江戸っ子と浪速っ子   作:コーヒーまめ

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登場人物が多い……文字数も多い……!


明るい校舎の時は動く そのに

 

 普段は、登下校の際に交わされる、みんなの挨拶。開いた窓から聴こえる先生達の声。体育の授業で蹴られるサッカーボール。音楽室からの合唱。何処にでもありそうな、鉄筋コンクリートのありふれた校舎。そんな校舎が、今日だけは。

 

 

「準備はいいか、野郎ども──!!」

「「「「「お────っ!」」」」」

 

 

 門はアーチで飾り立てられて、校舎中が神社の縁日みたいに出し物でひしめき合う、年に一度の文化祭!コマちゃんが掛けてくれた発破で、早くお客さんを迎え入れたくなっちゃった!ウチの神社での祭囃子も、凄く気に入ってるんだけど、お昼と夜を取り違えるだけでも全然違う。そんな雰囲気が、なんだろう……血が騒ぐって感じ!

 

「小糸となっちは、接客&呼び込み!ガンガン呼び込め!」

「おっけー!」

「まっかせてー」

 

 私となっち……日野真夏(ひのまなつ)ちゃんは、接客担当!振り分けが決まってから、何度か藤君のバイト先にお邪魔して、観察してきたから大丈夫!やってみせるよ!関西弁までは、真似できないけど!

 

「ミカは盛り付け係のボス!フランス料理みたく、エレガントにな!」

「ゾンビ喫茶で?」

 

 ミカちゃん……志村水鏡(みかがみ)ちゃんは、調理担当!なっちが考案したメニューを形にしたのも、ミカちゃんだったりするの!

 

「クロちゃんはお会計係!キラキラ笑顔で頼むぜ!」

「無茶いうな」

 

 クロちゃん……黒川ひかりちゃんは、お会計!クールで無口で、普段は見せてくれないけど、ふとした瞬間の笑顔が評判なの!因みに氏子さんです!

 

「開場までもうすぐだ……目指せ、最優秀賞!」

 

 コマちゃんが檄を入れて、クラスのみんなで『おーっ!』と口を揃えて気合いを入れた。お客さんの入場まで、後10分を切ったかな?ゾンビメイクもばっちり、気分も最高!早く笑顔とメニューを提供したい、そんな気持ちが高まるばかり!よーっし、私も頑張るぞ!

 

「最優秀賞の賞品、出るんだっけ?」

「ううん、名誉のみ」

「しっぶ」

「頼んだぜお前ら!…………っと、こんな時にメッセだ」

 

 そんな名誉の為、私達は今日、戦うの!文化祭と書いて、戦場と読みたくなるような、この場所で!

 

「みんなわりぃ、実行委員の仕事で少し出てくるわ!」

「コマすけ忙しくね?」

「外部協力の人が今来たみたいでさ、案内しないといけねぇんだ!開店に間に合うか怪しいけど、必ず戻るぜ!」

 

 ミカちゃんの言う通り、実行委員は忙しい。私達の出し物以外にもやる事が多い。そんな陣頭指揮を執るコマちゃんの、開戦前の戦線離脱。そういう不測の自体を防ぐ為、学生主体の文化祭を、外部から手伝ってくれる人がいるって聞いた。

 

「任せてよコマちゃん!抜けた穴は戻ってくるまで埋めるから!」

「わりぃ、すぐに戻る!」

「暫くコイコマの片割れは、このなっちが努めるよ!いってらー」

 

 その中には今日、私達の文化祭を、陰から……いや、ステージという日向で盛り上げてくれる、大阪からやってきた男の子が。月島の日常を支えてくれる様に、学校のみんなの力になってくれる、そんな人です!

