「……え? 負けたの? 君たちが?」
北日本支部長のクリファルコンはヴィオの報告を聞いて、きょとんとした顔でそう言った。彼女か手に持っていたペンは、コトリと机の上に落とされている。
北海道苫小牧市表町、タイヨーアライズ北日本支部。
津軽海峡で敗北を期した俺達は、トボトボと報告のためにここを訪れていた。函館に戻るのも手ではあったが、戻ったところで結局は一度こちらの北日本支部で情報を集約するのだからと苫小牧へと直行することにしたのだ。
「いやー、正確には負けちゃったというより、戦う意味が無くなっちゃったって言うか……」
「でもロセマ号は連れ去られたんだよね?」
クリファルコンはそう言葉を曖昧にするヴィオを詰めた。
「連れ去られた……っていうか、ロセマの意志で着いてった、てとこ?」
「うん? 襲撃者に? ちょっとよくわからないな」
まぁ、普通に考えればそりゃそうだ。
俺に
「そいつはロセマをこう呼んでた。『お姉様』って。ロセマも最初はそれに驚いていたが、次第に納得して最終的にそいつを『妹』とまで呼んでいた」
「ふむふむ、つまり襲撃者はロセマ号の妹さんだった、ってこと……って納得できるかーい!」
バン! と机を叩き立ち上がって、その向かいのヴィオに詰め寄るクリファルコン。その表情は驚き半分、呆れ半分といったところだろうか。
「どうして追わなかったのよ」
「ロセマが納得してるようだったからね。仮にそれがロセマの嘘だったとしても、それで危なくなるほど弱くはないでしょ?」
するとクリファルコンはため息をついた。
「ねぇ、どうなんの?」
「ここは道央だけど」
「ヴィオ、今はふざけてる余裕はない。函館、津軽海峡のロセマが突然離脱するシナリオなんて用意できてる訳がないでしょ」
クリファルコンの懸念している問題はどうやらそこらしかった。無理もない。基本的に去るものは追わないタイヨーアライズではあるが、さすがに北日本支部函館支局の長という役職持ちが突然タイヨーアライズを抜けてしまうなんてことまでは想定はされていなかったのだ。
「そこはほら、マセマちゃんとかボランちゃんとか……あと」
たじたじと名前を列挙するヴィオ。しかしそんな様子を見て、クリファルコンはため息をついた。
「うん、彼女達は強い、強いよ? でもね、警戒能力とかさ、いろきろとロセマ号ほどじゃないってのはわかってるでしょ?」
「そりゃそうだけどー、でもあの子たちだって」
「決めた。一旦函館に行こう。話はそれから……」
そう言ってクリファルコンが支部長室の扉に向かった瞬間、その扉は突然外側から開けられた。
そこにいたのは――。
「話は伺いました。その必要はありませんわ」
「え?」
――綺羅びやかに輝く黄金の髪、すべてを見通すかのように透き通った目。タイヨーアライズの代表、ゴールドフェリー号。そのルドルフが、そこには立っていた。
そりゃあ、いるだろうし後々会うとは思っていた。だが、なんの前触れもなく、それも来島の本部でもない苫小牧は北日本支部で会うことになる……なんてことは当然想定なんてしていないわけで。特にヴィオは信じられないとでも言いたげながらも言葉を出せずにただ口を魚のようにパクパクとさせていた。
「……ゴルフェ代表!? どうして」
そして、驚いているのはクリファルコンも同じだった。しかも扉に向かうために立ち上がっていたのが運の尽きで、彼女は驚きのあまりその場で後ろにずっこけて尻もちをついてしまっていた。どうやらルドルフはクリファルコンにすら知らせずに北日本支部へと足を運んできたようだ。
そんな支部長室の様子を見て、ルドルフは苦笑いを浮かべると、一度コホンと咳払いをしてから状況を告げた。
「昨晩のことですが、リゼからヴィオがコアマ号を函館に拉致したとのお報せをいただきまして。そちらの件について一旦なにかの情報を頂いているのではないかと、お話を伺ってから函館へと向かおうかと考えておりました。ですが、どうやらその必要も無いようですね」
そう言いながら、ルドルフはゆっくりと、だが確かにヴィオの方へと一直線に向かった。
「ヴィオ。あとでお話があります……」
「なんで?」
「『なんで』ではありませんのよ? 今回の件もそうですが、貴女にはしなければならないお話が数多く溜まっているのですから」
そう微笑みながら告げるルドルフ。対照的にヴィオの顔は引きつっていた。どれだけ逃げ回ってたんだか。
「それと、コアマ。貴女もですわ」
「……え」
「貴女には貴女で確認しなければならないことが数点ほどありますからね。……さて、閑話休題と致しましょうか」
それから俺達はもう一度状況の説明をルドルフにすることになった。クリファルコンにしたものよりも更に詳しいものを、だ。それは説明というよりも、洗いざらい吐かさせられた、と表現したほうが正しいとも言えるほどのものだった。
原作でもヴィオがルドルフに詰められて反省させられる姿はかなりあったが、まさかそれを目の前で見ることになるとは。……まぁ、今はその矛先の一部は俺にも向いている訳だが。
とはいえ、俺に向けられる質問はヴィオに向けられるものより相当軽いものだった。
たとえば、ヴィオにしていたなぜ俺に対して藍き方舟を使わせようと思ったのかという質問ではヴィオがうんざりするほどに根掘り葉掘りと再質問を繰り返していた。しかしその後で俺に向けられた、なぜその話にのったのか、という問いには、リゼの表情を見て行かないという選択肢が最初から用意されていないと悟ったからだと答えればそれで終わりである。
もしかしなくとも、ヴィオって俺が思ってた以上にやらかしていたりするのではないだろうか? そんな疑問が新たに芽生えながらも、状況の再確認は進められた。
そして、すべての質問が終わった後。ルドルフは少し考え込んでから結論を出した。
「なるほど、状況は理解しました。ここで生じた大きな問題は主に2つ。1つは函館支局長のポストが不在となってしまったこと。こちらにつきましては、近日中に複数の素案をこちらから通知しますから、それらの中からクリファルコン、あなたの判断で決裁していただくとしましょうか」
「オッケー」
それまでの間は直接クリファルコンが函館支局の指揮を取るほか、一時的に隣接支局が一部海域を担当することで負担の軽減を図ることになった。まぁまぁ妥当なところだろう。
だがしかし、クリファルコンが重視していたこっちの問題を先に述べた、ということにはまた別の意味が乗ってくる。それはつまり、ルドルフはもう片方の問題の方が重大な問題だと認識しているだろうということだ。
そして、その予想はどうやら当たっていたようだった。
クリファルコンと少し言葉を交わした後、ルドルフは明らかに意識的に俺とヴィオの方を向いてこう言ったのだ。
「もう片方、ロセマ号の件は本部預かりとします。情報筋から