江戸っ子と浪速っ子   作:コーヒーまめ

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本作にしては、随分長くなってしまった……原作のワンシーンをオリジナル展開へと広げたばかりに……それではどうぞ!


明るい校舎の時は動く そのさん

 

「よし、リハはこんなもんやな」

「だな!って言っても、これまでの通しと変わらねーけどよ」

「んーまぁ、リハってそういうもんやしなぁ」

 

 シフトの空いた相方と、舞台袖の空き教室で、チューニングだったり発声練習だったり。これまでに、遊びの延長線上でやってきたデュエットの再確認。多少緊張感は残るものの、歌詞もコードも飛ばずに一安心。後は野外ステージに、雨が降らんよう祈るだけ。

 

 俺は一息付きたくて……肩から提げてたギターを、ストラップ毎、そっと下ろして。地面にコツンと当たるボディの音が、絡みつく緊張の糸を解してくれた。

 

「ふぅー、カバーバンドとはいえ、人様の前で披露するとは夢にも思わへんかった」

「認可が降りたって伝えたマサの顔、口開きっ放しで面白かったもんなー!」

 

 実際、開いた口が塞がらへんかったのは事実やと思う。単なる自爆というか、自分の首をしめただけの、ステージに立ったるっていう、譲歩宣言。もしあの時、高麗もステージに立てよと言わへんかったら、今頃ソロで……!

 

「中間試験より固まったからなぁ、あの時……っと、そんなん今はええわ。念の為、舞台上がる前に幾つか確認するで」

「よし来た!」

 

 俺自身、人前での演奏は初めてやし、高麗もカラオケ以外で歌った事はない、って言うてた。それでも把握してきた事を、少しづつ振り返る。

 

「ええか、まず俺達はカバーバンドや。オリジナル曲を披露する訳ちゃうし、ノリで勝負すると思ってな?」

「その為に選曲も悩んだしな!」

「パンフの曲目を見た感じ、軽音楽部とか、オリジナルで勝負してる人は体育館に集められてる。こっちには、曲の知名度に惹かれたか、出演者目当てな人が来ると思えばええわ」

「体育館にも、演者目当てで行く人はいるんじゃねーの?」

「それは確かにな?ただ、外のお客さんが立ち寄ってくれたりするのは、こっちの方が多い気がするんよ。知ってる曲だ……って感じで」

 

 控え室に入る前、それからリハの合間。音に惹かれた人達が、足を止めて拍手する姿を見た。元々観てた観客のそれと合わさって、かなりの喝采を得てたと思う。

 

「まぁ俺はともかく……高麗がステージに立つってだけでさ、集まる人達が居てる筈やから。最初はその人達を意識しよか」

「おう!そこは散々宣伝したからな、注目度は引けを取らねーと思うぜ?」

 

 マサの件も含めて申請の時からな!って言われたけど、俺が宣伝材料になるんは、百歩譲って高麗のクラスだけなんよ……そのクラスでも、興味無かったら無駄やしな?

 

「じゃあ、もう一つ……野外ステージって言うても、そんなに大きくない。校舎に近いし、下手したらクラスの賑わいに負けてまう」

「確かに近いけどよー、それは声量で押し返そうぜ?ステージ周りはあたし達が支配した!って言い張れる位に!」

「──せやな、それが一番ええかもな。教室でも体育館でも無い、俺の家とも違う。マイクもあるし、音量は絞るだけ損やと考えよう」

「じゃあMCの段階で声を張らねーとな、そういうのはあたしの得意分野だ!」

 

 雰囲気に呑まれるっていう……少し悩む問題やと思ったけど、さらっと高麗が提示した解法は、根性論。文化祭を盛り上げたいって一心が、結局は一番効果的って訳なんやろうね?悩んだ時、パッと答えを導ける辺りが、高麗の魅力な気がしてる。

 

「頼んだで?客の大半は、高麗の身内やろうからな!それで、最後やねんけど──少し具体的な話や」

 

 具体的というか、これまで暇があれば練習してきた内容やから、あんまり話さんでもええと思ったけど。確認と銘打ったし、一応な?

