「さぁ――炊き出しよ!」
連日曇り空の続く都市の天候。それを切り裂くように少女の声が都市北部の通りに響く。アリーゼ・ローヴェル。俺たちの団長が腰に両拳を当てて高らかに宣言した。
「…………はあ」
頭に手を当て、ため息を着く。
「なんでお前がスゲェふんぞり返って、偉そうなんだよ」
同感だ。確かにこれは冒険者による炊き出しであるとはいえ元はギルド主催の物。それに――
「決まってるわ! ギルド主催かつ冒険者による炊き出しだからよ!
「意味がわかりそうでわかりませんねぇ」
続けて同感だ。ギルドやデメテル・ファミリアがふんぞり返るのはまあ、理解はできる。頭が痛くなってきたが、この『暗黒期』と呼ばれる暗澹たる時代には彼女のような自信とその太陽のような明るさが、不安な毎日を送る民の希望になるのだろう。
通りを歩けば、野菜のスープや
「今日は笑顔が溢れる日っていうことよ! さぁみんな、散った散った! 私たちも料理から配給、何でも協力するわよ!」
さて、どうしようか。ライラは
「俺は見回りでもしてこようかな。最近はいつにも増して物騒だからな」
ネーゼたちも各自散らばっていく中で片手を上げて踵を返す。
何も無いに越したことはないが、彼女たちで手は足りるだろうし俺が何かするよりも彼女たちのような可憐な女の子から受け取る配給の方が気分がいいだろう。俺には俺のできることを。
北のメインストリート。盛況、というに相応しい賑やかな通りはいつもの暗い都市がまるで嘘のようで。
「おお、アストレア・ファミリアの。久しぶりじゃな」
と、珍しい顔が現れた。【
「ガレスさん、お久しぶりです。今日は警備ですか?」
「うむ。炊き出しに関しては若いのに任せておる、儂は炊き出しより警備の方が向いておるわい」
そうだろうか。彼ほどのトップクラスの冒険者ならば民はみな喜びそうなものだが。
「そういうお主も警備か?」
「ええ、配給は可憐な少女たちに任せようかと」
「ふ、儂も同じ意見じゃな。飯を受け取るなら老け顔のドワーフよりも彼奴等のような娘からもらった方が嬉しいじゃろう」
アリーゼが聞けば調子に乗りそうな言葉に苦笑を浮かべる。
顔はいいのだから、彼女の場合タチが悪い。自信満々に心を弾ませてふんぞり返る彼女の姿を思い返して頭を抑える。
フフン、なんてドヤ顔を向けてくる彼女の幻影にあとで殴ろうと心に決めてガレスさんと別れて通りを歩く。
後方から馬鹿の声が聞こえる気がするが、気のせいだろう。歩みを進める足を早め、周囲を見渡す。今のところ不審な点はない。だが
そこに。
「空にも祝福されて、きっといいことでも起こんだろうなぁ〜」
と感慨に浸るような間延びした声。声の主は女性。炊き出しにより人混みを形成する通りはすれ違いざまに体が接触するには十分な人の量で、ドン、と獣人の男の肩が彼女にぶつかった。
「おっと、すまない。肩が当たってしまって……」
「おう、気にすんな」
すぐに謝る獣人に、気安く片手をあげる女。一見すると何の違和感のないぶつかった者同士の会話。女のもう片方の手が
すぐに地を蹴り、獣人の男を突き飛ばす。獣人も通りを歩く他の市民も知覚する間もなく振り抜かれた長剣は、元々獣人の喉元があった場所の空を切っていた。
「…………あ?」
この女は、強い。
「逃げろ!
市民は既に
「おいおい、私の邪魔すんじゃねえよ。クソ冒険者が」
毒々しい薄紅色の髪。損傷のある肌着と革の
「せっかく私が宴の手伝いをしてやろうってんだ、真っ赤な果実をぶちまけてさぁ!」
殺戮宣言。狂気的な表情を浮かべた彼女は駆け出した。
咄嗟に反応し、開戦の合図が鳴り響く。それは剣戟の音で、火花を散らしながら『正義の眷属』と『悪』の戦いが始まった。
「まずは『正義』だなんてクソみてえな偽善を振りまくてめぇをぶち殺して、ここは笑う暇もねえ地獄だと
「
刃が重い。やはり格上か!
