江戸っ子と浪速っ子   作:コーヒーまめ

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あけましておめでとうございます!今回は時系列的には少しだけ後の話だと思っています、個人的にこういう話がやっぱり好きなんだと……そう思ったエピソードです!


エルフvs蚊 境内デスマッチ

 

「おーい高麗、温かいのと冷たいの、どっちがええ?」

「冷たいやつ!マサの家あったけーしな!」

「了解、それならすぐ出せるわ」

 

 春の陽気で植物が芽吹いて……というよりは、厚着する人が少し減りつつあるこの頃。今日もおもしれー噂があんだけどよ!なんて触れ込みで、江戸っ子が家に転がり込んで来た。今度はなんや〜?エルダの耳でも縮んだんか?

 

「ほら、冷た〜い麦茶やで。氷は作ってへんから入れてへんけど」

「ありがとな!これくらいの気温だと、冷たいのが飲みたくなっちまって!……ところでさ、あれは開けたままで良いのかよ?」

「うん?あれって?」

 

 麦茶の入ったマグカップに口を付けながら、高麗が空いてる手を握り、親指だけをあれの存在してる方へと向けてみせた。その先には、俺の家の窓が。開けたままって言うてるけど、掃除の途中やったから、普通に閉めるの忘れてたわ……換気も兼ねてたけど、開けっ放しは色々アカンわな!

 

「ほんまやな…………っし、おおきに高麗!さっきまで掃除してたから忘れてたわ!」

「気をつけろよ〜?最近暖かくなってきたんだから、虫とか入ってくるかもしれねえぜ?」

「んな訳ないわ!俺の家に入ってくる様な、虫とか物好きなんて──」

 

 居ったわ。虫では無いんやけど、物好きが一人、目の前に居ったわ。いやぁ高麗自体は正々堂々と、玄関から来てくれたけど……口に出すのは止めとこ、仮にも女子やねんから、虫と同列に語るのはイエローカードな予感がする……それが例え話でも……!

 

「お、おるとは思われへんけどなぁ!」

「なんでそこを言い淀むんだよ?変なマサ」

 

 幾ら高麗がキャンプで虫に慣れてたとしても、同列に扱うのは色々不味い……そんな気がする!もってくれよ、俺のデリカシー的なあれ!

 

「虫って言えばさぁ高麗!お前キャンプで──」

「しっ!……何か聴こえねえか?この音は……」

「へっ?音?」

 

 そのデリカシーを発揮して、話題を逸らそうとしたその時。高麗が全国共通である『静かに』を表すジェスチャー、人差し指を口元に持っていく、それを披露したかと思ったら……隠れんぼの時に、逃げる作戦を立てる時みたいな声量で話し掛けて来た。音?そんな物聴こえては……いや、このプ~ンって擬音が似合う、この音は!久しく聴いてへんかったけど、この音は!!

 

「まさかこの音……血を吸うアイツか!?」

「間違いねえよマサ、アイツだ……蚊だぜ」

「そんな時期が、もう到来したとはな……!」

「あったけーとはいえ、もう出てきたんだな〜」

 

 そいつの正体は、蚊。何で学んだか忘れたけど、世界では数千種類も居るらしくて、日本には3桁行くか行かへんか。それ位の種類の蚊が生息してるらしい。でも今は、それどころやない……!俺の家に、侵入を許してしまった事が問題なんや……!

 

「悪い高麗、噂話は後でええか?今は──侵入者の排除が優先や」

「だな、プーンって音を聴きながらだと気が散るし!あたしも手伝ってやるよ!害虫退治!」

「よし、スプレーとか買ってへんから素手で……せいっ!アカン逃した……高麗、そっち行ったで!」

「へへっ!キャンプで培った腕を見せてやる……それっ!」

 

 

 東京都中央区月島……生き物によっては冬眠から目を覚ます、そんな時。井戸端会議へと洒落込む前に、俺の家に蚊という侵入者が現れた。覚悟しとけよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう……かゆい……」

「ちゃんと障子閉めないから、蚊が入って来ちゃったんだよ!コマちゃんに藤君、柏餅一緒に食べよ!」

「サンキュー小糸!」

「おおきに小糸さん、そうなんや……こっちにも居ったかぁ」

 

 結局俺の家にやってきた蚊は、退治するより先に疲労が積もってしまって、満場一致で放り出して逃げる事になった。採用した作戦は、兵糧攻め。窓も閉めとけば出ていかれへんし、吸う対象もいなければ、勝手に力尽きるっていう戦法やね!

