「まったく、リゼも酷いねー。まー、あの子の役職じゃ、あれくらいしか言えなかったんだろうけど」
凄く硬いアイスクリームをスプーンで突きながら、ヴィオは隣に座る俺に話しかける。
「役職?」
「リゼはね、教育や研修の方の担当なんだよねー。だからプログラムの途中のまんまで現場にぶん投げるなんて無責任なことはできないんだよ」
強引に押し通せて良かったーと、粉砕されたアイスクリームの塊を頬張るヴィオ。
なんというか、こうやって実際に接してみると意外と理知的だ。原作のイメージだともっと対話不可能な怪物みたいな感じだったんだが。
「むむっ? 今なんか失礼なこと考えてるでしょ?」
……あと、第六感も相当に鋭いらしい。これに関しては原作通りといったところか。
「いや、特に……」
「本当?」
「本当だが。それより、何故今俺達は――」
――新幹線に乗っているんだ?
横浜の東日本支部で研修をしているところに、ヴィオが乱入してきたのが今日の夕方。そしてそれから一悶着あって俺達は函館に向かうことになったはず。
なのにどうしてもう、新幹線に乗ってるんだ?
そう尋ねると、ヴィオはきょとんとした顔で答えた。
「なんでって……函館に行くからだけど?」
「いやいや、決まった当日にさ、いきなり新幹線のきっぷを渡されるなんて思わないだろ」
こちとらまったく準備も何もしていないしする暇すらなかったんだぞ。そもそも、念のため常に持ち歩くようにとされている数日分の緊急サバイバルバッグを除けば、研修が終われば帰る前提だったんだから遠征用の荷物を持っていた訳ですらない。なのにどうして横浜からそのまま東京駅へ連れられ、そして新幹線に乗せられているのか。
「そうかな? 善は急げって言うじゃん?」
「急いては事を仕損じるとも言うな」
「……むぅ、意地悪。まるでルドルフみたいなこと言わないでよ―」
ヴィオは河豚のように頬をぷっくりと膨らませた。そりゃだって、原作でルドルフがヴィオを口先で丸め込む時に使う手法を真似してるんだからそう感じるのも当たり前だろう。こうでもしなきゃ、リゼすらいない2人っきりの現状じゃ心臓がいくつあっても足りないのはこっちだ。まったく、今度は一体何を企んでるのやら。そんな風に警戒しながら、俺は座席に体を預けた。
しばらくすると、隣の席からはスースーとかすかに寝息が。どうやらアイスクリームを食べ終えて眠ってしまったらしい。こっちの気も知らないで……。
「自由だな……。まぁ、下手に動かれるよりは気は楽か」
ふと、すやすやとヴィオの顔を覗き込んで、考える。
『黄金のソレイユ』でのヴィオは、突拍子もないことはするけれどもやることはきっかりとやるかなりの実力者として描かれていた。それはルドルフが代表の座に座ることになるよりもかなり前から、単独で日本沿海の
だけど、こうやってすやすやと寝ている彼女の姿は、とうていそのような実力者のようには見えない。むしろどこにでもいるようなか弱い女の子と形容するほうがしっくりと来る。性格だってなんというか、普通に子供っぽいところだってかなりあるし、何よりリゼやルドルフよりも――それどころか、タイヨーアライズの中ですらかなり小柄なその身なりが、そういった感想を懐かせる1つの要因になっている。
……まぁ、そう言う俺だって人のことは言えないんだが。何せ夜の車窓を見れば、そこに映る俺の姿は格好いいというよりはかわいいという言葉のほうが似合うようなものなのだから。
「どうして俺が、こうなっちゃったんだろうなぁ……」
その言葉に答えを返す者は、誰もいなかった。
鉄の靴が大地を蹴って、北へ北へとまっしぐら。新幹線は静かに夜の闇の中を駆けてゆく。
電車の椅子というものは、そこまで柔らかいものでもないのにどうしてこうも眠気を誘うのだろうか。それとも隣でヴィオが寝息を立てているからだろうか。気がついた頃には俺もまた眠りに落ちていた。
「コアマちゃん、コーアーマーちゃーん!」
「ん……ほへ?」
「終点ついたよ。降りよ?」
ゆさゆさと揺さぶられて目を覚ませば、新幹線はいつの間にか到着していたらしい。慌てて荷物をまとめて飛び降りると、「ご乗車ありがとうございました」とスタンバイしていた清掃員の方に声をかけられる。待たせちまったか……。
それでも今、俺はようやく函館に着いた。
……訳じゃない。
ホームの上の駅名標には『新青森』の3文字。そう、ここはまだ本州なのだ。
「なくなっちゃったね……、『終電』ッ!」
「なくなるも何ももう函館行きの終電が出た後の新幹線のきっぷを渡してきたのはどこの誰だ」
「わかってるよ? もともと函館に着く予定は明日の朝だから」
そう言いながら、ヴィオは俺の手を引いて歩き出した。ついてこいという事だろう。
そのまや新青森から一駅だけ電車に乗れば、俺達は青森の市街地の駅に到着した。
……にしても、終電で途中の街に着いてそこで一泊して翌朝にまた移動って。ずいぶんまたタイトなスケジュールだな。青森駅からまた歩き出したヴィオの背中を追いながら、俺はそう考えた。
だがその予想は外れていた。新幹線に乗ってここまできたということが、俺の頭から基礎的な事実をスッコーンと忘れさせてしまっていたのだ。
青森駅を出て左に進んでいったヴィオが立ち止まったのは、深夜だというのに爆音で演歌を垂れ流す石碑の前だった。その石碑の裏には今はもう引退して記念館となっている船が繋がれていて、そしてその先の岸壁には何もいなかった。
「それじゃ、コアマ。行こっか」
「え、行くって、どこにだよ?」
「そりゃもちろん、函館だよ!」
そう言うと、ヴィオはその岸壁から飛び降りて着水した。
……あぁ、そういえばそうだった。
ヴィオもコアマも、もともとは船だったのだ。当然電車ほどのスピードは出せないが、海の上を走っていけるのだ。
「コアマー! はやくはやくー!」
「分かったから、ちょっと待って」
ヴィオのこの様子じゃ青森に宿なんて取ってないんだろうし、だからこそさっきまで新幹線の中で仮眠を取っていたのだろう。そう考えながら、俺は諦め半分でヴィオの後に続いた。
そして、コアマではなく、俺としての処女航海は静かに始まったのだった。