♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「本日は設備をお貸しいただき、誠にありがとうございます」
「お気になさらず。美桜ちゃんの指導の一環ですので」
収録は研究所の防音室で行うことになった。
スタジオを借りるのもけっこうお金がかかるし、PV自体も一分から一分三十秒くらいの短いものだからだ。僕が家録りしてデータで送ってもいいくらい。わざわざ担当さんが日曜日に来てくれただけ手間をかけている。
奏先生も所長の神崎さんも協力を快諾してくれたものの、あまり多くの部外者に来られるのも困るということでお兄さんは不参加。
代わりに完成品を見てもらって、不備や不満があれば微調整をかけることになっている。
「それじゃあ始めましょうか。美桜ちゃん、準備はいい?」
「はい。よろしくお願いします」
慣れ親しんだ防音室。
緊張を多少なりとも紛らわせられる。台本は数日前に送ってもらって自分なりに練習してきた。今はプリントアウトしたものが手元にある。
機材は高いものではないけれどちゃんとしたマイクだ。
編集は後で可能なのでそこまで気負う必要もない。
僕は奏先生から静かに見守られる中、担当さんの合図に応じて息を吸い、口を開いた。
◆ ◆ ◆
私の発案で実施されることになった低予算のPV作成。
正直、演技の出来にはそれほど期待していなかった。美桜ちゃんが才能ある子だと言ってもまだ小学六年生。プロのレベルに到達していないのは当たり前だ。
演技が拙くとも先生の美麗な絵がある。
それに声を宛てたのが人気読者モデルだというだけで話題性は十分ある。かけた予算と労力のわりには効果が期待できる、という程度の考えだったのだけれど、
──なに、この子?
マイクに向かうように立って息を吸い込んだ瞬間、美桜ちゃんの纏う雰囲気が変わった。
普段の真面目で礼儀正しくて可愛い女の子ではなく、一人の役者に。
可憐な唇から紡がれた声は確かに美桜ちゃん自身のものなのに、その響きは普段のそれとは違って感じられる。
時間にして約一分三十秒。
私は息を呑んだまま美桜ちゃんの演技に聞き入っていた。
基本はヒロインをイメージしたナレーション。煽り文句を加えながら短く作品の内容を伝えるものだ。
そこにいくつか、作中のセリフを織り込む。
その中には主人公の少年のセリフも、
『でも、ルリは泣いていた』
ぞくっとした。
『泣いていたんだ、ルリは!』
美桜ちゃんの素とは全く違う少年──男の子のセリフなのに様になっている。キャラクターの演じ分けなんてろくにできないだろうと思っていたのに。
格好いい。
これなら、PVは思った以上にいいものになる。
いつのまにかわくわくしている自分に気づいた。
「どうですか?」
呼びかけられてはっとする。
目の前に置かれたノートPCを操作して録音モードを終了し「うん」と答えた。
「すごく良かった。驚いちゃった。……もしかしてけっこう練習した?」
「そうですね。少しでもいいものになるように頑張りました」
答える美桜ちゃんはほっとした表情。
自身の演技を誇るというよりはPVを台無しにしなくて済んだことを喜んでいる。
私もついつい嬉しくながら「後はどうしようか」と考える。何度もリテイクすることが前提だったので逆に一発OKだと戸惑う。
「奏先生はどうですか?」
と、美桜ちゃんは指導役の先生にも水を向けて、
「そうね。台本を短く分けて、後何パターンかずつ録っておいた方がいいんじゃないかしら」
「そうですね」
「え? 今ので十分じゃないですか?」
「冷静になってから聞き直すと第一印象とは違って感じることも多いの。それに、後から録り直しとなったら余計にコストがかかるでしょう?」
その通りだ。
美桜ちゃんの演技が予想以上に良かったので「もう終わりでいいか」という気分になっていたらしい。
「じゃあ、美桜ちゃん。あと何回かお願いできる?」
「はい。パターンの指定はありますか?」
「そうね。もう少し想定年齢の高い落ち着いた声、もう少し明るい声、悪戯っぽい声、でどう?」
「あ、じゃあそれでお願いします」
演技指導はもう奏先生にお任せで問題なかった。
私は数パターンの演技をさらに収録してから終了を宣言した。
──これ、最終的に一パターンしか採用できないとか勿体ないなあ。
せっかくなので複数パターン作ってぜんぶ橘先生に送ると彼も似たような感想をくれた。
◆ ◆ ◆
「でも、びっくりしちゃった。美桜ちゃんがあんなに演じ分けできるなんて」
「ありがとうございます。ただの真似事なんですけどね」
収録が無事に終わった後、担当さんから褒められた。
事前準備はしっかり役に立ってくれたらしい。
嬉しく思いながらも喜び過ぎるのは自重すると奏先生も頷いて、
「ええ。技術的にはまだまだ。とてもプロの域には達していないわ」
「そうですか? 私はすごくいいと思いましたけど」
「きっと、それは練習したおかげだと思います。役作りっていうか」
今回、僕が意識したのはとにかくそれ、役作りだ。
役作り自体は役者なら誰でもやること。
普通は原作の読み込みや時代背景に関する知識量、声の使い分けなどといった基礎的な能力を使ってやるものだけど、それを僕は精度で補った。
自分の演技が客観的にどうか。それを把握するのは『
マンガのストーリーとキャラクターなら、マンガが出来上がる前から関わっている僕が作者であるお兄さんの次に詳しい。
役作りに関してはアドバンテージがある。
それから演じ分け。
練習するまでもなく、僕には男子としての人生経験が十六年以上ある。自分の素に立ち返ってみれば男子と女子の特徴違いを拾い上げるのは簡単。
普通よりも上手く少年役を演じられる。
こうやって、葉の言っていた通り演技を「良さそうに見せた」。
あと、後からお兄さんに言われたのは、
『ぶっちゃけヒロインは美桜ちゃんを意識してデザインしたし。似合うのはある意味当然だよね』
なんて恥ずかしいことを無断でしてくれたのか。いやまあ、うすうす察してはいたけど。
「これならきっといいPVになるよ、ありがとう、美桜ちゃん」
「こちらこそありがとうございました。とてもいい経験になりました」
もちろん、本当の現場はこんなものじゃないだろうけど、雰囲気のかけらを感じられただけでも十分だ。
収録が終わってしまうと僕にできるのはただ待つだけで、なんだかついそわそわしてしまいながらPVが公開となる二週間後を迎えた。
──反響は、ぼちぼち。
マンガの宣伝にはなったけどPV自体へのリアクションは大したことなかった、という感じ。
恋や玲奈など知り合いからは「良かった」と言ってもらえたものの、世間一般からしたら大したことなかったんだろう。
でも、逆に言うと「文句をつけるほどひどい出来ではなかった」ということ。
低予算PVとはいえ「まあ、いいんじゃない?」くらいの評価をもらえたなら十分すぎる。手ごたえはあったと言っていい。
このままレッスンを続けていけば声優としてまったく通用しないということはない。
舞衣はこのPVを見てくれただろうか。
たぶん、見てくれたと思う。
知り合いでもない僕にはコンタクトを取る術がない。彼女の反応を知ることはできなかったけど、僕は自分なりの達成感を覚えていた。
究極的には舞衣が納得しようとしなかろうと関係ない。
僕が折れずに声優を目指すかどうか、今に満足せずに上を目指せるかどうかだけだ。
それだったらできる自信はある。
これできっと、夢への第一歩からさらにもう一歩くらいは踏み出せたはず。
これからももっと頑張っていこう。
わたしは決意を新たにしながらスマホをスリープ状態に戻して──。
◇ ◇ ◇
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