何気に10話突入しました、すごい!でも原作は特別編を含めても100話越え。もっとすごい!
節制禁欲、そして節約。庶民が高見に手を伸ばす為の、切り札とも言える唯一無二の手段。
「ついに、ついに手に入れた!憧れの大人っぽいトレンチコート!」
「大人=トレンチコートなんか?」
「マサ、しーっ!……買い食いとか我慢して頑張ってたもんなー小糸。それ有名なブランドのやつだろ?」
「えへへ、古着だし一番安いやつだけどね」
綺麗な折り目が主張する新品ではなく、どこかくたびれた中古のコートをたなびかせ、見慣れた制服の上に羽織られたそれは。
「どうかなコマちゃん、藤君、似合うかな?」
裾は制服のスカートから見える膝を隠す程長く、袖は指の付け根が見えなくなる程長く。いや、その、うん、えっと。なんて言うたら傷つかへんかなぁ?学校の授業より頭捻ってるわ今、ほーらあの高麗ですら沈黙を。
「……ううん、ぜーんぜん似合わねぇ!」
「高麗、しーっ!」
そういうとこやぞ高麗ぁ!俺が包もうとしたオブラート引き裂くなぁ!
東京都中央区月島……江戸時代より400年以上の歴史を刻む『高耳神社』、祀られたるそのご神体を──そのエルフのお世話をする巫女は、スーパー前向き背伸び女子やった。
「ごめんなさい、間食しました……」
「はーびっくりしたぁ」
いそいそと羽織ったコートを脱ぎ、何事も無かったかの様に何時もの本殿へ。小糸さんに連れられエルダの部屋に通された俺と高麗は、不老不死らしいエルフの、一見壮絶な吐血現場に遭遇してしまった。
まぁ香ばしいベーコンとかチーズの匂い漂ってたし、最近それっぽいトースト食べた直近の真新しい経験から、直ぐにケチャップやと見抜けたけど、エルフが真っ赤な血液してるのか正直知らん。それは見たくないから置いといて。
「間食がトーストのダブルサンドイッチは、中々ゴツいでエルダ」
「お、男のマサならわかるだろ!?一週間分のカロリーを一食で接種出来そうな、とんでもジャンクフードを食べたくなる時が!」
「たまにガッツリってのはわからんでもないけど、食いかけを見てるだけも腹一杯になりそうやし、ノーコメント」
「男なら、もっとしっかり食べないと駄目だぞ?作ってやろうか?」
何諭そうとしてんねん、俺の管理栄養士とちゃうねんから!なんなら俺の方がまだましな食生活してる自信が……駄目や、食生活は小柚子ちゃん居るから勝たれへんわ。
「そ、それにしても、小糸は新しい服買ったんだな」
「うん!かなり安く買えてさ」
「似合わねぇのに、なんでブカブカなの分かって買ったんだ?」
「これは将来!二十歳の自分を見越したサイズなの!」
二十歳までに伸びるんかなそれ?これ以上は禁句やな、これは小糸さんに現実を突き付ける危険な台詞や。
「きっと、いや絶対伸びるし!がんばれ私の手足!」
「お前のそういう無闇なポジティブは好きだけどさぁ」
「手足だけ伸びたら、テナガザルみたいにならへん?」
危険な台詞を制御しようとした最中の失言。その失言を窘めるべく、炬燵の見えない所から小突く様な蹴撃が飛んできた。どっちかわからへんけど、ごめん。高麗の悪癖が俺にまで伝染するとは!
「小糸はセレブ系より、カジュアル系の方が似合うってば」
「わ、私は大人っぽくてかっこいい女を目指してるから!」
「カジュアル系って、シャツにオーバーオールとか?それともフリルとか沢山ついてるやつ?」
「フリルはカジュアルにはならねぇぜマサ……まぁ小糸が『白い女』に憧れるのはわかるけどよ」
出会ってから暫く、確か憧れの人がいるって聞かされた気がする。その名も『白い女』。高麗と何度も探し回ったらしく、俺にも何百とその話をしてきたからよく覚えてるわ。巫女になった辺りからその話をしなくなったのは、神道的なあれがあるんやろか?
