♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「ごめんね。夏休みの終わりに呼び出しちゃって」
「ううん。宿題は終わってるし、予定もないからむしろ暇だったんだ。ちょうど良かったよ」
声を出してもよくて個室で食べ物と飲み物を調達できる。
カラオケは本当に便利な施設だ。
忙しい時期にも関わらず快く呼び出しに応じてくれた一葉──少年俳優の
半袖なので腕が半分出ているのに清楚な女の子にしか見えない。いつ見てもその女装能力はさすがだと思う。
「それで、相談してくれた件なんだけど」
「うん」
僕は舞衣をあっと言わせるため、PVの仕事をきちんとこなすため、実力を上げるために一葉に相談をもちかけた。
奏先生には別途教えを乞うているけど、教える側としてではなく同世代で頑張っている役者の目線でなにか閃くことがないかと思ったからだ。
一葉はオレンジジュースの入ったグラスを両手で持ち、ストローで液体を口に運んだ後、
「基礎的な技術がある日突然上手くなる、なんてことはないよ。これは練習して上達するしかないと思う」
「そうだよね」
「うん。でも、僕も仕事をしていて、共演者が急に上手くなったと思う瞬間がけっこうあるんだ。だから、技術面以外のアプローチからパフォーマンスを上げる方法はあると思う」
「その方法って、一葉にはわかってるの?」
「僕なりの答えは一応あるよ」
彼女、もとい彼は指を一本ゆっくりと立てて、
「一つは演技に集中すること」
「基本だね」
「基本だよ。でも、だからこそ大事。人間はロボットじゃないからどうしても体調が変わるよね。女の子だったら猶更」
女には「生理」という特有のバッドステータスがある。
僕は幸い(?)遅いほうのようでまだ体験していないけど、もう少し年齢が上の女性なら誰もが避けて通れない問題。
お姉ちゃんも毎月「お腹痛い」と言って騒いでいる。
それ以外にも風邪などの病気、気候の変化、さらには朝食が好物(or嫌いなもの)だった、なんて些細なことでも体調、そしてそれに伴うやる気は変わる。
プロならいつでも一定以上のコンディションを保てるように私生活も調整するのが当たり前。
「次に、お客さんや制作側の期待や意図をくみ取ること」
つまり「客がどんなものを見たがっているか」「製作側はどんな演技を期待しているか」を把握して、それに合わせた演技をすること。
例えば可愛い魔法少女を期待されているのに熱血ヒーローの演技をしても「なんかこれじゃないな」となってしまう。
役作りの技術の一環だけど少し異なる方向からのアプローチ。
「最後に、自分の持ち味を知ること。これが一番大事かもしれない」
「持ち味。長所ってこと?」
「そうだね。人によって得意不得意はどうしてもあるから。苦手分野を潰すのはもちろんだけど、得意分野を生かした演技をするのもすごく大事なんだ」
一葉、というか葉の演技は押しつけがましくない爽やかさと自然さが売りだ。
僕たちが見てそう感じるのは彼の、いい意味で男子っぽくないところが影響しているのかもしれない。逆に男らしさを強調した演技は苦手。
つまりそれが長所と短所だ。
「美桜ちゃんの役者としての持ち味はなにか。それを把握して意識するだけでも演技がぐっと変わるんじゃないかな?」
「……なるほど」
一人でいろいろ調べたり悩んだりするよりもずっと「すとん」と胸の中に落ちてくる感じ。
現役の役者の実体験を交えた言葉は僕にはとてもわかりやすいものだった。
「ありがとう、一葉。もやもやしてたのが一気に晴れたよ」
「少しでも役に立てたなら嬉しいよ。……それで、僕の演技にも役立ったらもっといいんだけど」
「うん。なんでも協力するから言って」
方向性が言語化されて明確になってもすぐに実行できるわけじゃない。
その日は一葉へのお礼も兼ねて二人で読み合わせ形式の練習をした。
