江戸っ子と浪速っ子   作:コーヒーまめ

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江戸前エルフが好きな理由でもある、日常のお話。


げんかつぎモーニング

 

「マサー起きてるかー、早く行こうぜー」

「悪い悪い、今行くわ」

 

 お隣さんの朝は早い。学校が徒歩十数分という好立地であるにもかかわらず、登下校のお供に俺を加えようと玄関の戸を叩いたり、スマホで起床を促してくる。

 元々小糸さんが社務で早起きやから、それに合わせてるって説に一票入れてるけど、それでもその人付き合いの良さ、俺は見習いたい。出来るかどうかは別にして。

 

「おはよう高麗、そっち実力テストあるんやろ?やったら別に迎えに来んでもええんやで」

「おーっすマサ!寧ろ実力テストだからだろ?普段の学力を確かめるってんなら、普段通りに過ごさねーとな!」

「そーやった、お前はそれで成績上位なタイプやったわ」

 

 桜庭高麗っていう存在がどんなもんか、改めて確かめながら靴紐を軽く結ぶ。普通の学生にとっての悩みの種が育たへん土壌を羨む時期は、とうの昔に置いてきた。天才には天才の、凡人には凡人の悩みってもんがあるからな。

 

「まぁ、こっちはこっちで試験あるしなぁ……っし!高麗、ちょっとだけ時間貰ってええかな?折角朝早いんやし、験担ぎしようや」

「勿論だぜ!で、何するんだよ」

「コンビニで朝からアイスを買う、当たればラッキー外れても糖分補給になる。一石二鳥の験担ぎや!」

 

 甘言に乗せられて、高麗の目は差し込みつつある日差しより眩しく光り輝いた。

 

「いいなー!あたしもその験担ぎやりてー!」

「心配せんでもええ、当たれば高麗の分もタダになるからな」

「頼んだぜマサ、そのアイスであたしもアタリを引けば!」

「当たったアイスで更にアタリを?……そこまで発想が及ばんかった、やるなぁ高麗?」

「そうと決まれば善は急げだ、行こうぜコンビニへ!」

 

 

 東京都中央区月島──土砂が埋め立てられて繁栄してきたその街で、江戸と浪速が織りなしていく、そんなお話。今日はその一日の善し悪しを委ねる、験担ぎの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに判子捺したらええの?」

「うん!藤君良い感じ!」

「す、擦りつけるというより、軽く置く感じでな?」

 

 験担ぎを済ませ、試験当日を乗り越えたその日。アルバイトという形で御朱印の書き置き作りを手伝いに来た。菊次郎さんや小糸さんが手書きでしたためるそれは、神社側がその場で書いて渡す。

 けれども多忙を極めてると筆を執る暇もあらへんから、こんな風に先んじて作り置きするんやとか。食品やないからこそ成せる技やね!

 

「ほいっ、と。なんか神職でもないのにこんなん作るとなると、ちょっと申し訳ないなぁ」

「大丈夫だよ、爺ちゃんも公認で頼んだんだし!」

「ま、まあまあ……この私が監修してる上に、普段から神社に入り浸ってるだろ?もう実質神職と変わらないじゃないか、マサ」

「その事実に氏子さんがなんて言うかなぁ」

 

 一員として認められてる事実に悪い気はせぇへんかったけど、御利益も無い大阪人の捺した朱印。有難みがあるとは思われへん、エルダ自身の言う『私、御利益無いけどな!』とは違うベクトルの話でして。

 

「まぁそのなんや、これは職場見学やと思ってやってるけどさ、御朱印だけやなくて御守りに、破魔矢に。単なるルーティーンとは思われへんわ」

「そうなの!ローティーンの枠には収まらないんだよ!エルダが引きこもるからいっつも私か爺ちゃんが──」

 

 おーっと始まったで、小糸さんの愚痴モード。毎日エルダのだらしなさに触れざるを得ない都合上、ガス抜きは必須。こうでもしないと巫女がパンクして、神様が野良に解き放たれてしまうからな。

 小糸さんが見捨てたら、エルダの世話って誰がするんやろな?

