タイヨーアライズ:幻解の女王   作:だぶるすたぁ

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メーデンボイジャー

 夜の海は、危険だ。

 

 空気は澄んでいるのに、真っ暗で暗闇が覆い、少し先ですら見えやしない。流されたとて、すぐに気づくことも難しいだろう。

 

 だけど。

 この暗い海に足を浸し、ぷかぷかと見えない水平線を望めば、どうしてだか心が落ち着いてきて、しかし何やら言葉にできない高揚感も浮かんでくるものだ。

 だが仮に夜の海だとしても、やるべきことは昼と何ら変わらない。より感覚を研ぎ澄ませて、障害物をきちんと避けられるのならば。

 

「さぁ、ナイトクルーズだよー!」

「スタンバイ・アイドル。いつでも行ける」

「……? コアマちゃん、なんか雰囲気変わったー?」

「そうか?」

 

 ヴィオはそう言いながら、俺の周りを数周まわって何かを探るように俺の身体をペタペタとさわったり、近くで見たりしていた。失礼な。

 

「仮に変わっているとするなら、夜間航行どころかこういった航海自体が記憶にないから緊張してるってだけだと思うが」

「……そっか。でも、コアマちゃんなら大丈夫。きっと身体が覚えてくれてるよー」

 

 そんな適当な……。

 そう言い返そうともしたが、いざ口に出そうとした途端、なぜか急に言い返す気になれなくなって、結局それを伝えることはしなかった。

 

「まぁ、そうだといいけどな。どっちにせよ、夜の海だから気を引き締めないとな」

「無理そうなら言ってね? 曳いてくからー」

 

 そして俺達は、夜の海へと進みだした。といっても、海図が頭に入っていない俺がまともに夜の海を動ける訳がない。だからこそ、夜間航行で一番大切な前方の監視(ワッチ)や航路の選定は前を(はし)るヴィオが行い、俺は彼女の舷灯を追っていくだけになった。

 

 静かな夜の陸奥湾を、北へ北へと進む俺達。あれだけ賑やかだったヴィオですら、この暗闇の中を進むとなれば流石に気を尖らせているのか口数も減り、たまに俺がきちんとついてこれているかを確認するために口を交わす程度だ。

 そしてそんな波の音しかしないような静かな海を航っていれば、だんだんと、だんだんとかえって感覚が研ぎ澄まされてくる。

 

 あぁ、なんと心地がいいのだろう。

 潮風が――いや、進む俺を阻む空気が髪を流して頬を撫でる。小さな波が身体を持ち上げて、そしてゆっくりと降ろしてゆく。この僅かな揺らぎが、どうしょうもなく心地がいい。

 前を見れば、夜の闇の中に先に航るヴィオの舷灯だけがゆっくりと揺れながら点滅していて、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。

 今まで感じたことのない開放感と共に、俺は海を航っていく。少し頭を回してみれば、それは俺にとってはあまりにも不思議な体験だった。何せ陸の上で膝立ちをしているようなだけなのに、この身体は波に揺られながらしっかりと前へと進み続けているのだから。これは今まで練習していたような、波のない複雑な運河の奥はてではとうてい得られない感覚だった。

 

「コアマちゃーん」

「何」

「ついてこれてるかの確認! そろそろ、平舘(ひらだて)海峡を抜けて津軽海峡に入るからねー」

 

 続いてヴィオは左の方を指さした。遠くに、ポツンと海を照らす灯台が1つ見える。あれが龍飛(たっぴ)岬なのだという。

 そして――海は、急に穏やかではなくなった。潮の流れがかわり、力強く襲いかかってくるものになったのだ。

 

 気を抜けば投げ出されそうになるほどの強い荒波が俺達を襲う。視界の隅に、向こうからこちらの方へと向かってくる1隻の船が見えた。全長およそ100m強ほどだろうか、そこまで大きくはない船だ。しかしそんな船でも、この潮を気にもせずに南へと進んでいるのだ。当たり前だ。俺みたいな2mもない小さな物体のほうが明らかに波に弱いに決まっている。

 だがしかし、前を見れば舷灯は――ヴィオはそんな荒波を苦にもせずすいすいと進んでゆく。こんな闇の海で置いていかれるわけにはいかない。俺は出力を上げて速力を上げ、そして波に食らいつく。文字通り、全てが流されそうになるほどの強い潮。一体どうやって彼女はこの荒れ狂う津軽海峡を?

