♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
しっとりとした黒のストレートロング。
どこまでも吸い込まれそうな瞳。力仕事なんてしたことなさそうな細い指。
桜色の唇に、独特の甘い匂い。大人の色気を感じさせる雰囲気と裏腹に背はすらりと高く、胸はかなり控えめ。男装をすれば王子様に変身しそうだ。
合わせて、神秘的な雰囲気の美女──というのがその先輩の印象。
高等部一年、
彼女はHRが終わってほどなく僕たちの教室に直接やってきた。
背筋の伸びた、堂々の立ち振る舞い。
誰もが息を呑んでそれに見惚れる。高一だと三歳差。小学校の時に見覚えがあるとしても三年生の時なので、中一の教室に面識のある生徒はほとんどいないはず。
噂の新入生(※僕)を一目見ようと人が集まり始めていたのもあって、先輩の来訪はとても目立った。
なのに、彼女は気にした様子もなく僕のところまでやってきて、
「少し、お話できませんか?」
「えっと、なんでしょう?」
向き直って尋ねると、彼女は真っすぐにこっちを見たまま言ったのだ。
「香坂美桜さん。あなたが入学してくるのを待っていました。……どうか、私とお付き合いをしてくれませんか?」
一瞬、時が停まったような錯覚を覚えた。
僕の隣で目を丸くする恋。
教室の入り口。ドアの前で玲奈が目を見開いている。
心臓の音がうるさい。
高校一年生。年上からの告白は今まで受けたそれとは全然違った。高校生なら元の僕ともそう歳が離れていない。恋愛対象にならないわけがない。
まして、梟森先輩はとても美人だ。
「あの、わたしたち初対面ですよね?」
尋ねると爽やかに、それでいてどこか艶やかに微笑んで、
「ええ。でも、何度も見かけたことがあるわ。雑誌やSNSでも、あなたの顔や声をたくさん見てる」
「わたしのどこを、その、好きになってくださったんですか?」
「全部、と言ったら信じてくれる?」
こっちが素なんだろうか。
告白から一転、丁寧な口調を止めた先輩は覗き込むようにして顔を近づけてくる。
いい匂い。香水、とはちょっと違う。アロマオイルとかでもない気がするけど、なんの匂いだろう。
「瞳も、唇も、声も、髪も。肌も指も爪も、全部。あなたは全てが素敵よ」
囁くような返答にぞくぞくする。
「わたしの見た目、ってことですか?」
「そうね。もちろん見た目は大事よ。……でも、それだけじゃない」
魔女。
先輩の印象はそんな感じだ。良い魔女か悪い魔女かはまだわからない。でも、どっちにしろ人とは違う理屈で動くのが魔女という存在だ。
「あなたのその在り方に心惹かれたの。だから、私のものにしたくなった」
先輩の右手がこっちに伸びてくる。
しなやかな指に頬を撫でられそうになったところで、僕はようやく唇を開いた。
「ごめんなさい」
心臓の音はまだうるさい。
でも、答えは決まっていた。
「わたし、今はまだ誰とも付き合う気がないんです」
「……そう」
残念そうな吐息さえもどこか甘く。
一歩、僕から距離を取った梟森先輩は「残念」と呟くと苦笑した。
「こんなに情熱的に告白してもあなたの心を溶かせないのね」
「すみません。その、先輩の気持ちは本当に嬉しんですけど」
「いいわ。今は、なら、まだチャンスはあるのでしょうし」
僕に「またね」の言葉を残し、恋に目配せをしてから先輩は去っていく。
後ろ姿でさえも堂々としていて、そういうところは素直に憧れてしまう。
「なに、あれ」
恋の呆然とした呟き。
中三のお姉さんがいるというクラスメートが教えてくれる。
「梟森杏樹先輩。高等部の一年生で、すごく人気のある人だよ。今までもたくさんの子と付き合ってきたって」
「子? 女の子ってこと?」
「うん。先輩、男の子にはまったく興味ないらしいから」
「……そうなんだ」
確かにあの人は男子よりは女子にモテそうだ。
美人だけど胸は大きくないし、興味のない相手にはものすごく冷たそうな気がする。
「でも、すごいよ香坂さん。梟森先輩って自分から告白ほとんどしないらしいよ?」
「でも、付き合った子とぜんぶ別れてるんだよね?」
「あー、うん。お姉ちゃんが言うには、それでも先輩を悪く言う子はほとんどいないらしいけどね」
恋愛は告白したほうが負け、みたいなやつだろうか。相手から告白させれば主導権は自分が握れるから、付き合ってみて飽きたら別れればいいみたいな。
だとするとさっきの場合は僕に主導権があったということに……?
