江戸っ子と浪速っ子   作:コーヒーまめ

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祝・60話記念!タイトルは不穏ですが別にそんな回ではありません!


破滅の懐、破滅の手

 

「うう〜寒い寒い!」

 

 ウチの神社の境内の、その一角。大きな石ばかりを積み上げて、まるでお城の石垣のようにして造られた暗室。本当にお城を建てるにしてはこじんまりとしてるけど、ハイラと二人で仕事をするにはピッタリなんよ。

 

「ふふっ、だから何か羽織った方がいいって言ったでしょう?」

 

 そんな暗室は提灯の明かりだけでとても薄暗く、日光だけやなくて外気も遮断してるせいなのか肌寒い。巫女服の上に割烹着を着ても、吐き出す吐息は白かった。こんなに寒いなんて聞いてないんよ!

 

「あ、これラベル書き忘れてるよハイラ。何の種やろ?」

 

 そんな暗室の中は、壁面を埋め尽くす小さな引き出しの桐箪笥とか、棚にびっしりと置かれたガラス瓶。昔の薬屋さんが使いそうなすり鉢や背表紙が紐で括られた古そうな指南書まで、江戸時代の薬屋さんが舞台のセットって言われても信じてしまう力の入り用。乾かした草木とかまで吊り下げてあって、あれをすり潰して薬にするんやろか?なんて。

 ちらっと指南書の表紙も見てみたけど……表紙だけやと何が書いてあるかさっぱり!

 

「あらいけない、これは人参ですわね」

「ああ人参の種か、去年の夏に採ったやつやね」

 

 思い起こされるのは、日照りで麦わら帽子の手放せなかった頃。古い洗濯板を使って種を選別するハイラの姿。あまりにも涼しい顔をして手を動かすもんやから、少し引き気味に見つめてた気がするんよ。

 

「それにしてもこの貯蔵庫寒すぎない?」

「種子は低温で保存しないとダメになっちゃうの」

「あ、そうなんや」

「精霊が部屋を冷やしてくれてるのよ、井戸水を利用してね?ねー」

 

 そう、ハイラには小糸ちゃんとこのエルダ様みたいに使役されてる精霊がいるんよ。水を司ってるみたいで、縁日で貰った水風船を針で割ったあの瞬間!重力に負けて落下する前の塊みたいな見た目をしてる。エルフには精霊が付き物なの……?

 

 

「えー、電気代かからなくていいなあ。暑くなったら私の部屋もやってよ精霊〜」

「冷蔵庫くらい冷えちゃいますけど良いかしら?」

「ボリューム調整極端なところ、ハイラにそっくりやよね」

 

 

 器用に自らを纏う水分で『どうかしら?』なんて文字を象る精霊に、いいわけあるかと返しておいた。子は親に似るって言うけど、言葉遣いまで似なくていいんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜〜暖か〜〜!!」

 

 ハイラの仕事を手伝い終えて、太陽が照らす境内に戻って来た私を暖かい空気が歓迎してくれた。思わず冷えすぎて固まった身体を伸ばそうと、ラジオ体操以上に胸を張って腕を伸ばした。

 

「お疲れ様いすず。おかげで今年の分は保存し終わりましたわ」

「ハイラの種の貯蔵庫綺麗だから好きやよ、ちょっと寒いけど。負け確ギャンブルよりよっぽど良い趣味やし」

「たっ……たまには勝ちましてよ!?心強い味方もいますのに!」

「はいはい、どうせ雅さんでしょ」

 

 戸締まりをして微笑むハイラに振り返ると、貯蔵庫の全容がどうしても目に入る。入り口だけは木造の瓦屋根なんやけど、積み上げられた石垣には一面背の低い苔ばかり。知らない人に見せたら神聖な物でも祀ってるって言われても違和感のない、洞窟みたいな佇まい。

 もしかして、精霊が這わせてる井戸水の影響やったりするんかな?

 

「それにしても、随分ここに力入れてるよねハイラ」

「こうして種を保存しておけば、何かあった時でも心配ないでしょう?加賀も飢饉が多かったから」

 

 直前の台詞とギャップが凄いけど……飢饉があった、その台詞を放った瞬間だけ声のトーンを落としてきた。今でこそ料理もお菓子も色々あるけど、ハイラはそういう時代を過ごして来たんだ。

 

「そっか、天災とかで草花が駄目になっちゃっても種があれば……」

「ええ。草花は思っているよりずっと強いのよ?たとえ災害があったとしても、そこから新しく生まれる品種もあるくらい」

 

 草花も、生物の科目も素人やけど、新しい品種が生まれるなんて聞いたことない。でもハイラが言うなら、あるんかな?