 

「逃げて来た先にも居るとは、想定外やったな……」

「あたしは柏餅にありつけたから良いけど!」

「よ、よくない……こんなにかゆいのに……どうしようどうしようみんな……!」

「もう刺されちゃったんでしょ?このまま開けとけば出てくんじゃない?」

「そ、そっか……じゃあいいか……」

 

 行く宛も無いから高耳神社にやって来たけど、そこにもアイツがいた。ウチに出たなら、同じ月島……出て来てもおかしくはないわな。にしても、小糸さんとエルダは、第二陣が入ってくるとは思わへんのかな?気楽というかなんていうか……。

 

「おお、これが関東の柏餅……分厚いクレープみたいやな」

「大阪、関西のやつは違うのかよ?」

「うーん、こうやって折り畳んでなくて……大福みたいなんを葉っぱで包んでるから、微妙に違うなぁ」

「それってさ、ただの大福じゃねーのか?」

「そこは俺も思うわ」

 

 思わぬ形で文化の違いを学びつつ、お出しされた柏餅を手に取った。葉っぱで巻かれてるのが共通な辺り……大元は同じなんかもしれへんな?

 

「う、美味そうな柏餅だな……茜はよくスイーツ奉納してくれるから好き……怖いけど」

「わかるぜエルダ様、茜ぇたまに怖くなるんだよな」

「またそんな事言って!茜ちゃん優しいじゃん!」

「──これを、アカネちゃんが?」

 

 そんな文化の違いよりも、これを奉納したんがあのアカネちゃんっていう事実の方が……心に深く突き刺さった。えっこれを?酒以外のストレス発散方法が無さそうな、あの?奉納するなら、お菓子よりお酒な人やと思ってたから、ちょっと予想外やなぁ……。

 

「……なんにせよ、包み方違うだけやのに、食感全然ちゃうな。これはこれで美味い」

「ま、まあ感触も食べ物の一要素だからな……ん?」

 

 みんなで舌鼓を打っている最中……気を取られてたんかはさておき、ついつい忘れてた存在が、自己主張を強めてきた。なんとか目視出来たけど、そいつはエルダの耳にいつの間にか留まってて、本人が気付いた瞬間に、飛び去ってしまった。

 

「うわあまた刺された……!も、もう刺されないって小糸が言ったのに……」

「すげぇ、綺麗に噛まれた所がこぶになってる!」

「ごめんてエルダ……まだ、お腹空いてたみたいだね?」

 

 何故かエルフだけを狙い撃ちしてる、蚊。好き嫌いがあるんか知らんけど、小糸さんに高麗に俺が居るのに、エルダだけを狙って刺してて……ちょっと怖い。人間が刺されたら少し膨れるだけやけど、エルダの耳は、アニメや漫画みたいな膨れ方をしてるから、分かり易い事この上無かった。写真撮ってもええかなこれ?

 

「蚊取り線香炊く?」

「い、いや……蚊取り線香は去年の夏に使い切ったんだよ」

「拝殿に逃げようぜエルダ様!」

「さっき神事やったから今日はもういい……!」

「神事やる訳ちゃうんやからさぁ……」

「そ、そうだ小糸!蚊帳、蚊帳を出そう!」

 

 蚊帳って言うたら、所謂網目状のテントみたいな。蚊のみならず、虫を退治する手法が増えた今やと、めっきり聞かなくなったし見なくもなって。昔の映画で使ってるのを見た事ある程度。どうしよう、ちょっと使ってる所を見たい……!

 

「それはいいけど、もう蚊がいるんだし逆効果じゃない?」

「た、確かに……さながら私vs蚊の金網デスマッチと化してしまう……!」

 

 ぐぬぬ、なんて擬音が似合いそうなしかめっ面をするエルダ。持久戦に持ち込めば、エルダが寿命勝ちしそうやけど、刺されたら負けってルールになれば……蚊の圧勝な予感がする!

