海に発生するクィムガンには、明らかな形態差がある。
最も小さなクィムガンは鐘の形をしている。鐘型のクィムガンは非常によく発生こそすれど、その対処もまた簡単だ。いわゆるロールプレイングゲームにおける序盤の雑魚敵のようなもので、タイヨーアライズに話を回さずともその場で現地の軍隊や有志団体などによって処理されることも多い。
そこから力を増すごとに大きくなってゆき――まずは様々な機械のパーツを、でたらめに組み合わせた何とも形容しがたい怪物体となる。タイヨーアライズまで話が回ってくるのは、主にこの怪物型のクィムガンからだ。
さらに力を増せば、その機械に秩序が生まれて徐々に整ってゆき、やがてその形状は元の乗り物に近づいていく。いま目の前にいるのは、そんな船型――とは言っても、けっこう歪ではあるが――のクィムガンだった。
「
そのクィムガンは、明らかに船に害意を向けた。一時的かつ人道的な措置の最中ではあるとはいえ、タイヨーアライズの守る船に。
タイヨーアライズはこうなったクィムガンを、廃除する以外の選択肢を持っていない。
「あなたの相手は、こっちよ!」
「届け、《金剛突破》ァ!」
錨を振るい水飛沫を飛ばす。その水飛沫が結晶となってクィムガンへと突き刺さる。
お前が見るべきはその船じゃない。俺達だ。
クィムガンは言葉を話さない。それどころか、声と呼べるものを発することもまれだ。しかし理性や思考能力は確かに存在していると推定されている。ゆえにその動きの観測がその思考、ひいては次の行動を読むのに重要になる。
いま知りたいのは、先程の俺の攻撃で注意をこちらに引くことができたか。幸いなことに、その目的は果たされていたようだ。
「コアマさん! 来るよ!」
オリオンの声につられ、とっさに体をひねらせる。さっきまで俺がいたところを、小さな何かがいくつも高速で通過していった。
ふとクィムガンの方を見れば、長い筒のようなものがこちらに向かって伸びている構造が見受けられた。
「珍しいわね、マシンガンなんて」
「だな、警戒していこう」
マシンガン。弾を連続的に装填し、打ち出すタイプの銃だ。波もある不安定な海の上で、俺達のような小さな目標に向けて撃つ用途にはどう考えても適しているものではない。
もう少し海が穏やかでなければ、回避行動を一切取らずとも当たらないのではないか。そう思えるほどに不適当な攻撃だった。
そんなでたらめな弾幕を避けながら遠距離攻撃を加えつつ、俺達はクィムガンの真横に回り込んでゆく。攻撃が当たっても慄く様子すらないあのクィムガンに効いているのかはわからないけれど、何もしないよりははるかにマシだろう。
「さて、どうするかな」
「近づけると思う?」
マシンガンの銃撃を躱しながらオリオンと作戦を練る。コアマはどちらかといえば近接戦が得意だったし、こう聞いてくるということはオリオンもそうなのだろう。この当たりはしないものの鬱陶しい銃撃だって、近寄ることさえできてしまえば砲塔の可動域の死角に入ってしまえる。
だが……。
「火を吹かれたらかなわない」
近接戦に持ち込もうとしてクィムガンに下手に近寄れば、クィムガンの穴という穴から炎がこちらに伸びてくる。記憶の中で何度も見た光景だ。
そのときは同じように炎を使うサンヂヱゴがその炎による攻撃をうまく誘導してくれていたのだが、今ここに彼女はいない。無謀なことはできない。
「いかにもインド洋の考えね」
「こっちにゃタンカーがいないってことはないだろ」
「そうね。なら……これ! 《クノッソスの迷宮》」
海水がせり上がり、クィムガンの周りを囲む。しかしその壁の高さはクィムガンの半分すら隠せておらず、どう見ても不十分だ。これでは壁として機能しているかといえばかなり怪しいだろう。そして何より……。
「これじゃ俺達だって近づけないだろ」
「あら? さっきあなたどうしてたかしら。迷宮の壁に挟まれていれば炎だって届かないわよ」
なるほど、確かにあの迷宮の壁は俺達を隠す程度の高さならば十分にある壁ではある。ならばそれに隠れて近づくのは……いけるか?
