エクスレー41でのコアマの記憶を遡り続けて見えてきたのは、サンヂヱゴの苦しみとコアマ――いや、キロ86のあまりにも強すぎる無情な力だった。
キロ86には感情がない。ただ空っぽで虚ろな存在だった。それがゆえ、追体験させられている俺も目を背けたくなるような――実際にそれはできなかったが――行動を多く重ねていた。
その極みこそが、オマーンの南、インド洋北西部における害意勢力の殲滅。後に
当時エクスレー41はオマーンのマスカットを拠点に、インド洋北西部で活動をしていた。だがしかし、あまりにも攻撃を受ける保護対象が多くなり、その度に警告を加えるも無視され――サンヂヱゴの精神はじわりじわりと消耗していたのだ。
その指示は、半ば冗談のようなものだったのかもしれない。実際、それはかなり軽い口調でサンヂヱゴの口から発せられていた。しかしキロ86はそれを忠実に遂行したのだ。
その全てを、俺は観た。キロ86の視点で。
ある時、キロ86は、真っ赤な海に立っていた。
目の前には、お世辞にも格好良いとは言えないような小さな船。いや、ボートと呼んだほうが適切かもしれない。その残骸が散らばり、その周りには大型の哺乳類とみられる肉片が転がっていた。
すべて、コアマがやったことだった。
ただひとりエクスレー41の本体から離れ、アデン湾へと向かったキロ86。たった1つの命令のほかはサンヂヱゴの支配下から外れ、そこで単独で命令を遂行していた。それは保護対象へと明確に近寄ってくる海賊を一隻たりとも残らず駆逐し、殲滅するというものだった。
キロ86は、船を護るべき力を、船やその乗員を見納めにするために使っていたのだ。それが、沈黙の一週間の真実だった。
その惨状を噂に聞いて止めにきたサンヂヱゴがキロ86を見つけ出すまでの間の一週間で、俺は一体何度真っ赤な海を見ただろうか。いくつもの悲鳴を聞いただろうか。途中から数えるのすら億劫になってしまうほどの数であるのは確かだった。
迎えにきたサンヂヱゴはといえば、その姿を認めると泣きながら飛びついて抱きしめ、そしてコアマに謝り続けていた。しかしキロ86はその姿をただただ黙って見ていただけだった。
ほかにもいくつもの記憶をなぞった。その中では、さすがにこの沈黙の一週間ほどではないものの、何度も海を赤や黒に染める行為に手を出させられていた。潮の香りは血と油に上書きされ、もはやその香りすら慣れが生まれるレベルには。それは追体験の中ですら、心を無にして傍観者に徹せずにその光景を見続けていれば感覚が狂ってしまうのではないかという程のものだった。
感情を喪失していたキロ86だからこそ、その海に立ち、目を背けずに直視することができたのだろう。そしてそんなキロ86だからこそ、サンヂヱゴはそれを生み出させるという判断を下したのだろう。
タイヨーアライズに正義はない。ただ目的あるのみ。そのためにはあらゆる手段を厭わない。それを痛いほどに理解させられるものだった。
それに、もう1つ。
記憶を遡る間、キロ86が言葉を発することは一度もなかった。
もともとキロ86が言葉を発しなくなっていたのは知っていた。だがそれがいつからのことなのかはわからなかった。しかし時を遡り、2000年、1990年と遡っていっても一向に話す気配はなく、周囲もそれが当然といった感じだった。
一体いつからコアマは言葉を発しなくなったのか。それもこのまま記憶を辿りつづければわかるのだろうか?
そう、思ったところで。
「済まない。緊急事態のようだ」
突如としてロセマのその声が頭の中に響いた。
続けて周囲の風景が、コアマの記憶が真っ青に溶けて、視界が青一面になって――そして、津軽海峡に引き戻される。
「聞こえるか?」
隣からロセマがそう問いかけてきた。あの青い光はもうそこにはなかった。
「あぁ。何が起きてるんだ?」
「分からない。だが明らかに自然のものではない雷が駆け抜けた」
空を見上げる。清々しいほどの青空だ。こんな空から雷なんか落ちてくる訳がない。
……ってことは。
「誰かいるってことか?」
「一応ヴァイオレット号に外の警戒をたのんでいるのだが、何かイレギュラーが発生している可能性がある。最悪の場合は戦闘になりかねない」
そう言って、ロセマは力強い目で俺を見ながら俺の背中を叩いた。
……なるほどね。ヴィオですら敵わない相手の可能性がある、と。
「戦い方なら
「そうかい、それなら行こうか」
そして、ロセマは《
錨を構える。この壁の外側は、一体どうなっているのか?
そう考えている間に炎は消え、そして見えてきたのは――
――ヴィオにより拘束されている1つの人影だった。
なんだ、ヴィオが制圧してたじゃん。そう思って2人でヴィオの方へと進む。
「ヴィオ、こいつは?」
「あ、おかえりー。なんかね、怪しいヤツ」
その人影は観念したかのように動かず、黙ってヴィオを見ていた。
だが。ソイツが俺の後からやってきたロセマを見ると、急に醸す雰囲気がかわり、こちらへと威圧感をかけてくる。
「フフフ、フフフフフ」
「何がおかしいの」
「おかしいのではありません。ですが、妾達はやっと再びお目にかかることがかなったのです」
次の瞬間。
ソイツを拘束していた縄が弾け、そして彼女は堂々と海の上に立った。
「ご無沙汰しております、お姉様」
その目線は、はっきりとロセマを見据えている。
俺とヴィオはどちらから言うこともなく、すぐに2人の間に立ち位置を変えた。
「貴女にお姉様と呼ばれる理由が分からないのだが」
「お忘れになられてしまったのですか? それも仕方がありませんね。何せあの日より幾星霜もの月日が流れていますもの」
ロセマを見る。困惑している顔だ。
反対にソイツは顔に笑みを浮かべている。どうも不気味なやつだ。
「……これ以上、おちょくるようだったら怒るよ?」
「戯言ではございませんが……。そう思われているのならば、仕方がありません。参りましょう、《目鉢炎壁》!」
「なっ……!」
どうしてその技を? この技は
その困惑が俺達の動きを遅らせた。そして、気がついた頃には最早脱出はかなわず、炎の壁に閉じ込められてしまったのだった。