 

「曲の話なんやけど……2曲目までは、イントロはギターから入るのは分かるよな?」

「そりゃあな、何度も練習してきたし」

「その2曲は俺がリズム作るけど、3曲目は高麗の台詞から入るから、立場が逆になる。舞台の締めに相応しい、アガるリズムを頼むで?2曲目がしっとりしてる分、とびっきりの奴をや!」

 

 緩急をつけた方がいいんじゃね?って提案で、最初は激しく、次に緩やかに、最後は明るく。曲単位でもさる事ながら、流れで心を掴みに行こうぜ──そんな高麗の想いが、セットリストに表れてる。

 

「へへっ、それならちゃんと着いてきてくれよ!ボーっとしてたら置いてくぜ?」

「それだけ言えるなら大丈夫やな!高麗はなんか、気になる事ある?」

「うーん、機材トラブルとかは考えても仕方ねーし。そうだな……どうしても歌詞が飛んだりしたら、ハンドサインでも送るからよー、ちゃんと──あたしを見ててくれよな」

「リハでは大丈夫やったけどなぁ……それなら俺も、コード忘れたらエラい事なるから、足で地面をトントンってやるわ。しっかり聴き取ってや?」

「了解!まぁ、何もねぇのが一番だけどな!」

 

 高麗らしくもない、保険を掛けるような心配事。あれだけ歌詞もリズムも完璧に仕上げてきたのに、それが崩れた時の事なんて──いや、今の高麗は、文化祭を執り仕切る実行委員。そういう不測の事態を念頭に置くのが、その役目なんかな。確かにトラブル起きへんのが一番やけど、そんな時に対処出来てこそ、文化祭が成り立つんやと思う。現に俺の所も、舞台装置の故障とかあったしなぁ。

 

「……そうだ!確認ってか、事後承諾になっちまうけど……さっき休憩が被ってる友達にさ、舞台の録画を頼めたんだよ!小糸やなっちみてーに、持ち場を離れらんねぇ奴の為に見せてやりてーんだ!ネットに載せねぇから許してくれ!な!?」

 

 そんなん、ハンドサインよりも大事な話やん!もっと早く教えてほしかったけど、事情が事情やしな?

 

「そういう事なら、当然かまへんよ。残しても恥ずかしくない活躍見せたろうやないか!」

「そりゃ良かった!それならもう言い残す事は──」

「『コマサすけ』さーん、出番でーす!」

 

 部屋の引き戸を、腕章を着けた人が開けて俺達の出番を知らせに来た。野外ステージの進行をしているであろう、『野外』と書かれた腕章が、シャツの袖に留められていた。

 

「おっ、とうとう来たか!行こうぜマサ!」

「せやな、後は野となれ山となれ……ってな」

 

 ユニット名の『コマサすけ』については、アカネちゃんの発想が先か、ミカさんの呼び方が先か、ちょっと議論したいけど……そんな事より、高麗の文化祭を盛り上げたい!そんな想いを叶える為、身体にストラップを掛けて、控え室を二人で出た。すぐ側に舞台袖があるから、徒歩数秒みたいなもんやけど。遠回りでもしたんかと錯覚する程の、長い体感時間の中で。

 

 

「なぁ、マサ」

「うん?」

「いや、呼んでみただけだぜ──あたし達の文化祭、一緒に盛り上げてくれよ!」

「任しとき。ステージも、ゾンビ喫茶やって盛り上げたる!」

 

 

 ゾンビメイクで、意思を新たに示してから、『コマサすけのお二人でーす!』と壇上へ引き込む声に引かれ、意気揚々と衆目に姿を晒した。先陣は、勿論高麗が。袖から顔を見せた途端、お隣さんを呼ぶ黄色い悲鳴が轟いて、こっちでもイケメンを振り撒いてきたのが伝わってくる。

 

「みんなー!来場者の皆さんもウチの生徒も文化祭に、このステージに来てくれてありがとなーっ!」

 

 開口一番に、歓声に負けてへん挨拶が、ステージ前の観衆を包み込む。伊達に得意分野とは名乗ってへんな、流石やで!

 

「今日はよぉ、実行委員としての肩書き以上に、あたし……桜庭高麗は、文化祭の盛り上がりに貢献したい。そんな気持ちで此処に立ってる!」

 

 元はと言えば、罪滅ぼし的な理由やったりするけど……こんな場所で話すのも野暮やし、それ位の美化はかまへんかまへん!そんな進行を聴き流しつつ、用意された椅子に座り、マイクスタンドの高さを弄った。ギターが一番、音を拾える様な高さへ。

 

「そんな気持ちに賛同してくれて、今日この時間この舞台に、あたしの隣で、一緒に盛り上げてくれる奴がそこにいるんだ──紹介するぜ、ギターの藤岡雅!」

 

