♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
『美桜さんがオーディションを通過したと先方より連絡が入りました』
結果が出るまでに一週間近く待たされた。
後から一葉に聞いたところ「その日には結論出てたんだけどね」とのこと。いろいろ確認とか報告とかあったのはわかるけど、おかげでその間、僕はそわそわしっぱなし。
お姉ちゃんはこういうのわりと慣れてるから平然としてたけど、お母さんと美空まで落ち着かない様子だった。
だから、木曜日の夕方に電話がかかってきた時は「月曜まで待たされなくてよかった」と正直ほっとしてしまった。
その後で「本当に?」という気持ちになって、喜びがこみ上げてきたのはさらにその後。
詳しい話がしたい、という先方に「母と予定を調整させてください」とお願いして電話を切る。
「……ふう」
とりあえず落ち着こう、と深呼吸をして目を開けたところで、
「わ」
お姉ちゃんと美空がすぐ傍でこっちをじっと見ているのに気づいた。
「で?」
「どうだった、お姉ちゃん?」
二人ともだいたい予想しているだろうに、ぬか喜びは嫌だからとばかりに我慢しているのが少しおかしい。
僕は「合ってるよね? なにか勘違いしてないよね?」と内心確認してから唇を開いて、
「オーディション、合格しました!」
「やったあ!」
二人に抱きつかれてもみくちゃにされた。
グループチャットで伝えたらお母さんまで全速力で帰ってきた。手にケーキ屋さんの箱を持って。
「おめでとう美桜! 私の娘が映画に出るなんて!」
「ちょっとお母さん。モデルとして活躍してる娘もいるんだけど?」
「ごめんなさい。もちろん美姫も自慢の娘だけど、映画は初めてだもの」
急な話だったのでささやかなものになったけど、その日の夕食はお祝いになった。
「まさか本当に受かっちゃうなんて。しかも事務所まで決まったわけでしょ?」
「お姉ちゃん、花菱葉くんと同じところに入るの?」
「うん。……あれ? これってもう確定なのかな」
「確定よ。オーディションに合格したら事務所に入れますって言われて、オーディションに合格したんだから」
考えてみればそうか。
ここで「やっぱりあなたのところには入りません」って言ったら映画の方まで「話が違う」ってなりかねないし。
お母さんがふっと笑って、
「一応、私もいくつか話を聞いてたんだけど、必要なかったわね」
「いいんじゃない? あそこの事務所なら私も入りたいくらいだし」
「あそこ、モデル部門はあんまり強くないから美姫には向いてないでしょ」
そうか、これで僕も事務所所属になるのか。
オーディションに受かることしか頭になかったから、そこから先の喜びがようやくじわじわと湧いてきている。
「わたし、すごいことしたんだよね?」
「うん。すごいよお姉ちゃん!」
笑顔を向けてくれる美空に同じく笑顔を返して、そうか、と思った。
「やったんだ、わたし」
男子高校生時代を含めても最大の達成感。
香坂美桜のスペックがなかったら無理なのはもちろんだけど、僕だって頑張った。その結果がこうやって出たのは素直に嬉しい。
「なに泣いてるのよ」
「だって」
気づいたら瞳に涙が浮かんでいて「らしくないな」と自嘲する。
でも、仕方ない。
僕が香坂美桜になってからようやく、目に見える大きな成果が出た。今まで頑張ってきた意味があったと思ったら胸にすとんと何かが落ちてきたのだ。
◇ ◇ ◇
事務所にはさっそく二日後の土曜日にお邪魔してきた。
映画に関するスケジュールの連絡、さらに事務所所属に際しての契約、各種条件の確認などだ。
中身男子高校生の身としては契約書も「お母さんにお任せ」では格好がつかない。わかる範囲で理解しようと目を通して、
「え、お給料こんなにもらえるんですか?」
思った以上の額が記載されていて驚いてしまう。
「年齢に応じた所属俳優の最低額ですよ。活躍すればその度合いに応じてボーナスもあります」
「……ボーナス」
未だかつて僕には縁のなかった単語だ。
事務所に所属するだけでこんなにもらえるとか夢みたいだと感動する僕に対してお母さんはさすがにもう少し冷静で、
「昇給については前年度までの活躍次第、ということですね?」
「はい。美桜さんの場合、所属に至った経緯が特殊です。現状ではどの程度の成果を期待できるか未知数ですので、今のところは最低ラインとさせていただいております」
映画の出演はとりあえず決まってるけど、それ以外の仕事はまだどうなるかわからない。
担当さんはそこでふっと微笑んで、
「とはいえ、更新の際にはおそらく増額できるかと。美桜さんの場合、少なくとも一つお仕事が決まっているわけですし、モデル業での活躍も期待できますからね」
「頑張ります。……あ、お世話になっている編集部にはわたしから報告して大丈夫ですか?」
「別途、こちらからもご挨拶をさせていただきますが、ひとまずそうしていただいたほうが良いかと」
これで仕事を依頼してもらうルートが整い、最低限のお給料までもらえるようになる。
もちろん良いことばかりじゃなくて義務もある。
「美桜さんには能力向上のためのレッスンも受けていただくことになります。……これに関しては映画のスケジュールや学業との両立を考慮しながら、ということになりますが」
「今通っているスイミングやピアノ、演劇のレッスンは止めたほうがいいんでしょうか?」
「絶対にだめ、というわけではありませんが、一本化していただくほうが指導の都合上望ましいです。時間固定の習い事は他のスケジュールとのバッティングも多くなりますので」
一回ごとに予約して利用するトレーニングジムなんかだったら問題ない、とのこと。
「とはいえ、こちらもすぐに止めるのは難しいと思います。それぞれご相談いただいて決めてください。この時期でしたら中学校入学と同時に終了、としていただくのも良いかと」
「それができると助かります」
ピアノ教師に関してはもともと「中学校からは別の先生に習ってね」と何度も先生から(なんだか寂しそうに)言われている。
スイミングについてもコース変更のタイミングになるし、授業時間だって変わるわけだからどっちにしろ一度見直す必要がある。
◇ ◇ ◇
オーディションに合格したこと、事務所所属が決まったことは公表しても問題ないとのことなのでグループチャットでみんなにも報告。
するとメッセージを送信して三十秒も経たずにばんばんメッセージが届き、電話までかかってきて「うわ、なにこれどうすればいいの!?」ってなった。
恋、玲奈からの電話以外は申し訳ないけど「学校で話そう」とさせてもらって文面で最低限の内容だけを報告。
親友二人とはそれぞれ温かい言葉をもらって三十分くらい話し込んでしまった。
橘さん他、担当編集さんにも報告。
『そっか。おめでとう、美桜ちゃん。モデル兼俳優なんてすごいじゃない』
「ありがとうございます。読モのお仕事も続けて大丈夫だそうなので、引き続きよろしくお願いしますね」
『もちろん。でも、来年度からは読モじゃなくてモデルとして依頼することになるかな』
さらにSNSでも報告を行ったところ、またしてもプチバズった。