 

「それ、俺と高麗も巻き込まれてへんか?」

「あ!あたし、レフェリーやりたい!マサはエルダ様のセコンドな!」

「俺がタオル投げる役かい!」

「本殿を凄惨な場所にする訳にはねえ……」

 

 一連のやり取りでなんとな〜く想像したけど、神道は、害虫退治したらアカンのかな?っていうか境内でやったらアウト?殺虫剤とかも駄目なら、その手の虫と共存するしか無さそうやし……神職ってのは、案外キツい仕事やね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──月島に吸血鬼が出没するとなれば、他所の土地でもまた、例外ではなくて……花が蕾をつけるのと同じ頃、蚊も針を刺す対象を増やす為、その勢力を拡大していった……。

 

「向日葵〜!気の早い蚊やあ〜〜!!」

 

 大阪にある、廣耳神社……東の高耳様の対義語がそこにいる、その名もヨルデ。朝でも昼でもヨルデ。廣耳様として祀られている彼女もまた、エルダの様にその長い耳だけを、吸血鬼に狙われていた。

 

「だいぶ温(ぬ)くなってきたしなあ」

 

 そのヨルデに仕える巫女の名は、小日向向日葵。神様が対称的な性格なら、巫女もまた、東の巫女とは正反対……冷静沈着なその姿勢が、走り回る神様のブレーキ役を担っている。忙しくなければ大抵、神様の側を離れない。

 

「こっちこんといて!あっち行けや蚊〜!」

 

 その冷静な性格に付随して、この巫女は……割とちゃっかりしている。この時期に離れないのも、神様が誘虫灯代わりになるお蔭で、自らが刺されない事を理解しているからだ。

 

(ヨルデと居ると、蚊に噛まれへんでめっちゃ助かるわ……)

「めっちゃ沁みる〜!蚊のスカタン〜!!」

 

 表の口数が少ない向日葵、でもその心の声はとても賑やか。自らが喋らなくても、側にいるヨルデが勝手にお喋りしてくれるから……無口で居ても許される。かゆみ止めを塗りながら思う内心を、黙っていたとしても。それがこの二人の在り方らしい。

 

 

 ──所変わって、金沢にある麗耳神社。文字通り、眉目秀麗な神様と巫女が居る。そうやって噂になっている。当然その神社にも、吸血鬼の魔の手が迫っていた。

 

「ハイラ!気の早い蚊やよ!」

 

 学生兼、巫女兼、インフルエンサー。名前は小伊万里いすず。その外見で、十数万人のファンからSNSで支持を集めているものの、学校では友達があまりいないらしい。金沢で広告塔を築いたとはいえ、交友関係は上手く築けていないそうな。

 

「あらあら〜、だいぶ暖かくなってきましたものね」

 

 その金沢で祀られている、菜園の手入れを優雅にこなす神様の名前は、ハイラ。美人やよね〜!と氏子が口を揃えて唱える程、誰もが羨む美貌を持っている。

 

「かゆいっ──なんでハイラは食われんの?」

「ハッカ油を薄めて、スプレーしていますの。虫除けになるのよ?」

 

 美貌に加えて、植物に関する知恵も豊富であり、虫除けスプレーすらも自作している。手先も器用なのだ。

 

「へー!ミントの良い匂いやね!貸して貸して!」

「勿論!ちょっとスースーしますわよ?ところでいすず──」

 

 エルダやヨルデと同じエルフでありながら、年長者としての器すら持つものの……それでも唯一、本当に唯一、持っていない物がある。

 

「──私のお財布も、ちょっとスースーしていてね……?」

「ひ……卑怯やよハイラ!!」

 

 お金である。この神様、隙あらばギャンブルにお金を注ぎ込んでしまう為、基本的にお金がない。その悪癖は歴代の巫女からも不評で、石碑に恨み節が刻まれる程の素寒貧。家庭菜園の手入れをするのも、食料が買えずに自給自足をする為だったり。それすら間に合わない時は……こうやって、巫女から工面してもらうんだとか。

 

 