 そういえば、何時俺を紹介するのか聞いてへんかった……そんな衝撃で、軽く鳴らして音響を確かめようとした手元が止まる。ありきたりなんは会釈とか、手を振るとか。でも、祭である以上、少し芽生えた高揚感が、俺をそうはさせへんかった。

 

「──みなさん、まいど!今紹介してもらった、大阪出身、藤岡雅って言います!この実行委員に無理矢理引っ張って来られましたけど、盛り上げたい気持ちはホンマもんです!よろしゅう頼みます!」

 

 無理矢理じゃねーよ!なんてボーカルのツッコミを無視して、コードを抑え、アコギのボディをグーの掌で叩き、同時に開いた手の爪で弦を弾いて。その爪で上下に引っ掻き、指板を振り抜く様に叩く。抑えるコードを変えながら、ただ只管に速く、かき鳴らした。

 

 本番は副旋律として、単なるストロークだけに留めるけど……そこまでして初めて、こっちにも歓声が湧いた。高麗への協力者から、初めて藤岡雅として認められた瞬間やった。文化祭効果は偉大やわぁ!

 

「ったくよー……それじゃあ早速行くぜ!1曲目は……みんなも知ってる、こいつだ!!」

 

 ボーカルの雄叫びを合図に、出だしから、感情に任せて弦を引っ掻く……1曲目。この曲は、曲調は激しいながらも、他人に自分の人生を委ねんなよ?お前が居なくなって万歳三唱する馬鹿野郎に、左右される様な人生は送るな。そんなメッセージが込められてる。この曲は、完全に俺からの選出なんやけど、ウチの学校にも刺さるやつがいるかもな!なんて理由で曲目入りした応援歌。

 

 その意思も、歌詞のメッセージ性も、高麗は感じ取ってくれたみたい。腹の底から絞り出すような歌声は、マイクからスピーカーへ、スピーカーから聴衆へ、通りすがる来客も、遠目に見ても視線を奪われる程……引き込む引力を生んどった。練習もリハも、まだ本気出してなかったんか高麗は!?その証拠に、このステージの観客は、リズムに合わせてタオルを振り回し、飛び跳ねて。なぁ、歌手としてやれるんと違う?高麗ってさ。

 

 そういえば、大御所とも言える歌手が、その歌をカバーしてたのを思い出した。まるで自分の歌だぞ?と言わんばかりの迫力で、セルフカバー曲として、そっちも負けず劣らずの人気を博してて。今の高麗も、音程こそ変えてるけど、この空間だけで言うたら……お前のオリジナルと言い張っても遜色無い、俺が保証したるわ!

 

 その曲がサビに入る頃、ふと、高麗が俺へと視線を向けてきた。まさか、ハンドサインか?トラブルか?そう思ったら……片目を瞑り、白い歯を煌かせるウインクを。そうか、そうきたか。それやったら、俺もギアを上げてくか!心無しか、ボディを叩き、ストロークの手数を増やして──俺は1曲目からフルスロットル。メイクが落ちたか気にする間もなく、アウトロの余韻まで鳴らしきった。

 

「ふぅ……」

「お前らー!ありがとなーっ!」

 

 アウトロの余韻が鳴り止んだ瞬間、横隔膜を意識する程に深い息を吐いた。武道で言う、残心とかいうやつ。そんな残心を余所に、ボーカルは場を一緒に熱くしてくれた、観客への礼を欠かさへんかった。それに呼応する観客……今この文化祭では、一番輝いてるで高麗?

 

 小休止がてら、一息入れるボーカル。次の曲は、今日のセットリストでは一番大人しいけど、このまま突っ走るのも良くないし、少しだけ。周りに聴こえへん様にボソボソと。

 

 

「……高麗、高麗」

「どうしたマサ?トラブったか?」

「いいや、ナイスボーカル。次も喉、いけるか?」

「上等だぜ!マサも良く弾ききったな!」

「よし、それなら……やるで、最後まで!」

 

 

 円陣というには、人が足りなさ過ぎるけど。お互いに、最後まで演りきるつもりは満々、気力十分。その波に乗ったまま、次の曲を響かせて──。ゾンビ喫茶もあるんやし、文化祭が終わるまでへばるなよ、高麗!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──高麗、よう歌いきったな」

「サンキュー……なんかやりきった感がスゲー出てるぜ……」

 

