♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「放っておけばいいのよあんなの。勝手なこと言ってるだけなんだから」
帰りの電車の中で、叶音が静かに吐き捨てた。
「叶音はわたしのやっていること、嫌じゃないの?」
「は? 嫌に決まってるでしょそんなの」
馬鹿なの? とでも言いたげな視線がぐさりと突き刺さって胸が痛む。
けれど、続いてきた言葉はある意味思いやりに溢れていた。
「だってライバルじゃない。競い合う相手は少ないほうがいいわよ」
ああ、そういう。
品のいい考え方じゃないけど「競争相手が全員お腹を壊してリタイアしてくれないかな、そうしたら不戦勝なのに」みたいなことをきっとみんな一度は考えるはず。
叶音は「だけどね」と続けて、
「別にあんたが不正してるとは思わない。むしろ、すごいじゃない。次から次に思いついたこと始めて。そんなの、簡単にできることじゃないわよ」
「叶音」
「なに傷ついてるのか知らないけど、自信を持ちなさい。才能はともかくあんたは頑張ってる。それだけは確かよ」
お姉さんも「そうね」と頷いてくれる。
「私も舞衣さんの意見には反対。もし不正があったとしても、実力なしにやっていけるほど甘い世界じゃない。年下の子に嫉妬して潰そうとするなんて、そのほうが侮辱してる」
「っていうか不正ってなによ。偉い人に取り入って気に入ってもらったとか? そんなの簡単にできるなら私だってやりたいんだけど?」
「ありがとうございます、お姉さん。叶音も」
二人の言葉がとてもありがたかった。
もちろん、舞衣の意見が全て間違っているとは思わない。自分よりも運のいい人間を「ずるい」と思うのは当然だ。生まれてきた時点でそれぞれ条件が違うんだから猶更。そんなもので夢が叶うかどうか決まってしまうなんて理不尽だ。
叶わなかった知り合いだっているかもしれない。
わたしが成功するくらいならあの子を、と思っているのかもしれない。
だから、それは受け止めないといけない。
だけど、だからって僕が諦めないといけない理由にはならない。
向こうに文句を言う権利があるように、僕にもそれを無視する権利がある。
本当に不正があるって言うなら堂々と告発するべきであって、楽な方法で僕を諦めさせようとするんじゃ結局それもズルだ。
正面からケンカを売ってくれただけマシとも言えるけど。
「わたし、頑張るよ。これからも」
「ん」
叶音の顔に喜びの色が浮かんでからすぐに戻って、
「そんなの当たり前でしょ? いちいち報告しないでよね、まったく」
この友人はやっぱりどこまでも素直じゃなかった。
◇ ◇ ◇
わたしは変な小細工を使わない。
事務所に告げ口するとかつぶやいたーで炎上させるとかできなくはないかもだけど、それこそ褒められた方法じゃない。
それに、失敗してもしなくても火を付けた側にもダメージが来る。
男子高校生時代、つぶやいたーで火を付けた有名人を見て「なんか面倒くさい奴だな」と幻滅した覚えがわたしにもある。
だから頑張る。
普通に成果を出しながら、いつか彼女を見返せればそれでいい。
そしてチャンスは思ったよりも早く来た。
◇ ◇ ◇
それからしばらくが経って、夏休みが終わりに近づいた頃。
僕は何度目になるか数えるのを止めて久しい、編集部の椅子に腰かけていた。
隣にはお兄さん。
今日も打ち合わせだけど、マンガ自体の、ではなくマンガに関連した施策に関する打ち合わせだ。
「Web上で打ち出すPVにmioさんに出演してもらおうと思うんです」
担当さんが笑顔で口にしたのはそんな話。
現在、お兄さんのマンガは月刊誌にて好評連載中。
この世界には「週刊少年マンガ雑誌」が存在しない。少年誌は購買層が薄すぎて週刊じゃ採算が合わないからだ。子供たちのお小遣いを考えても月刊がベスト。
掲載ペースがゆっくりな分だけページ数は多めなのでお兄さんは毎回ひいひい言いながら書いている。締め切りが近づいてくると友人とほのか、さらにひどい時にはお母さんまで動員してなんとか仕上げている。