 

「コマすけのヤツ、本当に忙しいんだ」

「桜庭の自業自得感があるけど」

「しかも休憩時間に、噂の人と野外ステージに立つ!って言ってたよね?何処からそんな体力湧くんだろー」

 

 小さい頃からの幼馴染だから……楽しそうな事を重点に、思いのまま突っ走る!そんな一瞬を繰り返してきて、体力が付いたんだと思ってる。それでも疲れたら『やーめた!』って感じになるけど、敢えて今日、動き回れる理由を付け加えるとしたら──。

 

「まー考えても仕方ない!少しでもゾンビ喫茶を盛り上げて、コマっちに最優秀賞を獲らせてあげるぞー!おー!」

 

 なっちの上げた狼煙に共鳴して、一丸となる私のクラス。コマちゃんにも頑張る理由があるように、私達にも頑張る理由、あるんだからね!

 

 

 東京都中央区月島……隅田川の下流に溜まった土砂を埋め立てられて、繁栄してきた下町から通う高校の──文化祭での、少し長い一日のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そうです、桜庭さんの要請で、本日屋外ステージで協力させて頂く藤岡です……許可証を首から、わかりました」

 

 下宿先から、徒歩で数十分。今日の主戦場にして、まさかまさかの初舞台。小さじ一杯程度の緊張と、大さじ一杯の覚悟と共に……高麗や小糸さんの通う高校へと、やって来た。元々なんて高校なのかは知ってたし、二人と帰路が被るから、場所自体は分かってた。それでも、誤算がたった一つだけあって──多すぎる!女子の比率が多すぎる……女子高やから当然やけどさぁ!

 

 お客さんを入れる時間になれば、多少は男の比率は変わるとしても!早めに来て案内させてくれ!って高麗に言われるがまま、『翠光祭』と描かれたアーチを潜ったのが、既に間違いやった。見渡す限り、女子、女子、女子!男は俺だけって環境は普段から経験しとったけど、今日の物量は──おかしい。エルフの面々と談笑したり、各地の巫女さんからのご相談で、培ってきた筈の免疫は、一体何処へやら。肩身が狭すぎて、右肩と左肩がくっつきそうやった……。

 

「これでいいんですか?……わかりました、それでは失礼します」

 

 アーチを通った所で、お客様の入場はまだなんです!って止められた時はその、舌を噛みたくなったけど、高麗の名前とか、背中のギターを示したら、関係者として認めて貰えて。もうすぐ轟くであろう祭囃子を前に、立ち入る事を許された。

 

 だからなんやねんって訳でな?貰ったパンフに地図は載ってる。けど……開場前の校舎を歩き回るのは、流石に無礼が過ぎると思って、受付の辺りでお隣さんの迎えを待つ事にした。校舎に立ち入る直前、高麗にメッセを送ったとはいえ……知らん女子から時々刺さる、探る感じの視線が痛い!

 

 パンフでも読むか……と所在無さげに鞄から取り出そうとした、そんな時。

 

「おーっす、マサ!来てくれたんだな!」

 

 今日の主役が一人、桜庭高麗が姿を見せた。助かった!女子やとしても知り合いなら安心出来る!

 

「おはよ、高麗。そら出番として組み込まれた以上はな?」

「何言ってんだ!マサの事だから、女子が多くて怖気づいてるんじゃねーかなーって、思ってたんだぜ?」

「何言うてんねん、高麗こそ出番から逃げんなよ?お前が通した許可やねんで!」

「へへっ、その意気やよし!ってな」

 

 高麗なりに俺の緊張を解そうと、からかってくれたんやろう。内心を大体当てられた事は隠しつつ、何時ものノリでツッコミを返した。やっぱり月島に居る時は、高麗と過ごすのが一番楽やわ!

