♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「本当に申し訳ありませんでした、美桜さん。父が失礼な真似を……」
「気にしないで。むしろ、玲奈があんな風に怒ってくれて嬉しかった」
玲奈の部屋は「まさにお嬢様」といった感じの、落ち着いていて広々とした空間だった。
複数ある本棚にはいろいろな本がジャンル別に並べられている。歴史・宗教・経営の本から文学、マンガ、ライトな小説まで本当に多岐に渡っていて玲奈のすごさが窺える。
応接用の椅子が部屋にあるというのも感動だ。
小百合さんが当然のように紅茶とお茶菓子を用意してくれて、僕は自分までお嬢様になったような錯覚を覚えた。
「美桜さん。……本当に、お優しいのですね」
向かいに座った玲奈が瞳を潤ませて僕を見つめる。
なにもしていないのにそこまで言われるとむしろ申し訳ない。
僕は苦笑して「お父さんをあんまり怒らないであげてね」と伝える。
「たぶん、普通の感覚だと名誉なことなんだよね?」
「……そうですね。実際、お手付きとなった女性も複数おります」
頷いた玲奈は納得いかないというように「ですが」と続けて、
「当主は母です。いくら男性とはいえ、婿である父が奔放に振る舞うのは体面が良くないでしょう。……母が許しているのであまり強くは言えませんが」
「玲奈のところは古くてしっかりとした家だもんね」
格式の高さと女性中心の思想が混ざりあった独特のしきたりだ。
男が当主になれればいいんだろうけど、そう簡単に男は生まれない。婿に仕事をさせるよりは幼少期から教育を施した直系の女子に当主を任せるほうが合理的だ。この世界だと男は「結婚して家にいてくれるだけで十二分」っていう扱いだし。
「そういえば、前に『お父さまにお願いして』って言ってたじゃない? あれって──」
「ええ、まあ。その、父にお願いするほうが話が通りやすいもので」
お母さんに直接話を持って行くと採算とか面倒な話になるのでお父さんを味方につけて間接的に説得を行うのだとか。
「多用できない手段ですが、必要とあらば利用すべきかと」
「あの時、玲奈って意外と本気だったんだね」
「……わたくし、本気に取られて困るような冗談は好みではないのですよ?」
上目遣いで見つめられた僕はついどきっとしてしまう。
恋も玲奈も十分すぎるほど可愛い子だ。二人っきりで甘えるような仕草をされるとつい変なことを考えてしまう。
話題を変えようと紅茶を口にし、クッキーを手にする。
美味しい。
自然と笑みが浮かぶのを感じながら視線を逸らして、
「あれが玲奈の使っているピアノ?」
「はい。昔から愛用しているものです」
自分の部屋にでん、とグランドピアノが置かれているとかすごい話だ。
「いいなあ。……触ってみてもいい?」
「もちろんです」
普段キーボードで練習している身としては普通にテンションが上がる。
僕はピアノに歩み寄るとその黒いボディにそっと触れる。硬さと冷たさ。重厚感。学校や先生の家でしか触れられない本物のピアノは憧れの品だ。
玲奈は嬉しそうにくすりと笑って、
「お茶を終えたら一緒に弾きましょうね?」
「うん」
そうだ、お茶の途中だった。
僕は誤魔化すように笑ってテーブルに戻り、再びティーカップを手にした。
◆ ◆ ◆
細くしなやかな指が鍵盤を撫でる。
最初は美桜様がピアノの腕を披露し、今はお嬢様と二人並んで演奏をなさっている。
愛らしいお二人が肩を並べる様は思わず見惚れてしまうほどの美しさ。
お皿やティーカップを片付けるために一度離席するのがもったいないと思えるほどで、私は後ろ髪を引かれながらそっとお嬢様の部屋を後にした。
部屋の外にもピアノの音は響いている。
演奏する二人の姿を脳裏に浮かべ、目を細めた私は通路の端にご当主様が佇んでいるのに気づいた。
目が合うと彼女は「あの子には内緒」と言うように片目を瞑ってみせる。
「良い音色ね」
「はい。美桜様も思った以上にお上手です」
「そうね。一年前の玲奈と同じくらいかしら」
経験の差があるので同じ腕前とはさすがにいかない。
けれど、ピアノを始めて半年と少しにしては十分すぎるほどの上達ぶりだ。
何事も上手くなればなるほど上達の度合いは鈍るもの。一年後にはその差は大きく縮まっていることだろう。
何より、
「お嬢様はとても楽しそうに演奏していらっしゃいます」
「先生も、最近はレッスンに身が入っていると仰っていたものね」
美桜様と一緒に演奏するためだ。
美桜様や恋様の存在はお嬢様に良い影響を与えている。互いに切磋琢磨し尊敬しあえる相手というのは欲しいと望んでもなかなか得られないもの。
お嬢様は人生にとっての宝を手に入れられたのだ。
「彼女のピアノ教師は誰だったかしら」
「はい。情報によりますと──」
界隈において特に有名、というほどの人物ではない。
けれど、私は思い出す。
以前、お嬢様のピアノ教師にその名前を伝えるとこんなことを言っていた。
『教師として申し分のない人物ですね』
多くは語られなかったものの、芽が出なかったのが惜しい才能だと。
技術や才能がいくらあってもほんの僅かなタイミングのずれ、運のなさで埋もれてしまうことがある。無慈悲で不条理な現実。
それでも、研鑽がまったくの無駄に終わるわけではない。
経験が、努力が、別の形で実を結ぶこともある。
ご当主様は「なるほど」と頷くと独り言のようにこう口にした。
「香坂美桜さん。西園寺家に迎え入れるのに申し分ない子ね」
「……っ!」
非公式の雑談とはいえ西園寺家当主の発言は重い。
美桜様がこのまますくすく成長すると仮定した場合、玲奈様のお相手に相応しい。そう認識して良いと、使用人である私に宣言した。
少なくとも私はこれで、美桜様を玲奈様の相手役に据えるべく動くことができる。
「お嬢様にも後ほどお伝えしてよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
美桜様がお帰りになられた後でお伝えすると、玲奈様は感情を抑えきれないという風に胸に両手を当て、歓喜を表していた。
「……美桜様に気持ちをお伝えになられてはいかがですか?」
差し出がましいのを承知で訴えてみるも、首を振られてしまった。
「止めておくわ。……わたくしはまだ子供。この気持ちも気の迷いかもしれないし、それに、ただ『お付き合いをしたい』という単純なものでもないの」
「と、仰いますと……?」
「わたくしは確かに美桜さんが好きよ。でも、同時に美桜さんの親友でもある。だから、彼女が愛する人と幸せになるのが一番だと思っている」
たとえ自分がその相手でなくても。
私には言外にそういう意味があるのがはっきりとわかった。
「恋さんもきっとそうなのでしょうね。無理に気を引こうとは思わないの。少なくとも今は、まだ」
「……失礼いたしました、お嬢様」
「いいえ。ありがとう、小百合」
微笑むお嬢様はとても大人な表情をなさっていた。
恋が彼女を成長させたのかもしれない。
美桜様は、お嬢様の気持ちを知っておいでなのだろうか。
きっと知らないのだろう。
知っているのなら何かしらのアクションを起こすはず。それとも愛情を友情と思いこんで気づくことを避けているのか。
ままならない。
どちらも不器用で純粋で、そういう意味ではきっと歳相応なのだろう。
ご当主様の許可を盾にお膳立てを済ませてしまいたい。
そんな欲にかられるのを必死に抑え、私は今しばらく傍観者に徹することにした。
お嬢様にも美桜様にもまだたくさんの時間があるのだから。