 

「こ、小糸、今朝から思ってたんだが……ろーてぃーんじゃなくて、ルーティーンだよな?」

「大体拝殿で──え?私そう言わなかった?」

「毎朝あんな事してるの……?」

「毎朝?なんの話よ」

「じ、実は……」

 

 自分の世界に入り込む程ではないらしく、問いかけを拾った小糸さんの愚痴が止まった。あまりにも愚痴が止まらへんから聴き流してたけど、小糸さんがカタカナを喋ってた衝撃は、グレーのシャツに染みる雨水の如く効いて来た。

 

「今日は実力テストがあってね、あるストレッチをしてからテストを受けたら良い点取れたの!」

「ほーん、どんなストレッチなん?」

「駄目駄目、テスト前の特別なやつだから今はしないよ?」

「さいですか……」

「あれストレッチだったのか……でもそういう話なら、ルーティーンじゃなくて験担ぎだな」

 

 ストレッチの内容は社外秘らしいけど、エルダ曰くストレッチですらない何からしい。どないしよ、ちょっと気になる。それはそれとして、小糸さんの間違いは矯正せなアカンけど。

 

「同じじゃないの?」

「うん、モーニングルーティーンは朝の日課を決めて効率化する事だろ?」

「あれやね、朝にラジオ体操するみたいな感じやな」

「それに近いと言えば近いな……一方験担ぎはだな、良い結果が出た事を真似して吉兆にするんだ」

「ああ、縁起物みたいな!」

 

 今朝のアイスも験担ぎと称して買ったから、縁起物になるんやろか?結局外れたから、結局高麗の分も奢ってやったし。そっちも外れたから、アイスの包みは何事も無かったかの様にゴミ箱にぶち込まれた。

 

「そうそう、元々は『縁起を担ぐ』って言ってたんだよ。でも逆さ言葉で『起縁』になって、『ぎえん』が徐々に『げん』となっていったんだ」

「逆さ言葉?何それ」

「聞いてる限りやと、下から読んでも同じになる回文、みたいな?」

「それは文全体だけど、逆さ言葉は……」

 

 江戸時代、言葉を逆から読むのが流行った事があったらしい。『新しい』は元々『あらたしい』やったけど、逆さ言葉で『あたらしい』と言われたり。『だらしない』も元を辿れば自堕落から来た『しだらない』、なんやとか。言うほど逆さかなぁそれ?

 

「へー!逆さ言葉が正式な言葉になったんだ!」

「なんやろな、駄洒落めいた物を感じるわ」

「まあ言葉遊びみたいな物だしな……祝詞もそうだが、昔から言葉には力が宿る『言霊』、って考えがあるんだよ。ネガティブな言葉を口に出すと現実になるっていうさ」

「じゃああれ──」

 

 一瞬頭をよぎったんは、電車内で腹痛に襲われた時の事。漏らさへん漏らさへん……と念仏を唱えながら次の駅まで、そしてトイレまで歩いた苦い思い出が浮かんできた。走ると衝撃が伝わって逆に危ないから、脂汗と共に歩いて駆け込んだ。

 『じゃあこれも言霊やんなぁ!』なんて異性との話題に持ち込むには、品があらへんと思って踏み留まった。

 

「あれ?」

「──ああいや、続けてエルダ」

「そ、そうか?……例えば、猿は『去る』を連想させるから縁起が悪い、だから『得手』と呼んで験を担ごう!となったりしたんだ」

「成る程成る程、エテ公ってそこから来てたんか。へー」

 

 ナイスセーブ、俺。口の硬さを見せつけていこうな。

 

「スルメをあたりめって呼ぶのとか?」

「そうそう、スルメはお金をスルから『あたりめ』って呼んだんだ」

「エルダもなんかやったりするん?験担ぎ」

「ヨルデとの駄洒落対決の時とか、『エルフに勝つ!』でLサイズのカツ丼を食べる!」

「発想が人類と一緒や!」

「その験担ぎ、エルダも負けるじゃん……てかまだやってたんだね、駄洒落対決」

「あと食玩はオタマジャイロ七連発を思い出して開封してる」

「やめなよそんな悲しい験担ぎ!!」

 

 ドヤ顔でエルダ流の験担ぎを披露してくれたけど、それ人類も皆やってる奴なんよ。もうちょっとこう、エルフらしい魔法的な験担ぎを聞いてみたかったなぁ……?

