タイヨーアライズ:幻解の女王   作:だぶるすたぁ

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ダイダロス

「甘いわね! 行くわよ、《クノッソスの迷宮》」

 

 錨鎖が伸び、波が立ち。俺の周りは迷路のような壁に閉ざされてしまった。

 だけど、迷宮の壁だろうと水であることに変わりはない。

 水というのはは重いものだ。しかし金属よりは遥かに軽い。錨を投げれば、それはもはや壁ではない。

 そうして投げた錨を巻き上げ、今度は引っ張られるように移動すれば、またその壁を突き抜けることは難しくも何ともない。

 

「ずいぶん強引かつ屈強な赤い糸ね?」

「それは手段に過ぎないだろ?」

「それはそうだけど……」

 

 そう目の前で困惑しているのはオリオン、最後にタンゴ14でタカサゴのもとに残っていた構成員だ。あの後タカサゴに紹介されて、そして今の状況を知っておきたいのだと模擬戦をすることになり今に至る、というわけだ。

 さて、彼女が困惑しているうちに。そう思って反対側の錨を構え、すぐさま攻撃へと移行する。

 しかし。

 

「でも、甘いわね」

「しまっ……うぐぁ!」

 

 俺の錨撃は完全に見切られてオリオンの錨に受け止められて、そして彼女のもう片方の錨が胴体を思い切り殴る。身体が「く」の字に折れ曲がって、アーチを描くように海の上を吹っ飛んでいく。

 着水し、沈み、浮かび上がって。再び立ち上がったと思いきや、オリオンの両の錨が両の脇の下を持ち上げ、ぶらりと宙に浮かんでいた。

 

「はい! ここまで! だいたいわかったわ」

「だいぶ容赦なくないか……?」

「全力でやっていいって言ったのは、いったい誰だったかしら?」

 

 そう言いながらオリオンは俺を海面に下ろした。そして少ししてタカサゴがやってくると、俺のことを辛口で評した。

 

「どうだった? コアちゃんは」

「かつての面影がまるでないわね。錨の振るい方や機転の効き方には、確かにわずかながら名残のようなものが見られるのよ。だけどこの程度の読み合いにすら負けてるってのは、本当にアナタがあのキロ86なのか疑いたくなるほどね」

 

 事実そうだ。俺はオリオンに攻撃の1つすら入れられていない。それどころか彼女は俺を迷宮に閉じ込めただけで、俺を吹っ飛ばすまではその場からほとんど動いてすらいなかったのだ。

 

「……あの悪夢のような強さを誇っていたコアちゃんが、まさかこれほどまでに弱くなってるなんて」

「うっ……」

 

 黄色い目を妖しく光らせながら、こちらへと近づいてくるタカサゴ。なんかちょっと怖いな、と思いながら見ていれば、彼女は自分の懐へと手を突っ込み、何やらゴソゴソとしている。

 ……なんだろう。猛烈に嫌な予感がしてきた。アイドルでスタンバイしておくか。

 

「えっとつまり……今なら何をしても抵抗らしい抵抗もできないってわけだよね」

「いや待って、そのフラスコは一体なに」

「問答無用!」

「やっぱりな! ハードスターボードでフルアヘッド!」

 

 案の定というかうん、油断も隙も無いなタカサゴは。こっそり混入させずに正面から堂々と摂取させようとしてくるだけまだましとはいえ、さすがによくわからない薬品を説明もされずに飲みたくはない。

 

「……反射神経とかはちゃんとしてるのよねー」

「オリオン! 冷静に分析してないでタカサゴ止めるの手伝って」

「あっ、ごめーん」

 

 それから少しドタバタを繰り返して、ふたりがかりでタカサゴを拘束した。

 

「ぜんぜん弱くなってないじゃん」

 

 錨鎖に巻かれながら、頬をぷっくりと膨らませるタカサゴ。そんな彼女の様子を見て、オリオンは少し呆れた様子だ。

 

「それはそれでなんで残念そうなのよ……? 喜ばしいことじゃない」

「そうだけど! そうなんだけど!」

 

 手足をぶんぶんと振り回しながらそう言うタカサゴ。もっと巻いとくべきだったかなぁ……。

 結局、今解放してしまえば俺はともかくオリオンにもよくわからない薬を投与しそうな勢いだったので、そのままオリオンと一緒にタカサゴを曳いて拠点へと戻った。

 

「で、率直にどう思った?」

「個々の動きは悪くないよね。だけど、総合的に見ると場数の足りてない新入りみたいな動き」

「同意見ね。基礎的な動きはできてるし、少し現場に出ていれば戻るんじゃないかしら」

「現場、なぁ……。でもそう頻繁に出てくるのも困るしなぁ……」

 

 そう返したとき。タカサゴの携帯が気の抜けるような音を鳴らした。

 

「――あ、衛星電話」

 

 彼女はまだぐるぐる巻きにされたままなので、オリオンがそれを取り、タカサゴの顔に当てる。

 

「もしもし? ……えっ? わかった、すぐ行くよ」

 

 電話の中で、話しながら少しずつ真剣になっていくタカサゴの顔。嬉しい報せではなさそうだ。それはオリオンも同感のようで、錨に手をかけていた。

 

「トモオモテレッコー。いける?」

「ラジャー」

 

 電話中のタカサゴをゆっくりと海面に降ろし、静かに鎖をほどいていく。何が起きているのかはわからないけれど、ろくでもないことなのは間違いがないのだろう。

 その通話が終わったのと、俺達が鎖をすべて巻き上げたのはほとんど同じタイミングだった。

 

「コアちゃん、リオちゃん。いきなりで悪いけど、よりによってジョホールに()()()()

 

 何が、とは言わなかった。この表現を使っているときは、指すものは明確だからだ。

 クィムガン。乗り物の成れ果ての1つがノリモンだとするならば、もう1つこそがこのクィムガンだ。藍き方舟(アズールアーク)ではそれとの戦いを追体験したけれど、俺としては実際に相まみえたことは一度たりともない。

 

「今の俺が行っても大丈夫なやつか?」

「行かなきゃわかんない。でも、たぶん大丈夫だと思うよ? 最悪怪我とかしたら私が治すから」

「それに、私達だってできる限りフォローはするわ」

「わかった。行こう」

 

 正直、不安は無いわけではない。

 北海道でのライスシャワァとの戦いでは、彼女はこちらを無力化するだけで済ませようとしていたし、彼女の性格的には無力化はしても殺しはしないだろうということもわかっていた。

 しかしクィムガンは違う。アレには手加減という概念は……おそらく、ない。完全にないといい切ることはできないが、それに希望を抱いたら大やけどをしてしまうだろう。ならば最初っからその概念を持ち合わせていないと思って行動するほうが遥かに賢明だ。

 今までが全く気を引き締めていなかったわけではないけれど、より一層気を引き締めていかなければ。そう思いながら、俺はタンゴ14の一員として、ユーラシア大陸最南端の地、ジョホール県へと向かった。

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