特別長いお話ではありませんが、次回に繋がるお話なので分けてます。
「掃き掃除はこんなもんでええか」
はっとするほどの新鮮な空気、辺りには石畳を竹箒が引っ掻く音だけが響く。唐突に雷鳴でも響かな鼓膜が破られへん静寂が、今日の高耳神社にはあった。
「エルダの部屋で遊ぶんは約束と違うし、何しよっかな」
そんな今日は理由あって拝殿の前で小糸さんの真似事を買って出た。流石に神事を引き受けたりする大役は出来ないけど、小間使いとでも呼ぶべきか。参拝客の出迎えや境内の掃除は普段のバイトでもやってるしお手の物やった。
粗方落ち葉や塵は集めきったし、持ち込んでた漫画なりダウンロードしてた動画でも……と賽銭箱の側に置いた鞄を漁ってると、聞き慣れた溌剌な声が後ろから俺を振り向かせてきた。
「おーっすマサ!境内で会うのは珍しいじゃん!」
「おう高麗。今日は色々頼まれて……ん?」
月島で暮らす俺にとって、存在を切っては切り離せない高麗。手持ち無沙汰で遊びに来たんやろなぁという様子。一人で訪れたかと思ってたらもう一人、何処かで見覚えのあるクールな黒髪女子の姿を確認した。
「えっと確か……黒川ひかりさん、やったっけ?」
黒川ひかりさん。学園祭の時に高麗と小糸さんのクラスメイトとして、お会計と衣装の管理を任されてた無口な人や。最優秀賞の発表で薄っすら笑みを零してたけど、あの顔は多分希少な気がする。そういやエルダに偶に参拝行ってます、とか言うてたね?
「……うん、合ってる」
「文化祭以来やね、お久やなひかりさん」
「暇だし遊びに来てやるかーってふらついてたらさ、クロちゃんとばったり会ってな!」
「んで一緒に参拝って訳やね」
「あたしは遊びに来ただけだぜ?どーせマサがエルダ様とゲームでも……って踏んでたんだけどよ、なんで境内で掃除してんだ?バイト?」
「話しても長くはならへんけど、事情が事情でなぁ」
「「事情?」」
東京都中央区月島……江戸時代より400年もの歴史を刻む『高耳神社』──祀られたるその御神体に仕える巫女の代役を買って出たのは、のっぴきならへん事情があった。
「月島に泥棒が……?」
「最近この辺で連続窃盗事件が起きてるらしいよ!その防犯ポスター、境内の掲示板にも貼ってくれって!」
「そういや今日商店街でもこのポスター見たわ、ただ事やなさそうやね」
誰か見てるゾ、不審者を見たらためらわず110番。犯罪のない街・月島を標榜しているポスターからは、月島に住む人々の並々ならぬ想いが伝わってくる。エルダのお膝元でそんな事させてたまるか!って感じやね!
「……そうか、ウチは本殿も社務所も旧い建物だし気をつけないとな……」
「普段はご利益ないとか言うてるのに、案外冷静やな」
「そうだよ、意外と冷静だね!てっきり泥棒こわい〜ってパニくると思ってたよ!」
「ふっ……そうか……?」
冷静に月島を案ずる御祭神は、普段の挙動不審さを他所に追いやって静かに話を聞いとった。何時もの何倍も頼もしいやんか!
そんなエルダは平常運転、ノートパソコンを開いて日課のネットサーフィンに繰り出した。
「毎日その顔で居れるんやったら威厳出るで!」
「ふ、ふふっ……もっと褒めてくれても、いいぞ……?」
動揺してへん所を褒めるつもりでエルダを煽てた。持ち上げて返ってくる返事よりも、カチカチとキーボードを打鍵する音の方が段々と大きくなってる……タイピングが俺より早いのは流石なんやけど、どうも様子がおかしいなぁ?
「まあ……伊達に621年生きてないっていうか……ほら……あの〜……うん……」
小糸さんと視線を交わし、頷く。間違いやなかったらこのエルダは、日々怠惰に生きてて日々俺等が接してる、怠惰な方の。
「さっきからノーパソで何してるの?」
「で、でっかいバリケードポチろうと思ってえ……3メートルくらいの探してる……」
「ポーカーフェイスの反面教師になりそうなパニくり方や!」
知ってた、あのエルダが他人どころか近隣で窃盗事件が多発してるなんて耳にしたらこうなるわ。エルフじゃなくても怖いってのに、出不精な神様には恐怖の対象でしかあらへんわな?