「い、今の子も中古の服を着るんだな……江戸の頃も古着が一般的でな?古着屋で一張羅を買ってずっと大切にしたんだ」
「一張羅を?夏も冬も同じ服なの?」
「季節に応じて仕立て直してな。春は2枚の布を合わせた『袷(あわせ)』夏は1枚の『単(ひとえ)』秋は春と同じで冬はそこに綿を入れた『綿入れ』自分で着物を仕立てたんだ」
前二つはまだわかるけど、綿を入れるってのはなんかあれやね。ダウンジャケットの先駆けって感じしてるなぁ。
「仕立て屋とかに行かんと、自宅でやってたん?」
「ああ、大切に擦り切れるまで……使える所を子供用に、次の子供が産まれたらオシメ、それが取れたら雑巾、雑巾にすら使えなくなったら焚き付け、灰にまでなると洗濯にな?」
「なんか、とことん物を使い尽くしてたんだな」
最早、事ある毎にエルダの歴史解説が慣習となりつつある中、小糸さんが思い出したかの様に雷を落とした。神社の経営?にも関わるお賽銭の話。
「服で思い出したけどエルダ!神御衣(かんみそ)のクリーニング代、お賽銭からさっ引くからね!」
「そ、そんな殺生な!お守りの材料にも出来るじゃないか!」
「お汚ししたら駄目です!」
「ん?なんでお守りなん?」
「材料って何?」
「実は、ここのお守りには私が着た……神御衣の切れ端が入ってる」
神御衣ってなんや?と聞く前にエルダが自分の着ている服を摘んで教えてくれた、ああつまり神様の着てた服の事やね!えっエルダとはいえ女性が着てた物の切れ端を、お守りに?随分背徳的な御守り売ってるなぁ!?
「えっそうなの?良いよなこのお守り!ご利益あるって評判良いし!」
「え、ご利益あるの!?私ただのエルフなのに!」
「うん、こないだピノ買ったらハート型のやつが2個も入ってたし」
「一昨日のあれかぁ、お裾分けとか言われて食わされたやつ」
やる事がないからと外を高麗と二人で散歩中。コンビニで甘いもん欲しさに買った、粒状のアイス。
6個の内1個でもハート型の物があれば当たりとされてる小粒のアイス。蓋を開けたら2個もハートが入ってて、江戸っ子が思わず『写真撮るまで待ってくれ!』ってお預けを食らった気がする。あれもインスタに上げてたっけ。
「いいなぁ!なんで私にはご利益ないんだ!」
「御神饌頂いといて何言ってんだ!」
幸せをお裾分けしすぎて、肝心の本人が相対的に不幸になってると。うん、頑張れ。仕方ないから帰りにお守りを俺も買うたるわ!
「そういやエルダ様、あたしがガキの頃からずーっと同じ服だよな。違う服持ってねーの?」
「こ、これと同じの20は持ってる!」
「そこ自慢するとこなん?」
なんか舞台に立つ、お笑い芸人さんみたいなクローゼット事情やね?同じ衣装を毎回用意して、劇場にロケに着ていって。
「違う服着ないのエルダ?」
「い、いや別に……召喚された頃は苦手だったけど今じゃすっかり、な」
「そうだ!このトレンチコート、エルダ様に着せてみようぜ!」
「ええなそれ!」
「面白いかも!サイズもぴったりっぽいし!」
「え、い……いいよ私は」
エルダ、ごめんな。トレンチコート着せるか問題やけどな?多数決で3対1、エルダの負けや。
「まあまあそう言わずにさ!藤君コマちゃん、炬燵どかして!」
「よしきた!」
「よっしゃ!」
「え〜……」
ランウェイなんて物はないけど、炬燵を隅に片付けて即席のステージを作り、小糸さんがエルダにコートを羽織らせた。結果。
「俺、こういうオバケの絵とか見た事あるわ」
「な、なんかあんまり似合わないね」
カンフー映画なら、多分ボスキャラとして立ちはだかりそうな御老体みたいな、老練な構えで縮こまる神様が、トレンチコートに着られていた。若い者には云々って言いそうなシーンやわぁ。
そんなマネキンを矯正しようと、我等が月島のファッションリーダー、桜庭高麗が待ったをかけた。この惨状をどないするつもりなんや?
