♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「でも良かった。美桜ちゃんにはもっと活躍して欲しかったから」
「このままだと向こうに持って行かれそうでしたもんね~」
編集部の片隅でちょっとしたお茶会。
邪魔じゃないのかと思ったけど「土曜日だからいいの」「平日でもたまにやるけどね~」とのこと。ひょっとしてこっちの世界のほうが労働環境ホワイトなのか……?
途中で買ってきたケーキも美味。
そこまで舌の肥えていない僕にはティーバッグの紅茶も十分に美味しい。
「美桜ちゃんったら向こうでインタビューまで受けてるんだもの。まあ、向こうからしたら『美少女マンガアドバイザー』だから仕方ないけど」
「あはは……。なんか成り行きでそんなことに」
「こんなことなら息子さんうちでデビューさせれば良かったんですよー」
「コネで受賞させるとかありえないでしょ。数撃ったほうが当たるんだし、当たったのがたまたま他社だっただけ」
実際、あのマンガが駄目ならまた別のを描いただろうから、その時はこっちで受賞していた可能性もある。
新担当さんは「なるほどー」と頷いてからこっちを見て、
「美桜ちゃんが最初から向こうの回し者だっていうセンはないんですかー?」
「え」
その発想はなかった。
確かに、いいタイミングで急に現れてお兄さんにアイデアを渡した僕はそう見えても仕方ないかもだけど、
「そんな不確かな工作する必要ないじゃない」
「ですよねー」
「……ですよねー」
ああびっくりした。
「まあでも、マンガと芸能じゃプロデュースの仕方も別物ですよね。芸能人はわりと売り方で売れ方が変わってくるじゃないですかー」
「そうね。実力があっても出演作品に宣伝費が割かれなければ無名で終わるもの」
芸能界の闇──というか、話題の作品をみんな有難がるという習性の問題か。
実力で劣っていても大々的に宣伝すればけっこう売れてしまうということ。新人声優の舞衣が僕のことを「コネの成り上がり」と警戒したのもそういうのを危惧してのことかもしれない。
「いっそ美桜ちゃんをデビューさせちゃいませんか? うちで」
「うちは出版社であって芸能事務所じゃないから難しいかしらね……」
「え、デビューってそんな簡単にできるものなんですか?」
「上の人が興味を持てば働きかけくらいはできるよー。アニメ化とかドラマ化の関連で多少のコネはあるし」
まじか。
「美桜ちゃん、興味ある?」
どこか試すような表情で二人が見てくる。
僕は「あります」と答えた上で、
「でも、その前にもっと上手くなりたいです。ちゃんと通用するように」
「偉いねー」
にこにこしながら言ってくれる新担当さんが嫌味で言っているのか本気なのか僕には判断がつかなかった。
「でも、真面目な話、美桜ちゃんも進路を決める時期よね?」
「? 進学先はうちの中等部に決めましたけど……」
「そっちじゃなくて、お仕事のほう」
中等部に入ると読モとしてのお仕事内容も変えざるをえない。
中一の間くらいまでは小学生向けの雑誌に出られないこともないけど、現役小学生読者モデルっていう肩書きが使えなくなるから集客力は落ちる。
であれば中学生向けの姉妹誌に移って活躍する方がいい。
で、お姉ちゃんが言っていたように中学生になるとより責任感が求められる。読モと言っても出版社側の都合に合わせる必要があり、場合によっては学校を休んだり早退して撮影に向かう必要があるらしい。
また、読モとモデルだと待遇も違う。
事務所を通して連絡できたりトラブルの対応が迅速になったりと一概に「読モのほうが出版社的に使いやすい」とも言い切れないらしい。
「美桜ちゃんも芸能事務所からオファーとか来てるんじゃないー?」
「えっと、非公式のオファーなら」
すると橘さんは微笑んで、