 ――わからない。わからないけど、やるしかない。ここで見失ってしまえば、行く先もわからずに遭難するか、あるいは最悪海の上にいられなくなってしまう。俺より小さなヴィオだってああできているんだ、俺にできないなんてことは、決してない!

 

 次の瞬間。

 

 ひときわ大きな波が、俺に覆いかぶさった。

 水が襲いかかり、前後左右が一瞬分からなくなる。顔を、脇の下を、腰を……ありとあらゆる部位を水が撫でた。だけどその一瞬の間でも、どっちが北なのかはすぐに分かって、少しして下がどちらなのかが分かる。

 そして無我夢中でもがくうちに、気がついた時には南の下の方へと足をピンと伸ばして、かかとの先のプロペラの軸と体の軸を合わせていた。

 

 なぜかは分からない。だけど、()()()()()()()()()。こうするのがいいんだって。ならば口の中の酸素が切れる前に!

 

 プロペラを回す。まっすぐと、体が前へと押されていく。そして水面すらも突き破って、俺は (とびうお)のように跳ねた。

 

「あ、戻ってきた。大丈夫そうだねー」

「俺のどこを見てそう思ったんだよ!」

 

 空中で体勢を整えながら、ヴィオと言葉を交わす。彼女はのほほんと変わらない様子でただ俺を見ていただけだった。

 着水してすぐに、ヴィオのもとに駆け寄る。

 

「見てたんなら助けてくれても良かったじゃないか」

「えー? 君なら大丈夫だって信じてたよ? このヴァイオレットなんかよりも()()()()()君がこんなんで終わるわけがないってね!」

 

 ……ん?

 

「ずっと、強い?」

「そうでしょ?」

「……俺が?」

 

 そんな莫迦な。原作じゃヴィオは日本沿海で一番の実力者だぞ? いや、でも確かにコアマがいたサンヂヱゴ率いるエクスレー41の主な活動地域はインド洋、その中でも北西方面が主担当だったはず。ならばヴィオとコアマとでは単純な比較はされてはいなくてもおかしくはないが……。

 

「まさか、な……」

「うん?」

「いや、何でもない」

 

 流石にそれはないだろう。あの沈黙の一週間(サイレンスウィーク)をタカサゴに聞いたような過去を持つコアマが引き起こしたなんて。

 

「ウッソだー。聞きたいことがあるって顔してる!」

「ある。でも、こんな危ない海じゃなくて、函館に着いてからでも遅くない疑問だ」

「……うん、そうだね。じゃ、行こっか」

 

 そしてその後は大きなトラブルもなく、俺達は津軽海峡を渡りきり、函館山の灯台の西数マイルの地点、函館湾口までたどり着いた。

 

 そして、そこには既に、ヴィオが訪ねようとしたまさにその人が待ち構えていたのだった。

 




『黄金のソレイユ』キャラクター紹介


【挿絵表示】

「やっほー! ヴァイオレットだよ! 元気してたー?」
「話、聞いたよ。私だって、許せない!」
「むぅ。ルドルフのいじわる」

ルドルフをタイヨーアライズに引き入れた、かつてよりの旧い仲。
小柄な身体ながらもその実力は折り紙付きで、特に日本近海においては右に出る者はいないレベル。
団体行動をするといつも団体を振り回してしまい上層部を悩ませていたのである時単独で遊弋を任されたが、これが意外にもハマり役だった。
しかし自由な彼女も、ルドルフにだけは口でも敵わないようだ。
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