「うーん……エルダ様、もっと背筋を伸ばせ!ほら!」
「う、うん?」
「もっと!後は結ってた髪をちょっと遊ばせて。これなら!」
俺達は本殿ごと、花の都に飛ばされたんやろか。
ただ一人のエルフがトレンチコートを着こなして、神の一手、いや高麗が一手を加えただけやのに。薔薇の花が、陰気くさい個室に咲き乱れたかと錯覚するかの如く──ランウェイを歩くモデルが、高耳神社に降臨していた。
「めっちゃええやん!エルダってこんな美人さんやったんやな!」
「すっげー!すっげーカッコいいよエルダ様!!」
「そ、そう?よくわからん……」
「良かったやん小糸さん、代わりにコート似合う人見つかったで!」
「──スマホのカメラ!!スイッチ、オン!」
「小糸さん?」
「くそっ!くそっ!くそーっ!」
モデル達が美の結晶を披露するランウェイ。そんな煌びやかな場所に手を変え品を変え、それからアングルを変え。哀しきカメラモンスターと化した怪物まで、降臨した。そんなに連射するんやったら、カメラの連射モード使いや……。
「も、もういいか?やっぱり何時もの服の方が……うわっ」
「っ!危ない!」
もう疲れたからとコートを脱ごうとして、エルダが足元の座布団を踏んで滑ってしまった。あかん、片付け忘れてた!小糸さんも撮影に夢中やし間に合わへん!
その時、俺は失念してた。エルダはボサっとした生活を送っているだけで、プラモが落ちると素早く受け止める位には、機微ってことを。色眼鏡を掛けなくても美人やってことを。小糸さんにぶつからない様に壁に手を付いたその様は──本来の意味としては違うらしいが、所謂。
「うおおおおおおおうおおおおおおおうおおおおおお!!!」
「連射モード使いや、って言わんでもええか……」
──哀しきカメラモンスター、ランウェイに再び。
「だ、大丈夫か小糸……?」
「だ、大丈夫、です……」
「よく衝突避けられたな〜エルダ」
コートは綺麗に折り畳まれ、撮影会も終わり。ランウェイの一角は何処へやら、すっかり見慣れたエルダの私室に戻ってきた。
「小糸があんなになるとはなー……エルダ様美人なんだし、もっとお洒落すればいいのに」
「確かにわか……んんっ」
「どうしたマサ、風邪か?」
同意するつもりで高麗の方に振り向いたけど、俺の月島史で一番の、悪手やった。さっきのモデルは間違い無く美人やったけど、その……贔屓目に見なくても、高麗も美人なのは間違いなくて。
その上男が言うと色々不味いけど、スタイルもええから、胡座をかいて足首を両手で掴んだポーズをされると、あれが、元の形が潰れる程に強調されとって。それを見下ろす形で見てしまったから──俺の心の中の哀しき高麗専用カメラモンスターが、現れそうになって。
「……こ、高麗!それから小糸さんにエルダ!」
「声デケーよ!なんだよいきなり!?」
「はぁ……はぁ……ど、どうしたの?」
「もうコートは着ないぞ!」
「俺を!俺を!今の記憶が無くなるまで殴ってくれ!!」
静寂、ただただ無音。展示会の会場にいたはずのこの場所は……本来神社にあるべき静寂に包まれてしまった、十中八九、俺のせいで。
「よ、よくわかんねぇけどよマサ。お前──」
変な劣情抱いて悪かったなぁ高麗。男として覚悟決めるわ。
「そんなにエルダ様のコート、似合って無かったか?」
「……え?」
「いやだって、今の記憶が無くなるまで〜とか言うからよ。殴れってのは少し引いたけどな」
「そ、そうだよ!あんなエルダ、一生に一度お目にかかれないかもしれないんだよ!?殴ってってのはどうかと思うけど」
「殴りはしないが、お祓いでもし、してやろうか?」
「え……あ……いやいや似合ってた似合ってた!いや何、俺の中のエルダのイメージがさ、二律背反してきたからさぁ!記憶消した方が良いのかなーってやな!?」
「あんなに綺麗なエルダ様の記憶、別に消さなくていいだろ。変なマサ!」
名誉が少し削られた、そんな音が聴こえたものの……漏れ出したら社会的に、月島にいられなくなるかもしれへんラインは死守出来たらしい。サンキュー神様!あっ神様そこにいたわ、頼りなさそうなタイプの。
「はぁ……折角成人式にこのコート着ようと思ってたのに、なんか自信、無くなってきちゃったなぁ」
「ん、小糸?成人式で着る服が欲しかったのか?」
「え?うん、まあ……」
少しだけエルダが考えた後、押入れを開けるから!と3人で後ろを向くように命令された。ガサゴソガサゴソと、高く積み上がった積荷を下ろす音。子供のおもちゃ箱よりも色んな物が入ってるらしいけど、何を始めるつもりなんや?
