タイヨーアライズ:幻解の女王   作:だぶるすたぁ

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ルースノオトシゴ

「コアちゃん。それ、本当なの?」

 

 震えるような声で、タカサゴがそう訊ねてきた。

 

「本当だ」

「あのルースの落し子の妹って。それって……」

「ふざけているのか?」

 

 狼狽えているタカサゴの横で、リゼが静かに疑義の声をあげた。だがその声の中には、明らかに怒りの感情を孕んでいた。

 

「ふざけてなんかいない。スタァインザラブは間違いなくルースの落し子の妹だ」

 

 はっきりとリゼの目を見て、そう伝える。

 たしかに、はじまりのクィムガンの妹が、クィムガンを生まれなくさせるだけの力を持っていて、しかもそれが既存の著名な組織にすら所属することなく単独で動いている――なんていうのは、傍から見れば陰謀論である。

 だが、そもそも。

 

「妹だからこそ、スタァインザラブは今まさに終わりを迎えようとしている自分の姉を成らせようとした。そしてその時に失敗して、はじまりのクィムガンと、そして後のクィムガンが生み出されるようになってしまったんだ」

「……待ってくれ。その話を聞く限りでは、スタァインザラブはルースの落し子の発生より前に成っているように聞こえるが?」

「そうだって言っているんだが?」

 

 どこをどう聞いたらそうじゃないと言っているように聞こえるのか。なんで急に怒り出したのかは知らないけれど、冷静に話を聞いてほしいのが正直なところだ。

 

「スタァインザラブが成ったのは18年の11月。そのおよそ8年前だ」

「……そういうことか。どうやら多少の誤解があったみたいだ」

 

 すると今度は打って変わって、風船を針で割ったかのように張り詰めていた空気が崩れさる。リゼは落としたペンを拾い上げて先程よりも弱い筆圧でメモ書きを再開し、タカサゴはよろけるようにベッドに崩れ落ちて半ば気の抜けたように声をあげた。

 

「ワフー……」

「あぁ、そうだ。だから少なくともその頃までは間違いなく()()が発生しているんじゃないかと俺は思っている」

「なるほど、わかった。つまり時系列順に戻す……まずスタァインザラブが成り、ついでルースの落し子を意に反して生み出してしまい、そしてその失敗を取り戻そうと試行錯誤の末、今ようやく動かんとしている、と」

「そうなるな」

 

 当然、スタァインザラブからすればこれは過去の過ちを正そうとしているだけに過ぎない。だが、その過ちにより生み出された法則のもとで過ごし、それが当たり前だと思っていた者たちからすれば、事実上世界の理をぶっ壊そうとしているのと同じだ。

 

「想像もつかないわね。……でも、そうね。コアマさんもそうだけど、タカサゴさんもそれより前の世界を知っているのよね」

「……まぁね。不便だったよ。私の言葉をお客様はともかく乗組員さんたちにすら伝えられないし、何より陸に上がるなんてこと、考えもできなかった。でもあの世界は――言葉が伝わらないからこそ、良かったところもあるんじゃないかな」

 

 寝転んでいたタカサゴは、それを言い終わると上体を起こして体を伸ばした。

 

「でもさ、だからこそわかるんだ。その……スタァインザラブ……だっけ? がやろうとしてることが、とんでもないことだってのは。そうなったらきっとまた、5年から10年くらいは何が何だかわからなくなっちゃうんじゃないかなぁ」

「ずいぶんとスケールの大きな話ね」

「覚えてるもん。あの日のことは」

 

 ベッドから飛び降りて机の方までやってくると、タカサゴはリゼに目配せをした。リゼが静かに頷くと、タカサゴはリオに語りかけるように話しはじめた。

 

 それは朝鮮戦争の真っ只中のことだった。戦争ももうほとんど膠着状態に落ち着いて、あとは北側勢力が休戦協定にサインするだけとなったころ。従軍していた彼女は、国連軍を乗せて日本と朝鮮半島とを往復しつづけていた。

 そんな秋のある日、猛烈に強い台風が九州に接近していた。

 台風5115号、その名を()()()という。その台風は海陸問わず猛烈な風雨で爪痕を残し、多くの被害が出ていた。

 

「私はその時台風からはけっこう離れてた。だけど風も強くなってて……それでひときわ強い風が吹いたと思った次の瞬間、何か……こう、引っ張られるような、押されるような、私の中の何かを強く揺さぶるような、そんな力がね。そして私の身体の内側から膨大なエネルギーが溢れて、急に精神が広がるような、そんなのを感じたんだ。コアちゃんが言ってたように、この時に世界が変わった、っていうのは本当の事だと思う」

 

 そしてそれは、五島列島宇久島近海で正体不明の怪物が目覚めたのと時を同じくしての事だった。――後にGHQにより『ルースの落し子』、ソビエト国家保安省より『クィムガン』と名付けられることになる怪物の発生と。

 それからおよそ1年の間、ルースの落し子は厄災を振りまき続けた。タカサゴは直接その方に行くことはなかったが、これを機にと共産主義者が南下してくることのないようより一層朝鮮半島と日本との間の軍事輸送に励んでいたらしい。

 タカサゴは懐かしみながら言葉を続けた。

 

「まぁでも、その時はそれだけだったよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。でもしばらく経ってから、噂話としてぎ装や放送設備を自由に動かせるって聞いてさ、やってみたらできちゃって。そのときは私も乗組員のみんなも驚いちゃってたな」

 

 乗り物がその放送設備やスピーカーなどをつかって人間に語りかける――今では当たり前となっている光景は、その当時では考えられもしないことだった。

 ――そして、人の姿へと『成った』乗り物や新たなるクィムガンの出現。それらが当時の社会に混乱を引き起こしたのは言うまでもない。その混乱がおさまるまでには、10年近い時間を要した。

 

「聞いたのは初めてなのだけれど、そんな感じだったのね、当時って」

 

 オリオンはタカサゴが語り終えたのを確認するとそう呟いた。

 往時の混乱などどこへやら、この世界はそれを当たり前のものだと受け入れている。オリオンやリゼは、その既に受け入れられた世界に生まれたのだ。混乱を身を以て知っている訳ではない。

 

「大変だったんだよ? 権利とか、籍とか、いろいろね。だからさ……」

 

 そう言うとタカサゴは目にも止まらぬ速さでは俺の真後ろに回って、急に後ろから抱きついてきた。そして、こう言った。

 

「もしコアちゃんの言ってたことが本当なら、私はコアちゃんについてく。仮にクィムガンの被害が無くなるにしたって、そうやって裏でこそこそやってることなんてマトモな手段だとは思えないしね」

「……ありがとう、タカサゴ」

「本当なら、の話だよ? ゴールドちゃんに伝えて、本部の方でいろいろ調べてもらってから。ね、ライズちゃん」

「そうだな。証言というのは決定的な証拠にはなるが、それだけを以て証拠とすることは避けるべきだろう」

 

 そうしてルドルフへと情報を送ることで話がまとまって、長らく脱線していた話題はようやく本筋へと戻ろうとしていた。件のクィムガンの行先へと。

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