 

「んで、案内してくれるんやっけ?」

「ああ!開場したらクラスに戻るけど……実行委員特権で、少しだけな?野外ステージとか、袖の楽屋位は教えてやらねーと。パンフには載ってるんだけどな、こっちだぜ!」

 

 ありがたい話で、地図と土地勘のある人の案内を比べたら、案内の方が早い。パンフは後で読み込むとして、今はその好意に甘えるか!俺は早速、高麗の隣を歩き出した。

 

「此処が高麗の高校かぁ、なんか雰囲気違うよな」

「そうか?マサの所も遊びに行ったけど、似たような高校だろ」

「そういう意味やないねんけど……」

 

 まぁ確かに、高麗の言う事も一理ある。何処も校舎の造り自体は普遍的っていうか、内装や地理を知らんかったら、校名の表札を読まんと分からんし。木造やったり、庶民の尺度で測れへん金持ち校でも無いと、俺に区別は付かへん。

 

「じゃあどういう意味なんだよ?」

「例えば……高耳神社みたいな神聖な場所とか、パワースポットみたいな?ああいう俗世から離れたさぁ、そんな土地に踏み入れた感じがしてなぁ」

「それは考えすぎだろ……ほら、あれがあたし達の立つステージだぜ!楽屋はしょぼいけど、空き教室を借りてる!」

 

 何気ない会話もそこそこに、目的地まで辿り着いた。ここが今日の……俺達の晴れ舞台。今日ここで、俺は、アコギをかき鳴らす。高麗の歌唱を引き立てる形で。出番が承認されてから、二人で研鑽を重ねたつもり。だから、本番でも大丈夫。

 

「あれがかぁ、袖ってチューニングがてら、音出してもええんかな」

「問題ねーと思うぜ?パーテーションでもねーし、平気だろ。なんなら通しもオッケーだ」

「それやったら……高麗、休憩時間は何時頃?小休止とか挟んでもええから、声出しとかやっとかへん?」

「クラスの皆が気遣ってくれてさ、本番30分前にシフト空いたから、それまでに此処に来るか!そん時にリハしようぜ?」

「了解、それまで──」

 

 祭を堪能してくると言おうとした、そんな時。ピンポンパンポーン……校内放送やろうか?何かを知らせるべく、それは校舎中に鳴り響いた。

 

 

『こちら放送部です、生徒の皆様にお知らせします。只今より、一般参加者の入場を開始いたします。皆さん張り切って、かつ暖かく迎え入れましょう!』

 

 

「おっと悪い、そろそろあたしは戻るぜ!開場直ぐは客足少ねーだろうし、ましてや二階なんだけど……これでも調理の手伝いとかしなきゃなんねーからな!」

「ん、了解。繁盛するとええなぁ」

「ありがとな!まだ始まったばかりだし、のんびり楽しんでってくれよ!」

 

 そう言い残すと、駆け足で俺の前から立ち去って行った。あと数時間もあればまた再会するし、今からリハを重ねてもええけど……。

 

「折角や、この喧騒に紛れて、俺も楽しませて貰うか!」

 

 今はただ、英気を養う意味を兼ねて、高麗の高校の文化祭でも見て回るか!制覇出来るかは、微妙な所やけどね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特別な日やからか、バルーンアートや造花、あらゆる飾り付けがなされてる。この学校の内装は綺麗で、普遍的な外装からは予測もつかへん程、学び舎としても文化祭としても、俺の想像を超えてきた。高麗のやつ、普段からこんなお洒落な場所に通ってたんか……!

 

「焼きそば、ヨーヨーすくい、たこ焼き……文化祭というか、縁日の定番やねぇ」

 

 そんな案内人の手が離れてから、暫く。パンフと許可証を頼りに、賑わいを見せる翠光祭を、歩き回った。特別感のある中身から一転、出し物としては有名な物を味わって来た。『ルーレット青汁』位に奇を衒う物は無く、縁日にもありそうな出店から、アトラクション的な物なら、お化け屋敷に──俺等もやった演劇とか。どんな高校も、行き着く発想は変わらへんのやねぇ?