 無事というかなんというか、直前に決めたハンドサインに頼る事もなく、曲目の全てをやりきった。舞台袖から下りた途端、お互いに深く息を吐いたのを見て、それがなんだか可笑しくて。顔を向け合い、笑いあった。

 

「俺としても、昔からの約束を果たせた感がさ、こう、達成感となってやって来てさぁ……高麗、ここって食堂とかある?自販機もあったら尚良しって気分やねんけど」

「んー、自販機も食堂もあるけどよ……」

 

 自分の休憩と、朝から動き回ってた高麗への労いも兼ねて、ジュースの一本でも奢りたかった。ステージに勢いで立たされた事に関して、どう思ってるかは知らんけど……高麗なりの誠意で応えてくれたのは、紛れもない事実やから。

 

「休憩したいんなら、一階の『くまグマ喫茶』に行ってみないか?一度行ってみたかったんだ!可愛いし!」

「ああ、なんかメイド喫茶風でやってたあれか……二人で行けば怖くないな」

「別にホラー系じゃねーぞあそこ?」

 

 あの喫茶店は俺からすれば、下手なホラーよりもホラーというか。なんならゾンビよりも人の体を成してるだけ、恐怖が増大してる。年上な挙げ句、知ってる人居らんしな!未知なる世界って怖いやん?

 

「まっ、マサが行きたくねーってんなら止めとくか。休憩時間も終わっちまうし」

「行きたくないとまでは……ちょっと立ち寄る位やったら、セーフやないか?」

「元々リハも含めて、みんなが空けてくれたシフトだしなー。頃合いって奴だ」

 

 随分とまぁ、ハードスケジュールな事で……原因の一端を担った俺が言うのもなんやけど、もう少し休んでも、バチは当たらへん気がするけどなぁ。それだけ、文化祭への思い入れが強いんかな?

 

「ほんなら高麗が休むのは?」

「文化祭が終わってからだぜ!」

「……そっか。それなら俺も、終わるまで付き合うわ」

「無茶すんなよ?マサは本来、お客様なんだからな!」

 

 無茶してるんは、高麗の方やと思うんやけどね?そんな想いを抱えたまま、俺達は半熟ゾンビへと戻っていった。

 

「さてと、客足は……スゲー!満席じゃん!」

 

 袖に捌けようとする前、クラスTシャツを引っ張りながら、聴衆にゾンビ喫茶の宣伝をしてた。『もし良かったら、クラスの出し物にも来てくださーい!二階であたし達みたいなゾンビがいまーす!それが目印でーす!』って。飾り気の無い、真正面からの呼び込み。それが功を奏したのか、中々の行列が出来る程。

 

「良かったなぁ高麗、宣伝効果バッチリやん!」

「おう!マサがいてくれたお蔭だ!」

「あ、コマっち!藤岡君!戻ってきてくれたんだ!」

「なっち、今戻ったぜ!言ってた録画は頼めたから、今度観ような!」

「勿論だよー!」

 

 舞台上での宣伝効果を肌で感じてた最中。給仕を務めてたなっちさんが、慌ただしさを隠す事も無く、俺達を出迎えてくれた。戻ってきてくれたんだ!とも言う位やし、てんやわんやって感じやな!

 

「今はそれよりコマっち、戻って来て直ぐにごめん!持ち場に戻ってくれると助かるかも!」

「当然だ、その為に直行したからな。マサ、また後で!」

 

 ライブ直後の深呼吸とか、疲労は何処へ霧散したのか。返事を返すよりも先に、調理場へと姿を消した。切り替えが速いってのは、羨ましい限りやねぇ……。

 

 そんなひたむきなお隣さんに、影響を受けたのか、親切心かは分からへん。元々出番が済んだら、帰る予定やった。そんな文化祭に、俺なりの愛着が湧いたらしい。

 

「なっちさん、俺も伝票借りてもええかな」

「伝票……良いの?ステージの後に帰るって聞いてたけど……」

「メイクはそのまんまやし、呼び込みは十分やと思うから、俺も接客に周るわ!バイトで接客も経験してるし、忙しいのを放っとかれへんからな!」

「助かるよー!すぐ持ってくるね!」

 

 文化祭に残って、俺もゾンビの一員として、接客へと周る事に決めた。忙しさが楽しさに変わるこの瞬間は、今日でもないと味わわれへん。お節介は趣味やないとは思ってたけど、演目に組まれた時点で後の祭りやし……こういう騒々しさも、悪くないかな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 短針も長針も正午を周り、ランチタイムに入っても尚、賑わいが衰えないゾンビ喫茶。そんな様相がずっと続くもんやと、注文を取ったり、運んだりしてた時は思ってた。それがふと気付いたら、行列を作る人は勿論、談笑するお客さんまで姿を消して。高麗と小糸さんの教室には……ただゾンビが徘徊するだけ、閑古鳥が鳴く世界へと変貌を遂げていた。

