♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「おはようございます」
「あ、おはよう葉くん。今日も決まってるね」
「もう、恥ずかしいですよ」
私が監督を務める作品のオーディション日。
会場となるホールの会議室に主演の花菱葉くんが顔を出した。
既に配役の決まっている彼は審査員役だ。子供用のスーツ姿で、決まってると表現したのはむしろ控えめなくらい。許されるなら今すぐにでも押し倒したい。
……もちろん、仕事相手にそんなことはしないけど。
「今日はよろしくね。意見があったらどんどん言ってくれていいから」
「ありがとうございます。でも、僕はなるべく置き物でいようかと」
ああ、謙虚なところも可愛いい──じゃなくて。
「あら、いいの? 香坂美桜ちゃんを受からせなくて」
私が言うと葉くんの苦笑がさらに深くなった。
今回、オーディションにはちょっと特殊な子が参加している。葉くん所属の有名事務所が書類審査を飛ばして新人をねじ込んできたのだ。
まあ、こういうのは珍しくない。お得意様である芸能事務所の推薦なら一次審査はパスして問題ないからだ。スケジュールの都合で参加できないと思ったけど急遽OKになったとか、むしろこっちからお願いしたい案件もたまにある。
さすがに「オーディションに受かったら事務所に所属させます」は珍しいけど。
それが事務所側じゃなくて葉くんの希望となれば猶更だ。
若いながらにしっかりした演技力を持つ少年俳優。
ゆくゆくは日本をしょって立つ俳優になるだろう彼が贔屓するなんて珍しい。
でも、主演が気持ち良く演じられるのは重要だ。
場合によっては「ズル」をすることも考えていたけど。
「美桜ちゃんなら贔屓なしで十分戦えると思いますから」
苦笑は少し自慢げな笑顔に変わっていた。
たしか、美桜ちゃんとはプライベートの友達だったはず。
演技を通じて知り合ったわけでもない子をそこまで信頼するとは。
「じゃあ、楽しみにしておこうかな」
香坂美桜──mioは事務所未所属の新人としてははっきり言ってずば抜けている。
二社複数誌における読者モデル経験。マンガPVにおける声優経験。新人未満の小学生がどうしてこれだけの経歴を履歴書に書けるのか。
ここには書いていないけど、マンガの原案として本や雑誌に名前を載せてさえいるし、マンガ雑誌とはいえインタビュー記事まで作られている。
確かに、ひょっとするとひょっとするかもしれない。
美桜ちゃんの応募した役は主人公の友人ポジション。
少年めいた演技を求められる難しい役だ。正直、ミスチョイス。美桜ちゃんの容姿だったらヒロインのほうがよほどはまり役のはず。
でも葉くんはちっとも心配していないようで、
「楽しみだな」
まだ行われていない美桜ちゃんの演技を視ているみたいだった。
◇ ◇ ◇
実技審査は二つの段階に分かれて行う。
一段階目はグループでの演技審査。そこから引き抜かれたメンバーで行う二段階目で配役を決定する。
私は主演の葉くんや脚本の子などと一緒に審査員だ。
参加者はいったん控え室に集められる。
その様子もカメラで見られるようになっているんだけど、興味深々といった様子で覗いていた脚本の子が「面白いですよ」と私を呼んだ。
「ほら、あの子。あの子が香坂美桜ちゃんですよね?」
どれどれ、と画面を覗き込んだ私は「……え?」と声を上げてしまう。
「確かに美桜ちゃんだけど、イメージぜんぜん違う」
「さすが美桜ちゃん。いきなり仕掛けてきたみたいですね」
一緒に覗き込んだ葉くんも楽しそうに呟く。
美桜ちゃんのトレードマークである長い髪。それがかなり短くなっている。それも、髪の長い男の子に見えるくらいまで。
「切っちゃったの?」
「ウィッグじゃないですか? 編み込んだ上に被せて」
「帽子被ってるのは不自然さを抑えるためか」
飾り気のない、男子でも使えそうなデザインの帽子。
服も雑誌で見るような可愛い系じゃなくてボーイッシュなそれ。動きやすい範囲であればOKなのでこれは指定の範囲内。
……正直、格好いい。
元が美少女だから男装風に決めるとものすごい美少年になる。葉くんと並べたら絶対映えるだろうし、他の参加者からもちらちら見られてる。
本格的なオーディションも初めてのはずの子が衣装まで使って役作りしてくるなんて、面白い。
「でも、技術が伴ってなかったら論外だよ」
控え室からホールに移動してもらって第一段階の審査。
役ごと、五人のグループを作って一気に見る。今回は学園ものなので学校内で実際に行いそうなポーズを道具なしで行ってもらうことにした。
