♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
恋、玲奈との関係が『親友』から『恋人』に変わった翌日。
「……あれ」
ベッドの上にぺたん、と座ったまま胸に手を当てて胸の内を確かめる。
「そっか、わたし……」
見た目はなにも変わっていない。
ただ、わたしの中のわたしの認識が変わった。
──わたしは香坂美桜。
この少し不思議な世界で生きる今のわたしこそがわたしだと自然に思えるようになった。
変わったけど、変わってない。
この二年間「僕」と口に出すことはなかった。男として振る舞ったのも数えるほど。心の中でどう思っていようと、わたしはほとんどずっと女の子だった。
恋たちとの進展をきっかけに、慣れが自然な形で定着しただけ。
「うん、大丈夫」
むしろ心のわだかまりがなくなってすっきりした。
今まではなにをするにも役を演じているような感覚が残っていたけど、今はそれがない。
どこまでも自然に美桜として振る舞える。
もちろん、わたしは「元の美桜」を知らないから、わたしができるのはわたしが作ってきた「今までの美桜」だ。
一人、ベッドの上で頷いて。
シマエナガを含むぬいぐるみたちをひとつずつ撫でてからトレーニングウェアに着替えて朝のランニングに向かった。
体力づくりのために始めたけど、朝の空気の中を走るのは気持ちいい。
体育の授業と違って追い抜かされる心配も速さに文句を言われる心配もない。
早寝早起きは健康にもいいからできるだけ続けていきたい。
しばらく走って小さな公園にたどり着いたところで、
「美桜ちゃん、おはよっ」
「おはよう、恋」
軽く体操をしていた恋と挨拶する。
白+淡いピンク色のウェア姿。にっこり笑って駆け寄ってきた彼女と片手を持ち上げて挨拶。
ついでに、ぽん、と手を軽く触れ合わせると恋は「えっ」と口を開けて、
「今の……」
「あ、ごめんなさい。……嫌だった?」
「違うよ! ……美桜ちゃんからしてくれたのが嬉しかったの!」
持ち上げていたほうの腕にぎゅっと柔らかな感触。
「もう、恋、近──くはもうないんだっけ」
「えへへ。そうだよ? 私たち付き合ってるんだからこれくらい普通だよっ」
「そっか、普通なんだよね」
恋の顔がすぐ近くにあっても。
お互い汗をかいているから少し恥ずかしいけど、汗のにおいに混じる恋の匂いにどきっとするのも。
その気になったらこのままキスできてしまうのも。
じっと見つめていると、恋がすっと目を細めて、
「なんか、今日の美桜ちゃんいつもより綺麗」
「そう? ……好きな人ができたからかな?」
「えっ」
真っ赤になった少女はぱっと身を離して、
「み、美桜ちゃん。私のこと好きじゃないんだよね?」
「好きだよ? 恋なのかどうかわからないだけ」
付き合ってる子を独占したい欲はあるし、ちょっとずつ成長して女の子らしくなってきた恋たちになにも思わないわけでもない。
自意識が「わたし」になったからって性的嗜好がぱっと切り替わったりもしない。
これから時間が経っていった時にどうなるかはわからないけど、少なくとも今のわたしは女の子が好きな女の子だ。
そして、このまま恋たちと交際を続けていけるのなら、その嗜好は変わらないと思う。
「……そんなの反則だよ。美桜ちゃんといるだけでどきどきしちゃう」
「恋はどきどきするの嫌?」
「嫌じゃない。嫌じゃないけど……うう、美桜ちゃんの意地悪!」
早朝の公園にも人の目がまったくないわけじゃない。
でも、他の人たちもわたしたちの様子を微笑ましく見守ってくれている。女の子同士が仲良くしている光景はいろんな意味で当たり前なのだ。
恋に素直な気持ちを伝えるたび、わたしの胸にはきゅん、と不思議な感覚が生まれる。
男だったらこんなこと絶対に言えない。
気持ちを好きに伝えられるのは女の子の特権だ。本当の意味で女の子になって、わたしはより自然に気持ちを伝えられるようになった。