 

「あれ?客足が途絶えちゃったねー」

「さっきまで満席だったのに……」

「なっちさん小糸さん、こういう時は、他所に客取られてるパターンやで」

「他所か……マサすけ、一通り周ってきたらしいけど、心当たりはあるか?」

 

 調理場の主から、進言を求められた。完全に主観も入り混じる、部外者の立場で言わせて貰えるなら、心当たりは一つだけ。

 

「喫茶店って部分も似てるし、取られてるとしたら、一階の『くまグマ喫茶』やないかな?」

「やっぱりそこかよ!ちくしょー、ついでに行けば良かったぜ!」

「それなら偵察がてら行ってみようよ、コマちゃん!私も行きたーい!」

「おいコイコマ、楽しんでるのは良いけどさ……最優秀賞目指すの忘れてるだろ」

「「忘れてた!!」」

 

 この二人、月島では当然ながら、学校でもこんなノリなんや……目先の楽しさに心奪われて、奪い返して。小糸さんはともかく、さっきのライブで魅せてきた、あの桜庭高麗は何処行ったんや?イケメンを振り撒けるのも、制限時間があるって訳なんか……?

 

「お……お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃーん!!」

「この声……小柚子ちゃん?」

 

 そんな折に、小金井家の末っ子がゾンビの彷徨う教室に。そういえば昨日……小柚子ちゃんが、エルダと文化祭に行くっていう、約束を交わす場面に出くわした。それにしては、姉の学校へ遊びに来ただけやのに、鬼気迫る呼び声というか……助けを求める様な……?

 

「あー!小柚子ちゃんだー」

「いらっしゃい小柚子!どうどう?ウチのゾンビ喫茶!」

「うん、凄く怖くて良いと思う!」

 

 ベージュのワンピースに、袖無しのベスト、ワンポイントの入ったポーチ。お出掛けに相応しい、小柚子ちゃんらしい格好。そんな愛嬌振り撒く外見に似つかわしくない、涙を目尻に浮かべてた……誰や?誰がこの娘を泣かせたんや!?

 

 

「じゃなくて!エルダ様がいなくなっちゃったの!」

「え!?エルダが!?」

 

 

 うん、良くはないけど、良かった。泣かせた原因が、何時もの神様のそれやから、心配したような事態は起こってなくて。それはそれとして、エルダはもう、ヨルデちゃんの迷子を窘められへん様になった訳ですが……。

 

「小柚子ちゃん、菊次郎さんの車で来たんやっけ?途中まで一緒やった?」

「うん……校舎の地図を見つけたんだけど、そこから──」

 

 経緯とか、逸れた状況を聞いてる最中に、それは聴こえた。校内放送を利用した、高麗とは違う実行委員を名乗る声。

 

 

『実行委員会よりお知らせです。月島よりお越しの──ごさいじん?様が、迷子になっております。特徴は背が高く、頭巾を被って、耳が……ええっと……とても立派?です──お心当たりのある方は、一階の案内所まで、お越しください』

 

 

「……見つかったね、エルダ」

「う、うん……」

「なんやろ、身内の事の様に恥ずかしくなってきたわ……」

 

 淡々とした中に混ざる、困惑を隠せていない委員さんの声に、ただただ申し訳無いと謝り倒した。小柚子ちゃんに監督責任なんて問われへんし、寧ろエルダが、小柚子ちゃんを見守るべき歳の差やし……面倒くささがエルフの中では断トツと、初めて称した人は、見る目があったんやな?

 

「え?小糸んちの神様来てるの?そして迷子なの?」

「どうせパニクってるぜ、早く行ってやれ、小糸」

「みんな、ほんとごめん……」

 

 小金井の姉妹は、621歳児の迷子を迎えに、教室からすごすごと立ち去った。東のエルダ対西のヨルデちゃん対決は、東が一歩下がって、西にリードを与える事となってしまった。いやこれ、リードもへったくれもあらへんわ……。

 

「ハァ〜……個人的一大イベントが終わったと思ったらこれや、なんだかなぁ」

「良いじゃねーかマサ、なんだかんだ言って何時も楽しんでるし」

「それ桜庭の台詞かよ」

「クロちゃんさん、もっと言うてやって」

「……『ちゃん』か『さん』のどっちかで頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがウチの御祭神、高耳昆売命だよ〜!」

「み、巫女がいつもお世話になっております……」

 

 自力か他力か……迷子センターに辿り着いたエルダは、何故か、本当に何故か、参拝される程の人だかりを作ってたらしい。聞いた限りやと、奉納までされてたとか。高耳神社の支部は、こんな所にあったんやねぇ──神社に支部とかあるんか?

