インドネシア、ビンタン島。シンガポール海峡の入口に位置しているこの島で待つこと数日。俺達の耳に、信じられないようなニュースが飛び込んできた。
そのニュースは、インドネシア海軍とタイヨーアライズの協力によりクィムガンを無力化した、というもの。正直これだけならばときどきあるニュースではあるので気にも留めることはなかっただろう。だが……。
「これ、例のクィムガンだよね……」
そう言いながらタカサゴはニュースに貼付されている写真を指差した。そこに写っていたのは、どう考えても見覚えしかないシルエット。
それはあの、アナンバスで見たクィムガンそのものだった。
「本当に無力化できたのかしらね?」
「うん、そこが気になってちょっと本部に聞いて返信待ち。このあたりにいるタイヨーアライズの各員には流石に周知はしてあると思うんだけどねー」
……なんだろう。話の中からあんまり良くない感じの雰囲気がする。それはオリオンも同じだったようで、俺達は自然とお互いの顔を見合わせていた。
「これって……」
「あぁ。なぁ、タカサゴ」
「……わかってる。今のタイヨーアライズに、
「だよな」
そう、そもそもインドネシア海軍が既に対処してることに首を突っ込むだけの余裕はタイヨーアライズにはない。特にこの東南アジアのエリアにおいては、タンゴ14がアナンバス諸島のさらに北まで呼び出されるレベルだ。そうなると、任務中に
そもそも、タイヨーアライズは被害が既に発生しているかその恐れが非常に高いと認められなければ、本部への要請のない限りは軍事行為へ介入しないという軍事不介入の原則を敷いている。理由は簡単で、既に現地組織が対応をしているのならば通常はそこに重ねてタイヨーアライズが動く必要もなくなるからだ。タイヨーアライズが国際法上は言い訳の余地すらない海賊組織であり、特定の第三国の軍隊との癒着を疑われるとそれだけで後々面倒なことになるというタイヨーアライズならではの事情もある。
そして忘れてはいけないのが、クィムガンの対処は既に現地の軍隊が対処を始めているのならば、それはもう軍事行為なのだということ。つまりそこへの協力はいくらこちら側が警戒しているクィムガンであろうと、その軍事不介入の原則に反していることになる。
もっとも、正式に協力の要請が部隊単位ではなく上層部を通じて公開で行われた場合は話は別になるのだが、軍隊というものは面子というものを気にする組織であり、本当に手もつけられないほどのクィムガンでない限りはその要請が行われることは稀なのだ。
そこに
ピコン。
その時タカサゴの端末に1件のメッセージが届いた。
「誰から?」
「クアラの支部から。今はまだ調査の途中だけど、恐らくはタイヨーアライズの名を騙る第三者だろうってさ」
「それは……面倒なことになりそうね」
第三者、か。
なんとなくそういう気はしていたが、あまり当たってほしくはないものだ。調査が完全に行われ次第本部から声明が出ることにはなると思うが、仮にそうでなかったとしても面倒なことに変わりはないし、そうだったとしたら尚更だ。
なんにせよ、これで例のクィムガンだって適切な対応が完了していない可能性がグッと大きくなったわけだ。タンゴ14は引き続きその対応にあたっていかなくてはならないことに変わりはないようだ。
「それと、東南アジア方面のそれぞれに補充の人員をってことで……タンゴ14は明後日の午後にチャンギ空港のジュエルで待てってさ」
「補充、ね。誰が来るのかしら」
「さぁ? でも、配置担当だってもう長くはないってことはわかってるでしょ?」
……ん?
「長くない?」
「前も言ったと思うけど、私ってもうおばあちゃんだからね。コアちゃんを呼んだのも、短い間で日本に戻るって前提があるってことを聞いてたからだもん」
あー、そんなことも言ってたな。つまりこの増強もまた一時的なものに過ぎないから、タンゴ14が解散になってもその後で困らない者が送られてくるだろう、という推測だ。
……ん? そういえば
「そういえばオリオンは?」
「リオちゃん? この後の配属はもう決まってるけど、今は研修の続きで現場に来てくれてるだけ」
「そうだけど、タンゴ14が解散になるその時まではいるつもりよ?」
そう言ってオリオンは微笑んだ。どうやら話を聞いてみれば、彼女は初期研修の頃にここに配属されてからずっとここにいて、そしてその終わりを見届けようとしているらしい。タンゴ14でタカサゴとふたりっきりだったのにやっていけているからもう少しベテランなのかとも思っていたが、意外にも彼女はまだタイヨーアライズに入ってから数年の新人なのだという。
「なんか、意外だな……」
「新人って言っても、そもそもの生まれ自体はルドルフやリゼと同じ頃なのよね。ただ私は幸運だったから、船として長生きできたってだけだわ」
その幸運な第一の生が終焉を迎えて今の姿へと成ったのはルドルフよりも8年遅く、あまり長くは船としての姿を保てなかったリゼとは実に16年もの開きがあるのだそうだ。
だがこれはタイヨーアライズで活躍していく上でハンディキャップとなるものではなく、むしろ逆にそのうちアドバンテージへと変わってゆくもの。現時点ではルドルフらにはまだ敵わないものの、タイヨーアライズでの経験さえ積んでゆけばその長い船としての経験がより大きな花を咲かせることになるだろう。
「だからまだリオちゃんにはここにいていいよって言ってるんだ。いつ私がやめても次が決まってるからね」
「じゃあ、この補充は……?」
「わかんない。一時的なものか恒常的なものなのかも。ただ詳細のデータを取りにクアラに戻るより合流の方が早いほどの緊急ってことは、たぶん前者じゃないかなぁ」
そう言いながらタカサゴは確認した旨の返信をクアラルンプールへと送ったのだった。