 

「ハイラなんかは、昔からギャンブルですらない様に験担ぎをしてるけどな……すり身の事は『あたり身』って呼ぶし、すり鉢も『あたり鉢』って呼ぶし」

「中毒通り越して禁断症状出てへんそれ?」

「麗耳神社は大晦日に年越しでカウントダウンをするらしいんだけど、スリー、で必ず耳を塞ぐから失敗してばっかりなんだって」

「ハイラ様は一度、パンニャ様に怒られた方が良いと思う」

「その前にいすずさんにキレられてそうやけどね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言霊、ねぇ」

 

 言葉に力が宿る。その言い分は聞いてる側としても最もな話で、キツく発すれば相手を消耗させてしまうし、優しく紡げば安心させられる。

 ちょっと違うかもしれへんけど、こっちで関西弁を使ってると優しいとも怖いとも言われるから、加減が分からなくなるんよね。

 

「その言霊って言えばさ、コマちゃんって口は悪いけど、愚痴とか悪口言わないんだよね」

「言われてみれば……まだ野暮な所あるけど、話してても悪い気はせぇへんよな」

「でしょ?相棒はそういう所が良いんだよ!」

 

 付き合いの長い小糸さんからの太鼓判は、俺にも刺さる物があった。

 浮かんだ文言をそのまま口に出すから勘ぐらんでええし、褒め言葉も面と向かって浴びせて来るから、聞いてて気持ちがええんよね!高麗自身が太陽みたいに思えるのもまぁ納得やわ!……その分、否定する時も遠慮ないけどな?小糸さんのファッション周りとか。

 

「確かにネガティブな言葉は、聞いてても落ち込んだりするしな……」

「結婚式じゃ、別れを連想させる言葉は禁句だったりするもんね!今度神前式の予約が入ってるから、気をつけなきゃな〜」

 

 神前式って言えば、和服でやる結婚式の事やったかな。ウエディングドレスやなくて、白無垢って呼ぶんやっけ?地元の神社で見た事あるけど、参列する方は洋服でもええみたいで割と自由な印象が。

 

「そうだ!ネガティブな言葉をポジティブに言い換えちゃおうよ!」

「言霊的な意味で?」

「か、変えるって、例えば……?」

「え〜っと……例えば……」

 

 暫しの沈黙。どちらかと言えば言葉を選べる小糸さん、切羽詰まる状況でなければ熟考に入る。高麗曰く、調子に乗りすぎると失言するらしいけど。

 

 

「例えば、お腹が減ったはネガ言葉だから……『お腹にスペースが空きました!』とか!」

 

 

 ポジティブと言うべきかは迷ったけど、前向きに捉えようとしてるのは伝わった。台詞も小糸さんらしくて好感触。カタカナを正しく使えてるのもグッド。

 

「おお……確かにポジティブに聴こえるな!」

「でしょでしょ?」

「え〜っとじゃあ私は……『いい駄洒落が思い付かなかった』じゃなくて『いい駄洒落にすごく伸び代がある』にしよう!」

 

 困ったなぁ、変な流れになりつつあるぞ?耳障りはええ空間にはなってるけど、飛び交う言葉が神社らしくない!この流れは俺も巻き込まれるパターンやけど、ここは意を決して!

 

 

「後の祭りって投げやりな感じするし、『アフターフェスティバル』とかどうや!?」

「いいねーそれ!なんだか楽しそうに聴こえる!」

「な、なんか楽しくなって来たな……!」

 

 

 激流に身を任せて同化する。激流って言うても流れるプール程度のもんやけど、一人だけ冷めててもしゃあないし、踊らにゃ損ってもんよ!

