♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
事務所に所属するようになって生活がさらに慌ただしくなった。
初めは手続きでなにかと事務所まで行く機会が多い。それが終わったらレッスンが始まり、少ししたら映画の本読みが始まって遠出する機会がばんばん増える。
今日も手続きついでに事務所へ顔を出して、ついでにちょっとしたレッスンを受けた。
「基礎はけっこうできているみたいね」
「ありがとうございます」
正式に所属が決まってから心がけるようにしたのはまず挨拶だ。
向こうでもそうだろうけど、女ばっかりのこの世界、愛想のない人間はばんばん評価を下げられてしまう。というわけで会う人会う人に笑顔を向けて「おはようございます!」と元気に挨拶するようにした。
そのお陰か、先輩方からも普通に挨拶してもらえるようになった。
まあ、陰湿な女子は裏で陰口叩いてたりするので、表向きの印象が必ずしも一致するとは限らないんだけど。……そこはぶっちゃけ、あんまり考え過ぎてもどうにもならない。
当初のレッスンは初心者向けの簡単なもの。
僕の能力確認も兼ねていて、参加者は僕一人だけだった。この時期に入ってきた新人が他にいないので当然といえば当然。
奏先生のおかげで一通りのレッスンはこなせる。
「これならタイミングを見て通常のコースに入ってもらってよさそうね」
「はい。よろしくお願いしますっ」
二時間くらいのレッスンを終え、シャワーを浴びて今日のノルマは終了。
事務所を出ようとロビーに向かったところで「美桜ちゃん」と声をかけられた。
お洒落で格好いい服装に身を包んだ
「今帰り? ちょっと寄り道して帰らない?」
「もちろんいいよ。……もしかして、待っててくれたの?」
「美桜ちゃんに会いたかったからね」
ざわ。
「葉くんのほうから声をかけてもらうなんて」
「なんなの? 付き合ってるの?」
嫉妬の視線がいくつも僕に。
たまたま居合わせた人だけじゃなくて受付のお姉さんとかまで「あわよくば彼と」と狙っているらしい。そりゃそうか。将来有望な美少年俳優だ。僕が健全な男で、美少女アイドルと付き合えるチャンスがあったら「ぜひお願いします!」と言う。
でもこの状況、僕の印象的には不利かも。
ここはさっさと葉を促して事務所を後にすることに。
自動ドアを抜けて少し歩いたところで葉がぽつりと、
「ごめん。声のかけ方を間違えたよ」
「いいよ。オーディションだって葉の紹介だったんだし、今更だと思う」
「ありがとう。……でも、僕だってまだ小学生なんだけどなあ」
僕も湊相手に「えっちしてきなさい」とか送り出されたし、小学六年生はもうそういうのOKな扱いなんだろう。
そう告げると葉は目を丸くして、
「美桜ちゃんもそういうの興味あったんだ?」
「ないよ。お母さんとお姉ちゃんが勝手に盛り上がっただけ」
まだ処女だし、誰かに渡すつもりもない。
「良かった。……僕もそういうのはまだ早いと思うから、助かるよ」
葉は寄り道の前にさらなる寄り道を希望した。
なにかと思ったらショッピングモール内にあるレンタルルーム。レンタルスペースと貸しコンテナの中間というか、荷物置き場兼着替えに使えるちょっとしたスペースを月単位で貸してくれるというところだった。
前から彼が使っているというスペースには服、鞄、靴、ウィッグ……女装道具が整理整頓されて用意されている。
「すごいね」
そのラインナップに僕は感嘆してしまう。
かなりお洒落なほうだと思う僕でも「これはなかなか」と思える量だ。僕みたいに読モでもらえるわけじゃないし、それどころか普段着にもならないわけだから、使ったお金は推して知るべし。
「あはは。お小遣いをかなりつぎ込んでるからね」
「稼いでるもんね、葉。……ううん、一葉」
