♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「あんたなんなの? ねえ、ほんとなんなの?」
「ごめんってば。……いや、ごめんもなんか違うんだけど」
月曜日の放課後にはスイミングがあった。
とりあえず謝ってみたものの、ひょっとして「わたし悪くないよね?」と突っ張ったほうがよかったか。でもそれはそれで感じ悪いし。
叶音はベンチに座った僕の隣、恋とは逆側に腰を下ろすとストロベリーアイスの包装をぺりぺりと剥がしながら「で?」と言って、
「なにがどうなったら俳優として事務所に入ることになるのよ」
「その話、今日だけでもう十回はしたから疲れたんだけど……」
「なんでそうなったのかって聞いてるんだけど?」
こわい。
「かくかくしかじかです」
声優になりたいけど今の僕じゃ実力も実績も足りない。
実績を手に入れるには仕事をしないとで、仕事をするには事務所に入らないといけない。
事務所に入るために実績が欲しいのに……という状態を打破するために、別の部門に所属して実績を稼ぎつつレッスンを重ねることにした。
かいつまんで言うとそういうことなんだけど、
「なんか、急いでるのか遠回りしてるのかわかんないわねあんた」
「あはは、そうかもね」
急がば回れとは言うものの、俳優やモデルの仕事をしているうちにそっちがメインになって「あれ? 美桜ちゃんまだ声優目指してたんだ?」とか言われるようになるかもしれない。
「でも、それはそれでわたしには縁がなかったというか、向いてなかったってことかもしれないし」
チャレンジせずに諦めるつもりはない。
投げ銭サイトで個人として声の活動することはできるし、声優のオーディションだって受けようと思えば受けられる。
幅が広いというのはつぶしがきくということ。
芽が出ないまま時間を過ごすよりはよっぽど良い。
僕はチーズケーキのアイスを味わいつつそんなことを語って、
「そうね」
相槌を打つ叶音の目はどこか遠くを見ていた。
「正直羨ましいわよ。そうやってどんどん挑戦して成功して。……私だって」
「叶音」
「叶音ちゃん……」
諦めなければきっと叶う、なんて無責任なことは言えない。
全員が夢を叶えられるわけじゃないのは当たり前のこと。
この前のオーディションだって楽しいことばかりじゃなかった。……正直、控え室で他の参加者を威圧している子は何人もいたし、明確に睨まれることだって何度もあった。陰口らしきものを叩かれたことも。
「でもね」
突きつけられる食べかけのアイス。
食べていいよ、と言われているわけではもちろんなく。
「もちろん諦めない。私の夢はまだ始まったばかりなんだから」
「そうだね」
誰もが小さい頃から成功できるわけじゃない。
高校や大学に入ってからとんとん拍子に行くパターンだっていくらでもある。諦めなければ、少なくともチャンスは残されている。
努力家の叶音ならきっと、可能性を最大限に高めることができるはずだ。
「あーあ。私も自主的にアイドル始めてみようかしら。ネット配信で歌うの」
「面白そうだねっ。誰か誘えそうな子がいるのっ?」
「そうね、いるとしたらあんたたちかしら」
この上、個人でアイドル活動までやれと言うのか。
でも、隣に座っている親友ならアリかもしれない。
僕は立ち上がると恋の手を取り叶音の手にのせて、
「二人ならきっといいユニットになるよ」
「しれっと逃げてるんじゃないわよ!?」
「美桜ちゃんもやろうよ、きっと楽しいよ?」
恋、それだとアイドルやること自体はOKしてるっぽいんだけど。
◇ ◇ ◇
別れ際、叶音は僕にこんなことを言った。
『お姉ちゃんも「おめでとう」って言ってたわ』
一度会ったきりの叶音のお姉さん。
僕が舞衣に嫌味を言われた時も擁護してくれた。
『言ったっけ? お姉ちゃんは昔、アイドル声優を目指してたの。私たちが目指している世界のちょうど真ん中』
『そうだったんだ……』
『でも、お姉ちゃんは駄目だった。悔しい思いもいっぱいしたと思う。だから私がアイドル目指すのも目いっぱい応援してくれてるわけじゃない』
舞衣の言ったことに共感する部分もあっただろう。
僕が事務所に入ったことにだって複雑な気持ちだったかもしれない。
『でも』
彼女は「おめでとう」を届けてくれた。
『私も挑戦してみたい。少なくとも、諦めるならお姉ちゃんと同じくらい頑張ってからにしたいのよ』
叶音の言葉は僕の胸に深く残った。
僕のやっていることはみんなにも影響を与えている。
やるからには精一杯やらないといけない。
残された時間はあとどれくらいかわからないけど。
◇ ◇ ◇
ピアノ教室の先生は僕の事務所入りを泣いて喜んでくれた。
「おめでとう、美桜ちゃん。私も陰ながら応援してるからね」
「ありがとうございます。でも、小学生の間はピアノも続けさせてください」
「もちろん。私にできる限り最後まで教えさせて」
前々から話していた通り、ピアノ教室は今年度いっぱいでやめることになった。
新しい先生を紹介してもらうのはやめて、ひとまずキーボードを使って独学で練習を続けようと思う。俳優にしてもモデルにしても、さらには声優にしてもピアノの技術は必要ではないから、これは趣味というか、プラスアルファの教養としてだ。
残り少ないレッスンを大事にしようと心に決める。
金曜日。
奏先生は喜んでくれると共に少し寂しそうな顔をした。
「美空ちゃんの家族として入ってきた時は少し、あなたの才能を怪しんでいたんだけど……あなたもこの研究所に選ばれた才能だったのね」
この研究所は神崎さんが認めた才能だけが入ることを許される。
神崎さんの目はあれで確からしく、多くの子が短期間で才能を開花させて羽ばたいていってしまうのだという。
僕もその一人になった、というわけか。
「わたし、本当はもっと奏先生に教わりたいです」
「私だってそうよ。あなたはまだまだ未熟だもの」
はっきり言うなあ。
「でも、仕方ない。別の指導者がつくなら私は邪魔になる。逆に考えるとたった一年と少しで良い『指導実績』が手に入ったとも言えるしね」
「また、先生は別の子を教えるんですね」
「もちろん。……というか、ここ以外の場所でも指導している子はいるしね」
そりゃそうか。週一回の僕のレッスンだけで生活費が賄えるとも思えない。
先生は笑って、
「気を抜かずに頑張りなさい。足踏みしているようなら、私が育てた後進があなたを追い抜かすわ」
「頑張ります」
こっちも小学校を卒業するまでの残り数か月、できる限りのことを教わって「卒業」することになった。
卒業すれば今度は事務所が指定するレッスンが待っている。奏先生のそれと比べるのは難しいけど、より僕の売り出し方にあった指導や担当の分かれたより専門的なレッスンが受けられるはず。
残ったのは各種自主練。
中でも朝のランニングはこれからも欠かせない。
「体力は重要だよ。ほんと。走るのは大事」
そう考えるとスイミングもやっておいてよかった。
「ランニングかあ。私もやろうかな。そしたら朝も美桜ちゃんと会えるでしょ?」
「それも楽しいかもね。合流するコース決めたり」
効率を考えたら一人一人走ったほうがいいんだろうけど、友達と走るのだってモチベーションにつながる。スイミングをやめてしまう代わりという意味もこめて、僕は恋と合流できそうなランニングコースについて話し合った。