あの先輩相手に好きなことするのを想像しかけて慌てて止める。こんなこと、僕に想像する資格はない。
と。
「美桜ちゃん」
「美桜さん」
いつの間にか玲奈も僕のところまでやってきていた。
二人はいつになく真剣な表情。ここまでシリアスなのは前に三人で海水浴に行って、お風呂に入った時以来だろうか。
微笑んで「どうしたの?」と尋ねた僕は恋たちに両手を握られて、
「あのね、話があるの」
「お時間をいただけますか、美桜さん?」
三人だけになれる場所を探して教室を出ることになった。
◇ ◇ ◇
新しい生徒を迎えたばかりの校舎内は人で賑わっていた。
外には部活動の勧誘。中は生徒たちの雑談する明るい声。
中等部の校舎内は初等部以上に女の子の匂いが強い。外で遊ぶ子が持ち込む土の匂いもしなくなって、ちょっとくらくらしてしまいそうなくらいだ。
僕たちは自然と「上」へと足を運んだ。
こんな日からぼっちになろうとする生徒はさすがにいないのか、学校の屋上には誰もいなかった。
風で乱れそうになる髪を抑えながら僕は「どうしたの、二人とも」と尋ねる。
「こんなところまで来て、いったいなんの話?」
自然と出入り口から離れて立つ形になった僕を、恋と玲奈の二人が見つめる。
「本当はうすうす気づいていらっしゃるのではありませんか?」
「大事な話だよ。とっても大事な話」
「……っ」
唯一の出入り口へと向かうルートは恋たちが塞いでいる。
逃げられない。
指摘された通り、なんとなくどんな話か予想してしまっている僕は、先輩の告白の名残から胸をどきどきさせると同時に締め付けられるような苦しさを覚える。
今まで誤魔化してきた代償、なんだろうか。
唾を呑み込み、二人を見る。
恋。
トレードマークのツインテールは変わらず。でも、出会った頃よりずっと可愛く女の子らしくなった。胸ははっきりわかるくらい大きくなったし、ちょっとした仕草や息遣いにどきっとさせられることも多くなっている。
玲奈。
年齢以上に大人びた風貌。でも、その瞳の奥には人並み以上の想いが秘められている。僕や恋に比べて胸が大きくならないのを気にしているけど、品があって落ち着いている彼女には控えめな体型が似合っている。というか胸まで大きくなったら男子が絶対に放っておかない。
「言ったら友達じゃいられなくなるかもしれない。でも、もう我慢できない」
「美桜さんが誰かのものになる前に、わたくしたちにも想いを伝えさせてください」
美桜になって約二年。
僕の感覚もだいぶ今の自分に引っ張られている。成長したこの子たちを子供、と突き放すのは難しい。
僕は、彼女たちが言い終わるまで少しも目を逸らせなかった。
「美桜ちゃんが好き。大好き。だから、私と付き合ってください」
「あなたと未来へと共に歩みたいと思っています。どうか、わたくしを選んでくださいませんか……?」
今はまだ。
その言葉は恋たちにとっても同じだったらしい。
ただし「まだ」が終わるタイミングは僕よりもずっと早かった。
我慢して、気持ちを抑えて、ひとつ大人になったこのタイミングでついに表に出した。
僕にはもう、誤魔化して逃げることは許されない。