 

 密かに高麗にやって欲しかった、メイド喫茶的なそれもあったけど、学年的に上級生かつ、十割他人の異空間。許可証っていう今日限りの友を提げても、立ち入る勇気は出ず。一階の一区画を、そのまま素通りしてしまった。

 

「後は……高麗と小糸さんとこの『半熟ゾンビ』だけかな」

 

 飲食系の物は持ち歩いたり出来るけど、体験型の出し物はそうはいかへん。自主制作アニメや劇は勿論、音楽系のステージも決まった時間、必ず拘束される。お化け屋敷は早歩きで終われるけど、脅かす側に失礼な気がする。それ等を諦めて、周れるクラスに出向いた結果、消去法ではないけど……『半熟ゾンビ』が最後になった。ところで、何が半熟なんや?

 

 いやまぁ、好きなもんは最後に食べるタイプやし?出番以外の目的言うたらそこだけやし?なんの問題もあらへんな!

 

「二人の教室は、っと……あった、あれか」

 

 本日の折り返し地点、半熟ゾンビが見えて来た。午前にも関わらず、どの教室も等しく盛り上がってて、見た感じ、ゾンビ喫茶からもその活気が溢れてる。ゾンビに活気があるのかはさておき。

 

「ゾンビ喫茶いかがですかー!」

 

 そんなゾンビの内の一人、やなくて一体?がゾンビとは思われへん明るさで、お客さんを呼び込んでる。メニューとメイク以外は、至って普通の喫茶店らしいなぁ?

 

「すいません、席空いてます?」

「はーい!空いてま……す……」

「一人なんですけど、入れます?」

「かんさいべ……ハッ!?ちょっと待っててください!」

 

 そんな呼び込みに乗っかる形で、空席を確認したんやけど。声を掛けた途端、その人は、明らかに様子がおかしくなった。もしや今からゾンビになりすますんか!?そういう方針!?呼び込みゾンビは教室に引っ込んだけど、裏に回る程の事とは思われへん……!

 

 待つこと数刻、されど数刻。さては満席状態なんか?それやったら同じ階の紙芝居にでも、そう思考を巡らせた直後。先程の呼び込みゾンビと、なんか知らんゾンビ達が、入口から顔を出し、好奇心に駈られた視線を一斉に俺へと向けてきた──よーく見たら、見知った顔が一人居るけど……それはそれとして、言いたい事が一つある。

 

「半熟ゾンビにようこそ……だ、ぞ〜ん」

「えっと、初対面も居てますけど、言うても良いですか?あんたら、持ち場はええんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご注文は何にしますか?」

「じゃあ血みどろ紅茶と、めだ……ムースを」

「あっそれ、目玉から既にメニュー名なんだよ!」

「ああ、目玉商品って意味やなくて、目玉モチーフって事ですか……じゃあ、血みどろ紅茶と目玉ムースを」

 

 ほんの少し、動物園のパンダみたいな気分を味わった所で、空いた席まで案内された。あんたらさっきよく顔出せたな!?って思案する程度には、お客さんがいる。

 

「はーいかしこまりました!ちょっと待っててねー」

 

 それでも客足は落ち着いてるのか、手持ち無沙汰なゾンビが。そういう人は呼び込みに出たりしてるみたいやけど、顔出して来れたんはそういう訳か。

 

 ふと、このゾンビ喫茶について、想いを馳せてみた。ゾンビの腐る、っていうイメージを大事にしたのか、出迎えてくれたのは、暖簾代わりの裂けたカーテン。薄暗さを覚える程の、太陽の光頼りな教室。調理場を仕切るパーテーションも、血糊か絵の具で手形を付けたり。テーブルクロスまでボロボロで、やれる範囲で腐らせたのが伝わってくる。クラスTシャツを着てたり、普通に会話をこなす辺りが、『半熟』の要素なのかもしれへん。

 

「おはよう藤君、来たんだね!」

「うん?ああ小糸さん、おはよう」

 

 そんな中、手持ち無沙汰なゾンビが一人にして、数少ない知り合いのゾンビ、小糸さんが話し掛けて来た。昨日見たメイクに包丁、これといって驚く事はない、かな?