ジリジリと押され始め、長剣が頬を掠めて鮮血が舞う。
「ちっ、てめぇ等、やれ!」
「「「は、ははぁっ!」」」
彼女の指示に、
「おいおい、よそ見なんかしてる場合か?」
人々の悲鳴に気を取られ、腹部を斬りつけられて蹴り飛ばされる。身体は簡単に宙を舞い、露店を破壊しながら跳ねる。
「がァっ――――」
「は、ははははははっ! 『前夜祭』だァ! 騒ぎに来たぜ、冒険者どもぉぉぉぉ!!」
悪辣な哄笑。その叫び声は、街の叫喚は炊き出しに参加している冒険者たちの元へと届けられる。
「弱え、弱えなァ! さっきのクソ野郎の方が万倍マシだぜ?」
彼女は既に亡骸と化した血濡れの民を蹴りつけ、壁に向かって蹴り飛ばす。まるで邪魔だと、亡骸を足蹴にする彼女の行動に付近にいた三人の冒険者が激昂し、瞬く間に彼らも亡骸と化した。
「――外道ッッ!」
その背後から、木刀と細剣がLv.4に匹敵する速さで振り下ろされる。それを瞬時に回避、懐から取り出した短剣を逆手に追撃を防ぐ。
「あぁン……? てめー等はお呼びじゃねえんだよ、乳くせえガキども! てめー等が来るくらいならあの
そう言って長剣を向ける先、俺が吹き飛ばされた方角を見て女の顔が初めて驚愕に染まる。舌打ちの後、
「まあいい、Lv.3のてめえ等とLv.4の雑魚が群がったところでLv.5の私には敵わねぇからなァ!」
アリーゼとリオンの追撃、痛烈な金属音、剣戟の音が響き渡り鍔迫り合いを行うも、ヴァレッタは嗤った。レベルの差は絶対に等しい。ゆえに、アリーゼとリオンは彼女の一振で押し負け、後方へと叩きつけられる。苦痛に喘ぐ彼女たちに止めを刺そうと長剣を振りかぶった彼女はすぐに飛び退き、俺の振り下ろす剣を避けてみせた。
「おいおい、正義の眷属様がこぞって不意打ちとはなァ」
「悪は滅する。特にお前のような
腹部に巻いた止血を試みた布に血が滲む。骨も数本いっているだろうが、そんなことは今考えることじゃない。
「もう一度踊ってくれよ、
「ハッ、そう来なくっちゃなァ!」
再度、剣戟が交わされる。長剣を受け止め、短剣のよる刺突をバックステップで回避する。すぐさま反撃に切り替え、両手で剣を振りかぶり、そのまま姿勢をわざと崩す。俺の剣を受け止めようと振り抜かれた長剣は空を切り、手を地面に付いて腹部を蹴り飛ばす。
「舐めんなァ!」
「ッ!?」
しかし、腹部を抑えながらもさすがはLv.5。今度は彼女が攻勢に出て長剣が不規則な動きで振り下ろされる。辛うじて受け止め、膝をつく。だが、膝をついた状態で回避は不可能。
「しまっ――――」
身動きの取れない俺の喉を掻っ切ろうと、短剣が振るわれ――突如横から繰り出された強烈な殴り拳に、彼女が凄まじい勢いで石畳を転がった。
「――よく耐えたの、小童共。……くそ、何のための見張りだ。犠牲者を出しておいて、フィンたちに合わせる顔がないわ」
「助かりました、ガレスさん。犠牲者に関しては俺の力不足が招いた結果、あなたが悔やむことでは……」
「小童に責任を押し付けるほど儂らは落ちてないわい。それよりまだ動けるか?」
ガレスさんの問いに頷き、立ち上がる。既に周囲は血の海と化している。アリーゼとリオンが
「ってーなっ、馬鹿力がぁ! だが来やがったなァ、【ロキ・ファミリア】!」
長剣を地面に擦りながら苛立ちを隠そうともしないヴァレッタからは先程よりも濃厚な殺意を感じる。
