♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「……あのね。二人に、聞きたいことがあるの」
恋、玲奈のことはもちろん好きだ。
一緒にいて楽しい。
これからも一緒にいたいと思う。それは嘘じゃないし、あの時の約束をできる限り守りたいと思っている。
でも、この気持ちが恋なのかどうかはわからない。
それに、このまま恋たちと付き合うにはどうしてもだめだ。
そういう理由が僕にはある。
「わたしの記憶、まだ戻ってないの」
本当のことは言えない。
言っても仕方ない。
だから僕は代わりに記憶喪失の話をした。
記憶を失うと一口に言っても人によって症状は様々らしい。ただ、記憶喪失によくある症状というのもあって、その中にはこういうものがある。
──思い出したら、今度は記憶喪失だった頃の記憶がなくなってしまう。
それこそ、別人が身体を動かしていたみたいに。
「今のわたしは本当の香坂美桜じゃないかもしれない。それでも、わたしのことが好き?」
気づくと僕は涙を流していた。
堪えようとしても後から溢れてくる。必死に涙を拭っていると、ふわりと、左右から抱きしめられた。
「あなたが好きです。……優しくて不器用な、そんなあなたに恋をしています」
「美桜ちゃんは美桜ちゃんだよ。ぜったい、大好き」
「……ありがとう、二人とも」
ずるいやり方だと思う。
でも、これが僕にできるせいいっぱいだ。
覚悟を決めるために、誰かに今の僕を肯定して欲しかった。
ここまで来たら心を決める。
前からぼんやりと考えていたことはあった。
あまりにも自分勝手すぎるからと封印していた考え方。
「あのね、二人とも。お願い。もう少しだけ待って欲しいの」
僕はあることを実行するために二人に猶予を求めた。
「誤魔化したいんじゃない。答えを出す前に、どうしてもやらないといけないことがあるの。……だから、それが終わるまで待ってほしい」
「美桜さん。それは、映画の完成ですか?」
「ううん。わたしが記憶喪失になった原因を突き止めたいの。ただそれだけ」
玲奈に答えたのは正確に言うと少し違う。
僕がやりたいことはこうだ。
本物の香坂美桜が行ったおまじない。それが載っていた本の著者に会って
タイムリミットを待つんじゃなく、意図的にこの身体を乗っ取り続けること。
そうすれば、僕は恋、玲奈との未来を考えられるようになる。
◇ ◇ ◇
「しょうがないなあ、美桜ちゃんは。……いいよ、もうちょっとだけ待っててあげる」
恋たちは僕のことを笑って許してくれた。
「これだけ待ったんだもん。少しくらい伸びたって同じだもんね」
「ええ。それに美桜さんはこういったことで嘘をつきませんから。今度こそ、きちんと返事をしてくださるのでしょう?」
「うん、もちろん」
恋たちと別れ、家に帰った僕はさっそく行動を開始することにした。
あのおまじないの本の著者に会う。
考えてみると、入れ替わりのおまじないなんてものが本当にあるのがまず驚きだ。
少なくともこの世界には魔法とか魔術のようなものが存在することになる。なら、あの本の著者はその手のことに詳しいはずだ。
本のことは前にも調べたことがある。
タイトルが分かればネットである程度までは簡単にわかる。出版社、発行年、著者名。
さて、肝心の著者名はというと、
『まほつかい摩々子』
馬鹿にしてるのか。
間違いなくペンネームなので参考にならない。一応『摩々子』とか『摩々』とかで検索してみたけど他の著書なんかが引っかかるだけでそれっぽい著名人・有名人は出てこない。
著者自身、あまり露出をしないタイプらしくサイン会に出たとかトークショーをやったとかそういう情報も出てこなかった。
このあたりでスマホで検索するのが面倒になってくる。
っていうかそろそろノートPCくらい買ってしまおうか。中学生が自分で買うものかと言うと怪しいけど、僕には十分な軍資金もある。
でもまあ、とりあえずは電気屋に行くより先にやることがある。
出版社の名前がわかったのだ。
あいにくその出版社はあまり大きくないところで僕は良く知らないけど、僕には出版業界に知り合いがいる。
まずは橘さん──ほのかのお母さんに電話をかけ、突然の電話を詫びてからその出版社と連絡が取れないか聞いてみた。
『うん。知り合いがいないこともないけど、どうして?』
「橘さんにはわたしが記憶喪失なのはお話しましたか? ……実は、その原因にとあるおまじないの本が関係しているんです」
おまじないのせいで記憶喪失になった! というクレームだと思われたら困るので「本気でおまじないのせいだと思ってるわけじゃない」と付け加え、そのうえでいちおう著者に話を聞いてみたいのだと話した。
「もう一度おまじないをかけても記憶を戻せない、とわかるだけでも気が楽になるでしょう? ……だから、できたら直接お話をしてみたいんです」
『なるほどね。そういうことなら先方も協力してくれるんじゃないかしら』
記憶喪失になったのが一酸化炭素中毒のせいだとしたら今度は読者向けの注意書きが足りなかった可能性がある。
子供向けのおまじないの本なんか書くんなら本格的な儀式っぽい内容は省くべきで、そのあたりを突っつけばきっと大丈夫だと橘さんは言ってくれた。
若干、というかほとんど脅迫な気がするけど、そこは編集者同士、うまくやってくれるだろう。
『少し時間をもらえる? すぐに連絡が取れるとも限らないし、もしかしたらその会社と作家さんの縁が切れてる可能性もあるから』
橘さんの会社に著者のことを知っている人がいないか確認することもできるけど、それもやっぱり時間がかかる。
「はい。よろしくお願いします。……あ、でも、できれば早めに結論を出したくて。他の編集さんにも同じ相談をしてみても大丈夫ですか?」
『んー……そうね。二社から同じ連絡が来たら大事な話だと思ってくれるかもしれないし。やってみたら?』
「ありがとうございます、橘さん。すごく変なことをお願いしてしまって申し訳ありません」
『気にしないで。美桜ちゃんにはいつもお世話になってるし、変なことに使おうとしてるわけでもなさそうだもの』
僕がコネを持っているもう一つの出版社にも同じように連絡して伝手をあたってもらえないかとお願いすると、こっちからも「できる範囲でやってみる」と言ってもらえた。
結果がわかったのは三日後。
『残念だけど、著者の方はもう亡くなっているらしいの』
出たのはけっこう昔の本らしく、担当していた編集もベテランの人だった。
おまじないの本を出したのは出版社側のたっての希望だったもののろくに売れず、著者はおまじない関係から手を引いてしまった。
その後、いくつか魔術史や宗教史の本を出版したものの十年ほど前に他界したらしい。
家族と連絡が取れないかも確認してくれたものの、同じ住所には住んでいないのか繋がらず。
『わかったのは著者の方の本名と、当時住んでいた住所だけだって』
さすがにそう簡単にはいかなった。
むしろ、故人とはいえ名前と住所を教えてもらえただけ良かったと思うべきだ。
なにかの手がかりになるかもしれないと、僕は著者の情報を橘さんから教えてもらった。
『えっとね、名前は梟の森と書いて梟森──』
「梟森?」
そうそうあるとは思えない珍しい苗字。
ついこの間聞いたばかりなのは果たして偶然だろうか。