 

「勤務……もとい当番中やろ、話しててええの?お客さんまだ他にも……」

「大丈夫!今居る人からは注文、取り終わったから!藤君もバイトで喋るでしょ?」

「うーん、もんべぇとか村井さんとこでは、まぁ」

 

 緩い!なんか知らんけど規律緩い!ゾンビになりすぎて、思考回路まで!

 

「まぁその、喋ってええんなら訊くけどさ」

「何?」

「呼び込みの時点で訝しんだけど……このクラスで俺の事、どう伝わってるん?なんか喋った?」

「え?普通に大阪から引っ越してきてる事とか、コマちゃんと私と三人で下校してるとか、神社に通ってる事だって!」

 

 めちゃめちゃ話通ってる……俺の情報筒抜けか?なぁ、そんな話のネタにする様な、面白いコンテンツか俺は?女子が噂好きなのは、この月島生活でひしひしと感じてたけど、出身が違うだけの男がそんなおもろいか!?

 

「因みに、インスタ周りも?」

「うん!一旦アカウント消えてからはそれっきりだけど、色々やってる事だって!」

 

 ああ神様、どうかアレを、素の俺やと思い込むゾンビが、いませんように……消す前のは割と、仮面を被った状態の自分でして……。

 

「だからみんな、今日コマちゃんと舞台に立つ!って話を聞いて、結構噂してたんだよ?」

「噂って?」

「──生の関西弁を聴いてみたいとか、当番があるから舞台が観れない!とかかなー!こちらが注文の品でーす」

 

 俺達の会話に割りこんで来たのは、さっきの呼び込みや、注文を取ってくれたゾンビさん。小糸さん並のショートヘアかと思ったら、後ろ髪を団子状に纏めてる。

 

「あ、なっちありがと!」

「なっち……?」

「日野真夏ちゃん。だからなっち!」

「なっちって呼んでね、藤岡君」

「名前バレまで……お初やね、なっちさん」

 

 運んで来てくれた紅茶を口に運びつつ、軽く挨拶を返す。名字呼びすべきと思ったけど、本人の希望ならそう呼ぶべきよな?渾名にさん付けは微妙やけど、これでどうか妥協してもらって……初対面すぎるし!

 

「そうかー、君があの藤岡君なんだ、へー!」

 

 初対面の、とりわけ異性の人の、こういう探る感じの視線が、少し苦手。それなりに重ねてきた月島生活で、払拭出来たつもりの感情が、急に表に現れた。本番前に抱えてええ心情やないのに……まぁこの手の話は、答えを知れば晴れたりするし。こっちも探らせて貰うで!

 

 

「なっちさん?どの藤岡君なん?」

「えっとねー面倒見が良い、周りの為に尽力してくれる良い奴、お菓子を出してくれる、妙にロマンチスト、時々起こすホームシック、ケチの大安売り、実家で声デカそう、本気で怒ると逆に笑顔に──どれだろうね?」

「よーしなっちさん!後でその情報源の居場所、訊いてもええかな!」

「す、既に特定した辺り、名探偵だね藤君……」

 

 

 晴れるどころか、雷鳴が木霊したけど……どないしよ、この感情。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムースって、こんな食感やったんか」

 

 プリンよりも軽くて、ゼラチンのお蔭でツルツルした食感のムース。多分市販品なんやろうけど……チョコソースとか、ブルーベリーを上手く使って再現された、その目玉は一瞬、食指が止まる程の完成度。食べるのが勿体ないってのは、こういう時に使うんやろうね。それでいて、食べても美味いのがズルい。

 

「なっち、お昼が近いにしては……」

「ちょっと空席が多いかな?」

 

 それはそれとして、紅茶とムースを堪能してる間に、店に異変が起きつつあった──空席が多いというか、やってきたお客さんが、続々とお会計を済ませて退店して。少し待ったらまた入って来るやろうけど、ちょっと焦ってるんやないかなぁ?