 ──高耳、廣耳、麗耳。そしてその中にここ最近……神様の意向で畳まれかけた神社が加わった──仙台にある、その神社の名は……円耳神社。閉鎖の危機にあったとしても、吸血鬼は攻勢を緩めない。

 

「……第二部も進んで来たから、ここはこの展開が、いやそうすると第一部が……」

 

 度の入っていない丸眼鏡を掛けて、筆を取り、原稿用紙に向き合う神様。名前はパンニャ。召喚されたエルフの中でも理知的であり、書斎を構える程の文筆家である。しかし、傾奇者として荒れていた時期があって、普段はその片鱗すらも見せないが……。

 

「ふっ!!!」

 

 外敵が居たり、叱りつけたり、そんな時にその傾奇者が姿を見せる。今まさに、血を吸わんとした外敵を仕留めようとして──太鼓を打ったかの様な柏手が、書斎に轟いた。

 

「な、なじょした、パンニャ……?」

 

 そんな傾奇者の神様に、漸く仕える事を許された巫女が一人、供物を乗せた三方を抱えてやってきた──小椿木つとめ。少し前まで、パンニャの意志で巫女になる事を認められず、ただの神社の娘を名乗っていた、女の子の名前だ。

 

「逃がしてすまった」

「何を?」

 

 本人は着始めたばかりなのに、何処かに着古した跡が見られる、その巫女服に似合う巫女になる為に……彼女は日々、奮闘中。姉貴や兄貴と慕う誰かの影を、追い掛けながら。

 

 

 理屈も原理もわからないものの、何故か蚊は、エルフ達を優先して狙う。エルフ達の蚊への策も様々で、思った以上に歴史も根深い物である──そんな感じで、毎年苛まれる悩みを抱えているとしても、彼女達が神様として在り続けるのは、本人の矜持か、巫女や氏子達の支えか、それとも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん……出て行く気は無いみたいだね……」

「あれからまた噛まれてたもんな、エルダ……余程気に入ったんやろか?」

「そ、それは嬉しくないな……」

 

 蚊が居なくなったと思ってたらまた、俺達を挑発する様に部屋中を飛び回り出した。正直さっさと仕留めたいし、殺虫剤でもあればバラ撒きたい!けど、そんな文明の利器は無いし、俺の家に入ってきた蚊も諦めた手前……泳がせる他あらへんかった。

 

「や、やっぱり松の葉を燃やすしか……!」

「だから焚火はマズイってば!」

「そもそもよー、エルダ様が障子閉めとけば良かったんじゃねーか?」

「高麗!オブラートオブラート!」

 

 蚊取り線香が出来たらしい明治以前は、『蚊遣り火』が一般的やったらしい。松の葉とかを燃やしたそうやけど、それは現代を生きる巫女に止められた。時代やなぁ。

 

「そういえば、エルダの部屋って障子だけなのに寒くないよね?」

「言われてみたら確かに……なんでなん?」

「ああ、精霊が冷気を入れない様にしてくれてるんだよ」

「精霊ちゃんそんな事出来るの!?」

「歴史語りの中に、ファンタジーもぶっ込んで来るのがこえーよな、エルダ様って……」

「エルダもやけど、精霊ちゃんの方が怖いなぁ……」

 

 蝿より大きな虫が怖いらしいエルダを他所に、謎の力で、文字通り空気を操る精霊ちゃん。グレて家出してきた事あったけど、本人が優しくなかったら……月島の空気を薄められたりして──恐るべし、風を操る精霊ちゃん……!

 

「なんか風の流れをこう、上手いことするんだって……ついでに蚊も入ってこれない様にすればいいのに……」

 

 上手いこと、その中にどれ程のファンタジーが含まれてるのか……それは神のみぞ知る──いや、その神様もあんまり知らん感じするなぁこれ?

 

「そうだ!精霊ちゃんに蚊を捕まえて貰おうよ!」

「い、いや精霊も虫が苦手なんだよ……今もどっか逃げちゃっていないだろ?」

「ほんとだ!拝殿から一緒に帰ってきたのに!」

「……高麗、何処に行ったと思う?」

「うーん、小柚子のとこじゃね?」

 

 言い方悪くなってまうけど、虫みたいに飛んでるなぁって思ってたから、てっきり虫とも仲ええもんやと……そっかぁ、苦手かぁ。まぁその、好き嫌いあってもしゃーないわな!