「ど、どうしよどうしよ小糸にマサ……!私のオタグッズが狙われているかも……!私の部屋は漫画にアニメに玩具などなどお宝満載だし……やっぱりバリケードしか」
「御本殿がまんだ◯けみたいに……」
「落ち着きぃやエルダ、起きてへん事件を憂いてもしゃあないやん」
「憂うから防犯なんだぞ!?」
「そういう意味やないって。パニック起こすんやなくて粛々と対策すればええんやで?」
「そ、それもそうだな……」
実際は玩具や漫画よりもエルダの手元にあるノートパソコンとか、そこそこ大きいテレビの方が盗られそうな気はする。
以前小糸さんがクリアゴンゲムを壊した事件があったけど、あの時も持ち主がそれを一番価値ある物として騒いでた記憶がある。もう少し持ち物に関して客観的に見るべきやないか?
「お賽銭箱とか危ないよね、防犯カメラとか無いし……警備員さんとかいてもらった方が良いのかなあ」
「ええっ……!?知らない人がずっと境内にいるのヤダ〜!」
「警備員さんを警戒すな」
「防犯と人見知りが合わさって、なんか釣り合ってへん天秤になってる……」
そこは駄々こねるとこやないのに、クリアゴンゲム一体を踏んで壊されるより不味い事態なんやで?お賽銭盗られたら漫画一冊も買われへん羽目になるんやで?
「だ、だって私無実でも挙動不審になっちゃうタイプだし……容疑者しぐさしがちだし……!」
「まあ確かにキョロキョロオドオドしてるよね」
「ほんなら空いてる時だけ俺が警備しよか?俺やったら知ってる人やろ」
「ほ、本当かマサ!?あっでも遊ぶ時間が減っちゃう……」
「そこは一人で遊んどいて。小糸さんとか菊次郎さんがええんやったらやけど」
「エルダがこんなのだから助かるよ~!後でじいちゃんに話通しとくね?バイト代もあった方がいいよね!」
ここに来て馴染みの神社で働く事になろうとはなぁ、食い扶持が増えるってのは非常にありがたい話やとしても予想外。
「流石に試験勉強とか、他のバイトとかが無い時に限るけどな。毎日は流石に俺でも立たれへんで?」
「うう、そうだよな……アニメみたいに無人偵察機とか警備ロボットがいればいいのに……」
「え?警備ロボットならたまに月島駅にいるよ?ほら」
そういう小糸さんが見せてきたのは、月島駅構内でピースサインを決める高麗と小さな四輪駆動のロボ。一昨日遊びに出掛けた時、偶然実証実験をやってる現場に居合わせてえらく喜ぶ高麗の姿を見たっけ。
「え……!?月島にロボがいるの……!?」
「実用化に向けて月島界隈で実証実験をしてるんだって!すれ違うと挨拶してくれるんだよ!」
「ほ、ほんとだY◯utubeに動画がある!すごいすごい!早く実用化されないかな〜……!」
まるでショーケースに張り付く子供みたいに輝く目で動画を観るエルダ。アニメの中でしかあり得なかった世界に近付いてる事実が相当嬉しいみたいやな。
「ロボって言うたら、レストランで配膳するやつが先に来るなぁ。あいつ中々お利口なんよね」
「そ、そっちもいいよな……撫でたりしたら笑ってくれるそうじゃないか……!」
「あっちは一般向けに販売もされてるらしいし、お賽銭貯めて買ってみたら?」
「名案だ!!」
「駄目だよ藤君、エルダ」
「え?」
高校に上がってからそれなりに小糸さんと関わってきたけど、死にかけの魚の目というか、焦点が合ってへんというか。この目はあれや、御祭神の行く先を憂慮し過ぎてる巫女さんのそれや。そんな巫女さんが俺の提案に待ったを掛けた。
「そういう技術はね、日々頑張ってる人の為にあるんだよ」
「遠回しにエルダをボロクソ言うてるなぁ……」
「ねっエルダ、藤君!だから買っちゃ駄目」
「え……?う、うん……?」
実用化されたら、それが境内を動き回る事になったら。誰にも会いたくないエルダは社務所への手紙すらロボ任せ、神事があれば恐らく拝殿までだろうとロボに乗る。出不精を極めるかもしれないという小糸さんの懸念は、無言でこっちにも共有された。