 

「おーいコイすけ、なっち、注文来てないか?」

「さっきの目玉ムースで一区切り、って感じ」

「なんだ、じゃあちょっと暇だな」

 

 さっき好奇心で覗いてきた内の一人、ちょっと小柄な女子が、バックヤードから顔を出してきた。注文を受けようとしてる辺り、あの人が調理場を仕切ってるんやと思う。微妙に小糸さんより、身長低そうやね?

 

「開場してから入り続けてたお客さんも、ちょっと落ち着いてきたねー」

「ランチタイムが近付いてるのにね……」

「寧ろ昼飯時が近いからだろ。ウチのメニュー、昼飯にしては物足りないしな」

 

 個人的には、喫茶店って形態自体、客の巡りがよろしくなさそうに思ってる。コーヒーやケーキを頼んで、長話して、居座って。昨日のエルダの昔話通り、此処を憩いの場としてる来客が、多い気がした。

 

「じゃあ第二波が来るまで、何かしようよミカちゃん!呼び込みを増やすとか!」

「それさんせー!」

「つっても同じ呼び込みじゃあ、また埋めるには新鮮味がな」

「「うーん……」」

 

 あの小柄な人、ミカちゃんって呼ばれてるのか。そんな事より、比較的男性客も座ってた気がしたけど、気が付けば俺だけ。浮いた感じが否めなくて、お邪魔にならん程度に、ひっそりお菓子を楽しむか……。

 

「小糸!なっち!ミカ!話は聞いたぜ!」

 

 今まで何処に居ったかと思えば……高麗の奴、今の今までバックヤードに潜んでたとは。覗き込む面子にも居てなかったし。あれこれ吹き込んだ罰として、アイアンクローでもかましたいけど、今はそれどころやないわな!

 

「なんだコマすけ、名案でもあるのか?」

「ああ、新鮮味だろ?新しい呼び込みだろ?そんな条件を満たす奴が、一人いるんだな〜こ・れ・が!」

 

 神様仏様、それから今だけ様付けしたるからエルダ様……どうかその、条件を満たす奴が、俺じゃありませんように……!いるんだな〜って言いながら目線を送りやがったけど、俺じゃありません様に!

 

 

「そこでムースを食ってる、噂の奴がいるじゃねーか!」

「神様なんて、居らんのや……」

 

 

 高麗のやってる手招きは、恐らくこっちへ来いよ!って意味なんやろうな。まぁ、邪険に扱う理由もあらへんし?困ってる現場を見せられて、放っとくのも趣味やない。残ってるムースを紅茶で流し込んで、作戦会議の本部へと赴いた──次から次に、初対面の女子ばかり……。

 

「なーにが噂の奴やねんアホ高麗、あのまま無視したろかと思ったわ」

「へへっ!マサなら来てくれると思ったぜ?」

「すげー、コマすけの言う通り本物の関西弁だ……私、志村水鏡。よろしくマサすけ」

「マサすけ!?新境地や……バレてるし、自己紹介省くわな?水鏡さん」

「ミカでいい、長いだろ?」

 

 さっきのコイすけといい、コマすけといい、〜すけ呼びがミカさんのやり方らしい。喜助とか、佐助とか、時代劇の庶民みたいな呼び名やな?

 

「じゃあミカさん、よろしく」

「さてそれじゃあ、呼び込みするか!」

「「イエーイ!」」

「待て待て!宣伝自体はかまへんけど、台本とか、衣装とか俺だけ無いやん、ゾンビの群れで一人普通の奴が居るとか……それこそ普通やないで?」

「物語だと、藤岡君が黒幕になるよねーそれって」

 

 呼び込み、或いは接客。それ自体はまぁええけど、私服かつギター背負いながらは、ちょっとこう、世界観的な?黒幕云々はさておき、ゾンビ喫茶としては相応しくない装い。そんな人間に、宣伝効果があるかどうか。

 

 

「そもそもゾンビ喫茶でさ、健常な人間がさ、宣伝しても効果あるか?」

「ゾンビ……健常……そうだ!マサもゾンビにしてやろうぜ!」

「それだコマすけ、今すぐメイクの準備をしよう」

 

 