僕は声優志望なので身体を動かしての演技は専門外だけど、奏先生からは演劇のレッスンも受けている。最低限の仕事はこなせるのでなんとか一葉についていくことができる。
それはとても楽しい時間で、気づけば小休止を挟みつつ二、三時間ほど演技に没頭してしまっていた。
「やっぱりいいなあ。美桜ちゃんと一緒だと捗るよ」
「わたしのほうこそ参考になることばっかりだよ。むしろもらい過ぎなくらい」
「そんなことないよ。それは演劇は僕の得意分野だけど──例えばミュージカル形式なら美桜ちゃんのほうが上手いかもしれないし」
「一葉、歌は苦手なの?」
「得意ではないかな。上手い下手以前にどうしても音程が気になっちゃって」
本当は女性アーティストの曲を好きなように歌いたい。
けれど女装を秘密にしている彼は人前だと男子としてしか歌えない。そのへんのコンプレックスが足枷になっているらしい。
「いっそ女の子の役が回ってくればいいのにね」
「そうできればいいけど、女の子の役者さんはあり余ってるからね。逆ならともかく、女形は需要がないんだよ」
歌舞伎なんかはとっくの昔に男性だけじゃ破綻することがわかって女性中心の世界に改革が行われているらしい。
この世界ならではの問題というのもやっぱりあるようだ。
「じゃあ、せっかくだから少し歌ってく?」
「いいの?」
「もちろん。今日は夕方からピアノがあるだけだし」
僕たちは夢と秘密を共有する間柄としてここぞとばかりに遊んで切磋琢磨した。
◇ ◇ ◇
僕の持ち味。
一葉といろいろやったことでなんとなく方向性は見えてきたものの、これも誰か良い人からアドバイスをもらえたらもっと具体化できる気がする。
良い人がいないかと考えた結果、僕はとある男性に目をつけた。
「鷹城さん。お仕事するうえでのわたしの長所ってなんだと思いますか?」
九月頭に行われた恒例の読モの仕事。
終わった後での時間に例のカメアシ大学生に尋ねると、彼は面倒くさそうな表情で僕の話を聞いた後、これ見よがしなため息を吐いた。
「お前、そんなこともわかってないのか」
「……すみません」
自分のことなんだから自分でわかるのが一番。
しごく真っ当なことを指摘されてしゅんとしてしまう。
でも、ここで引き下がる気もない。
期待をこめて視線を送ると、胡乱な瞳に見据えられる。
「お前の持ち味は演技そのものだろ」
「……演技、そのもの?」
わかったようなわからないような。
僕はさらに睨まれて、
「自分を作り直す力。客観視できる力がお前の持ち味だ。前にも似たようなことを言わなかったか?」
「……言われました」
「わかっているなら何度も聞くな。足りないなら何度でも自分を作り直し続けろ」
まったく、この人は相変わらず、全然優しくないくせにすごく優しい。
「ありがとうございます、鷹城さん。今度なにかお礼しますね?」
笑顔を向けてお礼を言うとものすごく嫌そうな顔をして、
「礼なら仕事で返せ」
とはいえなにもしないわけにも、ということで後日、お取り寄せで購入したちょっといいチーズとビーフジャーキーを贈ったところ「一応もらっておいてやる」と受け取ってくれた。
いわく「酒のつまみはいくらあっても困らない」とのこと。
まあでも、本当にあちこちからプレゼントされても困るだろうから、読モ仲間から相談された時などはそれとなく誤魔化して伝えないようにした。
鷹城さんのアドバイスは本当に役に立った。
彼の言う僕の持ち味は僕が生まれながらの香坂美桜じゃないせいだろう。
僕は一から美桜にならないといけなかった。だから他人からどう見えるか、他人にどう見せるかに人一倍敏感になれる。
それは一葉から教えてもらった「人からの見え方を考える」というアプローチにも繋がる。
僕はそこから自分なりのプランを組み立て、そしてPV用の音声を収録する日を迎えた。