「出来る防犯から始めてこっか!まずはしっかり戸締まりだよね!」
一先ずお茶を飲んで一息。すっかりお馴染みとなった小糸さんの淹れるお茶は、俺の五臓六腑に染み渡った。
「そ、そうだな!泥棒も入れなきゃ盗めないし……!」
「高耳神社で戸締まりって、住居部分とか?」
「そこもあるけど、第一に社務所かな。くるくる回るタイプのやつだししっかりした鍵に換えたいんだよね」
「ホンマに旧い鍵なんやな」
差し込んで回すのは現代の鍵でも同じやけど、ネジみたいになってて何周もさせるタイプの鍵。此処には昔の名残が残ってるんやろなぁ。
「そういえばエルダの部屋って戸締まりはどうしてるの?」
「障子に戸締まりもへったくれもあるんか?」
「私の部屋は江戸の頃から『心張り棒』で戸締まりしてるな……」
「しんぱりぼう?」
「うん……いわゆるつっかえ棒だな」
どこか懐かしさを覚えると思ったら、矢鱈とデカいゴンゲムを買ってしまった日に私室を開かずの間に変えてたつっかえ棒やった。まだ置いてるんやねそれ……。
「こうやって戸を閉めて裏口から外出するんだけど……そもそも私あんまり出掛けないし」
「そうだった」
「そうだ……!いっそみんな出掛けなければいいんじゃない……!?」
「ひきこもりにひきこもうとするな」
「泥棒もひきこもったらええんやけどねぇ」
生憎、人間が生活する以上は外出しないとどうにもいかないので即却下。エルダ、そんな世界になったら配達の人も来てくれへんで?
「心張り棒か〜なんかちょっと不安だなあ、江戸時代は鍵無かったの?」
「い、いや鍵や錠前自体は飛鳥時代からあったみたいだぞ?蔵とかに錠前使ってたし……」
「昔は錠前あっても戸締まりに使わんかったんか?」
「江戸の頃は町ごとに『町木戸』があったからな、夜は閉じて往来そのものを取り締まったんだよ」
「なるほど!町全体を戸締まりしたんだ!」
「何丁目単位で関所を作った感じやね」
江戸の人は大雑把なんか細かいんか分からへんなぁ?区画整理のつもりなんやとしても、不便極まりないというか。やからこそ現代では影も形も見当たらんのやろうけど。
「月島に町木戸は無いし、やっぱりエルダの部屋にも鍵付けようよ」
「え、え〜いいよ〜……鍵無くして外に締め出されたらこわいし……」
「それやったら指紋認証とかにしたらええやん」
「スマートロックとかあるよね!それなら指紋ひとつで出掛けられるよ!」
「ああ!確かに指紋なら失くさな──待てよ?スマートロックの電池が切れたら締め出されちゃうぞ!?」
「心配なら予備のバッテリー用意しとけばいいんだよ!私も持ってるし」
「それなら大丈夫か……!」
不安材料を振り払えたらしいエルダ。さり気なく外出する方向へと持ってかれてる巫女の手腕には気付いてへんけど、ひきこもり的にはええんか?新幹線とまではいかなくても代官山とかに連れてかれてまうで?
「じゃあ持ち物は指紋と……スマートロックの予備バッテリーと……予備バッテリーの予備バッテリーと……い、いやでもうっかり充電するの忘れたら困るから……」
「落ち着けエルダ!幾らなんでもそんなに早く電池切れせぇへんって!」
「わかった!!出掛ける時はエルダの鍵も私が預かるから!!ね!?」
「エルダ様〜お姉ちゃ~ん、いる〜?」
予備バッテリーの予備という部分で堂々巡りしかけたエルダを止める形で、部屋の外から小柚子ちゃんの声が聴こえた。どんな場面でも心を開かせてきた、対エルダ最強のマスターキー。
「小柚子?おかえり〜」
「お邪魔してるでー」
「な、なんで入ってこないんだ……?」
「障子が開かないよ〜!」
「「心張り棒!」」
秘密箱ですら説明書を読まずに開けて見せた小柚子ちゃん。そんな無機物にも愛されし子ですら開かへんつっかえ棒、防犯的にはガチやないか?
