戦死した異世界のおっさん軍人、超絶美少女として日本に転生す 作:夕叢白
荒れ果てた野原の中心で火花が散る。腹の底に響く
「アレックス・フォーリナー...やはり貴様は強い。我が運命の好敵手に値する男だ。」
白銀の鎧を身に着け、漆黒の長髪を風に靡かせる甘いマスクの騎士が目の前の男にそう告げる。彼はガルア・ツー・ルハイド、貴族でありながら剣術の達人としてこの大陸に名を轟かせており、今や一国の騎士団を率いるエリート中のエリート。
「へっ、そりゃどうも。敵軍きってのエリート様に認められるとは...嬉しすぎて早く殺っちまいたくなる。」
対する相手、アレックス・フォーリナーもまた只者ではない。叩き上げの軍人にして
「さっさと決着をつけようぜ?エリートのガルアさんよぉ。」
「いいだろう...次で幕を引いてやる。」
雌雄を決するべく二人は大剣を構え─────その刹那、互いが同時に地を蹴った。並々ならぬ闘気を纏った両者の距離が近付き、最初に攻撃を仕掛けたのはアレックス。彼は常人離れした動きで瞬く間に大剣を相手の頭部へ振り下ろす。一連の行動を天性の動体視力で見切っていたガルアは真上から迫る大剣の一撃を身を翻して回避しつつ反撃の一太刀を浴びせようとするものの、直後に違和感を覚えた。
「(奴の姿がないだと...?)」
「(落ち着け、奴は鮮血暴牛の名前の通り基本戦術を軸としない非常識な戦い方を好む。ならば!)」
突如ガルアの左側に現れる大柄な人影、正体は姿を消したアレックスだった。彼は既に右の拳を振り上げ、兜のない頭部に狙いを定めて強力な打撃を放つ体勢に入っている。もはやガルアに回避は不可能な距離である。
「あばよ。」
そして勝利を確信したアレックスが思わず口元を緩めた瞬間、悪寒と共に彼の脳裏には敗北の二文字が浮かんだ。鮮血暴牛として多くの戦場を駆け抜けてきた本能が警鐘を鳴らしている。戦闘をこよなく愛する彼にとって初めての感覚、しかし、それは紛れもなく死に対する恐怖だった。彼は咄嗟の判断でその場から飛び退こうとするが、時既に遅し。何時の間にか、アレックスの巨体は宙を舞っていた。
固い土の上で意識は覚醒する。以前にも何度か同様の経験をした事をアレックスは呑気に思い出していた。今回のものは記憶の混濁を引き起こす程に酷いが、存外気持ちは落ち着いている。霞む視界の中、周囲の状況を確認しようと試みる。すると、彼は次第に鮮明になっていく光景の中心に見覚えのある男が佇んでいる事に気が付いた。戦場には不釣り合いな漆黒の長髪の偉丈夫、自らの好敵手であるガルアの存在を認識した彼は数十秒間、大口を開けて笑った。
「ふー......負けた...のか、俺は...。」
「左様、中々手に汗を握る死闘だった。」
「けっ、そうかよ。で、俺は...死ぬのか...?」
「内臓に損傷を与えた。残り数分もすれば、貴様は死ぬだろう。」
ガルアは手の平に乗せている深紅の宝玉を眺めながら、淡々と答える。彼の表情からは感情を読み取る事は出来ず、アレックスは死人を相手に話しているような錯覚さえ抱いた。
「おい、その赤い玉は何だよ...。」
「我が国に伝わる、一度きりの特別な力を宿した宝玉だ。貴様に致命傷を与える為に使った故、もはやただの物に過ぎない。」
「あ...?反則だろそれ、畜生...。」
「貴様の流儀に則るなら、殺し合いに反則も何もないだろう。それに裏を返せば、認めたくはないが...宝玉を所持していない場合、私は負けていた可能性が高い。」
悔しいが、正論だ。アレックスは心の中で呟きながらも、自分が完敗した原因を少しづつ理解し始めていた。ガルアは遠回しに言っているが、要するに宝玉の存在を事前に調べていれば、フィジカルでガルアを上回るアレックスの勝利は揺るがなかった。身体能力や剣術の他に、人間が持つ特権である知識を活かせなかった時点で勝敗は決していたのだ。
「ふ...はははははっ......あー......最悪な気分だがよ、お前との殺し合いは楽しかったぜ、ガルア。」
「......そうか。安心して逝くといい、君のような存在を生んだあの国は、我らが必ず変えてやる。」
「へっ...期待......してる。」
不思議とアレックスに後悔はなかった。自分自身の過去を振り返る余裕すらある。幼い頃から孤児院で育ち、隣国との戦争によって十五歳で徴兵、数え切れない程の命を奪い、時には味方からも恐れられ、国には強いからという理由だけで利用されるだけの日々だった。それでも戦い続けたのは、血湧き肉躍る世界に魅了されていたという趣向の問題もあるが、何より他に生き残る術がなかったからだ。しかし、その役割もやっと終わる。ガルアの言う通り、アレックスの命はこの世を去ろうとしていた。
「(もし来世があるのなら─────。)」
アレックス・フォーリナー、四十歳。剣術の達人、ガルア・ツー・ルハイドとの一騎打ちにて討死。彼の最後を見届けたガルアは後に鮮血暴牛を生み出した国との戦争に勝ち、大陸には長い平和が訪れたらしい。
日本、とある地方病院の新生児室、新生児用のベッドの上で一人の赤子がカッと目を見開いた。看護師が見ていれば、突然の出来事に仰天していたのは間違いない。
「(ここは......どこだ?)」
神様が存在しているとしたら、死に際のアレックスにこう告げただろう。平和な世界でどうか幸せに、と。