入り口のドアが閉じられているのを確認し、囁くように言うと彼もとい彼女は恥ずかしそうに頬を染めた。
「ここに連れてきたのは美桜ちゃんだけだよ。母さんにも内緒だから」
この趣味はさすがに親にも言いづらいだろうなあ。
つまり、ここに来たのは変装のため。……というか、女の子として羽を伸ばすためだ。
「着替えるんだよね? わたし、外で待ってようか?」
「ここにいていいよ。美桜ちゃん、男には興味ないみたいだし」
確かに興味はない。ないけど、じろじろ見るのもどうだろう。
迷った末、いちおう視線は逸らしておくことにした。幸い見るべきものはいくらでもある。自分のお洒落の参考にもなりそうだ。
その間、聞こえてくるのはしゅるしゅるという衣擦れの音。
美少年が美少女に変わっていく。男の子の着替えだと思うべきか、それとも逆か。女の子だと思うとどきどきしてくるけど、男の子だと考えてしまうと変な性癖が芽生えてしまいそうだ。
「お待たせ」
慣れたもので、葉は短い時間で一葉に変身した。
顔の印象はそんなに変わってないんだけど、最低限のお化粧と髪型の変更。後は服装と、纏うオーラががらっと変わることで花菱葉には見えなくなる。
しげしげと眺めつつ「これは熟練の技術だね」と言うと「恥ずかしいよ」と苦笑する。
「ね。……そういえば、一葉って男の子と女の子、どっちが好きなの?」
「な。……い、いきなりなに言うの美桜ちゃん」
噴き出しそうになった一葉は少し恨みがましげに僕を睨んでくる。
「ごめんごめん。でも、気になって。……あ、それとも葉の時と一葉の時で違う感じ?」
「一緒だよ。どっちも女の子。……だと、思う」
「思うかあ」
いざ男の子に押し倒されてみたらいけちゃうかもしれない、ってことか。
そういうのに向いている子もいるんだろう。僕よりも彼のほうが女の子になる適性は高かったかもしれない。
なるほどと頷くと「っていうか」と唇を尖らせて、
「よくわからないっていうか、あんまり積極的になれないんだよ。……僕、こんなだし、リードするよりされるほうが好きだから」
「ああ」
せっかくなので詳しい話は喫茶店ですることに。
僕も伊達眼鏡(一葉に借りた)で最低限の変装だけして、モール内の店舗へ。ここのレンタルルームは出入り口が二箇所あるうえにモールの中だから人通りが多くて正体がバレにくいのだと言う。
さすが芸能人、そういうのも気を遣ってるのか……と感心したところ「美桜ちゃんもだよ」と言われてしまう。
そうだった、僕ももう「しょせん読モだから」とは言えない身分だった。
「一葉。今は『僕』って言わないようにね?」
「う。……うん、気をつける。一人だとたまにやっちゃうんだよね、それ」
恥ずかしそうな彼だったけど、喫茶店に着いてメニューを開くと目がきらきらし始める。
「甘い物好きなんだ?」
「うん。男子は大変だよね。男が甘いの好きなんて変、って言う人、まだたまにだけどいるし」
季節のタルトとデラックスショート(どっちも一葉のぶん)とオムライスセット、それから特製プリンと飲み物を注文してさっきの話に。
「じゃあ、一葉は女の子に攻められるのが好きなんだ?」
「う、うん。ねえ、美桜ちゃん。この話ものすごく恥ずかしいんだけど」
「いいじゃない。女の子同士なんだし」
どの口が言うのか、というのはこの際抜きにして。
難儀な性癖だ。攻めてもらうには彼の女装癖を理解してドン引きしない女の子が必要なわけで、そんな人はなかなか現れないだろう。
……うん、なんか僕が当てはまってるような気がするのは置いておくとして。
「じゃあ、美桜ちゃんはどうなの? ……女の子が好きなの?」
尋ねられた僕は「そこをはっきりさせてしまっていいのか」という気持ちと「はっきりさせないといろんな人に悪いんじゃないか」という気持ちで揺れ動いて。
「うん。わたしは、男の人より女の人のほうが好き」
結局、それを小さく言葉にしたのだった。