 

「はっ……!また刺された!!」

「また!?……ホンマや、コブが四つも出来てる」

「どうして耳ばっかり刺すんだ、蚊……!」

 

 意識を精霊ちゃんに持ってかれてた最中に、エルダの耳に忍び寄って、一刺し。エルダばかりを狙う理由はさておき、耳を狙われるのは……単に的がデカいからやないか?

 

「こうなったら、もう容赦はしないぞ……!」

 

 神様の、堪忍袋の緒が切れたらしい。意を決して炬燵から出たと思えば、引き出しから取り出した画用紙を筒状に丸めて……蚊をはたく為の武器を造った。あー!小学生の時によくやったわそんな感じのやつ、それでチャンバラするのが流行ってたなぁ!

 

「せいっ……!」

「惜しいっ!」

 

 そんな丸めた武器を一振り、腰が入ってへんというか、振り慣れてへんのがよくわかる一撃。へろ〜ってしてるし掠りもせず。

 

「エルダ様!左!」

「せぇいっ……!」

 

 今度は高麗の指示を元に一振り。狙いは良かったものの、軌道を読まれたのか、対象には華麗に躱された。

 

 弓耳祭の時、間近で見たあの跳躍力からして、瞬発的には人間の敵わへん身体能力を持ってる筈……それでも仕留められへん敵を見る限り、思ったより長期戦になるなぁ?とか考えてたら、何故かエルダが息切れを起こしとった。

 

「はあ……はあ……き、筋肉痛……後は頼む、マサよ……」

「「二振りで!?」」

「し、神事で疲れてたんか知らんけど、もうちょい戦おうや……」

 

 数秒だけ愛用された武器を受け取りつつ、俺が思った気持ちを、そのまま二人が代弁してくれた。流石幼馴染、シンクロしてるなぁ!それはそれとして、細めの柄の方が握り易いから、画用紙をもう少し丸めて……っと。

 

「ホンマに、ここでアイツを仕留めてええんやな?」

「うん、季節外れの蚊を退治してもらうのは気が引けるけど……これ以上、御祭神の耳を刺される訳にはいかない!!だから託すね、藤君!」

「マサー!やっちまえ!」

「──よし、言質は取ったで!後で恨むなよ!」

 

 確かに、この耳で聞いた。神様と巫女が背中を押した、ていうか許可が出た。せやから……戦うで!俺に武器を持たせた事、後悔せぇよ?武器の心得なんか無いけどな!

 

「目の前にのこのこと出て来やがって……食らえっ!」

「駄目、避けられちゃった!」

 

 諸々の想いを乗せて、上段から腕を振り下ろす一撃を放った。所謂袈裟斬り。画用紙で空を斬る音が、エルダのそれよりは強いと証明したものの……敵を叩き斬るには至らず。なんてすばしっこい虫や……!

 

「高麗、伏せろ……はっ!」

「危ねっ!こえーよマサ!」

 

 高麗の頭上を旋回する蚊を狙って、居合い切りの要領で、横薙ぎ。漫画や時代劇の見様見真似で振るったものの、袈裟斬りと同じく、武器と標的が接触すらせぇへんかった。

 

「やるなこいつ……歴戦の蚊や」

「ま、マサ!そっちだ!」

「でぇや!だーっ逃げんな!」

「あっこっちに来た!藤君、パス!」

「はいよ、任せた!高麗、炬燵どかそうや!」

「よし来た!」

 

 攻撃役を代わったり、戦場を広げて戦いやすくしたり、思いつく限りの手を尽くしたものの……全員の息が軽く切れるまで、奴はこの室内を悠々自適に飛び回った。

 

「て、手強いね……」

「せ、せやな……」

「あたし達じゃ天井までは届かねーけど、エルダ様だもんな……」

「さ、さぞや名のある歴戦の蚊に違いない……!」

 

 嘲笑ってるかは分からへんけど、『こっちはまだやれるぜ?』とでも言いたそうに、エルダの部屋を旋回してる。ホンマに歴戦の個体かもしれへん……こいつ、人間がへばるのを見計らいやがって!

