「どこまで、とは?」
「文字通りの意味です。貴女は
右手を伸ばし、俺の顎に手を添えるルドルフ。それは俺に対して暗に逃げるなと言っているかのようだった。
……しっかしなぁ。仮にライスシャワァのやろうとしていることがわかっていたとしても、それを伝えてしまっていいのだろうか? 伝えてしまえば、この世界に何か歪みのような、不具合のようなものが発生してしまうのではないか? そんな懸念が頭の中をよぎる。
「知っていたって……知っていた訳がない。そもそも俺は今まで基本的にインド洋にいたんだぞ」
悩んだ結果、俺はごまかしの言葉を吐きだした。疑義を含んでいるかのようなルドルフの真剣な目線が俺に突き刺さってくる。
少しだけその膠着状態が続いたあと、俺は申し訳なくなって目線をルドルフ外してしまう。するとルドルフはため息をついてからこう言った。
「ヴィオから聞いておりますのよ。
しまった。聞かれていたか……。
さて、何故知っているのかをどう誤魔化す? 正直にここが創作の世界だと言っても、何をふざけたことを言っているのだと言われて、逆に怪しまれかねない。どうにかしてこっちに来てから知ったことにしておきたいが、どうするか……。
「私の親友はあのように見えても優秀なのですわ。ご存知なのでしょう?」
じりじりと少しずつ、こちらへと歩み寄ってくるルドルフ。体はかってに少しずつ後ずさりしていて、いつの間にか後頭部が壁にぶつかっていた。もう、逃げられない。
脳内の悪魔が囁く。話してしまってもいいのでは? そもそも俺がコアマとしてここにいる事自体が大きなイレギュラーなんだから、それと比べれば少しの情報くらい些細な問題なのでは?
ルドルフはもう一度俺の顎に手を添えて、そして俺が外していた目線をもとに戻させた。その目線は、俺に話せと訴えかけてきている。
それに俺は、負けた。
「少しだけだ。奴らが真実の星夜なるものを起こそうとしているってことだけ。それがどういうものなのかも知らん」
「奴ら、というのはライスシャワァの他はどなたですの?」
少しだけ、ルドルフは顎に添える手を下げた。だが依然として生きた心地はせず、背中を滝のような冷や汗が流れ続けているようにも感じられる。一切物理的な力はかかっていないのに、むしろ威圧感は余計に増しているような気さえしてくる。
声すらも出なくなりそうな中、なんとか声を振り絞って答える。
「奴ら、ってのは……シエロ、エステヤー……ド」
そう答えると、急にルドルフから放たれる威圧感が解けて、張り詰めていた空気が緩んだ。それと同時に、糸が切れたかのように体から力が抜けて、ばたりとその場に崩れ落ちてしまう。
「シエロエステヤード。先生から頂いた情報と同……あっ、またやってしまいましたわ……」
そんなルドルフの声が、遠くから聞こえたような気がした。
シエロエステヤード。最近活動が顕在化してきたこの組織の調査の協力は、タイヨーアライズへもなされていた。その話を初めて聞いた時はあくまで陸上の話であり、タイヨーアライズの関わり知るところではないと考えていたが、海の上でまで活動範囲があるのだとすれば話は別だ。海上輸送の安全を阻害するのであれば、タイヨーアライズは全力でそれを取り除かねばならない。今回の報告のように好戦的であるのならば尚更だ。
「実に……厄介なことになっていたようですね」
ゴールドフェリーは、自分の膝の上に横たえた大先輩の寝顔を眺めながらそう呟いた。
なぜ彼女はその名前を知っていたのか。彼女の主張していた通り、彼女はいままでの長い間インド洋でサンヂヱゴの管轄下にいたのだ。日本に帰国してからも基本的にはサンライズの下にいて、ヴァイオレットが連れ出してからは彼女が見ていたはず。シエロエステヤードがコアマに接触できたとは考え難い。
だが――コアマはシエロエステヤードを、その目的を確かに知っていた。
