【とある魔術の禁書目録】雷神伝 ~常戦飢闘のルサンチマン~ 作:白滝
ヨルムンガンドの名を掲げる魔術師は、夜空を舞う航空機に乗っていた。
比喩ではない。
機内の座席に腰をかける訳ではなく、機首の上に尻を下ろして座っているのだ。高度は既に1万メートルを超え、突風に煽られて吹き飛ばされてもおかしない。そもそも吹き荒ぶ冷気のせいで、常人なら凍死する域に達している。
しかし彼は、そうした直死の条件を無視するかのように平然と佇んでいた。
あまりに自然に振る舞う彼を見れば、きっと物理法則の方が間違っているんだと確信してしまう。
ヨルムンガンドは手元の携帯電話の画面へ視線を落とした。それは国際ニュースをまとめた記事。
欠伸をしながら彼は本文を音読した。
「バルト海にて先月から続く貨物船への爆発事故はこれで14件目になりました。その痕跡から見て、警察当局は戦略級の爆弾とみて捜査を進めており……的外れもいいとこだね」
レーダーに何の前触れもなく大型船が真っ二つに割れる。
そんな現象が起これば、船の積み荷に爆弾が仕掛けられていたのではないかと考えてしまうのは常識的な判断かもしれない。
残念ながら、ヨルムンガンドの扱う魔術は常識的な理を超えた存在だった。
それは、天の神を殺す程に絶大な
ピストルの形に手を組んだ彼の指先に、紫色の光球が灯る。
これが全ての元凶だった。
上空1万メートルから降り注ぐ長距離狙撃。
貨物船程度の2次元平面のレーダーでは三次元の狙撃に対応できない。
彼は紫色の光球を、遥か下方、すなわち海上の船へ狙いを合わせる。
その、寸前だった。
『よお、大蛇。
人間の声が響いた。
辺りを見れば、通信用として用いられる呪符型の霊装が機首の壁面に張り付けられていた。
一般人ではなく魔術師の敵襲。
ならば同族殺しの殺戮集団、イギリス清教第零聖堂区『
「どうやって霊装を仕掛けた?……いや、問題はそこじゃないな。どうしてこの航空機に乗ると予測できた?」
『どうもこうもねえよ。バルト海での輸送船の沈没件数がやたら多かったから、近くにあるミュンヘン空港に待機している飛行機全てに呪符を張っておいただけだ。あとは、
「…………?」
通話越しの相手の意図が読めない。
どうやら敵の魔術師は、こちらの動向を追跡する術式を構築しているらしい。
しかし、だからどうしたというのだ。
「生憎と、上空1万メートルから落ちても俺は無傷で死にはしない。そもそもお前に、俺の長距離狙撃から貨物船を防衛する手段があるのか?」
『防衛なんて柄じゃないね。俺はいつだって狩人さ。長距離狙撃なんて焦れったい、接近戦でお前をブチのめす』
思わずヨルムンガンドは声を出して笑った。
「何を馬鹿な。俺の言った事を聞き逃したのか?ここは高度1万メートル。どうやってここまでやって来るつもりだい?まさか飛行術式を使うなんて言い出すド素人じゃないだろうな」
『テメェこそ俺の言った事を聞き逃したのか?俺は、接近戦でブチのめすと言ったんだ』
その言葉にヨルムンガンドが反応する前に、答えがやってきた。
真っ暗なバルト海から、十本の稲妻が噴き上がった。
サイズにして100メートルはくだらない。
大海原を覆う闇を引き裂くように、世界地図へ絵の具をぶち撒けたかのように、景色そのものを塗り潰す莫大な閃光が世界を突き抜ける。
『「
「ミョルニル、だと……!?」
それは雷神トールの代名詞とも言える神話の武具。ならば、それを扱う通話先の魔術師は雷神トールとでも言うのか。
『ヨルムンガンドって聞いた時には、良い相手だと思ったぜ――――さらに10倍』
眼下で迸る光の奔流が、ぶくぶくと気味が悪い程に膨れ上がっていく。
それは世界を浸食していた。
『雷神トールとヨルムンガンドは
夜という概念そのものを斬り払う稲妻の剣。
いや、そんな崇高さなんても欠片もない暴虐無尽なアーク溶断ブレード。
「……まさか、海上から叩き落とす気か?1万メートル先にいるこの俺を相手に、地上から長距離戦を挑むつもりか!?」
『だからその時点で根本的にお前はズレてんだよ。
言葉を失った。
雷神トールを名乗るこの男に、リーチなんていう概念はそもそも頭からなかったのだ。
冷や汗をかくヨルムンガンドだが、しかしそれでも優勢は自身にある事に気付いていた。
「この航空機は魔術的にステルスをかけている。地上からじゃ光は見えない。いくらお前の射程内にあろうが、当たらなければ意味がない。そして、逆に俺はお前のおおよその位置を特定しているぞ」
『雷の刃の噴出地点を追えば俺の居場所は分かるしな。だがまぁ問題はねえよ』
特に動揺も無く、雷神トールが大きく息を吸う音が聞こえた。
『当たらなければ、
突如、海上から伸びる巨大な電光の刃が無茶苦茶に振り回された。
まるで、子供の喧嘩。
両腕をがむしゃらに振り回すだけで、文字通り世界が削り取られる。
戦略もクソもなかった。
そもそも、そんなものを必要とする領域の人間ではなかった。
バルト海全てが、稲妻の嵐で塗り潰される。
海が裂け、森を消し、雲を焼き、大地が割れた。
天変地異を起こせずして、雷神トールは名乗れない。そういう次元の、『戦闘』ではなく『戦争』だった。
足場となっている航空機が、巨大な稲妻の刃に引き裂かれて蒸発した。
ヨルムンガンドは墜落する。
どうしようもなかった。
こんな無茶苦茶な奴を相手に、同士討ちなんて無理に決まっている。
墜落する彼の横を、同じ速度で落下する人物がいた。
それは、マントを風ではためかす、ほとんど裸と大差ない隻眼の少女だった。
驚愕に彼の目が見開かれる。航空機にはパイロット以外に乗客がいない輸送便だったはずだ。
助けようかと手を伸ばしかけたが、逆にその手を握られる。
直後、彼と彼女の体が空中にふわりと滞空した。
困惑する彼に、悠然と佇む少女は告げる。
「理解の範疇を超えた力。貴様も欲しくはないか?」
「……あ、あんた達は何者なんだ?」
「『グレムリン』」
そう呟いて、彼女は指をパチンと鳴らした。
瞬間、景色がぐるりと反転し、いつの間にかどこかの室内へヨルムンガンドは移動していた。
彼の周囲には、先ほどの少女の他にも数十人もの人間達が値踏みするように自分を取り囲んでいる。
「貴様が望むなら歓迎しよう。さあ、世界を変えようじゃないか!」
という訳で、接近戦(大嘘)な戦いでした。
この後、ヨルムンガンド君は『グレムリン』のメンバー入りします。
戦闘描写のみにしたかったので詳細は省きましたが、今回の事件の真相。
『グレムリン』に所属したトールは、オティヌスの命を受けて世界各地へメンバーをスカウトにしに行きます。 その際、ヨーロッパのギャングの収入源であるマリファナの密輸船を空から狙撃して販路を潰していたヨルムンガンドを知り、トールがちょっかいかけに行く、という顛末でした。
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