♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「お待たせにゃんご主人様♪ ご奉仕するにゃん♪」
どうしてこんなことに。
梟森先輩から出された交換条件。それはねこ娘のコスプレをしてポーズ付きで台詞を言うことだった。
ふりふりのミニスカメイド服。首輪に鈴付き。
尻尾は服の上からベルトで留める形式で、頭には当然のように猫耳。手はもこもこの肉球グローブで封じられ、このままでは先輩をぶん殴って逃げ出すこともできない。
正直、断ろうかとも思った。
「あら? 役者ともあろうものが演技から逃げるの?」
ただ、先輩の挑発に乗ってしまったというか納得してしまった。
僕が最終的に目指しているのは声優。アニメによってはシラフじゃ言えないような台詞を連発するわけで、これもその時のための練習と思えばいい。
演技モードに意識を切り替えてしまえば恥ずかしさもそんなに感じない──いや、うん、やっぱり恥ずかしかったけど。
笑顔と共に可愛いポーズ。
「ああ……っ、いいわ、美桜。ちょっと向こうを向いて。今度はそこに座ってみて?」
梟森先輩は十分くらい、恍惚の笑みを浮かべてスマホのカメラを向け続けた。
大丈夫かこの人。
百年の恋も冷めそうな表情──でもないか。見方によってはえっちな顔してるし、この人をそういう目で見てる子ならついでに興奮するかもしれない。
でもコスプレでテンション落ちてる僕はドン引き。
先輩のお母さんは娘を「本当にこの子は」と言うような目で見つつも、ほう、と感嘆のため息をついて、
「でも、杏樹がほれ込むのもわかるわ。私でも抱きしめたくなるもの」
「あはは……。ありがとうございます」
ようやく先輩が落ち着いたところで僕は肉球グローブをぶんぶん振り、
「もういいですよね? これ、脱いでもいいですか?」
「いえ、時間がもったいないからこのまま話しましょう」
「そうね。場合によっては長くなるかもしれないし」
「ええ……」
書斎の一角に座らされる僕。さすがに椅子はちゃんと人数分用意してくれた。
ネコミミとグローブは話をしながら脱がせてもらいつつ、
「詳しく聞かせてくれるかしら。あなたがどうして記憶喪失になって、私たちになにを聞きたいのか」
「はい。……でも、その前に教えてください。お二人はおまじないというか、魔術? を使えるんですか?」
「ええ、使えるわ」
答えた先輩の目が妖しく輝く。
視線を合わせると、僕は麻婆豆腐と白米を思う存分頬張った後のような高揚を覚えた。
……いや、うん。
僕の経験が乏しいから妙な形容になるだけで、要は体内の熱を持て余すような感覚。もどかしくてなにか身体を動かしたくなる。
「これって」
三十秒もすると先輩の目は元に戻った。
同時に身体の感覚もなくなる。
「今のが魔術、ですか?」
「ええ、そうよ」
少し得意げな先輩の笑みを見ながら僕は考える。
興奮──催淫作用自体はたぶんアロマとかで誤魔化せる。でも、目が光ったほうは手品等で代用できるかわからない。
ゲーミングコンタクトレンズとかさすがに存在しないと思うし。
「杏樹。無関係の子に『魔眼』を使うなんて──美桜ちゃんは恋人でもなんでもないのよ?」
「短時間なら問題ありません。この子はそんなにやわじゃないでしょうし」
軽くため息をついて気持ちを切り替える。
これ以上は疑っても無駄だ。せっかく手がかりを掴んだんだからできる限り話す。
「わたしが使った……いえ、使われたのは入れ替わりのおまじないです。だいたい二年前、わたしは気づくと病院にいて
「じゃあ、あなたは本当の美桜ちゃんじゃなくて──」
「はい。わたしは別の世界で普通に暮らしていた、ただの男子高校生です」
二つの世界の違いを簡単に話すと、先輩たちは重々しく息を吐いた。
「世界を隔てた入れ替わりの儀式、ね」
「まさか美桜の中身が男の子だったなんて。……なら、直接的な誘惑のほうが効果があるのかしら?」