「恋、行こ? あんまり遅くなると遅刻しちゃうよ」
「あ、うんっ」
二人きりで見つめ合っているとお互いどきどきしてしまうけど、ランニングを始めると自然に前に近い距離感が戻ってくる。
走りながらで会話はほとんどなくても恋となら楽しい。
わたしたちはあらかじめ決めたルートをのんびり走って、
「そうだ。美桜ちゃん、今日は迎えに行くからおうちにいてね?」
「迎え? ……あ、もしかして一緒に学校行くの?」
「うんっ。三人で一緒だよっ」
一緒に登校かあ。
前にも一緒に登校したことはある。でも、あらためて「恋人同士っぽいこと」をするのはまたそれはそれで感慨深い。
恋といったん別れて家に帰って、
「幸せそうじゃない。良かったわね、可愛い彼女が二人もできて」
「いいなあお姉ちゃん。私ももっと大きくなったら……」
お姉ちゃんにはからかわれ、美空には羨望の眼差しで見つめられた。
「もう、二人とも。恥ずかしいよ」
「幸せな人間はからかわれるのも仕事よ。このリア充」
「お姉ちゃんだって人生充実してるじゃない……!」
「そうだけど、それはそれなの」
理不尽だ。
僕たちのやり取りを見ていたお母さんがくすくす笑って、
「おめでとう、美桜。……これで美桜も一人前の女の子かしら?」
「そうなのかな」
人は恋をして大人になるものなのか。
わからないけど、初めてできた恋人が幸せをくれたのは確かだ。恋、玲奈の顔を見るのが楽しみで仕方ない。
幸せなことにその時はすぐに来て、
「おはようございます、美桜さん」
小百合さんの運転する車を降りた玲奈が、恋と一緒にわたしを迎えに来てくれた。
「おはよう、玲奈」
玲奈の顔を見ただけで笑顔がこぼれる。
少女はなんだか眩しいものを見たように視線を逸らして、
「……なんだか照れてしまいます。美桜さんとわたくし、それから恋さんが恋人同士になっただなんて」
「あはは。玲奈ちゃんずっとこうだったんだよ?」
「恋さん、美桜さんにそんなこと伝えなくても……!」
頬を膨らませて怒る玲奈が可愛い。今まで以上に可愛く見える。
と、なんだか視線を感じたわたしは車の傍に歩み寄って、
「小百合さんもおはようございます」
「おはようございます、美桜様。お嬢様との交際、まことにおめでとうございます」
「ありがとうございます。……その、責任重大ですけど」
今日の小百合さんは至福の笑顔で、その表情のまま「お気になさらず」と言ってくれる。
「美桜様は美桜様らしくなさればよろしいかと。美桜様と恋様であれば当家としても、お嬢様のお相手として申し分ございません。ですのでどうか、皆さまの交際が少し長く続きますように」
「はい。わたしもそうなったらいいと思います」
そこでわたしは恋たちに手を引かれて、
「さあ、美桜さん。参りましょう」
「のんびりしすぎると遅刻しちゃうもんねっ」
くすりと笑った小百合さんは「行ってらっしゃいませ」と僕たちに会釈。
「歩いて行くんだ?」
「だって、車で行ってはすぐに着いてしまいますでしょう?」
上目遣いで見つめられたわたしは「そっか、そうだよね」と頷いた。
「せっかくだからのんびり行こう。時間はまだあるんだし」
「はいっ」
玲奈もいつも以上に気合いが入っている。
なにが違うのか、なんだかきらめくようなオーラさえ感じられた。
わたしは右手を玲奈に、左手を恋に取られて、二人の指が遠慮がちに僕の指の間に潜り込んでくる。
いわゆる恋人繋ぎ。
相手の体温が手のひらごしに伝わってきて、なんだかものすごく恥ずかしい。
「あの、二人とも。これだとわたし鞄持てない……」
「じゃあ、わたしが美桜ちゃんの分持つよっ」
「あ、ずるいです恋さん」
「玲奈ちゃんに重いもの持たせるわけにはいかないもん」
手を繋いだまま学校に行ったせいか、わたしたちが付き合いだしたことはその日のうちに学校中に知れ渡った。