アリマサンの述べたこと。それは世界的な暗黙の了解にすら反する、あまりにも危険な大禁忌の告白であった。
「……それ、本当なの?」
「えぇ。力不足でしたわ」
既に誰かがクィムガンの対応にあたっているのを見かけたとき、最もしてはいけないことは何か。それは勝手に手出しをしてしまうことだ。
もちろん対クィムガンに限った話ではないのだが、仮にそのように乱入してしまえば、複数の指揮系統が極めて近い位置で併存することになってしまう。そうなれば混乱が生じ、最悪の事態に繋がりかねない。かと言ってその場の既に対応している者の指揮下に勝手に入るという選択肢は、お互いがお互いを知り尽くしてでもいない限りは上手くいくのは余程の名将が率いている場合に限られるだろう。
だからこそ、そういった場合は仮に見なかったことにしてスルーするか、あるいは近くで待機して現場周辺での警告などのどう考えても足を引っ張らないようなサポートをしながら、既に対応している勢力とコミュニケーションをとりつつ彼らが撤退し交代で入り込めるタイミングを待つ――というのが常識的な判断になる。
どう考えても、アリマサンがその常識を備えていない訳が無い。だとすれば……。
「
俺はアリマサンにそう聞いた。彼女は一瞬だけビクリとしてから、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「えぇ。……ほら、あの子」
そう言ってアリマサンが指さしたのは、彼女の率いていた集団の中のひとり。そこには様子がおかしいというか……俺を含めて他の皆が膝までしか水に浸かっていないのに対し、ひとりだけ肩までどっぷりと海に沈み込んでいる子がいた。
「あの子は船のルールを理解しておりませんでしたわ。ですがそれも仕方のないこと。監督するわたくしに責任はありますわ」
アリマサンに話を聞いてみると、その子がまず突っ込んでいって、それがいいのならとなし崩し的に後に続く者が増えていった……ということらしい。
しかし俺みたいなイレギュラー中のイレギュラーならともかく、船のルールを知らないって、どういうことだ? 成る前はよっぽど変な船主の下で育っていたとか、そもそもルールなんか必要のないような小さな湖のようなところの船だったとか、あるいは船としてはあまりにもアーリーリタイアになってしまったのだとか、そういう感じなのか?
そう頭を捻っている俺を置き去りにして、タカサゴはズバリとその答えを言い当てた。
「
「ご明察」
船じゃない? どういうことだ?
確かに、この世界ではあらゆる乗り物が解体の際に人型へと成りうる。だが、もともと水上を主としていない乗り物から成った者が海にやって来たとしても、それはあまりにもハンデが大きすぎて到底活躍できるとは考え難い。逆ならばまだ人型を得たことによる変化だと理解はできるのだが……。
不思議に思ってその子の方に目をやると、何かを見つけた様子で海の中へと顔を突っ込んでいた。そしてその勢いのまま足が水の上に出て……って。
「イルカ!?」
思わず声が出た。その足先にプロペラはなく、イルカの尾ビレが代わりにそこにあった。
「そうですわ。もともとはバリの方でドルフィンスイムとして観光客の方々を乗せていた子ですのよ」
……想像の斜め上だった。確かに乗り物って言えなくもないだろうけど、イルカが成ることがあるのか。もうそれだけで十二分にレアケースだと思う。
ただアリマサンの言うところによれば、海中の不審物等の発見には他の誰よりもずば抜けて長けているのでけっこう役に立っているらしい。まぁ、それはイルカなんだから理解できなくもない。適材適所ってやつか……。
「それにどちらかと言えば、他の子達があの子に釣られて向かっていった事の方が予想外でしたのよ。彼女達はルールを理解しているはずですから」
「まぁ……
タカサゴが口を挟む。……そういえば、原作にそんなシーンもあったなぁ。
既に指揮を執る者がいるときにそこに乱入してはいけない。このルールは確かに二次被害を防ぐのには大きな意味を持っている合理的な習わしだ。しかしごく稀な事例ではあるものの、既存の采配があまりにも無能であった場合、防げるはずだった一次被害を防ぐことができなくなることがある。
その稀有な事例を、タカサゴは一度だけ引いていた。
「タカサゴ号はそうでしょうね。ですが……インドネシア国軍をあの時の海洋警察に例えるのは、彼らを侮辱しているのも当然の行いですわ」
それは原作における、1つの重大なターニングポイントだった。
かつてタカサゴは、現地で指揮を執る組織の許可を得られずに地上で待機することになり、船が沈んでゆくのを指を咥えて見させられたことがある。その事故が起きた時、彼女の古くからの親友――彼女がタイヨーアライズに入るよりも前、当時はサイゴンと呼ばれていた現在のホーチミンシティで親交を深めた仲だ――からは非常に早い情報提供があり、そしてタイヨーアライズでの定常業務を中断してまで現場へと急行したのにも関わらず、だ。
さらにその時は事故を起こしてしまったのがもともと日本で就航していた船でもあったので、タイヨーアライズとしても協力を申し出てはいた。しかし、これも現地は協力不要と拒否。当時のタイヨーアライズの代表、キヨカワはその大惨事にそれ以上踏み込むことはできず、結局いくつかのチームが本部の許可を得ずに独断で現地へ向かった。その中にはルドルフの所属していた、オーバーウェイヴ率いる名門チームのノベンバー4629もいた。
そこで彼女たちが見たのは、現地のダイバーと一緒になって冷たくなった若き学生たちをその船から引き上げるタカサゴの姿だったのだ。海洋警察の対応が遅れ、早くから現地入りしていた彼女ですら間に合わなかったのだ。
それ以降、タカサゴは彼女が緊急だと考えた場合、命令や規程に背くことが増えた。アリマサンの同情はこの悲しい失敗のことなのだろう。
だが、しかし。
「タカサゴ号のお気持ちは重々承知しておりますわ。しかしこの度はわたくしから見ても特に危機が差し迫っていたようには見受けられませんでしたのよ」
そう言ってアリマサンは、ゆっくりとタカサゴの肩に手を置いた。タカサゴはすぐには何も口に出さなかったが、少しして「なら……ダメだね」と答えた。
「えぇ。幸いにして先方も行き詰まりは抱えていらっしゃったようでしたから、大事には至りはしませんでしたけれど……」
アリマサンの言うところによれば、結局その後はイルカの子の活躍もあって、炎の壁の外側からそのクィムガンの位置を的確に捉え、そこに艦砲射撃を加えることでクィムガンを海上から消失させることに成功。お咎めなしどころか向こうにも大金星として認識された……というのが事の真相だったようだ。
「そっか」
だがそれは、俺達の期待にはそぐわない答えだった。結局、次に相見えたときにどうすべきかの選択肢が新たに得られたわけではなかったからだ。
しかし、得られた収穫もあった。まずかのクィムガンが、火炎放射以外にはあまり有効な攻撃手段を持ち合わせていないということだ。極論を言えば、その火炎放射を無効化しうるリゼや発信機をバレずに取り付けに行くことができたオリオンならばたったひとりで対応しきってしまうことができるだろう。
そしてもう1つは、発信機からの音波を探知する人海戦術を取るだけの人員を確保できたことだ。アリマサンの連れていた子たちの協力によって、おおよそのそのクィムガンの位置はもうわかっている。
そして俺達は決意した。次にそのクィムガンが浮上したとき。その時を、かのクィムガンの最期にする、と。