「一度ご家族とも話し合った方がいいかもね。このまま読モを続けていくのか、それともモデルにステップアップするのか」
モデルにはならないつもりだったけど……。
あらためてそう言われてしまうとそんな気もしてくる。僕は「わかりました」と頷いて、その後は撮影の日程等を話し合った。
できれば早い方がいい、と言われたので、モデルの件はその日の夜にさっそく話を切り出すことにした。
◇ ◇ ◇
「興味出てきた? おっけ、じゃあマネージャーに電話するから。明日事務所行こ」
「いや、早いってばお姉ちゃん」
秒で話が終わりそうになった。
言いながら立ち上がるお姉ちゃんを物理的に制止すると、彼女は「えー」と言って、
「早い方がいいでしょ。橘さんたちだってオファーの都合があるんだし」
「まだ『もう一回考えてみようかな』っていう段階だってば」
そもそも僕がやりたいのは声優である。
「モデルで入っちゃったら声優になれなくない?」
所属モデルが別部門のオーディションに応募とかしていいんだろうか。
「そんなの、時期が来たら部門を変えればいいじゃない」
「……そんなことできるの?」
「そりゃ上の人が承認すればね」
適性によって別部門に移るのはそれほど珍しくないらしい。
モデルより声優のほうが向いている──つまり売れると判断されれば経営者側としても断る理由はない。
「でもわたしを採用してもらえるかもわからないんでしょ?」
「うちの事務所のオファーは私が止めてたし。あんたSNSに『声優志望』って書いてるからモデルのオファー来ないだけよ」
「そういう理由……!?」
そりゃモデルやる気のない人間にオファーしても意味ないけど。
「少なくともうちの事務所はやる気があるならすぐにでも採用するわよ。私の妹で私の推薦だし」
「そうね。別ジャンルでも芸能界での実績を作っておくのは悪くないんじゃない?」
お母さんまでこの話に乗ってくる。
ここで言う実績とは「依頼された仕事をきちんと果たした」という結果のことだ。責任感とやる気があるとデータで証明されれば他ジャンルの仕事も振りやすくなる。
事務所に所属しているかいないかで仕事の依頼しやすさも変わるので、極端な話、モデルとして所属している時点で「声優の仕事なんですが……」と依頼が来る可能性だってある。
「なにそれ、いいことづくめじゃない……?」
「でもあんたモデルやる気なかったじゃない」
「そうだけど」
声優になるまでの下積みとしてならモデルの仕事も悪くない。
「あんたなら『本当にやりたい仕事じゃないから』で手を抜いたりしないだろうし」
「そりゃしないよ。……えっちな仕事とかだったら話は別だけど」
「そういうのは事務所が省いてくれるし、万が一あったら相手方を訴えるから平気。まあ一般の人と『えっち』の基準が違うかもだけど」
そこで不安になることを言わないでほしい。
なるほど、そう考えると、
「モデルになるのも悪くないね……?」
「よし決定。じゃあ明日事務所に顔出しに行くからねー」
「いや、だから待ってってばお姉ちゃん」
「なによ。モデルやる気になったんだからもう問題ないでしょ?」
「あるよ。いちおう他の事務所も検討したい」
お姉ちゃんが所属してるからって同じ事務所にしないといけないわけじゃない。
性格が違うんだから相性も違う。僕には別の事務所のほうが合っているかもしれない。
というかモデルの先輩方がお姉ちゃんと同じビッチ、じゃない陽キャだった場合あんまり話が合わない気がする。
これにはお姉ちゃんも「なるほど」と言ってくれたものの、可愛いから美人に変わりつつある顔を傾げて、
「でも、あんたうちの事務所以外にコネなんてあるの?」
「一応、ないわけじゃないよ」
「なんなら私からも知り合いを紹介できるわよ?」
「奏先生や神崎さんも知り合いがいると思うよ」
「ええ……? なんでうちの家族はこんなに人脈があるわけ?」
中学生でモデルやってるお姉ちゃんが言わないで欲しい。