 

「え?そんなことあるの?」

「そうねえ例えば──変化朝顔なんて面白いわよ、江戸で大きな火事があった跡地に、変わった形の花をつける朝顔が生えてきましたの」

 

 なんか神秘的!焼け野原になっちゃった地面にも負けず、新しいお花が咲いてくるなんて!

 

 

「へー面白そう!ハイラ好きそうやん!」

「ではここでクイズですわ。江戸の頃にハマると家計が傾くと言われた三大道楽はなんでしょう?ヒントはギャンブルではありません」

「競馬、競輪、競艇」

「それ全部ギャンブルですわ!」

 

 

 お花の話はさておき、現在進行系で家計を火の車にしてる張本人にそんな質問されたら、誰だって思いつくんよ。種の保存もいいけど、私への借金もちゃんと返して欲しいな。

 

「正解は骨董品収集、釣り、そして変化朝顔などの園芸ですわ」

「え!?なんで園芸!?」

 

 園芸なんて、自給自足の代名詞やのに!?ぺんぺん草の和え物とかやってウチの食卓にも出してくるハイラの趣味やのに!?

 

 

「変化朝顔は咲く可能性が1%以下、咲いても思い通りの花であるとは限らない。しかも種を作らないから一代限り──……」

「園芸とギャンブルを悪魔合体させたような朝顔やん……ハイラがハマらなくてよかったよ」

「当せん結果に時間がかかるのは性に合いませんの!スクラッチくらいのスピード感でないと」

「エルフのくせに生き急ぎすぎでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「身体を冷やすといけないからお茶にしましょ」

「うん、ありがと」

 

 貯蔵庫の一帯はちょっと冷えるから、陽射しの当たる庭園へとやってきた。丁寧に手入れの行き届いたハイラの庭は、草花を生けた緑とお洒落なガーデンフェンス、そして辺りを一望出来るスペースにはレンガを敷き詰めて木製のベンチにテーブルまで。ハイラらしい、センスの光るガーデニングの技術が活かされてる!ここでお休みするの好きなんよ〜!

 

「あ、今年も作ったんや。スミレの花の砂糖漬け、これ可愛いし美味しいから好き」

 

 今はそんな庭の一角にあるベンチに腰を下ろして、お茶菓子を片手に一休み。

 

「いすずは昔から好きてすものね、このお菓子」

「そうやっけ?」

「あら忘れちゃったの?あれはいすずが、5歳の頃だったかしら──」

 

 それは自分でもよく、憶えてる。まだ巫女服を纏う事すら無かった頃……幼稚園からの帰り道に、ハイラの庭にもありそうな綺麗なスミレが咲いとって。プレゼントしたくて持っていった思い出が。

 ハイラは喜んで受け取ってくれたけど、私はきっと浮かない顔をしてた。お花は一年もしない内に枯れてしまう。こんなに綺麗なのに枯れてしまう、そんなのってひどい。ウチが物心ついた時から綺麗なハイラみたいに、お花も綺麗なままならいいのに……って。

 そんな私を気遣ってくれたのか、そのスミレを片手にハイラはこう言った。『食べちゃいましょう!枯れる前に!』

 

「──それからですわ、毎年スミレの砂糖漬けを作るようになったのは」

 

 草木どころか、お花を口に運ぶ発想の無かった小さな私を置き去りにして、駆け足で台所に向かうハイラを見送ったっけ。今でこそ受け入れてるけど、昔は全然信じられなかったな。

 

「そういえば、ハイラに綺麗な花をあげると全部食べられた気がする」

「菜の花もタンポポも美味しかったですわ〜」

 

 小洒落た瓶から砂糖漬けを摘んで一口。お砂糖の甘みが口いっぱいに広がって、心に綺麗な花を咲かせた。

 

 

「あげたと言えばそろそろ咲く頃じゃない?フリージアの鉢植え」

 

 

 唐突に出てきたフリージアの鉢植え、その単語を聞いた途端……ほんのりとしていた心が貯蔵庫以上に青ざめた。まるで、血がスーッと上って谷底にでも落ちていったような気分。

 

「……いっ、いや〜〜それが枯れちゃってさ」

「あらそうなの?越冬は難しいですものね」

「そ、そうやね〜……」

「じゃあ先月あげた椿の鉢植えは咲いた?」

「そっ……それも枯れちゃって…………」

「一昨年あげたサボテンは──」

「それももう枯れました〜!!!!」

 

 なんなの!?今日はウチが詰問される番なの!?確かに毎日ハイラにお金の事で責めてたけど、折角の贈り物を無碍に扱ってしまった事実を問い詰められる日が来るなんて想像してなかったんよ!?ウチなりに大事にしてきたのに……!