今回のオーディションは専門学校や養成所、芸能事務所など伝手のある団体向けに告知したものなのでみんなそこそこの実力はある。
それでも役との相性や練習量、経験値、あるいは単なる才能などで上手い下手は出てくる。
本番の第二段階に向けて機械的に「上手い下手」で人数を三分の一以下に絞っていく。
友人役の応募者には野球のボールを投げる真似をしてもらった。
「監督、意地が悪いですね」
小学校高学年から中学二年生くらいの女の子だと野球をやったことない子も多い。
ソフトボールだって学校によっては体育の授業に取り入れてないはず。経験のない子がボールを投げると、実物を使っていても「様にならない」。
男子の仕草を練習してきた子だってこれはボロが出やすい。
果たして美桜ちゃんはどうかというと──。
「……へえ」
様になっている。
見るからに上手い、というほどじゃない。むしろ慣れてる子の中では下手だろう。でも「男の子のようでもあり女の子のようでもある」この役を演じるにあたってはそのくらいのほうがむしろいい。あまりに男の子を作りすぎていたら魅力が半減だ。
美桜ちゃんの通過は満場一致だった。
◇ ◇ ◇
「本選考の課題は『教室での振る舞い方』です」
会場の一室に簡単な教室風セットを用意。
残った子たちを役柄ごとに一人ずつピックアップして思い思いに演じてもらう。
同じ役柄の子の演技は見せない。自分の番が来るまでは控え室で待機してもらう。
「香坂美桜ちゃん」
「はい」
初回の友人役には美桜ちゃんを指名した。
葉くんや脚本の子から「またそうやって」という視線が送られてくるけど、ここまで来たらあの子がどこまでやるか見たくなっちゃったんだから仕方ない。
設定は朝の登校時間。
部屋の入り口に立っている初回のメンバーに「それじゃあスタートです」といきなり告げると、当然のように「え?」と戸惑ったような声が上がる。
「どうしたの? もう始まってるよ?」
そんな中、いち早くすっと動きだしたのは美桜ちゃん。
歩幅が大きい。腕の振りもきっちり男の子に見える。彼女はそのまま奥まで歩いていくと窓際の真ん中の席へ無造作に腰かける。
パンツだから当たり前だけど、スカートを気にする素振りなんて欠片もない。
そのまま頬杖をついて壁(本当なら窓があるはず)を見つめ始めた彼女を他の子たちはぽかん、と見つめて、慌てたように動きだした。
みんなが位置についたところでさらなる爆弾を投入。
教室のドアを開ける仕草と共に葉くんが入室したのだ。
「───」
ちらり、とそちらに視線を送った美桜ちゃん。
次の瞬間には静かに立ち上がって歩いていく。
「やあ、おはよう。今日は少し遅かったね」
爽やかな笑顔。
対する葉くんも当然落ち着いて返す。
「ちょっと寝過ごしかけてさ。でも、間に合っただろ?」
「ふうん。夜になにをしていたのかな? それとも、誰かのことを思っていたとか?」
「なっ。いきなりなに言ってるんだよ」
話しながら一つの席に向かっていく二人はとても自然だ。
他のメンバーがまたしても成り行きを見守ってしまったのも無理はない。
けれど、素に戻りかけていたからこそ、花菱葉を独り占めする女の存在は許せなかったようで、みんな一斉に葉くんに話しかけようと集まっていった。
◇ ◇ ◇
「どうだった?」
「さすがですね、美桜ちゃん。単純な演技力なら上の子もいましたけど」
「ってことは、美桜ちゃんが気に入った?」
「はい。彼女がやるなら脚本を少し変えたいですね。最後に髪をほどくシーンとか入れたいです」
葉くんは──まあ、聞くまでもなさそうだった。
満足したと言うように笑顔を浮かべている。もしかすると無意識だろうか。
「監督。僕は美桜ちゃんの演技は二番目か三番目だったと思います。どうですか?」
「そうね」
私もそれについては同意見。
さすがに素人の付け焼刃じゃ実力者には追いつけない。
でも、小学生レベルの演技なんて一部の逸材以外はドングリの背比べ。そして本当に上手い子は他の役に散らばっている。
演技力ではなく「この役を演じる上でのパフォーマンス」で見たら。
「絶対受けると思う。美少女読者モデルが演じる中性的な美少女」
mioの知名度は参加メンバーの中ではトップクラスだ。この歳で代表作を持っているような女優はなかなかいない。だから、他での知名度が十分に威力を持つ。
ヒロインに良い子を配置した上で美桜ちゃんを起用すれば、映画はきっと売れる。
「じゃあ、決まりですね」
主人公の友人役は美桜ちゃんに決定した。