「確認したい。あの壁はどれくらい保つ?」
「数分も保たないほど柔じゃないわよ」
「よし、なら行こう」
弾幕を掻い潜りながら、迷宮の壁の近くまで寄りにゆく。
しかし少し近づいたところで、クィムガンから発せられていた弾幕が急に止んだ。
「なんだか嫌な予感がするな」
「奇遇ね、私もよ」
そういう予感というものは、往々にして的中してしまうものだ。それが起きたのは、警戒を続けながら、さらに距離を詰めようとしたときだった。
クィムガンは、火を吹いた。恐れていた火炎放射だ。
「やっぱりな! フルアスターン!」
一度距離をとり、状況を確認する。
火炎放射がやってくるのは想定していた。想定はしていたが、その射程と勢いは――俺の考えを遥かに上回っていた。
オリオンの生み出した迷宮はクィムガンの周囲100メートルほどに展開されている。だがクィムガンの火炎放射は、その迷宮の外にまで届いていた。
さらに厄介なのはこの炎は着水したあとも消えることはなく、それどころか海の上で燃える範囲が広がっていっていることだ。これでは危なっかしくて近づけやしない。
「まるでギリシャの火のようね……」
オリオンがそう呟いた。どうやら彼女は以前にギリシャで活動をしていた事があるらしく、その時に耳に挟んだのだそうだ。
曰く、ギリシャの火とはすなわち海を燃やす術。1000年以上も前にギリシャを支配していた東ローマ帝国により、海ごと敵の船を燃やすのに使われていた謎深き古代兵器のことだという。
「その対策は距離を取ること。ギリシャの火は普通の火器と比べたら射程範囲は短いのよ」
「だから俺達が近付いてからヤツも使ったんだろ?」
とは言っても、コアマの記憶の中のどの火炎放射よりも、このギリシャの火は厄介だ。
ただ海の上で広がる火というだけであれば、一般的なガソリンのような軽くて低温でも燃えやすく、さらに揮発性も高い油を使うだけでかんたんに再現できる。しかしそういった油は基本的にこれだけ長い距離を飛ばすことはできない。そうしようとしても、飛んでいるうちに空気抵抗で外側からどんどんはがれて飛沫になる。ある程度以上に先ではもはや霧めいて、そしてその炎で燃え尽きてしまうのだ。
だからこそ、海を燃やすクィムガンにはある程度近くまで近寄ることができた。そういう火は消火しようとして水をかけたところでその上に浮き、水の流れに乗って燃える範囲が広がってしまうという厄介な性質を持つ。それを逆に利用して燃料を押し流してクィムガン本体の方まで火を延焼させてクィムガンを丸焼きにする……というのが、炎に長けたサンヂヱゴの率いていたエクスレー41が編み出した対応だったのだ。
しかし今回はそんな対応はとれない。これだけ離れていれば水をかけて火をこちらから広げたところで、その炎がクィムガン本体に到達する前に燃え尽きてしまうだろう。サンヂヱゴがいればこっちからもガソリンを足しながら流すことで燃える範囲をさらに拡張することも恐らくできただろう。しかし繰り返しになるが、ここにはサンヂヱゴはいないのだ。
「……なぁ、ギリシャの火ってどうやったら消せる?」
「酸の泡、ね」
顔を引き攣らせながらオリオンは言った。それがすぐに用意できるものではないことは、彼女自身が一番わかっていたのだろう。
しかし、その手詰まりを突破するかのごとく明るい声が、俺とオリオンの間を突き抜けた。
「なら、私にまっかせて!」
船を安全なところに送り届けたタカサゴが戻ってきたのだ。