「杏樹!」
「ごめんなさい。……話を続けましょう。ああ、安心しなさい。私たちは入れ替わりの経緯を知ったくらいで態度を変えたりしないから」
「……ありがとうございます」
話してよかった。
少しほっとするのを感じながら話を続ける。
「美桜。あなたは元の世界に戻りたいの?」
「できるんですか?」
「一度行われている以上、可能か不可能かで言えば可能よ。私たちがサポートすれば成功率もかなり上がるはず」
そうなのか。
正直、そこまでは考えていなかった。
帰れるものなら帰りたいという気持ちはもちろんある。でも、今は、
「ごめんなさい。わたしは入れ替わりの儀式がしたいんじゃなくて、元の美桜がもう一回儀式をした時、入れ替わってしまうのを防ぎたいんです」
先輩の唇がつり上がった。
「なるほど。あなたは
「そうです」
これは完全な我が儘だ。もともと僕の身体じゃないのに奪われたくないなんて。
「わたしは二年間、美桜として過ごしてきました。この二年の思い出はわたしのものです。できれば、このままみんなと過ごしていきたい。本物の美桜にだって奪わせたくない」
ここまで本音を口にするのは初めてだ。
黒くてどろどろとした僕の感情。それを先輩たちは黙って受け止めてくれる。
それどころか、二人の手が優しく僕の手を取って、
「いいじゃない。突然身体を奪われたんだもの。あなたにもそのくらいの権利はあるでしょう?」
「美桜ちゃんの努力は私も知っているわ。紛れもなくそれはあなたの努力。たとえ本物であっても真似できない。……世界の歪みを抑えるためにも、再度の入れ替わりは防ぐべきでしょう」
「いいん、ですか?」
「もちろん。そして、入れ替わりを成功させたあなたになら防ぐことだってできるはずよ」
そこからは魔術のややこしい話になったので大幅に割愛する。
教えてもらったことを簡単にまとめると、魔術というのは誰でも手軽に使えるものじゃない。世界を超えた入れ替わりなんてものが発生するとしたら僕──というか『香坂美桜』に素質があったからではないか、ということだった。
「美桜ちゃんは確か北欧の血を引いているのよね?」
「はい」
「ちょっとこれを持って念じてみてくれる?」
お母さんが戸棚から取り出したのはなにか文字が彫られた宝石だった。
念じると言われても……と思いつつも言われた通り、胸に抱くようにして意識を集中させてみると、宝石がぼんやりと輝きだす。
「やっぱりね。少なくともルーンとの親和性はあるみたい」
「美桜は処女のはずだし、魔女、あるいは巫女としての適性もあるはず。日系の血脈と上手い具合に混ざりあったのかも」
「えっと、この世界、実は異能バトルものだったりしませんよね……?」
「心配しなくても魔術の類はもうほとんど廃れているわ。戦えるほど卓越した使い手はほとんどいないし、力を行使するリスクも高い。あなたが異能に出会うことはもうないでしょうね」
「そうであってほしいです……」
このうえ退魔巫女とか魔法少女にされたらもうわけがわからない。
僕は普通に──声優や役者が普通かどうかはこの際置いて──暮らしたいのであって異能バトルとかはマンガやラノベだけで間に合っている。
さて。
実は美桜に魔術の素質があることはわかったけれど、ではどうしたら入れ替わりを防げるのかというと、
「魔術防御を施せばいいでしょう。……物に籠めてもいいけど、寝ている間のことも考えたら美桜ちゃん自身に刻むほうがいいかしら」
「刻むって、タトゥーとかそういうのですか? 仕事に障るのでできれば避けたいんですけど……」
「大丈夫よ。タトゥーは有効な手段の一つだけど他にも方法はあるから。例えば──そうね、髪とか?」
「いいかもしれないわね。女の長い髪には神秘が宿るもの。それだけの長さなら十分な力があるわ」
そうして二人が見つめた先には、僕がこれまで努力してキープしてきた長くて綺麗な髪があった。