♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
月曜日の学校は大騒ぎだった。
この日ばかりは男子(湊含む)よりも人気者だったと思う。他のクラスどころか下の学年からも会いに来る子がいて、女の子の声がぜんぜん途切れない。トイレに行くタイミングを見計らうのすら一苦労の状態が一日中続いた。
恋とも相談して、スイミングは三月いっぱいでやめることに。
「ごめんね、恋」
「気にしないで。私も部活入ろうかなって思ってたし。美桜ちゃんを誘えないのは残念だけどねっ」
現状だとどのくらい忙しくなるか読めないけど、放課後に予定が入っていることが多くなるのは間違いない。恋が好きそうな運動系の部活は少なくとも入れないだろう。
「……なんだか、本当に遠くの人になっちゃったなあ」
火曜日の放課後はほのかの家にお邪魔。
ほのかとお兄さんには直接報告しておきたかったし、忙しくなる前に会っておきたかったっていうのもある。
お兄さんはすごく喜んでくれて、お祝いのお菓子まで用意してくれた。緑茶と一緒に食べたいちご大福はとても美味。
それからほのかの部屋で二人きりになって、
「遠くの人って。別に転校しちゃうわけじゃないし、学校にもちゃんと行くよ?」
「それでも、美桜ちゃんにどんどん引き離されちゃう」
ほのかは少し寂しそうというか切なそうというか、楽しそうに本の話をしている時とは違う、愁いを帯びた大人っぽい表情をしていた。
胸を締め付けられるような雰囲気。
なにを言っていいのかわからなくなった僕は「ごめん」の一言さえ紡げなくなって俯いてしまう。
成功は嬉しいけど、友達との距離が離れてしまうのも事実だ。
それは悲しいし、寂しい。
「あのね、美桜ちゃん。見て欲しいものがあるの」
言って、ほのかは僕にスマホを差し出す。
画面に表示されていたのは、
「小説……?」
「私が書いたの。やっと完成したから、読んで欲しい」
「そっか。約束してたもんね」
「うん」
唇に小さな笑みが浮かんだ。
「あのね。長くなっちゃったからデータで送れなくて」
「このまま見ていいの?」
「……うん」
人のスマホを借りるのってなんだか緊張する。
代わりに自分のを差し出そうとしたら「受け取れないよ」と言われてしまったので、大人しく自分のスマホは鞄に入れた。
しまう前に一応、家族には「友達の家で遊んでるから少し遅くなる」と連絡しておいた。
長丁場になりそうなので、ほのかの勧めでベッドの上に座らせてもらう。女子だと他の女の子ベッドの上に座れるのか。
クッションを抱き、さらに別のクッションを背中に当てて、ほのかとぴったり肩を寄せ合う。
ほのかの匂いにどきどきしてしまうけど、僕は深呼吸と共に余計な気持ちを追い出した。画面に集中して文字を追う。
「私のスマホ、めったに電話とか来ないから大丈夫だよ」
ちょっと悲しくなることを言うのはやめて欲しい。
読み進めるにつれてどんな話かわかってきた。
◇ ◇ ◇
ほのかが書いたのは女の子同士の友情を描いた小説だ。それとも百合小説と呼ぶべきか。それとも青春小説か。
主人公の女の子は大人しくて引っ込み思案な、どこにでもいるような普通の子。
ある日、ふとしたきっかけから出会った「特別な女の子」が主人公の日常を変えていく。その子と過ごすと何もかもが特別になって、なんでもないはずの小さな出来事が忘れられない思い出になる。
風。雲。雨。
親友になった二人は二人だけの時間を過ごす。主人公はその時間をとても大切に思う一方で、どこまでも普通な自分へのコンプレックスを募らせていく。特別な時間があるのはあの子のおかげで、離れ離れになってしまったら自分にはなにもないのだと。
なのに、その子は無自覚に、無神経に主人公を誘う。
『やってみればいいんだよ、なんでも。そうしたらきっと特別が見つかるよ』
苛立ちはある日爆発して、二人は初めて喧嘩をした。
いや、喧嘩なんて言えない。主人公が一方的に感情を爆発させただけ。溜まっていた思いを全部ぶちまけて、絶望して、後悔して、自分から壁を作った。
それでも、その子は笑って手を取った。
『じゃあ、一緒にやろうよ。いろいろ。なんでも』
公園。コンビニ。カラオケ。休みの日の学校。近くの河原。