その甲斐あってかマンガの人気は上々。
回が進むたびに知名度がアップしてじわじわ火がついている。この分ならさらなるヒットが見込める。近々、単行本の一巻が出るのもあって編集部ではさらに推していこうという話になっているらしい。
そこで公式PV。
「予算を割けないので基本的に既に公開済みの回から扉絵やコマを切り出して作る形です。それでも作るのと作らないのとでは売り上げに大きな差が出るはず」
予算が多くないので有名な声優さんを使うのは難しい。
現状、アニメ化やボイスドラマ化の話も出ていないので固定されたボイスイメージはないし、そうなるとむしろプロの声優さんを使わないほうがあとあとのキャスティングに影響しなくていいかもしれない。
「というわけで、敢えて身内で作る低予算PVっぽく行こうと思います」
お兄さんが描いた絵を素材に、原案である僕が声で盛り上げる。
動画を編集するのは担当さん。確かに身内感満載でネタになりそうだ。晒しもの感も満載だけど。
それにしても、予想が現実になってしまったというか。
「美桜ちゃん、どうかした?」
「いえ、その。実は少し前にこういうことがありまして──」
舞衣との一件をかいつまんで話すと編集さんは「そんなことがあったの」とため息をついた。
「でも実際、気にしても仕方ないんじゃないかな? 言い方は悪いけど、気に入らない相手を潰そうとするとかどこの業界でもあるよ。……先生も心当たりあるんじゃないですか?」
「ええ、まあ」
「え? あるんですか、お兄さん?」
「そりゃあるよ。すれ違ったマンガ家の人に嫌味を言われたりとか。エゴサーチしたらネガキャンっぽいつぶやきを見つけたりとか」
叶音が言っていた通り、嫉妬あるいは自分の都合を優先する人間は存在するってことか。
僕も頷いて、
「そうですね。会社として問題なければわたしは大丈夫です。……むしろクオリティが心配ですけど」
「大丈夫だと思うよ。美桜ちゃんのつぶやいたーもチェックしてるけど、最低限のクオリティは確保できてると思う」
「うん。普通の小学生って棒読みだからね、ああいうの」
授業で国語の教科書を読まされる時を考えればわかる。
情感たっぷりに読める子も稀にはいるけど、そういう子はほんの一握り。普通の子は自分の感情で話す時以外、淡々と「ただ読む」のが普通だ。
声優っぽく発声できるだけでも小学生の中では目立つ。下手でも「下手な声優」レベルに聞こえれば及第点というわけだ。
「それならなんとかなるかもしれませんね。もちろん、やるからにはちゃんと練習しますけど」
「ありがとう。あ、でも、実際に収録するのはまだ先の話になるだろうから、あんまり今から緊張しなくても大丈夫だよ」
予算が承認されて製作可能になるのにも間があるし、担当さんが動画を作るのも仕事の合間を縫ってになる。
台本ができないと僕の練習もできないし、今すぐという話ではない。
「じゃあ、その間はマンガを使って練習しておきますね」
「お願いできる? もちろんギャラはちゃんと払うから。……少ないけど」
「いいえ、企業の依頼で声のお仕事ができるなんて、なんだか声優みたいで嬉しいです」
「依頼を受けて声のお仕事をするんだから声優で間違ってないんじゃない? うちの会社に芸能事務所はないから採用はできないけど」
「そんな、十分すぎます」
降ってわいた「本物の実績」の話。
もちろん受けないわけがない。誰がなんと言おうとマンガの件に嘘はないし、僕にできるのは堂々としていることだけだ。
コネだって言われても今回ばかりはコネで合ってるし。
自分の関わっているマンガのPVに出てなにが悪いのか。
ちゃんと努力もしている。不正だけで業界に入ろうとしているわけじゃない。それを示してやればいい。
示した上で理解してもらえるかは別問題だけど、やらないよりはずっといい。
そうして、帰ってからさっそく練習を始めた僕だったけど、すぐにとある問題にぶつかった。
「……わたし、やっぱり下手だよね」
プロと比べたら実力も経験も足りていない、という当たり前の問題だった。