♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「恋愛って難しいよね?」
曖昧に告げただけだったのに、一葉は「そうだね」と答えてくれた。
「恋ってなんなんだろうね。……たった一人をそんなに好きになるって、誰にでも普通にあることなのかな?」
小学生二人で話すには難しいテーマ──とは、必ずしも言い切れない。
クラスの女子も当たり前のように愛だの恋だのえっちだのと言っている。一度、世界の在り方が大きく変わったこの世界では特に大事なことだ。
「わからない。わたし、たぶん本気で恋をしたことないから」
男子高校生だった頃、誰かを本気で好きになれていたら少しは世界が変わったかもしれない。
今だって。
──恋や玲奈の気持ちに、応えていいかわからない。
本当は僕だってうすうす気づいている。
恋たちが僕に、ただの友情以上のものを感じてくれていること。
この世界での恋愛と親友関係は境界が薄い。女子は親しい相手ほど「一緒にいる」ことを大事にしがちだ。極端に言えば、特定の相手とできるなら二十四時間一緒にいたい……って、そこまで行ったらもう恋愛と変わらないんじゃないか。
「例えばさ。好みの人を見たらえっちしたいとか思うことはあるけど」
「あるんだ」
「一葉だってそのくらいあるでしょ」
話の腰を折られた僕がジト目で睨むと、一葉は「そうだね」と目を逸らした。
ほんのり頬が赤いのはとりあえず放っておく。
「えっちしたいと思うことと恋って別なわけじゃない? でも、付き合ってない人とえっちするのってだめだったりするんだよね?」
交際相手以外とのえっちが制限されるのに、交際相手を性欲で決めるのは不純。
なんだか矛盾しているような気がする。
「美桜ちゃんは難しく考え過ぎなのかもね」
遠い目をする一葉。
「どういうこと?」
「芸能界にいると目立つのかな。いろんな人と関係を持ってる人なんていっぱいいるよ」
それは確かに、お姉ちゃんも経験人数増やすとか言ってたし。実際朝帰りしてきたこともあったりするけど。
「そういうの男の人相手の話でしょ?」
「女の子に見境なく手を出してる人もいるよ」
「いるんだ」
まあ、女同士ならわりとノーカンかな、と思ってしまうのは僕が男だからだろうけど。
「一葉は、えっちしたいと思う気持ちと恋愛を分けられると思う?」
「……無理だよ、そんなの」
「だよね」
男の子っていうのはそんなものだ。男子の中では特殊な部類に入る彼でも駄目ならほぼすべての男子が無理だろう。
はあ、とため息の音。
「美桜ちゃんに会えて本当に良かったよ。話が合うっていうか、やっぱり素直に話せる」
「うん、私も」
意図的に女の子を装っている、という意味で彼と僕は似たところがある。
そういうのが気が合う理由なんだろう。この出会いはこれからも大事にしたい。
「これからどうしよっか。一葉、なにかしたいこととかある?」
「……うーん」
可愛らしく顎に指を当てた少女、もとい少年はしばらく考えてから「ショッピング、かな」と答えた。
「せっかくだから、一緒に買い物したい」
「よし、じゃあそうしよっか」
僕たちはモール内の店舗を巡って「あれ可愛い」「これ可愛い」と言い合った。
結局、大した量は買わなかったけど、一葉がものすごく楽しそうだったのでそれだけでも来た甲斐はあったと思う。
代わりに、胸の奥にはとうとう直視してしまった問題。
といっても、いつかは考えないといけなかったんだけど。
◇ ◇ ◇
「……こんなものが当たり前に世に出回るなんて、許されていいのでしょうか」
登校後、HRを待つ時間。
とある雑誌を抱えた玲奈が真っ赤な顔で恍惚のため息をついた。
「玲奈。ちょっとその顔はだめだよ。男子もいるんだよ?」
クラス唯一の男子こと燕条湊がえっちなことに興味を持っているのは確認済み。
今だってさりげないフリをしながら玲奈の様子をちらちら窺っており、どこか恥ずかしそう、あるいは興奮した様子だ。
親友をそんな目で見るのはやめて欲しい。
やんわりと指摘すると玲奈も恥ずかしくなったのか深呼吸と共にいくらか表情を戻して、
「失礼いたしました。ですが、わたくしにはこの雑誌は刺激が強すぎます」
机の上にそっと置かれたのは小学生向けのファッション誌だ。
女の子向けの雑誌にけっこう過激なことが書かれているのはこっちでも向こうでも共通、むしろこっちのほうが過激なくらいだと思うけど、玲奈が正気を失いかけた原因はそこじゃない。
この雑誌は僕が新しく参加した、格好いい系ファッションの雑誌。
「美桜さんがこのような格好をなさるなんてありえません。反則です」
「えっと、似合ってなかったってこと……?」
「違うと思うよ、美桜ちゃんっ」
玲奈をそれほど心配していないのか、いつも通りにこにこした恋が言って、
「美桜ちゃんすごく格好良かったもん。これじゃ女の子からの告白が増えちゃうよね」
「ええ。……格好良く着飾った美桜さんに耳元で囁かれたら、わたくし、前後不覚に陥ってしまうかもしれません」
「そんなに……?」
「そんなに」
「そんなに、です」
二人ともわりと目が本気だった。
他のクラスメートもきらきらした目でこっちを見つめてきており、なんか期待されてるのは一目でわかった。
「香坂さんって王子様系もいけたんだね」
「俺様系もいけそう」
「私、もう女同士でもいいかも」
実を言うとこれまでも女子から告白されることは何度かあった。これまでは全部断ってきたんだけど……この分だと恋の言う通り女子からの告白が増えそうだ。
「ファンが増えてくれるのは嬉しいけど、告白は困っちゃうなあ」
「美桜さんは恋愛に興味がありませんものね」
親友が僕のスタンスを理解してくれるのは嬉しい──嬉しいはずなのに、胸に小さな棘が刺さる。
今のは嫌味にならないレベルの嫌味だったりしないか。
玲奈はそんなことしない、と思う反面、彼女だって不満に思うところはあるだろうとも思う。
そのうえで「うん」と頷いて、
「初めての大きなお仕事だし。まずはそっちに集中したいかなって」
「そうですわね。そちらも格好いい役なのでしょう? 応援しております」
「ありがとう、玲奈」
「私も応援してるよっ。映画三回は視に行くからねっ」
三回は多くないか。
そこまでしてもらうなら僕からチケット代くらい出したいところだ。……完成したら試写会のチケットとかもらえたりするんだろうか。
「みんなの期待に応えられるように頑張らないとね。役作りもしっかりやるよ」
「役作り……相手役が必要でしたらいつでも言ってくださいね?」
「私もやるよっ。あ、でも、ドキドキしすぎて練習にならないかも?」
そんなことになったらこっちまでますます意識してしまう。
僕は二人に「本当にありがとう」と微笑みつつ、役作りに協力してもらうのは僕にそこまで興味のない相手──お姉ちゃんや叶音あたりか、演技関係の知り合い──奏先生や一葉にしておこうと心に決めた。
もう十二月。
冬休みに入って年が明けたら小学校を卒業するまではあっという間だ。
本読み。立ち稽古。通し稽古。
練習期間が終わったら撮影。僕は習い事の残り期間を消化しながらになるのでなおさら忙しい。
進学のほうは内部生だしテストなんてあってないようなもの。ちゃんと受けてさえおけば普通に進学できる。
テストみたいな重要な日以外は休むことも出てくるだろう。
申し訳ないけど今はそれがありがたい。
映画をきっちり完成させて公開を迎えられたら、少しは自分にも自信がつくだろうか。