 

「こちらは日野真夏ちゃん、志村水鏡ちゃん、黒川ひかりちゃん!」

「なっちって呼んでね、高耳様!」

「身長高いっスね」

「たまに参拝──行ってます」

 

 この場に居合わせたクラスメイトに、神様を紹介する巫女さん。冷静に考えて、神様を友達に紹介するってとんでもないな?これが、ユーザーフレンドリーってやつか!

 

「こ、コマちゃんとマサは知ってるぞ!」

「フフン、まあエルダ様の事ならあたしに聞け!って感じ」

「なんでコマすけが後方彼氏面してんだ」

「威張るより先にやる事あるやろ……」

 

 どこに対抗意識燃やしてるんや、こいつ……そんな事より、三人の言い分を信用するなら、この半熟ゾンビに、客足が遠のいてた原因は……エルダの存在そのもの。

 

「お客さん、全然来ねーと思ったら、エルダ様に参拝してたのか」

「な、なんかごめん……」

「まぁまぁ。その理屈やと、他の店も客減ってると思うで?」

「だとしても、ぜーんぜん客足戻らんな〜」

 

 ミカさんの言う通り、確かに客足が戻ってへん。神様は姿を消したのに、未だに参拝してる人が居る事になってしまう。信心深いのはかまへんけど、参拝なら後で、高耳神社で済ましてもらって……。

 

「あ、クマさんの喫茶店、凄い行列だったよ!」

「そう!一階に教室があると強いよね〜」

 

 ライブ終わりに教室の横を通ったけど、確かに行列が出来とった。俺と高麗がやった宣伝以上に、お客さんを惹きつける魅力があるらしい。ゾンビとくまさん、どっちが優勢かと言われたら……なぁ?

 

「うーん、どうすれば客足が戻るんだろう」

「エルダ様ー、なんかいいアイディアねーの?」

「そ、そうだな……じゃあ、飴売り作戦はどうだ?」

「あめうり?」

 

 飴売り……江戸時代、往来には沢山の飴を売る商人がいて、他所より目立つ為に、女装したり、狐の格好をしたり、芝居めいた売り方をしたり。色んな趣向で、飴を売り歩いたんやとか。

 

「それ、ゾンビ喫茶と変わらなくない?」

「エルダ、今俺もやらされてるでその作戦」

「じ、じゃあ一体どうすれば……」

「いや、ひとつだけ手はある──それも、他のクラスじゃ絶対出来ない奥の手がな」

「コマちゃん、奥の手って……!?」

 

 エルダ、逃げろ。巻き込まれたく無かったら逃げろ!高麗の提案を聞いたが最後、エルダは此処から逃れられなく……!

 

 

「エルダ様がゾンビになって呼び込みをする!!」

「「「そ、それだー!」」」

 

 

 時既に遅し。女子達のその場のノリで立案された作戦は、エルダの耳が拾ってしまった。いや小糸さんの後ろに隠れて、逃げようともしてなかったけどな?拾うどころか直撃やわ!

 

「いやいや!エルダに呼び込みは無理だって!」

「何言ってんだコイすけ、ウチはマサすけという前例が出来ただろ」

「色々慣れてる関西人と御祭神を同列に語らないで!」

「エルダ様の心が死んじゃうよー!」

 

 小糸さん。その色々ってのは、エルダ関連か?それとも高麗関連か?どっちも慣れた覚えはあらへんで?それにな、俺の心はな、メイクの時点で一回死んでるんやで?こういうのは慣れやなくて、諦めって言うんよ。

 

 

「い、いや……私のせいで客足を遠のかせてしまったんだ──私、立派なゾンビになってみせるよ!」

「エルダ……!」

「エルダ様……!」

「ありがと高耳様、じゃあ早速メイクしよー!」

 

 

 巫女の為、そのクラスの為、決意を表明したその直後……お礼はあっさりと終わらせて、神様に化粧を施そうとする女、なっちさん。このサバサバ具合、知り合いには居なかったタイプ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここをこうして……よっしゃ完成ー!」

「こんな美しいゾンビがいるかー!!!」

 

 久しく見てへんかった、悲しきカメラモンスターがシャッターを切り出した。そのモンスターの言う通り、ゾンビという枠組みの中でも、女性っていう枠組みの中でも、美しいという言葉以外思いつかへん程の美人。外見だけ見たら、確かに様付けしたくなるよなぁ?