住んでいる街の中から出たわけじゃない。だけど、普段見ることのない景色。遊具で遊んだり駄菓子を買い食いしたり、思いっきり歌ったり、水面に石を投げたり。
身近に知らなかったことがたくさんあって、退屈だったはずの世界が楽しくなった。
なにげない体験が国語の作文になって表彰されて。
音楽の先生から上達したと褒められて。
外を散歩するのがちょっとだけ楽しくなって。
『どうして、私と一緒にいてくれるの?』
ある日そう尋ねると、彼女は笑って答えた。
『好きだからかな』
一緒の時間が。ただそういう話だとわかっていてもどきどきした。
少しだけ前向きになった主人公は思い切って切り出した。
『ねえ、ずっと一緒にいてくれる?』
明るい返事は、なかった。
『わたしね、転校するんだ』
突然設定されたタイムリミット。
残された時間を惜しむように二人は二人だけの時を過ごし──そして、別れの時はどんなに願ってもなくなることなくやってきた。
別れの日。
なきじゃくる主人公に、彼女はずっと身に着けていたリボンをくれた。
『またね』
永遠ではなく再会の約束。
時は流れて、主人公は進学と共に別の街の学校に。知らない景色と知らないクラスメート。あの子のおかげでなんとかやれているけれど、心にはぽっかりと穴が開いたままで。
二年生になり、あの日の約束が遠い日の約束になり始めた頃、
『リボン、使ってくれてたんだ』
別の場所で、二人は再会を果たした。
あの頃よりもずっと可愛くなって特別になった彼女。彼女とどちらからともなく駆け寄り、抱きしめ合う。
約束はきちんと果たされた。
二人の物語はこれからも続いていく。新しく紡がれていく。
◇ ◇ ◇
僕は息を吐き、物語の余韻を残しながら現実に帰ってくる。
気づくと二時間以上が経っていた。
当然だ。ほのかの書いた小説は十万字以上──単行本一冊分はあったのだから。
いつの間にかスマホにはモバイルバッテリーが接続されているし、外も相当暗くなっている。クッションで予防してもなお身体が凝っていた。
「あの。どう、だった」
僕が読み終わっても、ほのかは隣にいた。
ずっとくっついていたわけじゃないだろう。いつの間にかミニテーブルの上には二人分の飲み物が置かれている。片方は手つかずで、中に入っていた氷が解けた結果かグラスの表面が結露している。
せっかくなのでぐいっと一気にいただくと、少し火照っていた身体が良い感じに落ち着いた。
そこでようやく、僕は返事をする。
「すごい。すごいよ、ほのか」
心を動かされた作品、感動した作品を「面白かった」と表現していいのかたまに迷うけど、これはまさにそういう作品だ。
普通にお金を出して買いたい作品。僕に権限があったら映画の題材として持ち込みたいくらいだ。
……そんなことを言い募ったらほのかは真っ赤になってしまった。
「そ、そこまで褒めてくれなくても。お世辞でも照れるから」
「お世辞じゃないよ。本心」
信じられないならお兄さんにでも聞いてみればいい、と伝えると彼女は猶更恥ずかしそうな顔をした。
「お兄ちゃんにはスマホ貸したくない」
「あのね、ほのか。たぶんそれ送れるよ。保存形式変えてPDFとかにすればパソコンで読めるから、お母さんに印刷してもらえば」
「え……!? ど、どうして先に教えてくれなかったの!?」
「だって、待ってたら今日読めなくなっちゃうでしょ?」
そう告げるとほのかは俯いて「美桜ちゃんは、本当に」と呟いた。
「本当に、面白かった?」
「面白かったよ。賞に応募してみたら? それとも、Web投稿サイトに載せるとか」
残念ながら答えは「か、考えておくね」というもので、僕は無理強いはできないとそれ以上は言わないことにした。
物語の主人公と違ってほのかにはお兄さんやお母さんといった理解者もいる。一人が何度も言わなくても大丈夫だ。
「また書いたら読ませてね、ほのか」
「う、うん。美桜ちゃんになら、いいよ」
それにしてもこれからどうしよう。
こちらから甘えるのも悪いけど、お兄さんにタクシーを呼んでもらおうか。
そう考えたところで部屋が遠慮がちにノックされて、
「ほのか、終わったのか? ピザ適当に頼んじゃうぞ」
ほのかと顔を見合わせた僕は一緒に部屋を出て、どうせ頼むのなら、とパイナップルたっぷりのピザを入れてくれるように希望した。