 

「え〜っと『食べすぎて太る』はネガティブだから、『やわらかなビルドアップ』!」

「『ダラダラする』はネガティブだし、『慎重に生きる』!」

「『石の上に三年』は長過ぎるし痛そうやから、『座布団の上で三分』!」

「「いいね〜!!」」

 

 

 元々辛気臭い場所ではなかったけど、前向きな想いを乗せる事で本殿の空気は雲一つ無い快晴となり、ノリに乗っかった俺までポジティブなまま、その日は解散……いや、俺達は明日へと飛び立った。言霊の力ってすげーな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーっすマサ、調子はどうよ?」

「最高や、おはよう高麗」

 

 その日は朝から気分が良かった。作為的に気持ちを明るくしてるけど、それが功を奏してたと言うてもええ。

 

「高麗、今日はコンビニスイーツでも奢ったる」

「マジかよ!?でもいいのか?マサの食費が減っちまうぜ?」

「チッチッチッ、心配せんでええ。掃除してたらゴミ箱の底に五百円玉が落ちててな?棚からぼた餅──」

「そりゃラッキーだな!」

「──いや、『棚から金の延べ棒』や!」

「……は?」

 

 昨日の高耳神社の言霊がまだ胸の内に残ってて、日付が変わっても前向きであろうとする意志を、とにかく振りまこうとしてた。

 

「マサ、なんだって?」

「何って、『棚から金の延べ棒』やん!ぼた餅より嬉しいやろ?」

「は、はぁ?」

「あー悪い分かりきってた事やったな、馬の耳に……いや、『馬の耳にヘビメタ』やわ!」

「…………」

 

 お隣さんを置き去りにしたまま学校へと赴き、この勢いのまま日常を過ごして。普段通りに三人で帰路についてからも、神社に帰ってきてからも、俺と小糸さんは、ポジティブな言霊に支配されたままやった。

 

「ただいまー小柚子!」

「こんちはー小柚子ちゃん!」

「おかえりお姉ちゃん、コマちゃん、マサさん!」

「…………」

「丁度エルダ様におやつ持って行く所だったの、折角だからみんなで食べよう?」

「おおきに、小柚子ちゃん!」

「ありがと小柚子、美味しそう!丁度『お腹にスペースが増え』てたんだ〜、コマちゃんも藤君も『お腹にスペースが増え』てるよね?」

「ああ、『背も腹もブラックホール』やわ!」

「…………」

 

 言葉ってのは、耳障りの良い調べが聴こえるとこっちまでその気にさせられる。本当にお腹は空いてくるし、どうしてか呼応したくなる。

 

「ただいまエルダ!」

「おかえり、今日はみんなも一緒か……そうだ聞いてくれよ、今日は駄洒落が三つも浮かんだんだ!『すごく伸び代がある』じゃなかったんだ!」

「すごいじゃんエルダ!」

「『ある袖は振りまくれた』やん、やったな!」

 

 流れる言霊のプールに身を任せる神様と巫女と関西人。お隣さんは既にプールサイドで眺めてたなんて考えもせず、ただ只管に前を見とった。

 

「ところでさ……おもちゃ買いすぎて『お財布から翼が生えて飛び立ちそう』なんだよね、お賽銭の前借り……じゃなかった、『未来からの投資』出来ない?」

「それは『お控えしてね』だよ!」

「そ、そんな〜……」

「ははっ、『寝耳にフォンタ』やな」

 

 何処でそんなツッコミの技術を磨いたのか、そして何時から俺達は暴走してたのか。ルールを無視して傍若無人に振る舞う馬鹿三人を、プールサイドの監視員が業を煮やし、まるで引っ叩くみたいに怒鳴り散らした。

 

 

「お前ら言葉は正しく使えよ!!!!!!」

 

 

 東京都中央区月島……江戸時代より400年以上の歴史を刻む『高耳神社』。祀られたる御神体とその巫女と俺は──前ばかり向きすぎて、江戸っ子を置き去りにしてしまったらしい。あの高麗に大声で叱られるとか、相当やな……?




珍しくコマちゃんがキレた回でした、原作を読んで思いましたが、あんな顔するんだ……。

それはそれとして、今回の更新で第一話からほぼ一年。これまで付き合って下さった方も、新しく読んで下さった方も、ありがとうございます。アニメロスの勢いで始めたのでここまで続くとは思いませんでしたが、今後ともよしなに。
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