「はーびっくりした!」
「ご、ごめんな小柚子……」
「エルダと防犯の話しててさ」
「あ!どろぼうがいるかもってお話ね!」
こんな小さい子にすら聞き及んでる窃盗被害の話、これ割と重大な事件になってへんか?月島ってそこそこ小さいのにやで?俺の家はオートロックも何も無いアパートやけど、なんか対策せなアカンなぁ。
「同級生のひかる君もおもちゃ盗まれちゃったんだって!」
「ひかる、君……?」
「ひかる君ってクロちゃんの弟の?」
「うん!窓開けてたらなくなっちゃってたって」
「小柚子ちゃん」
──とりあえず泥棒の話も防犯の話も大事やけど、唐突に生えてきた懸念事項を払拭した方向がええ。俺の魂はそう判断した。
「なあに雅さん?」
「そのひかる君、はどんな子なん?護る立場として俺には知る権利が──」
「藤君、気持ちは嬉しいけどちょっと抑えて!そもそもそういう関係じゃないってば!」
危ない危ない、流石に頭に血が上り過ぎたわ。天使でもある小柚子ちゃんにそういう輩が近寄るなら、泥棒だろうとなんだろうと庇護すべきやと考えてるだけに神経質すぎたな。ひかる君とやらについては後にしよか。
「──ごめん小柚子ちゃん、なんでもないで?続けて?」
「?う、うん。先生が言ってたんだけどね?子供向けのおもちゃとか、そういう物ばっかり盗まれてるんだって」
「おもちゃばっかり?なんかエルダみたいな泥棒だね」
俺の脳内はさておき、小柚子ちゃんの話が本当やったら変な話や。他に金目の物があろうとおもちゃだけを狙ってるなら尚更。プレミアが付いたり付く事を見越してるとしても、狙いが回りくどい。
「まあ、キッズ向けのおもちゃってスルーしても欲しくなったりするからな……再販掛からないとプレミアついてうん万円なんてこともあるし……」
「桁増えるとか、割とあり得るもんなぁ」
「さてはエルダが犯人なんじゃないの〜?」
「は……わ……私!?わ、わたたたたた私なわけないだろ……!?」
「容疑者しぐさが出ちゃってるよエルダ!」
「も〜月島でエルダ様を疑う人なんて、お姉ちゃんくらいだよ!」
「エルダも慌てすぎやし小糸さんも誂い方が悪いで?一先ず落ち着きぃや」
「「ご、ごめん……」」
さっき小柚子ちゃん関連で取り乱した男の台詞やないけど、言い返されてへんから黙る。そんな混乱渦巻くエルダの私室に、聞き覚えのない声が訪ねてきた。
「高耳艮売命さーん、いらっしゃいますか〜」
「誰だろ……?」
「宅配の人じゃない?」
「菊次郎さんではないなぁ」
「そもそも宅配の予定、ないはずだけど……」
「一応俺が出るわ……どちら様ですか?」
念の為、障子を開けて応対する役目を買って出る。治安的にも知らん人が境内にいる以上、頼れないエルフに違う高校の同い年、それから神社でも月島周辺でも愛される末っ子──男として、盾にならへん理由は無かった。
「高耳艮売命さんですね?連続窃盗事件について事情聴取にご協力ください」
盾になると決めて障子を開けた先には、折り目のしっかり入ったズボンに薄い青の襟付きのシャツときちんとした刺繍付きの帽子。その上からは警視庁の文字が印字された防弾的なベスト。腰には多分、拳銃が入ってるであろうホルダー。360度何処から見ても、警察官と呼ばれる人の装いをしてる……え?本物?
「ま……まさかエルダ本当に……!」
「わ、私はやってない……!やってない……よね……!?」
「ありもせぇへん記憶を捻り出そうとすんな!」
東京都中央区月島……江戸時代より400年以上の歴史を刻む『高耳神社』、祀られたるそのご神体は──異世界から召喚され……容疑者しぐさを全開にしてしまうエルフやった。月島で一体、何が起きてるんや?
ポスターは実在しているらしく、ロボに至っては原作者が実際に取材をしたそうです。
あまりネガティブになりたくはないのですが、この小説の存在意義が時々分からなくなってましてね……自己満足で書いてきたつもりなのですが、難しい話です。