「よ、よし!こっち向いていいぞ!」
思わず、息を呑んだ。黒とも青とも言える濃い藍色を基調に、そこに光が差し込んだ様な白い二本線。それから、白と桃色の規則正しく並んだ花びら。ファッションは疎か芸術にも疎いって自負しとったけど……目の前に鎮座した振り袖を、ただ見ている事しか出来へんかった。
「ここに、神社の小紋があるだろう?高耳神社の巫女に代々伝わる振り袖だ。小糸が着たがってたコートとは少し違うけど……これじゃあ、駄目か?」
「お母さんも、お母さんのお母さんも、そのまたお母さんも、みんなこの振り袖を……?」
「ああ、そうだよ」
「わ、私も……着ていいの?」
「もちろん。すこし当ててみるか」
先祖代々同じ服。それがきっと、小糸さんにとって、何物にも代え難い晴れ着。小金井家にとって、盛大な成人式になるであろうという事は、巫女さんの表情を見れば明らかだった。
「どうかな、コマちゃん、藤君。似合う、かな?」
「うん!すっげー似合う!」
「よう似合っとるで。今の小糸さんみたいな人をな、関西では『べっぴんさん』って言うんやで」
「うっし、ちょっと写真撮っとこうぜ!」
「うん!撮って撮って!」
「よし、じゃあ障子をバックにな!ポーズ取って!」
「えっと、こうかな?」
頑張って貯めたお金で買ったコートは似合わへんかったけど、小金井家の過去がつもり積もった振り袖は、これからも新しい思い出が重なっていくらしい。
「ははっ、ええ顔してるやんか。良かったなぁ、エル──」
数年先のお祝いに目尻を下げてたけど、俺も小糸さんの撮影会に混ざったほうが良かったかもしれへん。
反物を引っ張り出した張本人の喜ぶ顔を拝んでやろうと、こっそり様子を窺ったら……口角は上がってるのに、困り眉で、嬉しそうにも悲しそうにもとれる、遠目には哀愁を悟らせない騙し絵みたいな感情を浮かべてた。
「あんまり急いで──大人にならないでくれよな」
今でもその、あんまり信じてへん。この現代に不老不死の存在がいるって話を。
歴史には詳しくて、精霊を従えて、偉人には君付けして、耳が長くて。人とはかけ離れた特徴を見せつけられてはいるけれど。だからこそ、今のエルダの台詞の真意は、エルダにしかわからへんかった。それ位しかわからへんけど。
「え?何か言ったエルダ?」
「なにも?と、ところでこれでお賽銭から差っ引くって話は無しに──」
「なりません!」
まぁええか。人間とエルフが、こんなに楽しそうなんやから。
「いやー綺麗だったなー、振り袖を着た小糸!」
「ほんまやなぁ。なんかこう、ええもん見せてもらったわ」
「全くだ、今から成人式が楽しみだぜ!……それにしても、『ええもん』ねえ。ははーんあの時!なぁ、マサ?」
「うん、なんや?」
「記憶から消してくれって叫んでたのは、こういう事かよ?」
悪知恵を働かせた時の声で囁きながら、見せつける様に披露してきたポーズ。それはまるでグラビアアイドルが、メディアの前で、自らの武器を主張するかの様に──自身の腕で胸を挟み込んで、そこには本殿で座っとった時とは違う視点に違う魅力があって、その、えっと!
「んんっなっおまっ、まさかわかってて……わかってたんならそのポーズ止めろ、今すぐに!」
「なるほどな!小糸がエルダ様の撮影会してた後、いきなり記憶を消してくれ〜なんて言うからよ、おかしくなったと思ったらそういう事か!あっはははいひひひ、こりゃいいや!!」
「あ、アカンって!俺の名誉とか精神とかが磨り減るからやめーや!」
「あたしは構わねーんだぜ、別に減る訳じゃねぇし、こんな事マサにしかやんねーからさ!」
減るねん!俺の精神が削れるねん!こいつ、自分の特徴を分かってそれで俺をからかいやがって、俺が見惚れかけたのを誤魔化してたのが分かった途端に……!
「そ、そういう問題じゃ」
「ほら、あたしがマサを撮ってたみてぇに、撮影してくれよ?何気ない時のあたしも撮影許可出してるだろ……な?」
高麗が許したからとか、そんなんじゃなくて、こんな神聖な神社の境内で。尚も止めずに迫ってくる、その魁惑的な異性に魅入られて──煩悩にまみれた俺の脳内は、思考回路は、一瞬で許容量を超えた。
「あっいやそのそれと、これとはっ!訳が違……小糸さーん!エルダー!お祓いしてくれーっ!」
「あっおい逃げるなよ!ヘタれマサー!」
東京都中央区月島……隅田川の下流に溜まった土砂を埋め立てられて、繁栄してきたその下町、月島に住む二人の──江戸と浪速の入り交じる、そんなお話。