♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
スマホの音で目を覚ますと、いつも起きる時間の五分前だった。
先輩からのメッセージ。
『卒業おめでとう。四月からまた一緒の学校だな!』
僕──
男子校なんていくつもないので、この辺に住んでる男子はみんな同じ学校だ。先輩ともまた一緒になる。
男子校ってどんな感じなんだろう。
いろいろ聞いてはいるけど、女ばかりの共学から一気に変わりすぎて想像がつかない。
「卒業かあ」
本当に早かったな。
早く男子校に行きたいと思ったこともあったけど、なんだかんだ楽しかったような気もする。
色んなことがあったし、色んなやつがいた。
「この制服を着るのも最後か」
少しだけ名残惜しいような気分になりながら朝の支度をして、母さんの作ってくれた朝ご飯を食べて家を出た。
「お母さんも後から行くからね」
「別に来なくてもいいんだけど……」
なんか親に来られるのは照れくさい。
言っても聞いてくれないんだろうし、来なかったら来なかったで寂しいんだよな、と思いつつ通学路を歩きだすと、色んな人から「おめでとう」と声をかけられる。
「ありがとうございます」
顔見知りばっかりだけど、本当、こういうのどうしていいかよくわからない。
まあでも悪い気はしない。とりあえずお礼だけは言っておく。
「燕条君」
「湊君!」
それからすぐに女子に見つかって一緒に歩くことになった。
いつものこと。
中学に入ると学校が遠くなるから登校にタクシーを使えるらしい。男子は電車やバスの定期並に安く使えるんだとか。
先輩は女子に声をかけられるために時々徒歩通学してるらしいけど、僕は正直、女子から話しかけられなくなるのが嬉しい。女子が近所のおばさんたちと笑顔で挨拶しているのを見ても男子と女子は全然違う。面倒ごとは減らすべきだ。
「そうだ。……あのね? 後だとゆっくり話せないだろうから今のうちに伝えておくね?」
「湊君! 私と付き合ってください!」
今の段階でもう五人で歩いてるんだけど。
答えを聞くまで許さない、とばかりに僕を見つめてくる女子たち。わりと本気で怖い。逃げ出したくなりつつ「ごめん」と答えた。
「僕、まだ誰とも付き合う気ないから」
「本当? 香坂さんとも?」
なんであいつの名前が出てくるんだ、という文句はギリギリで我慢した。
つい一週間くらい前もうちに来てゲームをして、母さんのご飯を食べて帰っていった。さすがに泊まりはしなかったけど、あいつの無防備な姿は目に焼き付いている。
「あいつとは付き合えないよ」
女子たちはほっとしたような顔をすると「じゃあ」と次々に手紙を差し出してきた。
「私たちの気持ちだよ」
「もし、ちょっとでも気が変わったらいつでも連絡してね?」
「燕条君にならえっちなこと、好きなだけさせてあげるから」
「でも、早くしないと他の男子と付き合っちゃうかも?」
連絡先は交換するまでもなく登録されている。
手紙って、これ、いったいあといくつもらうんだ。読まないのも悪いし、読んだ後捨てるのもなんか申し訳ない。ものすごく扱いに困る。
とりあえず「ありがとう」を言って丁寧に鞄にしまった。
そして。
「あ、香坂さんだ」
学校に近づいたところで僕はあいつを発見。
恋や玲奈と一緒だ。今日はあいつの家から三人で一緒に登校するとか言ってたか。別にこれからも同じ中学なんだからそんなに寂しがらなくてもいいだろうに。
香坂美桜は、当たり前のように恋や玲奈以外にも何人もの女子に囲まれていた。
僕を囲んでいる女子も十人くらいに増えていたけど、あいつを囲んでいるのもそのくらいだ。下手したら僕より人気あるんじゃないのかあいつ。
なんか、いつも以上に可愛いな。
前からそうだったけど、あいつは最近さらに大人っぽくなった。
芸能事務所に入って大人と話すことが多くなったからか。それとも成長期だからか。ずっと伸ばしている髪も、荒れているところを見たことない肌も、きらきらして見える目も、ぜんぶが芸術品みたいで見惚れてしまいそうになる。
なんであんなのが月一くらいで僕の家に来てゲームしてるんだ。
ゴリラが上手く使えないと悲鳴を上げていたあいつを思い出しつつ、僕はため息をついた。
『なあお前、卒業しても遊びに来るのか?』
『来て欲しくないならやめるけど?』
僕はそれに「好きにしろよ」と答えた。
僕たちの関係はいちおう、まだ途切れていないらしい。
香坂美桜は卒業生代表として答辞を読むことになっている。
◇ ◇ ◇
「卒業生代表の答辞を香坂さんにやって欲しいの」
先生からそう言われた時には驚きすぎて口がぽかんと開きそうになった。
「ああいうのって生徒会長がやるものじゃないんですか?」
「別に決まってるわけじゃないわ。そうなることも多いけど、誰が読んでもいいの」
あれって読む側になることあるんだ。
断ろうかとも思ったけど、芸能人のエピソードとして「卒業式で答辞を読んだ」ってなかなか使えそうだな……とやらしい考えが浮かんだ。そもそも断るのは失礼だろうし、結局、ありがたくやらせていただくことに。
先生からもらった答辞のテンプレを元に自分なりのアレンジを加えた原稿を用意。
大勢の前に立つのは緊張する──と言っても、オーディションで審査員に見られた時を思えば全然ましだ。今までの経験がこんなところで役に立った。
なんとか噛まずに言い終えると、在校生だけでなく保護者や来賓からも大きな拍手が。
お辞儀をして席に戻った僕に隣の子がハンカチを渡してくれる。
気づかなかったけど、いつの間にか軽く涙を流していたらしい。香坂美桜になってからの約二年間。みんなよりもだいぶ短い経験だというのに、僕もこの学校を離れるのを寂しいと思っていたのか。
それとも、いつか来るタイムリミットを意識したからか。
「美桜先輩! 私、美桜先輩と離れたくありません! 私と付き合ってくれませんか!?」
「ごめんなさい。……わたし、今は誰とも付き合う気がないの」
卒業式当日だけで女の子からの告白が五件以上もあった。
前は「好きな人がいるから」と断っていたものの、嘘をつき続けるのも心苦しくなり、しばらく前からは正直な気持ちを口にしている。
おかげで「心変わりするほどのインパクトがあれば」と色んな子がチャレンジしてくるようになってしまったかもしれない。
正直に言ってすっきりするのと、毎回断って胸を痛めるの。つり合いが取れているのかいないのか。
「美桜ちゃん。別の学校になっても私たち友達だよね?」
「もちろん。なにかあったらいつでも連絡してね?」
女子の学校はたくさんあるので内部進学せず、別の学校に進む子もいる。
学力的な都合、引っ越しの関係など理由はいろいろだけど、別れが寂しいのは変わらない。そのうち疎遠になっていくのだとしてもやっぱり名残は惜しい。
後輩や別々の学校になる子と抱きしめ合い、みんなで記念写真を撮り、打ち上げパーティ(?)でファミレスに行って──とやっていたらけっこうな時間が過ぎてしまった。
「もう、あの学校に行くこともないんだね」
「そうですね」
「ちょっと寂しいよね、やっぱり」
ちなみに恋は大泣きしていたので本当のところは「ちょっと」じゃない。
あと、僕は美空のお迎えとかでひょっとしたらまた来るかもしれないけど……まあ、そういうのも抜きにして。
僕たちはファミレスを出た後もしばらく三人で卒業の余韻に浸った。
お目付け役の小百合さんは僕たちが満足するのを黙って静かに待っていてくれた。