 ──なんか知らんけど、完全に墓穴を掘ったらしい。呼び込みの手伝いとか、アンタらの言う新鮮味を提供するつもりではあったけど、化粧をするなんて一言も……。

 

「おい待っ──」

「私血糊持ってくる!」

「なっちが血糊なら、ファンデは私のやつ使おう!」

「いやちょっと──」

「それなら服装も……コマすけ、予備で発注したクラスTシャツ、あったよな?」

「おう!クロちゃんが管理してる筈だぜ?」

 

 発案から行動まで、急流みたいな速さにたじろいだ。連携が取れてるのは素晴らしいけどさ!?見て見ぬ振り出来へんからって力貸しに来たけどさ!?本来ステージに立ちに来ただけやで!?喫茶店手伝うなんて想定外やねんけど!?

 

「おい高麗!話が早すぎるって、メイクまでしてもええなんて俺は──」

「何言ってんだ、普通が普通じゃねえって言い出したのはマサだぜ?小糸はおろか、なっちもミカも、今会計やってる……クロちゃん、黒川ひかりって奴も動いてんだ!退路はねーからな?」

「じゃあせめてライブの時は化粧落として!」

「……いや、そのまま行こうぜ!Tシャツもセットでステージに立てばさ、ここの宣伝になるじゃん!」

 

 終わった。俺の尊厳は、今日終わりを迎える。ゾンビみたいに、腐り落ちる様に、半熟なんて物じゃなく、全部。最近は男もやるべきみたいな風潮あるけど、化粧なんて行為自体、やりたくなかったのに。俺はもっとこう、無精髭の似合う、漢と書いて男と読む──。

 

「お待たせ!血糊とー」

「ファンデ持ってきたよ!」

「下地のクリーム、貸してやるよ」

「言われた通り、予備のクラスT持ってきたけど……噂の人、メイクする前からゾンビになってないか」

「大丈夫だぜクロちゃん!マサのやつ、落ち込むと目が虚ろになるからさ!」

「……普段からこの人振り回してるんだな、桜庭」

 

 せめてもの救いは、クロちゃんさんの、憐れみか……おおきに、なんかもう、おおきに。

 

「さーてマサ、逃げんなよ?今からゾンビになるんだからな!」

「もうどうにでもなぁーれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──よし、出来たよ!」

「ぶっ、ふふふ……あっひゃひゃひゃひゃ!!マサのメイク、全然似合ってねーでやんの!!」

「じゃあその撮影をやめーやアホ高麗!!」

「いや、男のゾンビは新しいな。ナイスゾンビ」

 

 メイクを施される事、凡そ10分。得体の知れへんクリームを塗られたり、変なペンで落書きされたり。ああでもないとか、間違えたとか聴こえた時は、初対面やけど思わず睨んだ……その度に『眼光がナイスゾンビ』って、ミカさんが返してくるから、多分……言葉でも通じへん段階にまで来てる気がする。

 

「はは、わりぃわりぃ。あまりにも新鮮すぎてよぉ!」

「後で覚えとけや……!」

「じゃあゾンビ化も済んだし、呼び込み開始!藤岡君、ゾンビっぽく何かやれる?新鮮味ある呼び込みがしたいから、外部からのアイデア希望って事で」

「ゾンビっぽく?何か?」

 

 一先ず、怒るより宣伝する方向へ、脳内を切り替えて……新鮮味、って言われてもなぁ?さっきみたいな呼び込みやなくて、尚且つ俺が思い浮かぶゾンビ像って言えば!