 

「いすずはよく枯らしますわねえ」

「だ、大事に育てたんやよ!?寒くないようにエアコンの下に置いたし、水は一日三回たっぷりあげたし!!」

「や、やっちゃいけない事全部やってますわね……」

 

 ウチなりに植物を大事にしようと思って、空調ばっちり朝昼晩もきっちり水をあげてきたのに……何がそんなにいけない事やったんやろ……。

 

「ううっ、ごめんねハイラ……折角プレゼントしてくれたのに、なんで私が育てるとみんな枯れちゃうんやろ……」

「ま、まずは植物の基本から学びましょう?」

「ハイラみたいに草木を上手に育てる人をグリーンサムって呼ぶんやって。逆の私はなんて言うんやろ……?」

「そうねえ……『破滅の手』、とか?」

「はめつのて!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 破滅の手だなんて嬉しくもない称号を手に入れて、気晴らしにスマホでメッセを読み返していたそんな時。この前小糸ちゃんから送られてきた、ある行事の話が目に入った。

 

「そういえば小糸ちゃんとエルダ様、雅さんの案内で廣耳神社のお祭り行ったんやって」

「あらヨルデちゃんの?この時期なら赤竜祭かしら?エルダちゃんを大阪まで行かせるなんて、流石小糸ちゃんに雅ですわね」

「ん……」

 

 メッセの画面に貼り付けられたのは、楽しそうに写る小糸ちゃんとエルダ様が美味しそうにたこ焼きを頬張る写真。そんな自撮り以外にも、二人で肩を並べて撮られた写真もある。あのエルダ様が怯えもしない表情で撮られてるって事は、撮影したのはきっと雅さん。だって、これは他人との関わりを拒むエルダ様の顔じゃない。

 

「私も──もっと人と上手に接したほうがいい、よね……?」

 

 ウチも、巫女として人として、見習うべきなんやと思った。ずっと神社から出てこない神様を連れて出る小糸ちゃんを。誘いに乗って自らの殻を破ったエルダ様を。縁もゆかりも無かった筈の土地で、旅行する程仲良くなれてる雅さんを。

 

「あらあら。人見知りのいすずが珍しいですわね」

「ん…………」

「いんふるえんさーのお仕事は上手に出来てるじゃない、この前のリポートなんてお見事でしたわ」

「それはただの人見知りなのにクールだ、って受け入れてもらってるだけなんやよ!私も、もっと社交的にならなきゃダメなのかなって。麗耳神社の──ハイラの巫女として」

「別にいいじゃない」

「え?」

 

 ベンチにもたれ掛かるハイラが、そっと私を励ましてきた。それに同調するかの様に庭の草花が、風に揺られて囁いた。その風は、ハイラの絹みたいに綺麗な髪を持ち上げて、ふわっと靡かせていった。

 

「いいのよ、友達が少なくったってお花を育てるのが苦手だって。得意なことも不得意なこともあるから、人生は楽しいの」

「ハイラ……」

 

 ハイラはよく、ギャンブルに負けると必死になる。それでも手持ちが尽きれば、運が無かったと浅ましい自分を励ます。

 でも今のハイラは、私の在り方を受け入れてくれるハイラには、浅ましさなんて何処にもなくて。ただ一人の神様として、慈愛に満ちた表情と声で私に語りかけてきた。これが麗耳神社の神様、ハイラなんよ。

 

 

「それによく言うでしょう?“みんな違って──みんな変”」

「“みんないい”やよ!」

 

 

 ──私が感銘を受けてるっていうのに、折角の場面で台無しにするのもハイラなんよ。ほんと、こういう抜けた所は変なまま。

 

「でもそっか、そうやねハイラ。ハイラはグリーンサムやけど、ギャンブルでは破滅の手だし」

「ギャンブルが弱い人はカモ……またはドンキーと呼びますのよ」

「いらんからそういう知識」

「今度、小糸ちゃんと雅さんの案内で廣耳神社に行ってみようかな。二人がいてくれれば私も上手く話せる気がするんやよね!」

「何せあのエルダちゃんの巫女と、懐かれた遊び相手ですものね!雅とはたまに通話もしてますし、人と喋る特訓でもつけてもらいましょう?大阪に行くならバッチコイでしょうし!」

「それ名案やよハイラ!」

 

 

 石川県金沢市……麗耳神社で祀られたるそのご神体は、くよくよしていた人見知りの巫女を励ましてくれた──だからって、借金をチャラにはしないんよ?

 

 

 

 

 

 

 

「へっくし!」

「なんだよ珍しいじゃん、風邪か?」

「──いや、このくしゃみはあれや、変な企みの前兆で出るやつや」

「……マサ、本当に風邪引いたんじゃねぇか?」




この回を読んだ時、今年の元旦にあった震災を思い出しましてね……ハイラといすずが今を生きている感覚になって嬉しかったです。

とにかく今年最後に、キリ良く60話目を更新出来て良かった……!
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