「久しぶりだな、ドワーフの糞爺! フィンの野郎はいねぇのかァ〜〜!?」
「生憎とここにはおらん。貴様等の『陽動』を見越して、別の場所に網を張っておる」
『陽動』、か。そこまでは考えが及ばなかった。確かに都市の東西から煙が上がっている。ガレスさんと若い冒険者しかロキ・ファミリアが護衛に借り出されていないのはそういうことか。
「ヴァレッタ様! 同志の潜伏地点から煙が……! 目標襲撃前に、冒険者に強襲されたものかと思われます!」
「ちッ……死ねよクソが。派手に暴れてやったって言うのに、何も意味がねーじゃねぇか」
報告を聞いた彼女は笑みから一転、怒りに染る。憎悪のままに報告した部下の喉を掻っ切ろうとし、やめた。
「クソ、萎えたぜ。おい、てめえ等。アイツ等を足止めしろ、私は帰る。陽動が騒ぐだけ騒いで他が不発なんて、間抜けのやることだ、これ以上は殺る意味もねえ」
身代わりになれ、と告げられた
「安心しろよ。どいつもこいつも優しい
その音は『悪』が爆撃を振りまく合図。家屋は瓦礫と化し人々を巻き込みながら悲鳴を鳴らす。
焦燥する俺たちと対照的に、嘲笑と共に身を翻す彼女。リオンが怒号を上げるが、今はヴァレッタを追う余裕はない。一人でも多く道連れにしようとする凶徒の対応が先決だ。
「アリーゼ、リオン! 周りの人の救助を!」
「くっ……はい!」
「
二人は一人でも多くの命を救うため、二手に別れて駆け出す。
「任された」
こうして、この一件最後の戦いが始まった。魔剣や魔法は確かに脅威となるが、一人一人はやはり弱い。ガレスさんの斧の一振で数人が吹き飛び、俺も負けじと剣を振るう。既に
薙ぎ払われた斧を担ぎ、ガレスさんは息つく間もなく避難民の誘導と護衛に集中していた若い冒険者に声を飛ばす。
「ラウル、【ディアンケヒト・ファミリア】に応援を頼め! 大至急じゃ!」
「は、はいっす!」
改めて周囲を見渡し、その惨状を目に焼きつける。いまだ悲鳴は絶えず、炎と煙。焼け焦げた血の匂いが記憶を呼び起こし、お前はまだ弱いと現実を突きつける。
「…………くそ」
「儂が言えた口ではないが、悔やむのは後にせい。お主も使っておけ、傷が痛むじゃろ」
ガレスさんからポーションを受け取り、腹部へ流す。みるみるうちに傷は癒え、血が止まった。
「ありがとうございます、ガレスさん。あなたがいなければ今頃もっとひどい状況になっていました」
「構わん、儂がいてもこの有様じゃがな」
瓦礫に足を潰された者、魔法により四肢が吹き飛んだ者、そしてすでに息絶えた者。街は、人々はいまだ悲鳴と号哭の中にある。
「【
「つまり、このあとにより大きなことをしでかすと?」
恐らく、と付け加えて頷く。これだけの被害を出しておきながら『前夜祭』と。奴らにとってのメインディッシュはまた別に有るということだろう。
「フィンたちにも伝えておこう。この有様じゃが、お主らは良く戦った。あまり気負いすぎるなよ」
「ええ、お疲れ様です」
斧を担ぎ、片手を上げて人々の救助に向かうガレスさんの背中を見送り、俺も救助に専念することにした。新たに湧いて出た脅威を頭の片隅に置いたまま。
大抗争まで、あと四日――――。
基本アスレコ通り……。Lv.4のオリ主一人入ったところで被害なんか食い止めれる訳ないんすわぁ(愉悦)