 

「ヴー……アー……ゾォンビきっ──」

「ごめん、やっぱ無し!リアル志向よりも同じ方針でやりたいなー?」

 

 なっちさんから、俺の演技は即却下された。ゲームや映画にあるゾンビは、この喫茶店には合わへんらしい。

 

「バイト中の藤君で良いと思うよ!関西弁で元気出るもん!」

「関西弁ゾンビか……ナイスゾンビ」

「ミカさんはそれで押し切るつもりなん?」

 

 

 かくして、自ら罠に嵌った形とはいえ、広報活動は始まった。普段のバイト通りに、野菜を売るみたいにメニューを売り込みながら、ちょっとだけ校舎を歩き回った。放つ言葉の発音に、振り向く来場者の視線。メイクと然程変わらへん時間を掛けて、宣伝してきた効果を確かめるべく……半熟ゾンビへと踵を返した。

 

 

「さーて成果はっと……おぉ、これは中々」

 

 満席とまではいかなくても、後数組入れば満席、そんな状態にまで持ち直した。宣伝効果なのかはさておき、客足は戻り、俺が来店した時の様な賑わいを取り戻してた。あーよかった!少なくとも、かいた恥は無駄にならんな!

 

「藤君お疲れ様、客足戻ってきたよ!」

「みたいやね、歩き回って良かったわ」

 

 出迎えてくれたんは、小糸さん。接客の合間を縫って話し掛けてくれたけど、注文が入れば、何時でも伺います!って顔に書いてある。健気やなぁ?

 

「お昼時でもないのに、ここまで入れば上出来やろか?」

「きっとね!……お客さんの話をちょっと聴いたんだけど、関西弁のゾンビって新しいよね?だって!」

「台詞だけ聞いたら頭こんがらがるなぁ……」

 

 一先ず、第二陣を迎え入れる任務は完了。ほんの少し挙げられた成果に喜んだのも束の間、時計に目をやると、本来この文化祭に来た理由を思い出した。

 

「っと、あんまり駄弁る時間も無さそうやわ」

「時間?……なるほど、そろそろ──」

「あたしのシフトが空くからな!」

 

 本番30分前に、高麗が厚意でシフトを空けてもらった。そんな話をしてた。その時間で、控え室でリハを通す事も折り込み済み。そっか、いよいよ本番か。自覚する度に動悸が聴こえるわ……。

 

 いすずさんに、昨日電話で助言を求めたら、『私の場合、観客をお野菜に見立てるんよ!大根とか人参とかにね?撮影陣の人達もやよ!結局、ハイラへの怒りで緊張も対策も無くなるんやけどね!』とかなんとか。衆目を集める人のメンタルは違うなぁ?

 

「高麗、調理場はええの?」

「ああ、ミカが仕切るから平気だ!それより早く行こうぜ?なんかワクワクして来ちまった!」

「……そっか、ほんなら行こか」

「いってらっしゃい、二人とも!」

 

 賑わいが戻りつつあるゾンビ喫茶に、後ろ髪を引かれつつ後にする。もし、この後の出番が無かったら、このままゾンビとして給仕してもええんやけど──男に二言はあらへん、生まれて初の舞台なんや、堂々とやったろうやないか!

 

「ふぅー、そっか……今日俺は、ステージに立つんやな」

「ん?事実なんか喋ってどうしたんだよ」

「いーやなんでも。歌詞もリズムも、覚えてるよな?」

「当然!」

「っし、じゃあ……盛り上げに行こか、高麗の文化祭!」

「おう!あたしの歌声で観客全員、魅了してやるぜ!」

 

 ゾンビになっても天真爛漫。隣を歩く実行委員の朗らかな返答に、微かな胸の高鳴りを覚えたまま、野外ステージへ向かう階段を降りた。

 

 

 東京都中央区月島……隅田川の下流に溜まった土砂を埋め立てられて、繁栄してきた下町から通える──喧騒鳴り止まぬ高校で、交わした約束を果たしに来た、ある日の話──この高鳴りも緊張も、全部俺のギターに乗せたろか!




プロット通りに書いたらかなり長くなりそうだったので、ここでまた区切ります……文筆家以来の三分割てす!
それはそれとして、小糸やコマちゃんへの呼び方が判明していない人物がいるので、そこだけは想像で書きました。申し訳ない!ビジュアルに関しては、9巻の時点で出ているので見て下さい!皆可愛いですよ!
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