 

「小糸、声に出てるぜ」

「ほら、エルダも鏡で見てみなよ!」

「き、気絶するから止めとく……」

「自分の顔やで?」

「じ、自分だからだよ!」

 

 それもそうか……ゾンビになってるのを自覚した時程、怖いもんは無いよな。ゾンビを主役にした映画で、そういうシチュエーションがあった気がするわ……待てよ?そういや俺は、俺のゾンビ顔をまだ見てへんで?

 

「小柚子ちゃんは?ゾンビメイクする?」

「駄目だよ藤岡君!小柚子ちゃんだけは、そのままが一番!」

「よーし……エルダ様のゾンビ化も済んだし、半熟ゾンビ再開だぜー!」

 

 こうして、エルダという名のゾンビが、小柚子ちゃんの背後に隠れて軒先に立ち、看板を手に呼び込みをする事で……満員御礼。ゾンビが経営する喫茶店は、客足をどんどん伸ばし──文化祭が終わるまで……そして、最後のお客さんがお会計を済ませるまで、賑わいが絶える事は無かった。普段は自堕落を決め込むエルダの本気、恐れいったわ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『只今3時を持ちまして、翠光祭は終了いたしました!』

「おつかれ〜〜!!!」

 

 文化祭終了を知らせる校内放送と共に、ワッと勝鬨が轟く校舎。それは責任からの開放か、クラス一丸となってやりきった達成感か、各々で感動を分かち合う場面が。色々と、巻き込まれすぎた一日やったなぁ。

 

「やーっと終わったで……俺んとこの文化祭よりしんどかったわ……」

「お疲れ、マサ!ゾンビ喫茶も手伝ってくれてありがとな?」

「おおきに、小柚子ちゃんとエルダにも言うときや?」

「勿論だぜ!」

 

 朝から視線に耐えて、それからゾンビになり広報を務め、舞台に立って、捌けた後は給仕活動。俺の月島生活史上、最も長い休日は、やっと終わりを迎えられた。良く言えば充実、悪く言うたら波乱……とりあえず明日は、ゆったりとした休日を、過ごしたいもんやねぇ?

 

「ところで高麗、お前の本懐はまだやんな?」

 

 高麗の本懐……それはこのクラスの本懐でもあるらしい。最優秀賞を、実行委員を務める程に頑張ってきた、同級生に獲らせてあげたい。その一心で、ゾンビは働き続けてきたんやから。

 

「ああ、文化祭終了と同時に投票を締め切るからな。そろそろ──」

 

 

『それでは、最優秀賞の発表です』

 

 

「来た!」

 

 その一言を皮切りに、歓喜の場から一転、全員が固唾を呑んで、集計結果の発表を待ち出した。誰かの唾を呑み込む音すらも耳に残る程に、皆が教室のスピーカーを見守った。

 

『え〜〜っと……え……?こんなクラス企画、あったっけ?まあいいや。最優秀賞は──』

 

 あったっけ?まあいいや?どんな学校も、出し物なんて、委員会に通して許可が下りると思うんやけど……?

 

 

『高耳昆売命さま……?でした!おめでとうございま──す!』

「えっ、わ、私!?なんで私……!?」

 

 

 エルダの堅苦しい方の名前を読み上げた後……無情にも、ブツッと切れた校内放送を前に、ただ立ち尽くすゾンビ達。どうやらこの学校は、エルダが200年引き籠もるって枷をして出てきた時点で、乗っ取られる運命にあったらしい。

 

 いやパンフが投票用紙になってるとか言うてたよな!?集計方法どないなってんねん!?百歩譲って自由記入やったとしても、これじゃあ、どう考えたって……!