 

「どないする?我慢しててもええんなら、今からスーパーで殺虫剤でも……」

「──エルダ、コマちゃん、藤君、みんなはキッチンに隠れてて」

「ど、どうするつもりだ小糸!」

「わかったぜ!」

 

 逃げ足が速い!俺の提案に被せる形で、決意を……腹を括った表情をしながら、逃げる様促した小糸さん。なんか一計アリ、って顔をしてるけど、なんや?逆転の一手でも思い付いたか!?怪訝に思いながらも、三人でキッチンに隠れ終えた、そんな時。

 

「っ!小糸!」

「アカン、刺される!」

 

 何をしでかすかと思えば、即席の剣を捨て、袖を捲り、その健康的な腕を晒してみせた。えらく堂々としてるけどアカンて!そんな事したら小糸さんまで刺されてまうで!?俺達の静止は気にも止めずに、その肌を見せ続けたからなのか、蚊は標的をエルダから小糸さんに変えて……。

 

「あ、あれは、そんな!あの技は……!」

「エルダ?技って?」

「見ろ、あれは間違いない、あの技だ……!」

 

 技って一体?と深く訊くより先に、蚊が露わになった腕に止まった瞬間、小糸さんがその技を実践してみせた。そう……技ってのは、あの技ってのは、世間でまことしやかに囁かれてる、あの──!

 

 

「蚊が血を吸ってる時に力を入れると、抜け出せなくなるやつ──!」

「なんとまぁ……小糸さんらしいなぁ……?」

「へへっ、流石あたしの親友!」

 

 

 優しさの化身というか、不殺を体現してるというか。俺なら止まった瞬間に叩いてまうけど、動けんくするって所が、如何にも小糸さんっぽくて……ちょっとだけほっこりした。

 

「エルダ!障子開けて!」

「よ、よし!」

 

 慌ててキッチンから出ていったエルダが、蚊に刺された巫女の代わりに道を作り、そろそろと、摺り足で小糸さんが外に出て……標的をリリース。バイキングで満足した客みたいに、フラフラと飛び立っていった蚊を、みんなでただ……見送った。

 

「いい勝負だったよ……蚊!」

「ああ……敵ながら天晴れな奴だった……!」

 

 侵入者一匹に対して、被害者二名。巫女さん、腕一箇所に虫刺され。エルフ、両耳に刺し傷……膨れ上がったのが四箇所。もしもこれが本当の闘いなら、敵陣営からすれば、戦果としては文句無しの結果に。何故なら、戦力の半数に傷を負わせたから……!

 

「まあ、小糸がやってた、血を吸ってる時に力を入れると抜けなくなるやつ……ただの都市伝説らしいけどな……!」

「筋肉まで刺されてたら、通じそうやけどねぇ?」

「そうなの!?じゃあなんで、逃げなかったんだろう……?」

「さ、さあそこまでは……多分、小糸の血が美味かったんじゃないかな……?」

 

 そう聞いたら、蚊の奴も結構偏食家やなぁ。血液型でも吸われやすいとかなんとか言うらしいし……取り敢えず、未だにポリポリと、患部を掻きむしる二人を見て、思った事が一つだけある。

 

「高麗、帰りに虫除けスプレーでも買いに行かへん?蚊取り線香でもええけどさ」

「……だな、あたしの家にも置いとくか」

「かゆい…………」

「私達も蚊取り線香、買っとこうな?小糸……」

 

 

 東京都中央区月島……江戸時代より400年以上の歴史を刻む『高耳神社』、祀られたるそのご神体は──毎年蚊の虫刺されに苛まれ、耳を真っ赤に腫らせて嘆く……エルフやった。そういや忘れてたけど、俺の部屋に閉じ込めた蚊は、どうなったかなぁ?




活動報告と被るのであまり深くは語りませんが、漸く執筆活動が出来る環境に身を置けたので投稿しました。戻ってきたばかりで色々混乱しておりますが、どうにか生きているだけ良かった、そう思いながら今後も本作を書いて行きたいです!

お気に入りや栞など、ありがとうございます!もしよろしければ、今回の話を読んでくださった感想や、これまでの評価等も頂けたら、とても励みになります。それではまた。
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