「
だがしかし、藍き方舟にそのような力はあったのだろうか? ゴールドフェリーもかつてタイヨーアライズの代表となる折に先代であるキヨカワの体験を受け継ぐためにその経験はあったが、あくまでアクセスできたのはキヨカワのそれだけだった。だからこそ、余計にそこでシエロエステヤードの情報を得られたとは考え難くもあったのだ。
しかし、それ以外には考え難いのもまた事実。少しだけ悩んだ後に判断材料が不足していると一旦思考を保留したルドルフは、コアマが目覚めるのを待ちながら、今後の計画を練り始めたのであった。
目を覚ますと、ルドルフの顔が目の前にあってこちらを覗き込んでいた。驚いて飛び上がりかけたが、それではぶつかってしまうことに間一髪気がついて横に転がりだす。
「しっかりと目が覚めたようですね」
棘のない声色の、ルドルフの言葉が聞こえた。
「……どれくらい寝ていた?」
「おおよそ30分ほどですわ。それと、先程は大変失礼いたしました。ああでもしませんとヴィオは質問に答えてくれませんの」
そう言って頭を下げるルドルフ。どうやらヴィオを詰めるモードのまま俺に質問を投げかけていたらしい。なんというか、そうでもしなきゃ確かに答えなさそうだというのは、どうも腑に落ちてしまうところがある。
それを伝えると、ルドルフは苦い笑みをその顔に浮かべた。
「この短期間でもそう思われてしまうのですね」
「だってそりゃ、いきなり連れ出して夜通しで海峡渡って藍き方舟だなんてさ、目茶苦茶じゃないか」
「えぇ、本当にそう。それでいて藍き方舟の中断からの戦闘への移行……相当に負荷が蓄積していることは考慮すべきでしたわ」
話を聞けば、ルドルフも過去に藍き方舟でキヨカワの記録を追体験したことがあるのだとか。その時には終わった後には相当な疲労感に襲われてしまったらしい。それをわかっていたのだから、尚更ヴィオを詰めるのと同じように俺へインタビューをするのは間違いだったのだと重ねて謝られた。
「良いよ謝罪は。悪いのはヴィオだし」
「えぇ。ですから藍き方舟がいかなるものなのかは理解しています。これを踏まえてお伺いしますわ。貴女はどこでシエロエステヤードのことを?」
……んん?
なんだろう、文脈がよくつかめない。藍き方舟とシエロエステヤードになんの関係が?
もしかしてルドルフは俺が藍き方舟でシエロエステヤードを知ったと考えているのか? そう考えれば納得できるが……。
「どうなんですの?」
「ロセマ曰く藍き方舟を俺に使っている間にもライスシャワァからの攻撃があったらしくてな、そこで少しだけ」
「稀なケースですわね……」
結局、その場で思いついた言い訳をしてごまかした。幸いなことに多少訝しむ素振りはありながらもルドルフは納得してくれた様子で、それ以上深堀りされることはなかった。そしてそこから少しだけ他愛もない話を挟んだ後、ルドルフは俺の今後について伝えてきたんだ。
「コアマ号。ロセマの行方を知ってしまった以上、シエロエステヤードが貴女を狙ってくる可能性は否定できません」
「リスクって……それくらい承知だが」
「ですが、今の貴女は力を失っています。違いますか?」
……痛いところを突いてくるなぁ。
実際、キロ86としての行動を追体験したからこそ、あそこまでのことはできないと断言できてしまう。
「ですから、貴女は力を取り戻すまで日本にいるべきではない」
「そこまでする?」
「そうすべきであると考えています」
うーん、そこまでか。
でも、そう言われても仕方がないとは自分でも感じている。何せ俺は……ライスシャワァに負けたのだから。
「クアラルンプールに行きなさい。タンゴ14への配属とします」
「タンゴ14……タカサゴか」
「えぇ。彼女は早いうちから貴女を受け入れると表明していましたからね」
そして俺は、マレーシアへ向かうことになったのだ。