 

「もー!なんでエルダが最優秀賞獲っちゃうの!?これ絶対氏子さんの組織票じゃん!コマちゃんに獲らせてあげたかったのに!」

「な、なんかごめん……」

 

 そう、組織票。月島以外からも沢山来場者が居た筈の文化祭……にも関わらず、エルダが掻っ攫った名誉。神様が降臨すると知った月島住民の仕業か、初見で魅入られた人達が、新たに氏子さんになったのか──なんにせよ、神社の支部を建てられた時点で、ゾンビもクマさん喫茶も、敵う道理は無かったらしい。少しだけ、俺から少しだけ言わせて?

 

「──俺がゾンビメイクで舞台に立った意味は!?」

「ぷっ……あひゃひゃひゃひゃっ!!なんでエルダ様が獲ってんだよ!!」

 

 俺の嘆きに、思わず吹き出したらしい、実行委員兼ボーカル兼ゾンビ兼本日の立役者……に、なる予定やった高麗。それに釣られて、クラス中から溢れる笑い声。教室の外からも笑い声が聴こえて来てる……でもよく見たら、クロさんは笑っても──いや、口角が微妙に上がってる……笑顔やわ!

 

「ひー笑った!ここまで清々しいと思わず笑っちまうもんだな!」

「高麗はええんか?エルダに掻っ攫われたで、最優秀賞」

「んー確かに悔しいけど、あたしは楽しかったぜ?実行委員めんどくせーって思ってた時も、手品喫茶がボツになった時も、全部な!」

「──そっか。当の本人がそう言うなら、まぁ」

「マサと練習を重ねてた事が、一番楽しかったりしたからさ──これからも頼むぜ!」

「せめて年一程度で抑えてな!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高麗の所の文化祭、片付けまでも流れで手伝って……太陽が夕日に姿を変える頃。高耳神社組は、御祭神のメンタルが保たなくなったからと先にいなくなり、文化祭の帰路は、俺と高麗の二人だけ。普段は分かれ道まではご一緒してたから、ちょっと新鮮な雰囲気やった。

 

「ほら、高麗。コーラでええか?」

「おーマサ、ありがてぇ……」

 

 祭の興奮冷めやらぬって心情から、寄り道を提案されて、数ある公園の一つへ寄り道。普段は住宅街に囲まれて子供の多い場所、そんな公園の、小さな子供一人居ない……静かな空間。

 

「高麗、さっきから平気か?腑抜けた空返事ばっかで、お前らしくないで?」

「そうか〜?そうでもねーと……思うぜ……」

「これは、完全に」

 

 燃え尽きてんな、これは。実行委員への立候補から、数々の打ち合わせにゾンビ喫茶に至るまで。当然いざこざも生じてたやろうし、おまけに自らによるライブ出演。見せてへんだけで、心労も体力も、高麗ですら抱えきれへん負荷があったに違いない。

 

「っプハー、茜ぇって、こんな時にお酒呑んでんのかな……」

「アカネちゃんは、休みでも常時服用してる気がするけど」

「まーあんな風には……なりたくねーな……」

 

 そこまで聞いて、俺も初めてお茶を開けて飲んだ。これまでのリハ以上に酷使した指は、自覚も無かった位に俺から握力を奪ってて。ペットボトルですら、難敵と相対した感覚に陥った。

 

「なぁマサ……ちょっと頼まれてくれねーか?」

「せやなぁ、出来る範囲で良かったら」

「わりぃけどよ……肩か膝でも貸してくれよ……さっきから疲れたし、眠いし」

 

 高麗を知る人間やったら、全員が察せる程の、覇気の無さ。気にかけてへんかっただけで、アドレナリンが切れた。多分そう。きっとそう。そんなヘトヘトになった、お隣さんに出来る事は、思いつく限りただ一つ。

 

「家まで我慢した方が良さそうやけど──寝やすそうな方、使いーや。今だけの仮眠所やで」

「サンキュ……じゃあ、おやすみぃー……」

 

 そう言うと、肩に頭がのし掛かり、数分で寝息を立て出した。こんな時、俺は気の利いた返しの出来へん口下手や。それでも、ありきたりやとしても……聴こえてへんであろう一言を、高麗に向かって呟いた。

 

 

「お疲れさん、高麗。これまでも今日も、よう頑張ったなぁ」

 

 

 東京都中央区月島……隅田川の下流に溜まった土砂を埋め立てられて、繁栄してきた下町から通える──高麗の想いが詰まった文化祭に、交わした約束を果たしに来た……そんな、長かった一日の話。




原作の文化祭編をうけて、暖めていたオリジナル文化祭編を全部没にした甲斐があった……そんなお話でした!

それではまた。多分次回は、いつも通りのんびりしたお話になると思います。
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