、美桜ちゃんのこと」

「誤解、ですか?」

「うん。美桜ちゃんはちょっと有名人だから。小学生くらいの女の子に限ったら、むしろ人気声優さんよりも知られてるかも」

 

 それはまあ、昔に比べて社会的地位が高くなったと言っても声優は一般人にとってあまり縁のない存在。

 日曜朝のアニメを楽しみに見ているような層は声優の名前なんて意識しないだろうし、ましてやその素顔なんてろくに知らない。

 〇〇の声の人、なんて呼ばれる程度だ。

 

「まだ小学生なのに人気があって、モデルでもやっていけそうな子が声優志望でしょ? しかも新連載のマンガにも関わってる。出来レースなんじゃないか、って思う人がいても仕方ない部分もあるのかも」

「……それは単に偶然だったんですけど」

「うん、そうだろうね。でも、それは美桜ちゃんを良く知らない人には伝わらないよ。大人の人が後からこの流れを利用することだってあるかもしれないしね」

 

 確かにそれはそうだ。

 人気読者モデル兼人気マンガの原案者としてインタビュー記事を掲載しよう、なんて話も出ているし、知名度を稼げてお金になるなら業界関係者としては利用するはずだ。

 場合によっては「結果的に出来レースに見えるような」なにかがさらに起こるかもしれない。

 

「舞衣さんだって努力して声優になったんだよ。声優が好きで、声優を目指して。だから猶更、美桜ちゃんが楽をしているみたいで許せなかったんじゃないかな」

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