♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
『上手くいってよかったよ。オーディション受けてくれるのも』
夜、一葉にお礼と報告の電話。
無事に終わったことに彼もほっとしている様子。
僕は小さく苦笑して、
「すごく難しい条件付けられちゃったけどね」
『意外となんとかなるかもよ。美桜ちゃんなら』
「どうかなあ」
そう答えつつ、僕はシマエナガを抱きしめたまま書類をめくる。
「自信はないよ。でも、ライバルも同世代なのは助かるかな」
今回の映画は若い少年を主人公にした青春ものだ。
癖の強い女の子たちに囲まれ、叱咤されたり激励されたりしながら成長していく少年が最後に何を(誰を)選ぶのかみたいな話らしい。
主人公が花菱葉で確定なので当然周りの女の子たちも同世代が基本になる。
大人の役もあるけどそこは大人の役者が挑戦するから僕には関係ない。
『うん。美桜ちゃんにも十分チャンスはあるよ。手強い子はいるだろうけどね』
「小さい頃から経験してる子もいるんだもんね……」
経験がない分だけ不利なのは間違いない。
僕なりの経験、持ち味でその不利をどこまで埋められるか、あるいは覆せるかがポイントになる。
『それで、美桜ちゃんはどこ受けるつもり? やっぱりメインヒロイン?』
「ううん。主人公の友人ポジションの子」
登場人物一覧および設定を読み込んだうえでそれが一番いいと判断した。
『でもその役、男装だよ?』
「男装だね」
設定には「少年なのか少女なのかわからない謎めいた友人」となっている。
なので基本的には男の子の格好をする。
「わたしにぴったりじゃない?」
『いや、美桜ちゃんはどこからどう見ても可愛い女の子だよ』
「そこが腕の見せ所なんだよ」
二日後に奏先生にも相談すると、彼女も僕の案に賛成してくれた。
◇ ◇ ◇
「いいんじゃない? 見せ方としても悪くないと思う」
僕がオーディションを受けることになったのでレッスンは急遽内容を変更。
二週間後のレッスン対策を行うことに。
静かな防音室の中での作戦会議は淡々と進んだ。
「普段、女の子として可愛い姿を披露してる美桜ちゃんが敢えて違う面を見せる。演技力を印象付ける上でも効果的よ」
僕のイメージに近い役を選んでも「素で演じてるだけだろ」と言われかねない。
だったら「香坂美桜」とはかけ離れた役柄のほうが強いインパクトを残せる。
「演技力があることさえ示せれば他の役に滑り込めるかもしれない。受けた役とは別の役で合格する、っていうのは意外とよくあることだからね」
「そうなんですか?」
「自分で思っているのと周りが思う適性が違うこともあるってこと」
奏先生は笑みを浮かべると「私もできる限りサポートするわ」と宣言。
「女の子を男の子っぽく見せる技術なら私もけっこう詳しいから」
「あの劇団はそういうの得意ですもんね」
奏先生の出身は女性だけの歌劇団としてずっと昔から歴史を積み重ねてきたところ。
男性数の減少が本格的な危機になる前から研究されてきたノウハウは他のところに簡単に追い越されるようなものじゃない。その一端だけでも触れられれば僕の演技はさらによくなるだろう。
「美桜ちゃんは役者の分類みたいなの聞いたことある?」
「はい。憑依型とかそういうやつですか?」
「そう。その分類でいくとあなたは自分がどんな役者だと思う?」
僕の知識はちょっと聞きかじった程度だ。
でも、参考になるかもしれないからと考えてみたことはある。その時の結論は、
「
「正解」
憑依型の役者は「役が降りてくる」。
努力して役作りをしなくてもキャラクターと同化できる。演じるんじゃなくて「なる」。圧倒的な才能によって行われる暴力的なまでの深い演技。
何しろ似せるまでもなく役柄そのものなんだから質は最高に決まってる。
僕にそんな才能はない。
外からの見え方を研究し、知識と経験から必要な要素を引っ張り出して役を形作る。後は試行錯誤でただひたすら精度を上げていく。
「あなたは自分にないものを引っ張ってこれるほど器用じゃない。その上でこの役を選んだのなら勝算はあるんでしょう?」
「はい」
「なら、後は完成度を上げるだけ。何度も試して納得のいく形を見つけなさい。感覚で当て嵌められないのだから理詰めで組み立てるしかない。方向性は私が示してあげる」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
レッスンは正直言って単純作業の繰り返しだった。
演じては微調整。
演技の機微なんて他人に言葉で言われて簡単に直せるものじゃない。それでも何度も繰り返して、お互いに納得できるものに近づけていく。
僕にも今回の役柄について自分なりのプランはある。
少年っぽさと少女っぽさの融合。
香坂美桜として形作ってきた振る舞いと、男としての振る舞いの融合。
「本番は衣装があるんですよね? オーディションのほうが表現難しくないですか?」
「演技だけで衣装を錯覚させるのがプロの役者よ」
とはいえ、オーディションに細かい服装の指定はない。
動きやすい服装であればいいわけなので、あらかじめボーイッシュに寄せておくのはアリかもしれない。
「美桜ちゃん。そっち方向の服って持ってる?」
「あんまり。でも、ちょうどそういう雑誌も買いましたし、足りない服は調達します」
「そう。……こういう時に自分で動かせるお金があると楽でいいわね」
読モの仕事を始めて一年以上。
出費の大部分を占めるはずの洋服代を仕事の報酬で賄えてしまっている僕のお小遣いは貯まる一方だ。こういう時使うのに躊躇する理由はない。
「奏先生、オーディションまでレッスンの回数を増やせませんか?」
「構わないけど、大丈夫?」
「はい。無理のない範囲にしますから」
とはいえ、やれるだけのことはやっておきたい。
声優のオーディションにもいくつか応募したけど今のところ実技審査には進めていない。
今回の挑戦は大きな一歩になる。
少しでも手ごたえを掴んでおきたいし、舞衣にまた「コネだけ」と言われるのは避けたい。僕は家でもできる限りの練習を続けた。
大きな声は出せないけど仕草や振る舞いの練習はできる。
鏡やスマホの動画機能も使って演技の修正を繰り返す。宿題はちゃんとしたし、ピアノの練習も最低限の時間は取ったけど、それ以外は起きている間中、演技のことを考えていた。
「大丈夫ですか、美桜さん? 少し根を詰めすぎでは?」
「大丈夫だよ。睡眠時間は削ってないし、たった二週間だから」
玲奈にも心配されてしまったけど、こういう時のためのスイミングであり朝のランニングだ。
「美桜ちゃん、燃えてるねっ?」
「燃えてるよ。ひとつのことを頑張るってこんなに楽しいんだね」
学校行事でみんなと頑張るのとはまた違う。
一人の頑張りで全部が変わる。それが怖くもあり楽しくもある。短い目標に向かって試行錯誤を繰り返す、わかりやすい努力の日々。
癖になりそうだと一葉にこぼしたら『わかる』と返ってきた。
『美桜ちゃんもこっち側の人間だね、やっぱり』
そうなんだろうか。
なら、僕にもチャンスがあるだろうか。
「お姉ちゃん、疲れてるでしょ? マッサージしてあげる」
「本当? じゃあお願いしちゃおうかな?」
家族にもサポートしてもらいながら、僕は自分にできる限りの練習を重ねた。
そうしてオーディション当日はあっという間に訪れた。