「タカサゴ……行けるのか?」
「安心して! ちょっと違うかもしれないけど、火炎放射はむかーしベトナムにいた頃に嫌ってほど見てたから!」
タカサゴはそう言って笑顔で俺とオリオンの間を通り抜けると、燃える海の方へと向かっていった。
「いくよ、《インジェクト》」
瞬間。タカサゴの頭の上にいくつものシリンダーが浮かび上がった。そこから前の方に何か液体が射出されると、なんとその部分だけは火が消えているではないか。
「じゃ、コアちゃん、リオちゃん。行こっか」
そう言いながらタカサゴは振り返って、にししと笑った。
タカサゴに続き、彼女の切り開いた航路を上を警戒しながら進む。ここまで来て直接火炎放射を受けてしまえばもう意味が無い。……いや、待てよ。
「!? どうしたの? コアマさん。いきなり錨を振り回して」
「この道はタカサゴの出した消火剤だ。それを被っておけば少しは安心できる」
「なるほどね」
そう言うとオリオンは姿勢を変えないまま一度沈んでから、また浮き上がってきた。どうやってるんだ……。
そんな俺達の様子を見て、タカサゴはアハハと軽く笑った。
「いいけど、これほとんどめちゃくちゃ濃いだけのお酢みたいなものだよ?」
ただのお酢なんかい! むしろそんなんで消火できてしまうのか。……でもまぁこの大量放射でならいけるか。
そう自分を納得させながらふと左右を見れば、海は相変わらず燃えていて、炎だけが視界を埋めつくしていた。その中でまるで旧約聖書のモーセのように、進む方だけはタカサゴが火の海を割っているのだ。
だけどそれも長くは続かなかった。タカサゴの頭の上、彼女の出したシリンダーのうちの1つが突然、パリンと音を立てて割れたのだ。クィムガンがマシンガンによる銃撃を再開したのだ。
「できるだけ急ぐよ! ぜんぶ割られちゃう前に!」
パリン。また1つシリンダーが割れた。残された時間は少ない。
相変わらず命中精度はお察しの攻撃ではあるが、シリンダーそのもの自体が俺達の体より数回りほども大きい上に回避行動だって柔軟にとれるわけでもない。それに、下手な鉄砲もなんとやらで。
シリンダーが割れるたび、消火の効率も落ちれば火が消えて通れるようになるレーンも狭くなる。気がつけば両手を伸ばせば火に手が届きそうなほどにまでになっていた。
どうにかしてあの銃撃だけでも……。そう考えたとき、とても正気とは思えないような、妙な手段が頭をよぎる。
「なんとかなれっ! 《金剛突破》!」
銃撃を止めるもっとも原始的かつ確実な手段。それは銃を破壊するなりして使用不能にすることだ。
だから俺は炎の際に寄った。そして錨が水面を撫でる。燃えている水面を。
跳ね上がった飛沫――もちろん燃えている――が、燃えたまま結晶となってクィムガンへと飛んでいく。どうやらこの技は海が燃えていようが関係なく使えるらしい。
それだけではない。普段は結晶となって刺さるだけなのに、どうやら今回は燃えたまま飛んでいっている。もしかしたら、刺さった後ですら燃え続けて大変なことになっているかもしれない。生憎ここからはその様子は見えないが。
それでもなにもしないよりは効果的だろうからそれを続けていれば、向こうからの銃撃がいつの間にかパタリと止んでいた。
「えげつないことするわね、あなたも……」
「そうか?」
「いくら錨だけって言っても、普通は炎に突っ込みなんてしないわよ。流石は
思わず姿勢が乱れ、少しの間蛇行する。
流石にその名前を出されるレベルで容赦無いことはしてはなかったと思うが、どうやらオリオンにはそう見えていたらしい。何を根拠に……とも思ったが。
「……もしかして、今もクィムガンが見えてるのか?」
「御名答! このくらいの壁なんて、私には目隠しにはならないのよ」
一体オリオンにはクィムガンのどんな姿が見えてるんだ?
そう戦々恐々としながら炎の壁を抜けて見えたのは――
「おやおや? 苦しんでる苦しんでる。やるね、コアちゃん」
「燃えてる……」
炎に包まれて、火達磨になっていたクィムガンの姿だった。
「あなたがやったのよ? 心当たりはあるでしょう?」
「ここまでなるとは思ってもなかったけどな!」
火を吹くクィムガンの弱点は何か? 水や消火剤、と答えたくなるかもしれないが、正解は意外なことに同じ火である。
火を吹くには、可燃物がなくてはならない。だから奴らは体内に可燃物を溜め込んでそれを放出している場合が大半なのだ。そこに火を回らせることができてしまえば、あっという間に火が火を呼んで火達磨になってしまうのである。火で以て火を制す……これはサンヂヱゴがよく言っていたことだ。
とはいえ、もちろんそんな弱点をむき出しにするほど馬鹿ばかりではない。たとえば壁を数重にもかけて守るだとか、そういった対策は行われているはずだ。
「あの結晶。突き刺さって奥から燃やしていたわね」
「それは完全に俺のせいだな……」
刺さるとは思ってたけど、燃えたまま刺さることは想定していなかった。そもそも燃えたまま飛んでいくことすら。
しかし結果としてクィムガンはほぼ丸焼けになって動くことすらままならなくなっている。もう助かる見込みはないだろう。
「終わり、だな」
「まだ終わってないよ。フラグ、探さないと」
そうだ、忘れていた。
クィムガンの同定に使われるもの。それは海のクィムガンの表面にはかならず浮かび上がっている、フラグと呼ばれる4つのパターン。
マストという訳ではないが、これがあれば同定はかなり楽になる。このフラグは、全てのクィムガンがそれぞれ異なるものをもち、決して被りが発生することがないからだ。
「もう燃えてるわよ。ほら、あそこ……」
そう言ってオリオンは炎に包まれているクィムガンの一部分を指差した。たしかにそこにはいくつかの信号旗と同じデザインが浮かび上がっていた。
しかしそれは――
「あれはローミオ、その上は……ジューリエットかしら? その下は……見えにくいけど、黄色の端。
――一部がすでに燃えてしまっていて、完全には見ることは出来なかくなっていた。
本来4つの信号旗から成るそのパターン、フラグ。これはクィムガンへと堕ちる前の信号符字をそのまま引き継いだものであり、クィムガンがもともと乗り物であったということを示す重要な手がかりなのだ。
残念ながらこのクィムガンのそれは一部が既に燃え尽きてしまっている。それでも、ジューリエット、ローミオ、そして不明文字が続いているのは確認できた。4ケタ中の3ケタがわかれば、それだけで大きな手がかりになる。
「黄色の端ってことは、デルタかインディーアかケベック……もしかしたらズールーかも。とりあえず、これを本部に送って……」
そう、タカサゴが取りまとめようとしたとき。
クィムガンが、最後のアクションを起こした。
聞こえたのは、複数回の爆発音。急いで振り返れば、そのクィムガンはどんどんと高さを喪失していた。
「沈んでる!? 引き止めないと」
しかしそのクィムガンは燃えている。
俺達は為すすべもないまま、そのクィムガンが水面の下へと逃げていくのを見ていることしかできなかった。